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Episode 44
しおりを挟む「ナイゼル先生っ。」
「シャーロット。久しぶり、元気そうだね。」
春──。
ユリウスとアーネストが学園を卒業し、ルイもカティアローザを迎える準備のため、留学を切り上げ母国へと戻った。
聖女となったシャーロットは、翡翠宮に造られた仮神殿で祈りを捧げながら学園へと通い、充実した日々を送っている。
進級前の春の休暇で、シャーロットは一年ぶりにブライア男爵領へと帰省してきた。
大好きな父との再会の余韻も覚めないうちに、彼女はもう一人の大切な人に会うため、教会へと歩を早める。
漆黒の長い髪をバッサリと切り、額に僅かな傷跡を残す彼は、楽しそうに笑った無邪気な顔で迎えてくれた。
「先生も元気そうですね。今までで一番顔色がいいですよ。」
「ハハっ。そうだね。今はちゃんと食べて子供たちと一緒に寝てるからね。」
『聖女の奇跡』で助かったあと、ロウエルは魔術研究室を辞め故郷のピッケルシュへと戻っていた。
闇の魔力を覚醒させセシルを救った直後に、シャーロットとセシルを転移させた彼は、魔力の全てを使い果たしてしまっていたのだ。
子爵位も返上し平民に戻って全てのしがらみから解き放たれたロウエルを、セシルは嬉しそうに送り出した。
自分が育った孤児院で高齢になったノア神父を手伝いながら、ブライア男爵が作った学校で教鞭をとっているロウエル。
元々子供好きだったのだろう。すっかり懐かれて、シャーロットが孤児院を訪れた時も、子供たちにもみくちゃにされていた。
「あー、シャーロットお姉ちゃんだぁ。」
「お姉ちゃんも帰ってきたの?」
「なんでロウエル先生知ってるの?」
「ねぇ、早く遊ぼうよぉ!」
どうやら二人で、ゆっくりと近況を語り合うのは無理らしい。
苦笑いを浮かべて視線を交わした二人は、歓声をあげる元気な子供たちと、クタクタになるまで走り回り夕暮れを迎えていた……。
聖女の務めもあり、五日ほど実家で過ごしたシャーロットは王都への帰路に着いた。
「お父さんまで一緒に来なくても大丈夫だったのに。」
片道二日ほどの道中には、ユリウスが警護をつけてくれ護衛騎士が同行している。
それでもブライア男爵は娘と共に王都へと向かっていた。
「シャーリー。王都に着く前に、お前の口からちゃんと聞いておきたいことがあるんだ。」
「なに?お父さん。」
ガタガタと揺れる馬車の中。珍しく厳しい顔つきで見つめてくる父に、シャーロットが背筋を伸ばす。
「お前は、王太子殿下をお慕いしているのかい?」
「っ!……はい。」
「それがどういうことなのか、ちゃんとわかっているか?お前は特別な立場になったとはいえ、男爵家の娘にすぎない。王太子殿下に想いを寄せるというのは、一時の恋心では済ませられないんだよ?」
「………。」
「殿下のお側でどんな辛い道でも進む覚悟が、お前にあるのか?」
それはシャーロットが何度も何度も考えて、悩んだことだった。
ユリウスと共に歩むということは、未来の王妃になるということ。
数年前まで平民だった彼女には、とてつもない努力が必要になるだろう。それでも……。
「私はどれだけ辛いことがあっても、苦しいことがあっても、ユリウス殿下から離れるほうが怖いの。それに、私、大切な人が沢山できたのよ?一人じゃないの。だから、殿下のお側にいられるのなら、前を向いて頑張れると思う。」
「私では、もう助けてやれないよ?」
「大丈夫。お父様は沢山愛してくれたわ。それが一番の宝物だもの。」
いつの間にか凛とした美しさを身につけた娘の笑顔に、男爵は涙目でくしゃりと笑いしっかりと彼女を抱きしめる。
「……シャーリー……私のシャーロット。どんな淑女になろうと、どれだけ遠い存在になろうと、お前は生涯、私の宝物だよ。どうかいつまでも忘れないでいて……。」
「……うん。」
二人を乗せた馬車が停まった場所は、翡翠宮ではなくマルセル公爵家のタウンハウスだった。
「おかえりなさい、シャーリー。待っていたわ。」
「カティ様。ただいま戻りました。」
「ブライア卿、ご足労感謝します。」
「とんでもないことでございます。今度のことは……感謝申し上げるのは私の方です、レディ。」
「さあ、中へどうぞ。」
通された応接室。そこにはマルセル公爵と共にカティアローザの兄・フェルディナンドも待っていた。
「着いたばかりで疲れているところをすまないね、ブライア卿。」
「いえ。お招き感謝いたします、閣下。」
「シャーロット。しばらく会わないうちにまた可愛らしくなった。」
「ありがとうございます、小父様。」
和やかに挨拶を交わし、ソファーへと皆が落ち着くと、執事のウォルターがお茶をサーブし始める。
「シャーロットもフェルと会うのは初めてだったね。我が家の長男のフェルディナンドだ。私とフェルがそれぞれ忙しくてなかなか休みが合わなくてね。こちらの都合に合わせてブライア卿に来てもらえて助かったよ。」
「恐れ入ります、閣下。」
フェルディナンドは二十二歳。カティアローザと同じはちみつ色の髪で、目元がマルセル公爵によく似た、整った顔立ちの美丈夫だった。
馬車の中の会話と、目の前で公爵一家が並んで座っている状況に、シャーロットも父が王都に来た目的を察し鼓動が速くなってくる。
ウォルターがサーブを終え他の使用人も引き連れ部屋を後にすると、マルセル公爵はティーカップを傾け一呼吸置いてから、シャーロットへと微笑み問いかけた。
「シャーロット、公爵家の養女にならないかい?」
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