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第四話「銀河」

「銀河」(7)

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 ホシカの光刃とシヅルの魔針は、空中で続けざまにジュズを射抜いた。

 地上ではナコトの銃撃とセラの流星、そしてエリーの赤剣が強化装甲の群れを討伐している。高層ビルに挟まれてナクアトラスを叩くのは、巨大化したルリエとミコだ。幾筋ものクトゥルフの爪に八つ裂きにされ、タイプXコールドマーリーの重火器の集中砲火を浴び、大蜘蛛の怪獣は道路を震わせて吹き飛んでいる。

 激闘の狭間を縫い、そのふたりは右と左から歩み寄った。

 フィアとホーリーだ。

 眼前をジュズの破片が舞い、少女たちの呪力が飛び交うのも気にしない。理路整然と戦場のど真ん中へ足を運び、フィアとホーリーはついに間近で向かい合った。

 火花や鬨の声が駆け抜けるのも無視し、つぶやいたのはホーリーだ。

「わたしの砂漠で干上がりながらも〝断罪の書リブレ・ダムナトス〟を悪用したね、彼女たち。一生懸命に溜め込んだ呪力が、すっかりパアだ。さて、どうしてくれる? このやり場のない怒りや憎しみ、どう表現したらいい?」

 ぶつかる距離で対峙しつつ、フィアは言い返した。

「あなたが時代に干渉したため、歴史は予測不可能な方向へ舵を切った。その無意味な攻撃のせいでね。本来は穏やかに生きるはずだった彼女たちは、まだ呪われたままよ。絶望の未来からすれば、甘い呪いスウィートカースかもしれない。でもそれが、悪の侵略から世界を守る」

 徐々に高まる殺気……

 お互いに拳を硬めながら、言い放ったのはホーリーだった。

「それでも、わたしの浄化は終わらないよ」

「その野望、カラミティハニーズが止める」

 動くのは、ふたり同時だった。

 ホーリーの通った時空は思いきり歪んで燃焼し、また真っ赤な残像をひいて踏み込んだのはフィアだ。放った両手と両手を絡め、手四つの状態で組み合う。どこがどう若返ろうが、どこまで人間化しようがもうなりふり構わない。正面衝突したふたりを中心に地面はぐらつき、勢いで街の破片や戦いの火の粉は天地逆さまに上昇した。

 現在と未来の究極の駆け引き……先に膝をついたほうが負ける。

「〝超時間の影シャドウ・オブ・タイム〟百倍!」

「〝赤竜レッドドラゴン段階レベルインフィニティ)!」

 骨の砕ける音が響いた。

 ああ。

 苦鳴を漏らして膝をついたのは、フィアのほうではないか。へたに人間化し過ぎた影響で、彼女は機械にはない掌の粉砕を味わった。その圧倒的な激痛に力負けしたのだ。

 フィアの両手を破壊しながらも、ホーリーは依然として止まらない。常人の百倍以上の馬鹿力を加えられ、フィアの背中は限界までのけぞっていく。

 風切り音が交差したのは、そのときだった。

「!」

 ホーリーの握力は緩まった。

 疾走したエリーの血刀が、タイプXから離脱したミコの白刃が、ホーリーを交互に斬り裂いたのだ。さらにはセラの結果呪エフェクトの隕石を全身に浴び、ナコトの〝黄衣の剣壁ウォール・オブ・エリュクス〟の光圧にまで痛打される。

 たまらず後退したホーリーの周囲で、また大気は渦巻いた。たちまち自身の時間を巻き戻し、彼女はダメージを治癒したのだ。これではキリがない。

 腕を振り払い、ホーリーは雄叫びをあげた。

「来い、過去の亡霊ども! 〝超時間の影シャドウ・オブ・タイム〟……」

 猛加速に移りかけ、しかしホーリーは止まった。

 もちまえの超重力の触手でホーリーをその場に縫いつけるのは、同じく人間形態に縮小したルリエだ。気づけばさらに、ホーリーの視界はおぞましい景色に塗り潰されている。

 それは、無数の血走った眼球が浮かぶ異次元だった。

 殺せない相手にむりやり〝死〟を植えつけるといえば、シヅルの限定外夢げんていがいむしかない。ホーリーを薙ぎ払ったシヅルの指先には、長く尖った魔針が輝いている。

「〝蜘蛛の騎士メーディン第四関門ステージ4……〝死界デッドワールド〟!」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ホーリーの時間のバリアは剥がされた。

