上 下
44 / 48

Episode 44

しおりを挟む

「ナイゼル先生っ。」
「シャーロット。久しぶり、元気そうだね。」


 春──。
 ユリウスとアーネストが学園を卒業し、ルイもカティアローザを迎える準備のため、留学を切り上げ母国へと戻った。
 聖女となったシャーロットは、翡翠宮に造られた仮神殿で祈りを捧げながら学園へと通い、充実した日々を送っている。

 進級前の春の休暇で、シャーロットは一年ぶりにブライア男爵領へと帰省してきた。
 大好きな父との再会の余韻も覚めないうちに、彼女はもう一人の大切な人に会うため、教会へと歩を早める。
 漆黒の長い髪をバッサリと切り、額に僅かな傷跡を残す彼は、楽しそうに笑った無邪気な顔で迎えてくれた。


「先生も元気そうですね。今までで一番顔色がいいですよ。」
「ハハっ。そうだね。今はちゃんと食べて子供たちと一緒に寝てるからね。」


 『聖女の奇跡』で助かったあと、ロウエルは魔術研究室を辞め故郷のピッケルシュへと戻っていた。
 闇の魔力を覚醒させセシルを救った直後に、シャーロットとセシルを転移させた彼は、魔力の全てを使い果たしてしまっていたのだ。
 子爵位も返上し平民に戻って全てのしがらみから解き放たれたロウエルを、セシルは嬉しそうに送り出した。

 自分が育った孤児院で高齢になったノア神父を手伝いながら、ブライア男爵が作った学校で教鞭をとっているロウエル。
 元々子供好きだったのだろう。すっかり懐かれて、シャーロットが孤児院を訪れた時も、子供たちにもみくちゃにされていた。

「あー、シャーロットお姉ちゃんだぁ。」
「お姉ちゃんも帰ってきたの?」
「なんでロウエル先生知ってるの?」
「ねぇ、早く遊ぼうよぉ!」

 どうやら二人で、ゆっくりと近況を語り合うのは無理らしい。
 苦笑いを浮かべて視線を交わした二人は、歓声をあげる元気な子供たちと、クタクタになるまで走り回り夕暮れを迎えていた……。


 聖女の務めもあり、五日ほど実家で過ごしたシャーロットは王都への帰路に着いた。

「お父さんまで一緒に来なくても大丈夫だったのに。」

 片道二日ほどの道中には、ユリウスが警護をつけてくれ護衛騎士が同行している。
 それでもブライア男爵は娘と共に王都へと向かっていた。

「シャーリー。王都に着く前に、お前の口からちゃんと聞いておきたいことがあるんだ。」
「なに?お父さん。」

 ガタガタと揺れる馬車の中。珍しく厳しい顔つきで見つめてくる父に、シャーロットが背筋を伸ばす。

「お前は、王太子殿下をお慕いしているのかい?」
「っ!……はい。」
「それがどういうことなのか、ちゃんとわかっているか?お前は特別な立場になったとはいえ、男爵家の娘にすぎない。王太子殿下に想いを寄せるというのは、一時いっときの恋心では済ませられないんだよ?」
「………。」
「殿下のお側でどんな辛い道でも進む覚悟が、お前にあるのか?」

 それはシャーロットが何度も何度も考えて、悩んだことだった。
 ユリウスと共に歩むということは、未来の王妃になるということ。
 数年前まで平民だった彼女には、とてつもない努力が必要になるだろう。それでも……。

「私はどれだけ辛いことがあっても、苦しいことがあっても、ユリウス殿下から離れるほうが怖いの。それに、私、大切な人が沢山できたのよ?一人じゃないの。だから、殿下のお側にいられるのなら、前を向いて頑張れると思う。」
「私では、もう助けてやれないよ?」
「大丈夫。は沢山愛してくれたわ。それが一番の宝物だもの。」

 いつの間にか凛とした美しさを身につけた娘の笑顔に、男爵は涙目でくしゃりと笑いしっかりと彼女を抱きしめる。

「……シャーリー……私のシャーロット。どんな淑女レディになろうと、どれだけ遠い存在になろうと、お前は生涯、私の宝物だよ。どうかいつまでも忘れないでいて……。」
「……うん。」


 二人を乗せた馬車が停まった場所は、翡翠宮ではなくマルセル公爵家のタウンハウスだった。

「おかえりなさい、シャーリー。待っていたわ。」
「カティ様。ただいま戻りました。」
「ブライア卿、ご足労感謝します。」
「とんでもないことでございます。今度のことは……感謝申し上げるのは私の方です、レディ。」
「さあ、中へどうぞ。」

