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Episode 27
しおりを挟む「シャーリー、またうなされていたわ。」
「……カティ様……。」
「一度馬車を止めましょうか?」
王都を出発して二日──。
シャーロットはあれから眠る度にアリアの夢を見ていた。何度も何度も必死に彼女の言葉を聞き取ろうとするのに、大切な部分がいつもこぼれ落ちてしまう……。
心配そうに見つめるカティアローザに、シャーロットは疲れた笑みを浮かべて首を横に振った。
マルセル公爵領までは馬車で三日ほど。
例年、カティアローザは父や兄と共に夏の社交シーズンに合わせ、途中の親戚筋の領主館に滞在して夜会などに出席しながら十日ほどかけて領地へと戻っていた。
しかし今年はシャーロットが一緒のため、宿を取る目的で二ヶ所に立ち寄るだけだ。
この日は、宿泊したマルセル公爵の従兄弟にあたる伯爵の屋敷を早朝に出発し、カティアローザとソフィーの三人で馬車に揺られていたシャーロット。
ここ数日の睡眠不足で、彼女はいつの間にかソフィーの肩にもたれ眠ってしまっていた。
カティアローザに起こされ窓の外を見ると、だいぶ日が高くなっている。
「私、随分と眠ってたんですね……。ゴメンね、ソフィー。重かったでしょう?」
「そのようなこと……。華奢なお嬢様をお支えするくらいなんともありませんよ。お体は辛くありませんか?」
「うん、平気。」
──子供の頃から、お父さんの仕事であちこち旅してたから、こんな移動には慣れてるはずなのに……。情けない。
今は整えられた街道を外れ、隣のペルグラン伯爵領へと抜ける森の中を進んでいた。
ソフィーが僅かに開けた窓から穏やかな風が入り、シャーロットの顔をくすぐる。馬車の中に流れる慣れ親しんだ緑と土の匂いに、彼女の表情がふわりとほころんだ。
「森の空気を感じると、何だか落ち着きます。」
「まぁ。それじゃ、これから行くお祖母様の屋敷もマルセル家のマナーハウスも気に入ってもらえると思うわ。」
久しぶりにシャーロットの安らいだ笑顔を見たカティアローザは嬉しそうにそう言った。
今晩泊まるのは、カティアローザの母の実家であるペルグラン伯爵家だ。彼女の伯父が当主となっているが、祖母も健在で毎年孫の訪れを楽しみに待っていた。
「お祖母様がユリウス様もご一緒だと知って、張り切ってしまったらしくて……。規模は小さいけれど夜会の手配をしてしまったそうなの。だから二泊することになってしまうけれど、夜会に出席するのは私とユリウス様だけだから、シャーロットはゆっくりしていてね。」
「はい。ありがとうございます、カティ様。」
優しいカティアローザの言葉を純粋に温かい気持ちで受け取ったのに、何故か微かにチクリとシャーロットの胸が痛む。
──カティ様と殿下で……。そうだよね、婚約者だもん。それが当たり前なんだよね……。
仮の婚約ということもわかっている。二人が良好な関係だと見せることは大事なことだ。
──わかってるのに……。
出発の日。迎えに行ったマルセル邸でユリウスに馬車へとエスコートされるカティアローザを見て、改めてため息がもれる程に絵になる二人だと、複雑な気持ちになってしまったシャーロット。
王子であるユリウスの隣に相応しいのは、カティアローザのような『お姫様』なのだと突き付けられた気がした。
レイニードが平穏を取り戻した時、ユリウスが選ぶ本当の婚約者はどんな『お姫様』だろうか?
そう考えたシャーロットの胸に、小さな棘が刺さったまま……。今も抜けずにそこある……。
「私、一体、何を考えて……。」
本当に微かに口の中で呟いたシャーロットは、窓の外から聞こえるもう一台の馬車の音に、いつの間にか耳を澄ましていた。
◇◇◇
──シャーロットの具合は大丈夫なのかな?今朝も顔色が悪かった……。
アーネストと共に乗る馬車の中で流れゆく窓の外の景色を眺めながら、ユリウスはシャーロットの事ばかり考え、今日何度目かと言うため息を溢した。
幼い頃から常に勉学と稽古。やるべきことがいつも目の前にある毎日だった彼は、急にやるべきことを取り上げられ戸惑いの中にいる。
ユリウスのやるべきことの中で「女性への対応」というものは、かなり下位の案件だった。だからこそ、その下位の案件に時間を取られないように、幼馴染とも言える気心の知れたカティアローザに牽制を依頼したのだ。
それが今はどうだろう。シャーロットというたった一人の女性のことが、ユリウスの最上位の案件になっている。
「殿下……。」
この二日で、延々とユリウスのため息を聞かされ続けているアーネストが、呆れているのを悟られないように単調な声をかけた。
「なに?アーネスト。」
「私もそろそろ、殿下と二人だけの空気に耐えられないのですが。カティアローザ様にご一緒出来ないか聞いてみませんか?私のために。」
「……アーネストって、時々すごく失礼だよね……。でも、まぁ……アーネストがそう言うなら……仕方ないなぁ。」
明らかに瞳を輝かせるユリウスに、アーネストは眼鏡を中指で軽く押し上げながら遠い目になる。
──我が主ながら、非常に面倒くさいですね……。まぁ、初恋……でしょうし……。
アーネストは馬に乗って並走していたオスカーに声をかけ、それぞれの馬車を止めさせた。
爽やかな緑が重なり合い、淡い想いが交差する時間……。
太陽が真上から影を作る頃、馬車はマナーハウスへと到着したのだった──。
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