上 下
27 / 48

Episode 27

しおりを挟む

「シャーリー、またうなされていたわ。」
「……カティ様……。」
「一度馬車を止めましょうか?」

 王都を出発して二日──。
 シャーロットはあれから眠る度にアリアの夢を見ていた。何度も何度も必死に彼女の言葉を聞き取ろうとするのに、大切な部分がいつもこぼれ落ちてしまう……。
 心配そうに見つめるカティアローザに、シャーロットは疲れた笑みを浮かべて首を横に振った。

 マルセル公爵領までは馬車で三日ほど。
 例年、カティアローザは父や兄と共に夏の社交シーズンに合わせ、途中の親戚筋の領主館マナーハウスに滞在して夜会などに出席しながら十日ほどかけて領地へと戻っていた。
 しかし今年はシャーロットが一緒のため、宿を取る目的で二ヶ所に立ち寄るだけだ。

 この日は、宿泊したマルセル公爵の従兄弟にあたる伯爵の屋敷を早朝に出発し、カティアローザとソフィーの三人で馬車に揺られていたシャーロット。
 ここ数日の睡眠不足で、彼女はいつの間にかソフィーの肩にもたれ眠ってしまっていた。

 カティアローザに起こされ窓の外を見ると、だいぶ日が高くなっている。

「私、随分と眠ってたんですね……。ゴメンね、ソフィー。重かったでしょう?」
「そのようなこと……。華奢なお嬢様をお支えするくらいなんともありませんよ。お体は辛くありませんか?」
「うん、平気。」

 ──子供の頃から、お父さんの仕事であちこち旅してたから、こんな移動には慣れてるはずなのに……。情けない。

 今は整えられた街道を外れ、隣のペルグラン伯爵領へと抜ける森の中を進んでいた。
 ソフィーが僅かに開けた窓から穏やかな風が入り、シャーロットの顔をくすぐる。馬車の中に流れる慣れ親しんだ緑と土の匂いに、彼女の表情かおがふわりとほころんだ。

「森の空気を感じると、何だか落ち着きます。」
「まぁ。それじゃ、これから行くお祖母様の屋敷もマルセル家のマナーハウスも気に入ってもらえると思うわ。」

 久しぶりにシャーロットの安らいだ笑顔を見たカティアローザは嬉しそうにそう言った。
 今晩泊まるのは、カティアローザの母の実家であるペルグラン伯爵家だ。彼女の伯父が当主となっているが、祖母も健在で毎年孫の訪れを楽しみに待っていた。

「お祖母様がユリウス様もご一緒だと知って、張り切ってしまったらしくて……。規模は小さいけれど夜会の手配をしてしまったそうなの。だから二泊することになってしまうけれど、夜会に出席するのは私とユリウス様だけだから、シャーロットはゆっくりしていてね。」
「はい。ありがとうございます、カティ様。」

 優しいカティアローザの言葉を純粋に温かい気持ちで受け取ったのに、何故か微かにチクリとシャーロットの胸が痛む。

 ──カティ様と殿下で……。そうだよね、婚約者だもん。それが当たり前なんだよね……。

 仮の婚約ということもわかっている。二人が良好な関係だと見せることは大事なことだ。

 ──わかってるのに……。

 出発の日。迎えに行ったマルセル邸でユリウスに馬車へとエスコートされるカティアローザを見て、改めてため息がもれる程に絵になる二人だと、複雑な気持ちになってしまったシャーロット。
 王子であるユリウスの隣に相応しいのは、カティアローザのような『お姫様』なのだと突き付けられた気がした。

 レイニードが平穏を取り戻した時、ユリウスが選ぶ本当の婚約者はどんな『お姫様』だろうか?
 そう考えたシャーロットの胸に、小さな棘が刺さったまま……。今も抜けずにそこある……。

「私、一体、何を考えて……。」

 本当に微かに口の中で呟いたシャーロットは、窓の外から聞こえるもう一台の馬車の音に、いつの間にか耳を澄ましていた。



 ◇◇◇



 ──シャーロットの具合は大丈夫なのかな?今朝も顔色が悪かった……。

 アーネストと共に乗る馬車の中で流れゆく窓の外の景色を眺めながら、ユリウスはシャーロットの事ばかり考え、今日何度目かと言うため息をこぼした。
 幼い頃から常に勉学と稽古。やるべきことがいつも目の前にある毎日だった彼は、急にを取り上げられ戸惑いの中にいる。
 ユリウスのやるべきことの中で「女性への対応」というものは、かなり下位の案件だった。だからこそ、その下位の案件に時間を取られないように、幼馴染とも言える気心の知れたカティアローザにを依頼したのだ。
 それが今はどうだろう。シャーロットというたった一人の女性のことが、ユリウスの最上位の案件になっている。

