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第14話
しおりを挟むどんなに忙しくしていても夕食だけは一緒にとっていたウィリアムが、ダイニングで食事をとらなくなって数日──。
「今夜も、いらっしゃらなかったな……。」
ジュリアは一人での夕食を終えると足取りも重く部屋へと戻った。
ほんの数日前。ウィリアムの腕の中、幸せに眠りについた気がしたのに、目覚めると自室のベッドで一人だった。
メアリからは彼の急な仕事のせいだと聞かされたが、彼女には違和感しか残らなかった……。
「なんだか、避けられてる気がする……。」
ジュリアは自分の部屋の主室で一人、マホガニーのビューローを開くとその前に座り、もう何度となく読み返している弟からの手紙を手に取る。
婚約破棄され、諦めかけていた自分の想い。それは、手放さずにいられることになった。
『子供がほしい。』
こんなにも愛する人と巡り会えた。
そんな大切な夫と家族を作れたら……。
それはずっと夢見てきたことのはずだった。
ユーリが生まれ、愛しそうに生まれたばかりの小さな彼を抱く母を見たとき、彼女の中に芽生えたのは母の愛を貰う弟への羨望ではなく、我が子を腕に包む母への強い憧れとほのかな嫉妬。
ユーリをどんなに可愛がっても、やはり母には敵わない。
それがとても輝いて見えて、自分もいつか……そう思ってきた。
なのに、突然自分を蝕みだした前世の記憶は、毎月子が出来ていないとわかるたび、落胆ではなく安堵に近い感情を運んでくる……。
「……もう、ヤダ………。なんで、こんなに……。」
開いたビューローのテーブルの上、ポタポタと雫が落ちていた。
「……こんな、過去の私に振り回されてばっかりで……。私、ビルに嫌われてたら、どうしよう………うっ、う……っ……。」
必死に嗚咽を飲み込み、ジュリアは手の甲で涙を拭う。
──このまま嫌われるくらいなら……。話そう、全部……。
彼女自身でも掴みきれていない、かつての想い。
今、ジュリアが生きているこの世界には輪廻転生という考え方は存在しない。
だからこそ、自分がおかしいと思われるのが怖くて誰にも相談出来ずに来たのだ。
今だって上手く説明出来る自信もない。けれど……。
「……何もしないで、ウィリアムを失うなんて……。それだけは絶対に、嫌……。」
ジュリアはメアリもマーサも呼ばず、一人で部屋を出た。
ウィリアムは軽食をつまみながらまだ仕事中だと聞いていた彼女は、階段を下り彼の執務室へと向かう。
ドアの前に立つと、ジュリアは大きく深呼吸をしてからノックした。
「ビル?話があるの。時間をもらえないかな?」
勇気を振り絞った問いかけに、ウィリアムからの返事はない。
「……ウィリアム?」
しばらくドアの前で待ってみたが、返事どころか彼の気配すら感じることが出来ず、ノックした彼女の手がにわかに震えだした。
──まさか、いないの?……もう外は真っ暗なのに……。
「ウィリアム、入るわね。」
開いたドアの先。執務室は暗く、彼の姿はない。
──どこに……行ったの?……私、何も、聞いていない……。
ただ、聞かされていた場所にウィリアムがいなかっただけ。
冷静になれば、屋敷の別の場所かもしれない……。少し庭に出たのかもしれない……。そうやって色々な可能性を考えられたはずだった。
しかしジュリアの心臓は気持ちが悪いほどにドクドクと波打ち、喉の奥から震えと吐き気が湧き上がってくる。
頭の中では狂ったように、かつての自分の声がループし続けていた。
『一人にしないで。』
「嫌、嫌よ……お願いだから……もう、消えて……!」
ジュリアが耳を塞いで頭を強く横に振りながら執務室の入口で崩折れる。
自分の意思など無視したように溢れ続ける涙。息が吸えているのかわからず、彼女は苦しさに力が抜けていく身体を支えようと、必死に床に手をついた。
その時──。
「っ!?奥様!」
ちょうど執務室に本や書類を片付けるよう言いつかってやってきたノエルが、手にしていたそれを落とした鈍い音が響く。
と同時に、その場を蹴るようにして彼はジュリアに駆け寄り真っ青になっている彼女を抱き起こした。
「奥様っ、一体どうされたのですか!?」
──ノ、エル……?ねぇ……旦那様は……どこ?
「ジュリア様!しっかりなさって下さいっ!」
ノエルはぐったりとするジュリアを軽々と横抱きにして抱き上げ、力の抜けた頭を自身の肩口にもたれさせて足早に歩き出す。
途中で近くにいたメイドにメアリを呼ぶように頼み、二階の彼女の部屋の前にたどり着いた時だった。
「何をしているっ!」
「っ、旦那様っ!?」
突き刺さるような鋭い声と共にウィリアムがノエルの肩を強く掴む。
「一体、何のつもりだっ!私の妻に気安く触れるな!」
余裕をなくした主人の形相に、ノエルは眉をひそめつつも冷静に話しかけた。
「落ち着いて下さい、旦那様。奥様が執務室の前で倒れておられたのでお連れしました。早く奥様をベッドに。」
彼が半ば押し付けるような形でジュリアの身体をウィリアムに預ける。
ぐったりと青白い顔のジュリアを見て、頭に血がのぼっていたウィリアムは一気に平常心を取り戻した。
「……すまない、取り乱した。」
「いえ。旦那様の、愛情の表れですので。」
「生意気だな、君は……。」
「恐れ入ります。」
肝が座っているとでも言えばいいのか……。
公爵家の当主相手に軽口を叩くノエルを前に、ウィリアムの肩からは更に力が抜けていく。
おかげでここ数日燻っていた仄暗い嫉妬が、ゆるゆると解けていく感じがした。
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