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EXCITEMENT09 壬久島 綾香
EXC86 魔銃は饒舌に語りかける
しおりを挟む『えー、まずはだな、綾香くん』
「……その『綾香くん』というのはやめてもらえないか」
エルフの里の奥。
アールヴヘイムの泉へと続く森を進むシュウと綾香。
NAVIを片手にどんどん奥へと進んでいくシュウに軽く視線を向けたあと、俺は綾香に講釈をはじめた。
『いいから聞け。まず、お前のその口調が堅すぎる』
「なっ――!」
まるでそんなことを言われるとは思ってもいなかったかのような綾香の反応。
いや、どう考えても堅いと思うんだけど。
『女性の上司だとな、どうしてもお堅いイメージになってしまうんだ。だからもっと柔らかい口調で部下と接することが重要だな』
「お堅いイメージ……。柔らかい口調で……」
懐から電子手帳のようなものを取り出した綾香は、俺の言ったことを一字一句そのまま入力しはじめた。
この様子だと、本気で悩んでいるのかもしれない……。
これはマジでチャンスかも……?
『ちょっと練習してみろよ。柔らかく、部下に優しく語りかけるイメージで』
「部下に、優しく、語りかける……」
メモを終えた綾香は、いったん電子手帳を閉じ深呼吸をする。
彼女の緊張感が銃身ごしに伝わってくる。
「……や、やあ。き、きき今日も、良いお天気……ですことね」
『……』
「……」
俺達の間に数秒の沈黙が流れた。
……え?
なに今の……?
「……ゾルディ。なにかコメントを」
『……ええと、ごめん。あまりにもアレすぎて今一瞬、意識が飛んだ。まず、天気とかどうでもいいし』
「どうしてだ! 最初は天気の話からはじめるだろう! でなければ、何から話していいか分からなくて1日悩んでしまうだろうが!」
ついに叫び出してしまった綾香。
シュウが何事かと振り返るが、綾香は慌ててジェスチャーで『なんでもない』と応える。
(……こいつ……。もしかしてコミュ症に近いものが……)
『……まあいいや。じゃあ次な。さっきも聞いたが、部下は上司に何を求めているのか。答えは簡単だ』
俺は一呼吸おき、綾香の反応を確認する。
……思いっきり俺のことをがん見している。
早く、回答を寄こせといわんばかりに……。
『綾香。顔が近い』
「え? あ……。す、すまん。つい……」
慌てて俺から顔を離す綾香。
一体どれだけ余裕がないのだろう、こいつは……。
『上司に求めているもの――それは『無関心』だよ』
「……は?」
俺の言葉が聞き取れなかったのか。
それとも脳が理解しようとしないのか。
綾香はしきりに瞬きをしていた。
『部下はな。上司のありがた迷惑な教育という名の説教とか、ありもしない信頼関係を無理やり築こうとするレクリエーションとか、モチベーションを上げるためという名目の飲み会とか、そんなの全くこれっぽっちも望んでいないんだよ』
「ち、ちょっと待った……! ええと、説教が駄目……レクリエーションが駄目……飲み会駄目……」
俺の言葉を一生懸命にメモする綾香。
なんだかだんだん気分が良くなってきた。
俺の舌の回転は加速する。
『世間一般的に部下が上司に求めるものとして、『信頼して欲しい』とかあるけどな。あれを上司が鵜呑みにしたらどうなると思う? 信頼した挙句に失敗して余計に関係が悪くなるだけなんだよ。一度譲渡した分、更に上司の機嫌が悪くなって、今まで以上に部下がボコボコになるだけだ』
「信頼は駄目……余計に関係が悪化……。確かにそうだ……。思い当たる節がありすぎて……」
こめかみに手を当てた綾香は呻くようにそう言った。
これは今までの社畜人生で培ってきた俺の経験談だ。
つまり、俺が上司にボコボコにされてきたっていうだけの話なんだが……。
「し、しかし……。『無関心』など、上司としてあるまじき行為なのでは……!」
綾香から予想通りの質問が飛ぶ。
『考えてもみろよ。部下だってボランティアで働いているんじゃないんだぜ? 給料もらってるだろ? 新人ならまだしも、中堅レベルだったら放っておいても仕事すんだよ。だがな、いつも上司の目にビクビクしながら仕事するとするだろう? あれ効率悪いんだよ。死ぬほど』
「だから、無関心……」
『ああ。人間って不思議でな。無関心でいられると、逆に『関心を持って欲しい』っていう欲求が生まれるんだな。どうしたら上司に関心を持ってもらえるか。成績を上げたらいいのか――? なにか提案したらいいのか――? そういう中から自発的なやる気、みたいなものが芽生えてくんだよ』
どうしてこんなに俺は饒舌なのだろう。
綾香が話を聞いてくれているからか?