「貴様らぁッ!」

「〝翼ある貴婦人ヴァイアクヘイ第四関門ステージ4!」

 激昂したホーリーを襲ったのは、鋭い灼熱感だった。

 魔法少女のホシカの拳から繰り出された光の刃が、ホーリーを貫いたのだ。超高温の呪力で形成されたそれは、ホーリーの腹腔から入って背中まで抜けている。

 正真正銘の致命傷だった。

「…………」

 糸の切れた人形のように、ホーリーは脱力した。唇の端から、鮮血が糸を引く。

 かすかなホーリーの微笑みには、若干の皮肉と、なぜか納得感が含まれていた。

「そうか、そうなる運命か……さようなら、母さん」

 かすれた言葉とともに、ホーリーは散った。

 文字どおり頭頂から爪先まで、順番に粒子と化して霧消していく。彼女を容赦なく追及するのは、本来の自然の摂理だった。限界を超えて酷使されたホーリーの肉体は、大量に前借りしていた時間ドーピングの代償を支払って朽ち果てたのだ。

 チームの連携が生んだ間一髪の勝利だった。ホーリーという司令塔を失い、そこかしこのジュズどもも原動力を失って将棋倒しになっている。

 拳の先から完全にホーリーが消滅したのを確かめ、吐き捨てたのはホシカだった。

「母さんって抜かしたか、こいつ? どこのだれと見間違えたんだ? 親のツラが見てみたいぜ、まったく」

 戦場は無言だった。

 あちらで顔を見合わせたのは、フィアとミコだ。

「もう、いいのでは?」

「……そうね。打ち明けるタイミングは今しかない」

 お互い決心したように頷くと、フィアは代表してホシカへ語りかけた。

伊捨星歌いすてほしか……」

「お疲れ様、フィア。なんだい?」

「以前にセレファイスで残骸を解剖中、ジュズの記憶から偶然読み取ったの」

 魔法少女の衣装からもとの学生服へ戻りつつ、ホシカは首をかしげた。

「なにをだ、もったいぶって?」

 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、フィアは告げた。

「ホーリーの正体は、鳳麗ほーりー伊捨いすて・イングラム……つまり、未来のあなたの娘よ」

「イングラム……そっか、やっぱあいつが、あたしの旦那か。で、その子どもと」

 あっけらかんとホシカは笑った。

 いきなりホシカに殴り飛ばされ、フィアは砂煙を巻いて道路を転がっている。

 その場に四つん這いにひざまずき、ホシカは地面を叩いた。何度も何度も。殴られたアスファルトには亀裂が走り、ホシカの拳には血が滲む。まさかの真相を知り、あたりで見守る仲間たちも複雑な表情だ。

 涙と鼻水の雨で路面を潤し、ホシカは嗚咽した。

「またやっちまった、また騙された……両親のつぎは娘かよ、ちくしょう」

 ほうほうのていで身を起こし、フィアは咳混じりに念押しした。

「戦うのよ」

 骨折した両手のおまけに頬の腫れをもこらえ、フィアは続けた。

「本当の世界線では、間もなく起こる戦争でホシカとイングラムは亡くなり、ホーリーは異星人に誘拐されてアーモンドアイの細胞を植えつけられる。地球人と異世界人、そして宇宙人のハイブリッドが彼女なの。でも過激派の侵略者が起こす戦争なら、あたしたちで防げるわ。新たに生まれたこの時間軸には、存在しなかったはずのカラミティハニーズがいるからね」

「くそ、くそ……」

「新たなホーリーと世界を守りましょう、ホシカ」

 荒れ果てた赤務あかむ市に、戦乙女たちの影だけがたたずんでいた。
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