上 下
9 / 22

9 喜び

しおりを挟む

「急に申し訳ありません、お義姉様」

 通された王妃宮のサロン──。
 ヴィヴィアンヌはいつもどおりの笑顔でアンネリーゼを出迎えた。

「大丈夫よ、ヴィー。私はのんびりさせてもらっているもの」

 二人が丸テーブルで向かい合い席につくと、メイドたちがお茶をサーブして下がっていく。
 そして控えているべき侍女たちまで退室する様子にアンネリーゼも状況を察し、自身の侍女たちに目配せをして下がらせた。

 人払いを済ませ広いサロンの片隅で二人きりになり、アンネリーゼは心配そうに義妹を見つめる。

「やっぱり少し顔色が悪いわ」
「もう、お義姉様は目敏すぎますわ」
「ヴィー?」

 深刻そうでありながら、どこか恥ずかしげにティーカップへと視線を落とすヴィヴィアンヌ。
 そんな様子を見ながらアンネリーゼは少しずつある可能性に気づきだし、その表情に喜びが満ちてきた。

「ヴィヴィアンヌ? もしかして……私の、勘違いじゃないわよね? あなた……」
「はい……。授かれたみたいです、私……」
「っ、ヴィー!」

 アンネリーゼは珍しく音を立てて席を立つと、ヴィヴィアンヌに駆け寄り彼女の頭を優しく抱き寄せた。

「おめでとう! 嬉しいわ、本当に! あぁ、家族が増えるのね! なんて素晴らしいの!」
「か、ぞく……?」

 アンネリーゼのその言葉で、ヴィヴィアンヌの目からは堰を切ったように涙が溢れ出す。
 アンネリーゼにはその涙の意味が、痛いほどに理解できていた。

 ヴィヴィアンヌは王女とはいえ、母国のシガーレフは小国だ。
 大国ヴォルバルトが彼女を王妃として迎え入れても、さほどの利は得られない。
 クラウスとの恋を実らせ結婚したヴィヴィアンヌだが、表面上は祝福されても、その実、国内の有力貴族たちからは歓迎されていなかったのだ。
 そんな中、王太子妃となって日も浅いうちに先王が崩御し、若くして王妃となった彼女。
 それでも元々の芯の強さと聡明さでクラウスを支え、自分の力でその地位を固めてきた。

「ヴィー。ごめんなさいね。あなたの辛い時期に側にいてあげられなくて」
「……っ、そんなこと……。お義姉様はこんなにも、私を……いつも救って……」

 国王の妻として、最も求められる役割……。それは、努力だけではどうにもならないことだった。
 十八歳で初夜の儀を終えてから一年と少し。その間、娘をクラウスの側妃にと狙う貴族たちに「世継ぎはまだか」と圧をかけられ続けてきた彼女。
 ヴィヴィアンヌはいつの間にか、愛するクラウスとの子供を望むのではなく、『ヴォルバルト王国の世継ぎを産む』という義務に囚われていたのだ。

 そんな彼女に、アンネリーゼは家族が増えると真っ直ぐに喜んでくれた。
 それはヴィヴィアンヌのなかへ、呪縛をとく魔法の言葉のように染み渡っていく。

「体を厭うのよ。食事は? つわりはあるの?」
「はい。ここ数日でつわりが突然ひどくなってしまって……」
「そうだったのね。私にできることはある? 何でも甘えてちょうだい、ヴィー」
「ありがとうございます、リーゼお義姉様。実は、急なんですが、お願いが……」
「うん?」


 ヴィヴィアンヌから詳しく話を聞いたアンネリーゼは、義妹を落ち着かせて涙を拭ったあと、急いで自室へと戻り支度を始めた。


「明後日の夜会に代わりに出席とは……。なかなか厳しいお願いね、ヴィー」

 そう苦笑しつつも、彼女は久しぶりの公務に内心ではどこかホッとしていたのだ。

 アンネリーゼが頼まれたのは、亡命中にヴィヴィアンヌの後見人も務めていた、ヒューゲル前侯爵夫人カサンドラの七十歳の誕生日パーティーへの出席だった。
 ヒューゲル侯爵家は数代前に王女が降嫁しており王家の血をひくこと、またカサンドラ自身も社交界の重鎮として今も存在が大きいこともあって、王族と言えど出席を見送れない大切な夜会なのだ。

「時間がないし、手持ちのドレスから選ばないといけないわね。主役はカサンドラ夫人だし、明るい色は避けましょう。サラ?何着か候補を出してきて?」
「承知致しました」

 サラのセンスを信頼しているアンネリーゼは、彼女が選んだのだ候補の中からドレスを決め、次に他の侍女たちも交えながらアクセサリーを選びと髪型や化粧の相談を始める。

(それにしても、エスコートが……。ヴィーは疑いたくないけれど、お兄様がお膳立てしたんじゃないかと……そっちは疑いたくなるわよね……)

 ふとそんなことを考えながら、サラが並べてくれたアクセサリーの中で、アンネリーゼが無意識ながらも引き寄せられるように手を伸ばしていたのはイエローダイヤモンドのネックレスだった。
 それを見てサラがそっと口元をゆるめる。

「そちら、ネイビーのドレスによく似合うかと」
「えっ? ええ、そうね。これにしようかしら」
「承知致しました」

 アンネリーゼはサラの意味深な微笑みを見ながら、その意味が思い当たらず首を傾げた。

「フォン・ケルナーも、こちらでドレスアップなさった殿下を見れば、さぞお喜びになるかと」

 サラにそう言われて、やっと自分の無意識の意味を理解し顔が熱くなる彼女。

(や、やだ……この色……レオンの髪の……!)

 明後日の夜会。クラウスと出席しては、ヴィヴィアンヌの欠席の理由を探られてしまう。
 周りの出席者たちは王族から誰が出席するかまでは把握していないはずだ。
 カサンドラ夫人には本当の理由を伝えてあるので、当日アンネリーゼが代理で出席しても上手く取りなしてくれるだろう……。
 そして現状、アンネリーゼをエスコートできる存在は、レオンハルトくらいしかいなかった。

(私は王女の公務として出席するのよ……。レオンも仕事だわ。そう、仕事よ)

 いくらそう言い聞かせても、また心の中、同じ場所が痛いくらいに跳ね回る。

『俺に恋しろよ』

 あの日のレオンハルトの言葉と甘い香り……。
 その記憶はアンネリーゼの抗う想いを僅かにかすれさせていた。

(恋なんて、本当はずっとずっと前から……。でも……)

 全てを認めてしまいたいその一方、同時に蘇る心許ない声……。

『あなたは立派な王女よ。王女として、陛下やクラウスを……このヴォルバルトを支えてね……。私の、アンネリーゼ……』

 アンネリーゼの手が胸元で柔く握りしめられ、また浅い呼吸になっていく……。
 忙しく動き回る侍女たちに気づかれることなく、彼女はそっと寝室へ入りベッドに小さくうずくまったのだった。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...