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しおりを挟むその日、アンネリーゼが自室に戻った頃から急に雲行きが怪しくなり、外は生憎の雨模様となってしまった。
仕方なく彼女はカミルとの散策を諦め、代わりに彼を柘榴宮のサロンに招待してお茶を楽しむことにした。
「お茶の好みは昔のままかしら?」
「流石にもう、あんなに甘いお茶は飲まないよ」
「あら、そう? いつもお砂糖は五つだったのに」
「十年以上前のことなのに、よく覚えているね。今は入れても三つだよ」
カミルはそう言うと、親指、人差し指、中指を立てた右手を顔の横で軽く振っておどけてみせる。
「ふふ。大人になったのね、カミル?」
「そこで判断するのかい?」
風もなく、ただ静かに降りしきる雨音が心地よく二人を包む。
十四年振りの再会だというのに、彼女たちの会話はついこの前会ったような気楽さだった。
「……怪我はもういいの?」
しばらくカップを傾け合ったあと、アンネリーゼがポツリと尋ねる。
「ああ。……いや、まだ少しだけね」
「そうなの? 痛みが、あるとか?」
「いや、古傷が痛むことはないんだけど……」
そこまで言って困ったように微笑むカミルを見て、彼女は控えていたサラとイルゼにそっと目配せした。
カミルも自身の護衛に軽く手を挙げ、サロンには二人だけが残される。
「ちゃんとドアも少し開けてくれているし、僕がクラウスやレオンハルトに怒られることはないかな? そういえば、さっきクラウスの側にレオンハルトはいなかったね」
「ええ……。彼は別件で離れているのよ」
「……そう」
久しぶりに聞いた大切な名前に揺れる心を悟られないよう、アンネリーゼは優美に笑ってみせた。
「それで、さっきの話だけれど……」
「ああ、うん。実は五年前の事故で頭部に怪我を負ってしまったせいで、一時記憶を失くしてしまって」
「そんな……」
「一応回復はしてるんだ。ただまだ時々記憶が混乱することがあってね」
「カミル……。本当にごめんなさい。すべてヴォルバルトの落ち度だわ」
「っ、いけないよ、リーゼ。この件は国王同士でもう話をまとめてるんだ。王族である君が謝罪なんてしたら問題になる」
「公式の場ではそうかもしれないわ。でも今はプライベートな時間よ。大切な幼馴染が傷ついたんだもの。謝罪だけでは足りないわ……」
「リーゼ……」
公国と辺境伯領の境界線上には、とても希少な薬草の群生地が点在している。
その薬草は白い小さな花の形から『女神の雫』と呼ばれており、長年多くの研究者たちが人工栽培を試みてきたが成功例はなく、この場所でしか手に入らない貴重なものだった。
五年前、この群生地を巡って諍いが起き、あろうことか当時のリンベルク辺境伯家嫡男バーレットが独断でティクリッツの国境警備隊に攻撃をしかけたのだ。バーレットの父である辺境伯がすぐに騎士団を退かせ、その武力衝突は双方に軽症者が出た程度で済んだのだが、問題はこのあとだった。
数日後、ちょうど外遊中だった兄に代わりカミルが事後処理と群生地の確認に訪れたのだが、戦闘による爆破があった影響か岩盤が崩落。直撃は免れたものの馬車が谷へと転落し、彼は大怪我を負った。
この事故でティクリッツ側もカミルの側近を含めた十数人が亡くなり、ヴォルバルト側もリンベルク辺境伯その人が命を落とす。
事態を重く見たアンネリーゼの父である先代王は、バーレットを処刑。リンベルク辺境伯家はバーレットの叔父が継ぎ家名の存続は許されたものの、辺境騎士団は王家の直轄となり領地も半分に減らされることとなったのだ。
カミルが怪我を負ったのはあくまでも事故だった。だが、その原因は明白だ。群生地周辺の地盤が緩いことは辺境伯家の人間ならば知っていて当然のこと。にもかかわらずバーレットはその場所で諍いを起こした。
表面上はリンベルク辺境伯家への処分で片が付いたことにされたが、公国が抱く不信感は拭いきれず……。
二年ほど前のクラウスとヴィヴィアンヌの結婚式に大公が出席したことで、やっと関係改善への道筋が見えてきたところだった。
「記憶が混乱するというけれど、私たちが子供のころ、ここで遊んでいたことは覚えている?」
「…………」
「カミル?」
「ごめん、正直にいうと曖昧なんだ……。どうしても古い記憶ほど、靄がかかったみたいになっていて……」
「そうなのね……。でも、またリーゼって呼んでもらえて嬉しいわ」
「僕も、またこうして会えて嬉しいよ。リーゼ」
静かに雨は降りしきる。
リーゼは彼のアンバーの双眸をそっと見つめ、カミルはそんな彼女に優しく微笑みかけた。
(『休暇』の本当の目的を尋ねるのは、きっとまだ早いわね……)
無邪気な子供だったころのままではいられない。
彼の行動の端々にアンネリーゼはそんな思いを抱き始めていた。
レオンハルトの辺境騎士団への左遷。そして彼と入れ替わるように突然やってきたカミル。
(偶然とは思えない……。お兄様はどこまで気づいているのかしら?)
それから半刻──。
当たり障りのない会話で茶会を終わらせようとした彼女だったが、カミルのほうが核心へと切り込んできたのだ。
「クラウスに晩餐に招待されているからそろそろ失礼しなきゃいけないけど……。聞かないの? 僕がなぜヴォルバルトに来たのか」
「……聞いて、いいの?」
「それを聞くために僕を誘ったんでしょ?」
「……ええ。カミル? あなたの目的は、なに?」
凛と真っ直ぐな問いかけに、彼はそっと立ち上がる。そして彼女の横で片膝をつくと右手を胸に当て、一人の男として甘く告げた。
「君に、結婚を申し込みに来たんだ。アンネリーゼ」
「……え……」
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