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第三話「内臓」

「内臓」(10)

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 一報とともに急きょ、フィアたち遠征隊がセレファイスへ戻り始めたころ……

 都の大工としてがむしゃらに働くメネスは、意外な人物に再会していた。

 真夜中の宿屋でふたり、彼らはなにをしているのか?

 うつぶせに寝そべったベッドから、ニコラはふと窓の闇を見上げた。

「なにやら外が騒がしいな、メネスくん。動いているのは都の軍のようだが……」

「遠征隊〝イオラオス〟から、なにか知らせがあったのかもしれませんね。まあ、任せといていいんじゃないですか? 有能で秘密主義の軍人さんたちに?」

 寝転んだニコラの肩や腰を、地呪の電撃でマッサージするのはメネスだ。物憂げな面持ちで、そっけなく続ける。

「どうせぼくたち一般人は蚊帳の外。手伝えることなんてなにもありません」

「それもそうだね。もしまた城壁の守りが突破され、ここまで魔物が押し寄せることになれば、こんどこそセレファイスはお終いだろうし」

 ひさびさに訪れた鍼灸整体整骨院〝サーヘイ堂〟が閉まっていることに対し、ニコラはひどく嘆き悲しんだ。都じゅうを探してようやく発見したメネスも、建築業に鞍替えしたと言い張る始末。

 ただメネス自身もやはりお人好しで、体じゅうの凝りで顔色を悪くして頼み込むニコラを無下に見捨てられなかった。そんなこんなで、メネスはあくまで臨時的に電気按摩師に復帰したわけだ。

 かざした掌を電撃で輝かせながら、メネスはつぶやいた。

「大変な仕事をされていたようですね、ニコラさん。いつも以上にガチガチに凝ってます」

「そういうメネスくんこそ、ずっと鍛えていたのか? 前に会ったときより、ずいぶん逞しくなってるようだが」

「毎日朝から晩まで建物を組み立てていたら、いやでもこうなりますよ。ほかにやることもありませんし」

「あいかわらず悩みは尽きないようだね。体はだいぶ強く健康になったようだが、かんじんの電撃にいつもの威勢がない。心になにか迷いがあるな?」

「べつに……迷いなんて」

 暗い顔のメネスとは対象的に、ニコラはさわやかな表情で言い放った。

「メネスくん、彼女ができたってほんと?」

 ぴたりとメネスの時間はとまった。

「どこ情報です? そんなもの、いません。いなくなった、という表現もおかしい気がします」

「そっか、振られちゃったか。どこの娘かは知らんが、こんな誠実なきみを捨てるなんて見る目がないものだ」

「いえ、彼女はなにも悪くありません。原因があるとすれば、完全にぼくのほう。彼女はひたむきに慕ってくれていたのに、間に立ちふさがる戦いの壁に気圧され、ぼくはそっぽばかり向いていました」

「なんだ、まだ熱は冷めてないじゃないか。ちょっと安心した。態度はあきらめを装っていても、本音の部分ではきみは一途なままだ」

 ほほえましい顔つきで、ニコラはたずねた。

「ぶつけてみたのかね? きみの意思を、彼女に?」

「いえ……彼女の背中を追っていたら、ふいに大きな力が扉を閉めてしまいました。ぼくがのろまなばっかりに」

「いいんだよ、それで」

「え?」

「きみの心が決まるまで、いろいろ悩んで考えるのをだれも怒らない。ときに厳しい意見があったとしても、それはありふれた応援の一種だ。だってきみは、まだこんなにも若いんだから。時間とチャンスは十分にある。じっくり気持ちを整理したら、彼女の心へそっと踏み込んでみなさい……お、電撃がすこし強まった。効く効く!」

 メネスのほほえみは、すこし自嘲げだった。

「けっきょく誰に聞いても、彼女とぼくはまだ運命の入口に差しかかったばかりだと言います。遠く離れてみて、初めて気づくこの感情。たしかにぼくたちは、ぎりぎりの距離で揺れ続けていただけなのかも知れません。驚きました。じぶんなりのこのぼくのテンポを否定しなかったのは、ニコラさん、あなただけです」

「私はただ、いつもどおり軽口を叩いただけさ。それに私が言うまでもなく、とっくにきみの心も決まっていたようだ」

「ありがとうございます。たったひとつのアドバイスで、決心というのはつくものなんですね」

 眼差しに生気を取り戻し、メネスは問うた。

「情報通のニコラさんならお聞きになってます? 〝イオラオス〟の進行状況を?」

「風のうわさに、すこしだけ。くだんの火と鉄の戦乙女の活躍で、驚いたことにひとりの犠牲者も出ていないそうだ。その心配そうな顔、知り合いでも参加しているのかね?」

「まあ、一応は。それに、セレファイスの命運をかけた遠征です。はたして倒せるんでしょうか、魔王は?」

「期待していいと思うよ。最近仕入れた情報だがね。失踪のあいつぐ呪士たちは実は魔王に生け捕りにされていて、なにか大掛かりなことに利用されようとしているらしい。古びた廃城と、強い呪力。さきの失敗した討伐戦で流れた生贄の血と、魔王の存在。あとおそらくは、なんらかの特殊な媒介物……召喚士のきみなら、ピンとこないかな?」

 顔から血の気をうしない、メネスはうめいた。

「まさか、召喚……でもそんな大規模な儀式で、いったいなにを呼ぼうと?」

「さあ、そればかりは魔王本人にたずねてみるしかないね。私の勝手な予想だが、それだけの要素がそろえば〝個〟ではなく〝全〟……つまり〝異人〟ではなく〝異世界〟そのものをこちら側に呼ぶこともできるんじゃないかな」

「異世界……」

 ここではない別の世界への門が開き、正体不明のなにかが大挙して押し寄せる。未知の恐怖に、メネスは声を震わせた。

「さ、さすが、いろいろご存知です。聞いてるだけで怖くなってきました」

「日陰者な組織だが、いちおう情報屋のはしくれだからね。メネスくんになら、知る限りのことをなんでも教えよう」

「感謝します。そういえばニコラさん、セレファイスのどのあたりにお住まいなんです?」

 端正な顔をしばし沈黙に硬めたあと、ニコラは告げた。

「笑わないでくれよ。じつは私、生まれたときに親に捨てられてね。私はなんだか知らないうちに偶然生まれた子どもだったらしくて、親は私の存在にすらろくに気づいていないらしい」

「なんですって……すいません、悪いことを聞いてしまいました」

「ぜんぜん気にしないで。いまとなればただの笑い話さ。私はちっとも親を恨んでなんかいないし、むしろこの素晴らしい環境に生んでもらったことを感謝している」

「その、聞いていいですか?」

「なんでも教えると言ったじゃないか」

「親御さんは、いまどちらに?」

「さいきん、すぐ近くに住んでることを知ったよ。本人はいたって元気さ。しかし、いきなり私が身の上を明かしたら驚くに決まってるし、だいいち事情を説明してもきっと理解してもらえない。だからいまはこうして、ときどき正体を隠して援助するにとどめて、親のことは遠巻きに見守るだけにしている」

 穏やかにニコラはほほえんだ。

「きみの背中を彼女のほうへ押しておいて、当の私が一歩踏み出せずにいるな。慎重さはとても大切だが、我慢しすぎるのも心が凝る。だからね、メネスくん?」

「はい」

 うなずいて、メネスは夜の町に視線をうつした。

「帰ってきたら、正直にフィアと向き合います」
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