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Episode 43

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 瞬きをして目を開く。女神との邂逅は元のこの世界では刹那の出来事だった。
 その一瞬のうちに、シャーロットの体は女神が纏っていたのと同じ眩い光で包まれていて、ユリウスが繋いだ手にそっと口づけ静かに離れていく。

「ユリウス様……。」
「僕は、シャーロットを信じてる。大丈夫だよ。」
「はい。」

 彼女は手の中にある様々な色に光が混ざる魔石を見つめ、この光はたくさんの祈りなのだと、自分はそれを受け取り届けるためにいるのだと、ごく自然にそう思えた。


 ──きっとそれが、本当の聖女の祈りなんだ。


 シャーロットが魔石を掲げ、幾度も口にした光の言葉を唱える。


 『光れルクシア


 その瞬間、魔石が割れ溢れ出した色とりどりの光が瓦礫の隙間を埋めて一筋の道を作った。
 土煙が晴れたその先に横たわるロウエルが見えた途端、弾かれたようにユリウスとオスカー、そして数人の騎士たちが走り出す。

「僕とオスカーが風魔法で石柱を浮かせる。君たちで先生を引きずり出して運んでくれ。」
「「わかりました!」」
「オスカー、いいか?」
「はいっ!」

 大きな石柱の下に二人が魔法の風を送り込むと、ジワリジワリと重い石が浮き上がり、ロウエルの体との間に僅かな隙間が出来た。

「今だ!」

 オスカーの声に騎士たちがロウエルの体を救い出し、そのまま抱えてシャーロットの元へと連れて行く。
 呼吸を感じられずグッタリとした彼の体の横で膝をつき、彼女は精一杯の力でロウエルに癒やしを与えていった。

 ──お願い!お願いだから、目を開けて!

 光の石の力はもうない。今頼れるのはシャーロットの、聖女自身の光の魔力だけだった。
 全身に傷を負い、死の淵にいるロウエルを癒やすのは並大抵のことではなく、彼女の力は激しく消耗していく。
 それでも、諦めるという選択肢がシャーロットの頭に浮かぶことはなかった。
 彼女とロウエルの周りには、彼の生還を願うたくさんの人たちがいてくれる。癒やしを続け倒れそうなシャーロットを抱きしめ支えてくれるユリウスも……。
 そして……。

「エルッ!」

 意識を取り戻したセシルがフラフラと駆け寄り、ロウエルの体を抱き起こした。

「エルッ、起きて!エル、エル!!」


 親友の必死な声……。溢れる祈り……。
 そして想いは、奇跡となった……。

 微かにロウエルの目が開き、漆黒の瞳に生が宿る。

「…………セ、シル……?……また……会えた………。」
「っ、エルッ!」


 シャーロットの耳にも届いたロウエルの掠れた声に広がる安堵。
 意識を失いそうになりながらも懸命に光を与え続けていた彼女の体から、フッと力が抜けていった。


 ──………どうしよう……もう………。限界みたい……。


 おぼろげな意識の中、彼女に甘く温かい囁きが染み込んでくる。

「ありがとう、シャーロット。もう大丈夫。……安心して眠っていいよ。」
「……ユリウス様……よかった……。」

 大好きなユリウスの腕の中であどけなく笑い、スーッと眠りに落ちていくシャーロット。
 ユリウスはそんな彼女をふわりと抱き上げると、瞼に淡くキスを落とし、王太子として歩き出した。


 ──これでやっと、前に進めるよ。ここからは、僕の仕事だね。



 後にレイニードだけでなく、各国で語り継がれることとなる『聖女の奇跡』。
 この奇跡の前に世界を救った偉大な闇の遣い手の存在は、表に出ることを嫌った彼の意向で、代々の聖女とレイニード王家だけに、ひっそりと伝えられていったのだった──。





 ◇◇◇




「おはよう、シャーロット。今朝も可愛い。」
「……おはようございます、ユリウス様……。」
「殿下!毎朝、わたくしの可愛いシャーリーを困らせないで下さいませ。」
「仕方ないじゃないか、カティ。シャーロットはいつでも可愛らしいんだから。」
「それには同意致しますが、シャーリーが恥ずかしがっていますわ!」
「そうか、こんな頬を染めて愛らしいシャーロットを、他の人間に見せるのは問題だな……。」
「っ、もう、やめてください。ユリウス様っ。」


 『大神官ゼッドの反乱』から数ヶ月。
 冬を迎えたベッドフォート学園で、それはいつも通りの朝の光景となっていた。

 あの時、覚醒したシャーロットの光を浴びたことで無事に長い眠りから目を覚ました国王は、ユリウスから一年半の間に起きた事のあらましを聞きすぐに動き始めた。

 崩壊した大神殿の再建のために、トルストを始めとする隣国から多くの援助が届き、順調に瓦礫の撤去が進んでいる。
 各国の国王には、今回の事件が何を意味し、それを防いだレイニードと聖女の功績がどれほどのものなのか、よくわかっていたのだ。

 そして、レイニード国王は、民を救うために尽力してくれたルイに感謝の意を示し、隣国トルストと更なる友好を結ぶと発表した。

「王太子ユリウスとカティアローザ・マルセルの婚約を白紙に戻し、王家の血を引くマルセル公爵令嬢にはトルスト王国第三王子との婚姻を命じる。」

 王命として決められた国と国との政略結婚。
 学園でのユリウスとカティアローザを見ていた者たちからは、二人に同情する声がしばらくあがったが、堂々と隣を歩けるようになったルイとカティアローザの仲睦まじい姿に、そんな声もいつしか消えていった。

 そして、カティアローザたちが好意的に受け止められ始めるのを待って、我慢の限界だったユリウスはシャーロットへの気持ちを隠さなくなった。
 正式に聖女となったシャーロットは、安全のためセシルが一時的な後見人となり、翡翠宮で暮らしている。
 毎朝、カティアローザが迎えに来て一緒に登校するのだが、ユリウスは必ず車寄せで待っていて彼女をエスコートするのだ。


 まるで溺愛ぶりを競うようなユリウスとカティアローザのやり取りが毎朝続き、シャーロットはどうしようもない恥ずかしさに、こっそりとため息を吐く。

「お前も毎朝大変だな。」
「オスカー様。オスカー様は私の護衛ですよね?」
「ああ。二人はほっといて先に行くか?」
「はい。」

 スタスタと歩き出したシャーロットに、ユリウスが慌て出した。

「あ、待って!シャーロット!」
「アーネスト、あと頼んだ。」

 オスカーはひらひらと手を振って彼女を連れ歩いていく。

「まったく。殿下もいい加減になさって下さい。そのうち、シャーロットさんに愛想を尽かされますよ。」
「怖いこと言わないでよ、アーネスト!」
「ユリウスは自業自得だ。ほら、カティも。シャーロットのことになると周りが見えなくなるんだから。行くよ。」
「ルイ!人前でこんなことしないで。」

 グッと引き寄せられた手に柔らかな唇が触れて、カティアローザもシャーロットに負けず劣らず頬を染めた。

「人前じゃなかったらいいんだな?」
「──っ、ルイッ!」


 背中にそんな賑やかな声を聞きながら、シャーロットはニッコリと澄んだ空を仰ぐ。


 ──私は、今日も幸せです。












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