 通された応接室。そこにはマルセル公爵と共にカティアローザの兄・フェルディナンドも待っていた。

「着いたばかりで疲れているところをすまないね、ブライア卿。」
「いえ。お招き感謝いたします、閣下。」
「シャーロット。しばらく会わないうちにまた可愛らしくなった。」
「ありがとうございます、小父様。」

 和やかに挨拶を交わし、ソファーへと皆が落ち着くと、執事のウォルターがお茶をサーブし始める。

「シャーロットもフェルと会うのは初めてだったね。我が家の長男のフェルディナンドだ。私とフェルがそれぞれ忙しくてなかなか休みが合わなくてね。こちらの都合に合わせてブライア卿に来てもらえて助かったよ。」
「恐れ入ります、閣下。」

 フェルディナンドは二十二歳。カティアローザと同じはちみつ色の髪で、目元がマルセル公爵によく似た、整った顔立ちの美丈夫だった。
 馬車の中の会話と、目の前で公爵一家が並んで座っている状況に、シャーロットも父が王都に来た目的を察し鼓動が速くなってくる。

 ウォルターがサーブを終え他の使用人も引き連れ部屋を後にすると、マルセル公爵はティーカップを傾け一呼吸置いてから、シャーロットへと微笑み問いかけた。


「シャーロット、公爵家の養女にならないかい?」












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

【完結】王命婚により月に一度閨事を受け入れる妻になっていました

ユユ
恋愛
目覚めたら、貴族を題材にした 漫画のような世界だった。 まさか、死んで別世界の人になるって いうやつですか? はい?夫がいる!? 異性と付き合ったことのない私に!? え?王命婚姻?子を産め!? 異性と交際したことも エッチをしたこともなく、 ひたすら庶民レストランで働いていた 私に貴族の妻は無理なので さっさと子を産んで 自由になろうと思います。 * 作り話です * 5万字未満 * 完結保証付き

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

転生モブ令嬢は転生侯爵様(攻略対象)と偽装婚約することになりましたーなのに、あれ?溺愛されてます?―

イトカワジンカイ
恋愛
「「もしかして転生者?!」」 リディと男性の声がハモり、目の前の男性ルシアン・バークレーが驚きの表情を浮かべた。 リディは乙女ゲーム「セレントキス」の世界に転生した…モブキャラとして。 ヒロインは義妹で義母と共にリディを虐待してくるのだが、中身21世紀女子高生のリディはそれにめげず、自立して家を出ようと密かに仕事をして金を稼いでいた。 転生者であるリディは前世で得意だったタロット占いを仕事にしていたのだが、そこに客として攻略対象のルシアンが現れる。だが、ルシアンも転生者であった! ルシアンの依頼はヒロインのシャルロッテから逃げてルシアンルートを回避する事だった。そこでリディは占いと前世でのゲームプレイ経験を駆使してルシアンルート回避の協力をするのだが、何故か偽装婚約をする展開になってしまい…? 「私はモブキャラですよ?!攻略対象の貴方とは住む世界が違うんです!」 ※ファンタジーでゆるゆる設定ですのでご都合主義は大目に見てください ※ノベルバ・エブリスタでも掲載

【完結】婚約破棄された公爵令嬢は推しの為に生きる!

永倉伊織
恋愛
王国の英雄ナタリア・ヴァイスハーフェンの為に、全てを捧げて生きて行きたいマリエール・シュヴァイツァー公爵令嬢は、自ら望んで婚約破棄をして貰う事に成功する。 自由の身となったマリエールは、ナタリア(推し)の為に生きる事を誓う。

婚約者に新しい回復薬の精製法を勝手に発表されて婚約破棄された令嬢は実家から追放されて隣国へと旅立った。半年後、その回復薬の欠陥が判明し

竹井ゴールド
恋愛
 王宮で新たな回復薬を開発した男爵令嬢は、回復薬を勝手に発表された上に、その手柄を婚約者に奪われて婚約破棄されてしまう。  更には婚約者に逃げられた責任を問われて実家からも追放されるのだった。  その後、令嬢は逃げるように隣国へと旅立った。  婚約破棄や実家を追放の失意から、ではなく、回復薬には重大な欠陥があり、それで公表しなかったのに発表されてしまい、連座で罪に問われる事を恐れて・・・ 【2022/10/30、出版申請、11/11、慰めメール】 【2022/11/1、24hポイント8800pt突破】 【2023/5/13、出版申請(2回目)、5/26、慰めメール】 【2024/9/16、出版申請(3回目)】

処理中です...