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第三話「内臓」

「内臓」(6)

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 まだ朝もやも晴れない早朝……

 フィアをはじめとした〝イオラオス〟の遠征隊はひっそりと旅立った。

 その人数は、フィアをふくめて二十一名。移動手段であるセレファイス産の特殊な縞馬は、固い蹄鉄でリズムよく石畳を蹴っている。伝令係である二十名は、所定の中継地点ごとに待機して一人ずつ減ってゆく予定だ。

 道中でもし緊急事態があった場合、フィアにもっとも近い伝令から順に、呪力による中継地点への報告を行う。地点から地点への中継によって、情報は早馬や伝書鳩よりもすみやかにセレファイスへ到着。セレファイスからフィアへ指示等があった場合は、こんどはその逆をたどればよい。

 遠征隊の中には、呪士でないうえに先日の襲撃で怪我を負った者もいた。そんな不適格者が隊に参加することができたのは、強い志願とその確かな腕前があったからだ。癒やしをつかさどる水呪によってむりやり治療と補強を済ませたその者は、ここセレファイスにもっとも近い中継地点に配備されることになっている。

 町はまだ目覚めておらず、見送りどころか一般人の人影もない。極秘中の極秘である遠征隊の情報漏えいを防ぐため、ごく一部の関係者いがいには偽りの出発時刻と出門場所が知らされている。魔王の耳、つまり裏切り者はどこに潜んでいるかわからない。

 通れる隙間だけ開いた城門を抜けると、フィアはふと町のほうを振り返った。

「反省ね……」

「どうしました、フィア様?」

 鋼のような声で問いかけたのは、若き風の呪士のアリソンだった。

 筋肉の引き締まったその長身がやや細いのに反し、彼が背負うのは信じられない重量の大剣だ。こんな無骨な代物を、この整った容貌が振り回す光景はすこし想像しにくい。

 浮かない顔のまま、フィアは前へ向き直った。

「様付けは結構よ、アリソン。これから長い旅を、仲良くともにする間なんだから。そのほうが気楽でしょ? とつぜん裏切ったあたしを、その立派な剣でぶった切るときも?」

「それが起きることはまずない、と王からは言い聞かされています。隙を見ては女性に言い寄ってばかりの王の約束だけでは心もとないので、神殿での祈りも十分に済ませてきました。ではフィア、と」

「うん、堅苦しそうに見えてユーモア抜群ね、騎士様。そのイケメンぶりとあわせて、あなたのほうこそ他の女の子が放っとかないんじゃない? 彼女いる?」

 馬の手綱を握ったまま、アリソンは眉根ひとつ動かさず問い返した。

「その有無が、この状況にどういった関係があると?」

「つれないわね。あのさ、あたしのOSにはあらゆる人間関係の想定問答集シュミュレーションがつまってるんだけど、実際の恋愛経験はほぼゼロに近くて。こういう悩みは、ちゃんとした生身の人間に聞くのがベストだと思ったのよ」

「恋愛の悩み……そうですか。どこかに想い人を残してきたんですね?」

「ええ。あたしの電子回路も〝ここは泣いていいところだ〟って言ってるわ。じつはあたし、任務にばかり集中してて、大切なひとを放ったらかしにしてたみたいで……」

 恐ろしい苦難の道のりを歩み始めたにも関わらず、フィアはあいかわらずマイペースに軽口を叩いている。

 進む馬上で会話をかわすふたりの背後、音もなく城門は閉じた。

 閉じた城門の内側……けっきょく彼は間に合わなかったようだ。

「フィア!」

 頑丈な門を叩き、メネスは叫んだ。声は当然、外へは届かない。

 遠征隊が出発する時刻と場所を調べていたら、いつの間にか朝になっていた。夜通し情報を集めていた証拠に、その目のまわりには隈がひどい。ほかとは衛兵の動きが違う城門をなんとか見つけ、急いで駆けつけたときにはこのざまだ。

 この機会を逃したら、フィアとはもう会えない。なぜかそんな予感がする。

 門を叩くのをやめず、メネスは繰り返した。

「フィア! 聞いて! ぼくは……ぼくはきみのことが!」

 驚いて飛んできた衛兵たちに、メネスはすぐに取り押さえられている。

「フィア……」

 肩を震わせ、メネスはがくりと顔を落とした。
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