15 / 32
第三話「疾駆」
「疾駆」(5)
しおりを挟む
規律正しくイレク・ヴァドを進攻するのは、セレファイスの兵士の軍団だった。
武器術に長けた戦士が二百五十名。高い制圧力をもつ呪士が二百五十名。これほどの数を動員しての戦いは、あの伝説に名高い〝光と闇の戦争〟以来かと思われる。
討伐隊の先陣を切って歩くのは、このふたりだった。
機能美に覆い尽くされた全身鎧をまとう討伐隊長のエイベル、そして信じがたいほど長大な剣を背負う風の呪剣士アリソンだ。
不意に、それを指さして叫んだのはアリソンだった。
「あれは!?」
天を衝くガラスの塔の最上階が、大きく輝いたのだ。太い一本に集束した光の柱は、そのまま雷雲を貫いて空へ抜けている。
刹那、空へ描かれたのは巨大な魔法陣だ。
不吉な静寂のあと、それは起こった。
空の魔法陣を抜けて、なにか丸いものが落ちてきたではないか。落下の流れはさいしょは緩やかだったが、しだいに雪崩のように激しく数を増していく。
おもちゃ箱をひっくり返したようにこぼれ落ちるのは、大きな球と球をいくつも連結した人型の物体……ジュズだった。
そしてこんどのジュズは、生きている。地上に降り立ったジュズたちは、そのまま丸い手足で獰猛に討伐隊めがけて疾走した。またあるジュズの一塊にいたっては、球を横並びに生やした翼から反重力と思われるものを放って空を飛来してくる。
青ざめた顔で、アリソンは背中の大剣の柄に手をやった。
「多すぎます……こっちの頭数をはるかに上回ってるじゃありませんか」
「一般住民の避難は完了してる……やるっきゃねえな」
冷や汗をぬぐって、隊長のエイベルは答えた。陸と空から津波のように押し寄せるジュズの大群めがけて、長剣の輝きをかかげる。
「総員! 戦闘開……」
最近なにかと、エイベルは最後まで言い終えることができない。
ジュズの軍隊がいっせいに、頭部の瞳を輝かせたのだ。膨大な熱と衝撃を秘めて飛来した光線は、さっそく討伐隊の片翼を吹き飛ばしている。
未知の遠距離攻撃に、エイベルはうめくことしかできなかった。
「なん、だと……総員、撃てェッ!」
矢や槍を放ち、呪力の火球や鎌鼬を放つ部隊だが、焼け石に水だった。こちらよりよほど統制のとれた動きで、ジュズの光線の雨はたちまちセレファイスの布陣に穴をあけていく。地面の爆破に吹き飛ばされた戦士たちを追うのは、痛々しい悲鳴と絶叫だ。
「くそ、このままじゃ戦う前に全滅だ……うおッ!?」
ひときわ激しい爆発に、馬ごとエイベルは地面に投げ出された。
すかさず起きて見上げた空を、ああ。羽つきのジュズの大群が、おぞましい異音を残して通過していく。
血が出るほど長剣を強く握りしめ、エイベルは絶望した声をもらした。
「あっちは都の方角だ……」
悪夢はさらに続いた。
ガラスの塔から身を投げた人影は、あっという間に巨大化し、地鳴りと土塊を猛烈にあげて地面に降り立っている。
その怪物の体高は、遠目に見ても五十メートルを下らない。
天を覆う骨ばった翼膜に、鱗に覆われた筋骨隆々の巨体、たくましい腕の先で軋みをたてるのは建物より大きな鉤爪だ。凶光を放った瞳の下、その口もとでは吸盤のついた数えきれない量の触腕がまがまがしく蠢いている。
とうとうルリエが、クトゥルフの全力を解き放ったのだ。
地を震わせて歩む超巨大な怪物に、狂気丸出しのジュズの大群……セレファイスの討伐隊がその毒牙に飲み込まれるまで、あと数秒もかからない。
ジュズから放たれた光線は、まっすぐメイベルを狙った。死を覚悟し、目をつむる。
「ここまでか……」
鉄を熱する響きとともに、光線は弾き返されていた。
エイベルの眼前に魔法のように浮かぶのは、金属製の盾だ。
見よ。両手に呪力の稲妻をまたたかせ、エイベルの前に立ちふさがる背中を。
悲愴な声音で、その名を呼んだのはエイベルだった。
「なんで来た、メネス?」
「立て、エイベル」
魔法陣に輝く両手を構えたまま、メネスは背中越しに告げた。
「前にも言っただろう。ぼくたちは人を救い、その救われただれかに、明日を夢見る役目をたくすと」
大挙するジュズの群れを前にしても、メネスに物怖じした様子はない。
長剣を杖代わりに立ち上がると、エイベルは震える声で答えた。
「そうは言っても、俺とおまえだけでどうにかできる問題じゃ……」
メネスは不敵に笑った。
「ぼくらだけじゃない」
かん高い飛行音が、空に響き渡ったのはそのときだった。
武器術に長けた戦士が二百五十名。高い制圧力をもつ呪士が二百五十名。これほどの数を動員しての戦いは、あの伝説に名高い〝光と闇の戦争〟以来かと思われる。
討伐隊の先陣を切って歩くのは、このふたりだった。
機能美に覆い尽くされた全身鎧をまとう討伐隊長のエイベル、そして信じがたいほど長大な剣を背負う風の呪剣士アリソンだ。
不意に、それを指さして叫んだのはアリソンだった。
「あれは!?」
天を衝くガラスの塔の最上階が、大きく輝いたのだ。太い一本に集束した光の柱は、そのまま雷雲を貫いて空へ抜けている。
刹那、空へ描かれたのは巨大な魔法陣だ。
不吉な静寂のあと、それは起こった。