「殿下……。」

 この二日で、延々とユリウスのため息を聞かされ続けているアーネストが、呆れているのを悟られないように単調な声をかけた。

「なに?アーネスト。」
「私もそろそろ、殿下と二人だけの空気に耐えられないのですが。カティアローザ様にご一緒出来ないか聞いてみませんか?。」
「……アーネストって、時々すごく失礼だよね……。でも、まぁ……アーネストがそう言うなら……仕方ないなぁ。」

 明らかに瞳を輝かせるユリウスに、アーネストは眼鏡を中指で軽く押し上げながら遠い目になる。


 ──我が主ながら、非常に面倒くさいですね……。まぁ、初恋……でしょうし……。


 アーネストは馬に乗って並走していたオスカーに声をかけ、それぞれの馬車を止めさせた。

 爽やかな緑が重なり合い、淡い想いが交差する時間……。

 太陽が真上から影を作る頃、馬車はマナーハウスへと到着したのだった──。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された相手が、真実の愛でした

 (笑)
恋愛
貴族社会での婚約を一方的に破棄されたヒロインは、自らの力で自由を手に入れ、冒険者として成功を収める。やがて資産家としても名を馳せ、さらには貴族としての地位までも手に入れるが、そんな彼女の前に、かつて婚約を破棄した相手が再び現れる。過去のしがらみを乗り越え、ヒロインは新たな挑戦に立ち向かう。彼女が選ぶ未来とは何か――成長と葛藤の物語が、今始まる。

あなたがいれば、何もいらない

黒木メイ
恋愛
異世界転移した主人公がイケおじに拾われて恋に落ちた。そんな話。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載中。

極上の彼女と最愛の彼 Vol.2~Special episode~

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』 ハッピーエンドのちょっと先😊 結ばれた瞳子と大河 そしてアートプラネッツのメンバーのその後… •• ⊰❉⊱……登場人物……⊰❉⊱•• 冴島(間宮) 瞳子(26歳)… 「オフィス フォーシーズンズ」イベントMC 冴島 大河(30歳)… デジタルコンテンツ制作会社 「アートプラネッツ」代表取締役

転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~

桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。 両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。 しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。 幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。

クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです

こたろう文庫
ファンタジー
学校をズル休みしてオンラインゲームをプレイするクオンこと斉藤悠人は、登校していなかったのにも関わらずクラス転移させられた。 異世界に来たはずなのに、ステータス画面はさっきやっていたゲームそのもので…。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

世の令嬢が羨む公爵子息に一目惚れされて婚約したのですが、私の一番は中々変わりありません

珠宮さくら
恋愛
ヴィティカ国というところの伯爵家にエステファンア・クエンカという小柄な令嬢がいた。彼女は、世の令嬢たちと同じように物事を見ることが、ほぼない令嬢だった。 そんな令嬢に一目惚れしたのが、何もかもが恵まれ、世の令嬢の誰もが彼の婚約者になりたがるような子息だった。 そんな中でも例外中のようなエステファンアに懐いたのが、婚約者の妹だ。彼女は、負けず嫌いらしく、何でもできる兄を超えることに躍起になり、その上をいく王太子に負けたくないのだと思っていたのだが、どうも違っていたようだ。

強引に婚約破棄された最強聖女は愚かな王国に復讐をする!

悠月 風華
ファンタジー
〖神の意思〗により選ばれた聖女、ルミエール・オプスキュリテは 婚約者であったデルソーレ王国第一王子、クシオンに 『真実の愛に目覚めたから』と言われ、 強引に婚約破棄&国外追放を命じられる。 大切な母の形見を売り払い、6年間散々虐げておいて、 幸せになれるとは思うなよ……? *ゆるゆるの設定なので、どこか辻褄が 合わないところがあると思います。 ✣ノベルアップ+にて投稿しているオリジナル小説です。 ✣表紙は柚唄ソラ様のpixivよりお借りしました。 https://www.pixiv.net/artworks/90902111

処理中です...