彼女は一生懸命メモを取り、一字一句聞き逃さないという姿勢を崩さない。
それが俺の講釈に拍車をかける。
『一言言わせてもらうけどな』
「……もう一言どころではない気がするのだが」
『ごめん、聞いて。今いいところなの。一言言わせてもらうけど、上司が『部下のことを考えている』とかって言うだろう? あれ、ただの自己防衛だからな? そう思い込むことで、都合の悪いこと全てを部下に押し付けても、やれこれはあいつのためだとか、いつか出世したときに役に立つとか――』
だんだん愚痴っぽくなってきた気がするが、綾香はそれでもメモの手を休めない。
やばい。
こいつのこと好きになりそう。
こんなに俺の話を聞いてくれて。
「……無関心、か。たしかに私は今まで、部下に対して自分の信念を押し付けてきただけなのかもしれない……」
ぽつりとそう呟いた綾香。
その横顔はどこか寂しそうで。
ひとりのか弱い女性にしか見えなくて――。
『……』
「勉強になった。礼を言わせてもらおう。このメモを参考に、私も部下にとって理想的な上司を目指そうと思う」
ニコリと笑った綾香にドキっとしてしまう俺。
……いや、待て!
これでは形勢逆転されているではないか!
そうじゃない!
なにを真面目にアドバイスしているのだ俺は!
『あー、そこの綾香くん』
「……綾香くんはもういいだろう」
『まあ聞け。今、俺がお前に熱く伝えたアドバイスは、じつは全体の1%にも満たないのだ』
「な、なんだと!」
そう声を荒げた綾香は俺の銃身を強く握った。
危ないから。暴発するからやめて。
『お前がその気ならば、残り99%の部分を伝授してやってもいいんだが』
「ぜひ! お願いします!」
そう叫び、更に強く銃身を握った綾香。
二丁とも。
痛いっつうの。
『その前に、ひとつ聞きたい。何故お前はエルフの族長を探しているんだ?』
「それは――」
綾香が俺の質問に答えようとしたそのとき――。
「着いたぞ綾香。……お前、さっきから何を1人で騒いでいるんだ?」
「あ……。シュウ……」
絶妙のタイミングでシュウがこちらに近付き、綾香に話しかけてきた。
彼の指差す先には、大きな泉が――。
「反応があるな。恐らくお前の言っていたエルフの族長だ」
「……そうか」
それだけ答えた綾香は、そのまま口を結び先へと進んでしまう。
その様子に首を傾げたシュウだったが、何も言わずに後をついてくる。
(くそ……! もう少しで理由を聞けたんだが……)
とにかく《アールヴヘイムの泉》は目と鼻の先だ。
ここでごちゃごちゃ言っていても仕方がない。
「まずは私が話す。抵抗したら、傷つけずに束縛しろ」
「了解」
――俺達はいざ、《アールヴヘイムの泉》へ。
************************************************
閑話:薫のその後③
「ちょっとぉぉ!! 無理よ無理無理っ!! こっちにくんな化物!! 嫌あああああああああ!!!」
『ガバババババババ!!!』
逃げども逃げども追ってくる巨大なモンスター。
流石にそこまで動きは早くはないが、こう足場が悪いと振り切ることが出来ない。
「もう……! こうなったら……! 《ファイアー・ボール》!!」
振り向き様に魔杖から炎の魔法を唱える私。
カンッ!
『ガバババババババババババ!!!』
「効かないじゃないのよおおお!! 思いっきり弾き返されたわよ!! 嫌あああああああ!!!」
岩のような装甲に全くダメージが与えられない。
恐らく奴に《火魔法》は効かないのだろう。
でも、私は火の魔術師――。
これ、詰んでないですかね?
「もう嫌だ! どうしたらいいのよ! 後は覚えたての《陰魔法》しか……!」
『ガバババババババババ!!!』
私は逃げ回りながらウインドウを開き《陰魔法》のリストを探し始める。
「何か……何かないの……? あの化物に効きそうな魔法……!」
陰魔法でも対処出来なければ、もう完全に私は詰みだ。
あの大口を開いた岩の大猿みたいなモンスターに喰われてしまうだろう。
それだけは嫌だ……!
まだゾルディと別れたくない……!
「これは……? もうヤケクソだわ!」
私は陰魔法のウインドウ内に見つけた一つの魔法を選択する。
つい先日、宮廷での戦闘中にレベルが上がり、覚えたばかりの《陰魔法》――。
その効果を、まだ試していなかったのだ。
「《シャドー・オフショット》!!」
『ガババ?』
大猿のモンスターが首を傾げた。
キモい……!
全然可愛くない……!
にゅるん。
「へ?」
私の身体が、縦に2つに割れた。
そして花が咲くかのように、もう一人の私が出現する。
「これってまさか……分裂の魔法?」
『ガババ?』
薫の運命や如何に――?
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