空の魔法陣を抜けて、なにか丸いものが落ちてきたではないか。落下の流れはさいしょは緩やかだったが、しだいに雪崩のように激しく数を増していく。
おもちゃ箱をひっくり返したようにこぼれ落ちるのは、大きな球と球をいくつも連結した人型の物体……ジュズだった。
そしてこんどのジュズは、生きている。地上に降り立ったジュズたちは、そのまま丸い手足で獰猛に討伐隊めがけて疾走した。またあるジュズの一塊にいたっては、球を横並びに生やした翼から反重力と思われるものを放って空を飛来してくる。
青ざめた顔で、アリソンは背中の大剣の柄に手をやった。
「多すぎます……こっちの頭数をはるかに上回ってるじゃありませんか」
「一般住民の避難は完了してる……やるっきゃねえな」
冷や汗をぬぐって、隊長のエイベルは答えた。陸と空から津波のように押し寄せるジュズの大群めがけて、長剣の輝きをかかげる。
「総員! 戦闘開……」
最近なにかと、エイベルは最後まで言い終えることができない。
ジュズの軍隊がいっせいに、頭部の瞳を輝かせたのだ。膨大な熱と衝撃を秘めて飛来した光線は、さっそく討伐隊の片翼を吹き飛ばしている。
未知の遠距離攻撃に、エイベルはうめくことしかできなかった。
「なん、だと……総員、撃てェッ!」
矢や槍を放ち、呪力の火球や鎌鼬を放つ部隊だが、焼け石に水だった。こちらよりよほど統制のとれた動きで、ジュズの光線の雨はたちまちセレファイスの布陣に穴をあけていく。地面の爆破に吹き飛ばされた戦士たちを追うのは、痛々しい悲鳴と絶叫だ。
「くそ、このままじゃ戦う前に全滅だ……うおッ!?」
ひときわ激しい爆発に、馬ごとエイベルは地面に投げ出された。
すかさず起きて見上げた空を、ああ。羽つきのジュズの大群が、おぞましい異音を残して通過していく。
血が出るほど長剣を強く握りしめ、エイベルは絶望した声をもらした。
「あっちは都の方角だ……」
悪夢はさらに続いた。
ガラスの塔から身を投げた人影は、あっという間に巨大化し、地鳴りと土塊を猛烈にあげて地面に降り立っている。
その怪物の体高は、遠目に見ても五十メートルを下らない。
天を覆う骨ばった翼膜に、鱗に覆われた筋骨隆々の巨体、たくましい腕の先で軋みをたてるのは建物より大きな鉤爪だ。凶光を放った瞳の下、その口もとでは吸盤のついた数えきれない量の触腕がまがまがしく蠢いている。
とうとうルリエが、クトゥルフの全力を解き放ったのだ。
地を震わせて歩む超巨大な怪物に、狂気丸出しのジュズの大群……セレファイスの討伐隊がその毒牙に飲み込まれるまで、あと数秒もかからない。
ジュズから放たれた光線は、まっすぐメイベルを狙った。死を覚悟し、目をつむる。
「ここまでか……」
鉄を熱する響きとともに、光線は弾き返されていた。
エイベルの眼前に魔法のように浮かぶのは、金属製の盾だ。
見よ。両手に呪力の稲妻をまたたかせ、エイベルの前に立ちふさがる背中を。
悲愴な声音で、その名を呼んだのはエイベルだった。
「なんで来た、メネス?」
「立て、エイベル」
魔法陣に輝く両手を構えたまま、メネスは背中越しに告げた。
「前にも言っただろう。ぼくたちは人を救い、その救われただれかに、明日を夢見る役目をたくすと」
大挙するジュズの群れを前にしても、メネスに物怖じした様子はない。
長剣を杖代わりに立ち上がると、エイベルは震える声で答えた。
「そうは言っても、俺とおまえだけでどうにかできる問題じゃ……」
メネスは不敵に笑った。
「ぼくらだけじゃない」
かん高い飛行音が、空に響き渡ったのはそのときだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
16世界物語1 趣味人な魔王、世界を変える
海蛇
ファンタジー
剣と魔法が支配したりする世界『シャルムシャリーストーク』。
ここは人間世界と魔族世界の二つに分かれ、互いの種族が終わらない戦争を繰り広げる世界である。
魔族世界の盟主であり、最高権力者である魔王。
その魔王がある日突然崩御し、新たに魔王となったのは、なんとも冴えない人形好きな中年男だった。
人間の女勇者エリーシャと互いのことを知らずに出会ったり、魔族の姫君らと他愛のない遊びに興じたりしていく中、魔王はやがて、『終わらない戦争』の真実に気付いていく……
(この作品は小説家になろうにて投稿していたものの部分リメイク作品です)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
転生令嬢は庶民の味に飢えている
柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!!
もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ!
ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。
まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる