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第四話「棺桶」

「棺桶」(1)

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「おい、シヅル、シヅル……」

 だれだろう。押し殺した声で、だれかが彼女の名前を呼んでいた。それはとても懐かしい響きに聞こえる。

「……?」

 ぼんやりと、シヅルは目を覚ました。

 さいきんなにかと勝手に眠ってしまうことが多い。現にいまもシヅルは、キングサイズのベッドに大の字で寝かされていた。

 この豪勢な内装は、どこの高級ホテルのスイートルームだろうか。だが、部屋と通路を区切るのは分厚いガラスの障壁だ。見渡すかぎり、どこにも外へ通じる道はない。窓ひとつないことを考えると、どうやら当場所は地下室と思われる。

 ここが一風変わった牢屋であることを、シヅルは寝ぼけた頭ながらに悟った。

 そして壁を挟んで、真横にも監獄はあるらしい。となりの空間で、姿の見えないだれかは安堵に胸を撫で下ろしたようだ。

「よかった……無事だったか、シヅル」

「その声は……?」

 ヤモリのようにガラスにへばりつき、シヅルは気配の正体を口にした。

「ホシカ!? ホシカなんけ!?」

「よう。久しぶりだな」

 顔を拝めないことは残念だったが、答えた声はたしかに伊捨星歌いすてほしかに間違いない。興奮と歓喜にガラスを叩きながら、シヅルは叫んだ。

「探したで、ホシカ! かわいそうに、こんな場所に閉じ込められて!」

「ああ、気に入らねえ。気に入らねえ立場じゃねえか、お互い。ところでなんだ、その訛った喋り方は?」

「うちの故郷の方言や。いい加減、いい子ちゃんぶった標準語を使うのも飽きてな。おかげでなんでか、いまはうちまで不良扱いされとる」

「やさぐれたんだなァ、ちょっと見ない間に」

「あんたに言われとうないわ」

 独房どうしで、ふたりはかすかに笑いあった。

「ホシカ、そっちはケガはあらへんけ?」

「おかげさまでな。シャードどもから食らった傷はとっくに治ってる」

 あちらとこちらを隔てる壁に背中合わせになりつつ、シヅルは問うた。

「ここは?」

「ダムナトスお手製の地下牢さ」

「なんで生かされとるんや、うちは?」

「あたしを説得するための人質、だそうだ。ま、ダムナトスの言いなりになるつもりなんてサラサラないけどよ。心配なのは、おまえが妙な拷問でもされないかだ」

「それは大丈夫や。うちはいったい何時間寝てた?」

「半日ぐらいかな」

「ほなら」

 手近な鏡にじぶんの顔を映し、シヅルは呪力を解き放った。片目の五芒星は、きちんと五角ぶん回復している。壁越しに、となりの魔法少女も呪力の流れを感知したらしい。

「これは、呪力……おまえも魔法少女になったのか? いつ、どこで?」

「紆余曲折あっての」

 拳を鳴らし、シヅルはホシカに告げた。

「ちょっと隅まで離れとき。これからうちの能力で邪魔な壁を〝殺す〟」

「だめなんだ」

 ホシカの制止に、シヅルは止まった。

「この部屋に攻撃は効かねえ。シャードの呪力でできた強い結界なんだとよ。あたしも何度も試したが、無理だった。五芒星の無駄遣いはやめとけ」

「八方塞がりか……」

 くやしげに顔をしかめ、シヅルは座り込んだ。八つ当たり気味にシヅルの腰を受け止めたベッドが、ふんわりと反発する。

 こちらも不満そうに、ホシカはつぶやいた。

「ひとまず今は、おたがいの無事が確認できただけでも良しとしよう。じっくり考えようぜ、この豚箱を抜ける手段を」

「それが、ゆっくりもしとれんのや……赤務あかむ市はいま、大変なことになっとるらしい。メネス・アタールに聞いた」

「メネスに? 教えてくれよ、あたしにも?」

 ここまでの斯々然々かくかくしかじかを、シヅルは端的にホシカへ説明した。

 危機感もあらわに、うなったのはホシカだ。

「ついに再開したのか、ホーリーの戦争が。あたしらも急いで合流しないとな。で、また暴れてるのは久灯瑠璃絵くとうるりえか?」

「それは安心して。ルリエはうちらの味方や」

「なんだって?」

 ホシカは目をしばたいた。

「あのルリエが? いったいどういう風の吹き回しだ? なんか裏があるんじゃ?」

「異世界でひと悶着あったっちゅうのは知っとる。でもホシカに辿り着くまで、ルリエは間違いなく身を張ってうちを守ってくれた。なんでも、大事な彼氏をメネスに救ってもらった恩があるそうや」

「それらしいことは、前にメネスから聞かされてたが……まじにチームの一員になったんだな」

「いまのところルリエは、ダムナトスに捕まっとらんらしい」

 期待と不安をないまぜにした眼差しで、シヅルは地下室の天井を見つめた。

「ルリエだけやで、うちらを救い出す力を持っとるんは……早よしてや」
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