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第四話「銀河」
「銀河」(5)
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魔導書だけではなく、エドはホーリーの逆鱗にまで触れた。
死神の大鎌めいたホーリーの回し蹴りが一閃するや、エドの体は胴から上下に切断されている。
破片をばらまき、エドは無残に道路を転がった。火花をあげ、意識は薄らぐ。もしマタドールの機体でなければ、あっけなく即死していたはずだ。
淡白な顔つきで、ホーリーは次の獲物へ向かった。
残るはメネスだけだ。重傷の胸をかばい、メネスは跪いたまま動けない。
疾走とともに、ホーリーの姿はかき消えた。
「〝超時間の影〟五十倍」
凄まじい炸裂音がこだました。
オフィス街を叩いたのは、ふたりから打ち広がった衝突の風だ。満を持して乱入したフィア91の掌は、ホーリーの死の拳をがっちり掴み止めている。
その理不尽な圧力に身を震わせつつも、フィアは背後のメネスへうながした。
「あたしの出番よ、ここからは」
「ああ、頼んだぞ」
足を引きずりながら、メネスは撤退した。途中で回収したエドの残骸には、幸いにもまだ息がある。ぎりぎりと鍔迫り合いを披露するのは、フィアとホーリーだ。
彼らが射程圏から外れるのを見届け、フィアは一気に呪力を解き放った。
「術式〝赤竜〟発動段階上昇……段階(焔)!」
「どけ!」
危険なフィアの一撃をスウェーでかわし、お返しにホーリーは大砲のごときボディブローを見舞った。それを防いだのは、跳ね上がったフィアの片膝だ。打つ蹴る打つ。避ける防ぐ避ける。お互いの拳や脚が、霞がかってさえ見える猛スピードの応酬だった。この二名が本気をだしたなら、いったいどちらが強い?
「!?」
潰れた悪罵をこぼし、ホーリーは後退した。踏ん張った両足の靴底から、摩擦の煙があがる。防御をかいくぐったフィアの拳が、その鳩尾をしたたかに抉ったのだ。衣服に隠されたホーリーの鋼の腹筋は、一部が無防備なまでに若返っている。
こめかみに青筋を立て、ホーリーは片腕を薙ぎ払った。
「撃て、ジュズ!」
「!」
あちこちで光がまたたいたときには、もう遅い。ホーリーを守って立ち塞がったジュズどもの眼球が輝くなり、フィアに飛来したのは超高温の熱線だ。斉射のすべては回避しきれず、直撃の反動でフィアは交差点を吹き飛んでいる。
すかさず跳ね起きたフィアだが、違和感は唐突に襲った。
激しい痛みだ。
こんな奇妙な感覚、百パーセント機械だったころには経験したこともない。焼け焦げた制服の脇腹から手を放すと、付着していたのは本物の鮮血だ。やはりシステムの完全開放は、フィアを取り返しがつかないほど人間化させている。
おまけに、なんだ。何本もの不可視の手により、地面に引き寄せられるようなこの機体の重さは。明らかな疲労だった。もうほとんど、フィアのそれは生身に近い。あとどれだけ、戦いに必要なアンドロイドの部分は残っているのだろう。
その間にも、刻々と敵性反応は量を増していた。呪力の不足によってあちこちを砂嵐で乱すのは、ホーリーから生じた転送の魔法陣だ。未来に通じる門からは、待機するジュズの軍勢が総動員で現れている。けたたましく陸を歩むだけかと思いきや、反重力の翼で空を飛ぶ個体さえいるではないか。軽く見積もっても、その数は五百体を下らない。
ホーリーがフィアの介入に逆上し、本格的に兵隊を動かすことはもとより危惧されていた。だからこそフィアは、大事な仲間が減っていくのにも我慢して控えていたのだ。
さらに……
ホーリーはその名を呼んだ。
「いでよ〝終焉の紡手〟」
市街地の木々や信号機を揺さぶったのは、腹にくる地鳴りだった。
呪われた召喚門から、桁違いに巨大な脚部が踏み出す。それも一本どころではない。球体どうしを無数に連結した節足が、いくつも、いくつもだ。あたりの建物を踏み潰し、体中の眼球から怪光線を放ちつつ、そいつは天に咆哮している。
硬質の外骨格に覆われたそれは、超大型のジュズの変異種だった。その全長は、ゆうに百メートルを凌ぐ。空気、大地、海洋に続き、文明の浄化のために訪れたのが、この最後の断罪者〝終焉の紡手〟だ。
赤務市を埋め尽くす敵のボリュームからは、絶望しか感じられない。もう終わりだ。全世界の軍隊をかき集めても、これに勝つことはまずできないだろう。
首領たるホーリーのかたわらを過ぎ、蜘蛛型の大怪獣とジュズどもは進撃を開始した。
かたや、侵略者の大群に対し、静かに立ち上がった少女がいる。
血塗れの拳を握りしめ、フィアがたったひとりで前進したのだ。
毅然とした足取りを崩さずに、フィアはささやいた。
「あたしにはまだ埋まってるの、機械の歯車が」
歩行は助走になり、やがて助走は疾駆へと変わった。
「ぜんぶ使い果たして、あたしは人間になる!」
邪悪な未来の敵軍は、フィアを正面から叩き潰した。
死神の大鎌めいたホーリーの回し蹴りが一閃するや、エドの体は胴から上下に切断されている。
破片をばらまき、エドは無残に道路を転がった。火花をあげ、意識は薄らぐ。もしマタドールの機体でなければ、あっけなく即死していたはずだ。
淡白な顔つきで、ホーリーは次の獲物へ向かった。
残るはメネスだけだ。重傷の胸をかばい、メネスは跪いたまま動けない。
疾走とともに、ホーリーの姿はかき消えた。
「〝超時間の影〟五十倍」
凄まじい炸裂音がこだました。
オフィス街を叩いたのは、ふたりから打ち広がった衝突の風だ。満を持して乱入したフィア91の掌は、ホーリーの死の拳をがっちり掴み止めている。
その理不尽な圧力に身を震わせつつも、フィアは背後のメネスへうながした。
「あたしの出番よ、ここからは」
「ああ、頼んだぞ」
足を引きずりながら、メネスは撤退した。途中で回収したエドの残骸には、幸いにもまだ息がある。ぎりぎりと鍔迫り合いを披露するのは、フィアとホーリーだ。
彼らが射程圏から外れるのを見届け、フィアは一気に呪力を解き放った。
「術式〝赤竜〟発動段階上昇……段階(焔)!」
「どけ!」
危険なフィアの一撃をスウェーでかわし、お返しにホーリーは大砲のごときボディブローを見舞った。それを防いだのは、跳ね上がったフィアの片膝だ。打つ蹴る打つ。避ける防ぐ避ける。お互いの拳や脚が、霞がかってさえ見える猛スピードの応酬だった。この二名が本気をだしたなら、いったいどちらが強い?
「!?」
潰れた悪罵をこぼし、ホーリーは後退した。踏ん張った両足の靴底から、摩擦の煙があがる。防御をかいくぐったフィアの拳が、その鳩尾をしたたかに抉ったのだ。衣服に隠されたホーリーの鋼の腹筋は、一部が無防備なまでに若返っている。
こめかみに青筋を立て、ホーリーは片腕を薙ぎ払った。
「撃て、ジュズ!」
「!」
あちこちで光がまたたいたときには、もう遅い。ホーリーを守って立ち塞がったジュズどもの眼球が輝くなり、フィアに飛来したのは超高温の熱線だ。斉射のすべては回避しきれず、直撃の反動でフィアは交差点を吹き飛んでいる。
すかさず跳ね起きたフィアだが、違和感は唐突に襲った。
激しい痛みだ。
こんな奇妙な感覚、百パーセント機械だったころには経験したこともない。焼け焦げた制服の脇腹から手を放すと、付着していたのは本物の鮮血だ。やはりシステムの完全開放は、フィアを取り返しがつかないほど人間化させている。
おまけに、なんだ。何本もの不可視の手により、地面に引き寄せられるようなこの機体の重さは。明らかな疲労だった。もうほとんど、フィアのそれは生身に近い。あとどれだけ、戦いに必要なアンドロイドの部分は残っているのだろう。
その間にも、刻々と敵性反応は量を増していた。呪力の不足によってあちこちを砂嵐で乱すのは、ホーリーから生じた転送の魔法陣だ。未来に通じる門からは、待機するジュズの軍勢が総動員で現れている。けたたましく陸を歩むだけかと思いきや、反重力の翼で空を飛ぶ個体さえいるではないか。軽く見積もっても、その数は五百体を下らない。
ホーリーがフィアの介入に逆上し、本格的に兵隊を動かすことはもとより危惧されていた。だからこそフィアは、大事な仲間が減っていくのにも我慢して控えていたのだ。
さらに……
ホーリーはその名を呼んだ。
「いでよ〝終焉の紡手〟」
市街地の木々や信号機を揺さぶったのは、腹にくる地鳴りだった。
呪われた召喚門から、桁違いに巨大な脚部が踏み出す。それも一本どころではない。球体どうしを無数に連結した節足が、いくつも、いくつもだ。あたりの建物を踏み潰し、体中の眼球から怪光線を放ちつつ、そいつは天に咆哮している。
硬質の外骨格に覆われたそれは、超大型のジュズの変異種だった。その全長は、ゆうに百メートルを凌ぐ。空気、大地、海洋に続き、文明の浄化のために訪れたのが、この最後の断罪者〝終焉の紡手〟だ。
赤務市を埋め尽くす敵のボリュームからは、絶望しか感じられない。もう終わりだ。全世界の軍隊をかき集めても、これに勝つことはまずできないだろう。
首領たるホーリーのかたわらを過ぎ、蜘蛛型の大怪獣とジュズどもは進撃を開始した。
かたや、侵略者の大群に対し、静かに立ち上がった少女がいる。
血塗れの拳を握りしめ、フィアがたったひとりで前進したのだ。
毅然とした足取りを崩さずに、フィアはささやいた。
「あたしにはまだ埋まってるの、機械の歯車が」
歩行は助走になり、やがて助走は疾駆へと変わった。
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