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道化
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「吸血鬼? 一体何のことで――」
言いかけたアムネジアが眉をしかめて後ずさる。
アムネジアの視線の先はエルメス――ではなく、その後ろに立っている女子生徒達に向けられていた。
あからさまに表情を変えたアムネジアに、エルメスな満足気な表情で言う。
「吸血鬼は苦手なんですってねえ、銀で作られた物が」
部屋にいる女子生徒達六人、その全員が。
手に銀のナイフを持っていた。
元々は食器の肉切りナイフであるそれに、大した殺傷力はない。
だが銀製である以上そのナイフは、鉄の剣や槍よりも、吸血鬼に大してのみ絶大な効果があった。
「あははっ! どうしたのー? たかが食器のナイフに怯えすぎじゃなーい?」
「ほらほら、逃げないと刺しちゃうわよー?」
女子生徒達がニヤニヤと笑みを浮かべてアムネジアに近づいていく。
時折ふざけて、ナイフの先端をアムネジアに突き出しながら。
そんな女子生徒達の先頭で、エルメスは言った。
「実を言うとまだ少しだけ半信半疑だったのよ。本当に吸血鬼なんてものがこの世に存在するのか。だけど今の反応を見て、さらに信憑性が増したわ。後は――」
エルメスが男達に向かって目配せをする。
すると男達の一人が目にも止まらぬ速さでアムネジアの背後に回り込んだ。
「悪いね嬢ちゃん。これも仕事なんでねえ」
アムネジアの片腕を掴んだ男は、手馴れた様子で彼女の腕を背中側に引っ張り床に組み付せる。
床に頭を押さえつけられたアムネジアは苦痛に顔をゆがませた。
エルメスはアムネジアの目の前でしゃがみこんで視線を合わせる。
そしてこれ以上ない程に、口元を釣り上げて笑った。
「後は衆目に晒す前に、この目で直接確認するだけよ。お前の醜い正体をね」
エルメスが立ち上がる。
目の前で組み伏せられているアムネジアを指差して、エルメスは声高らかにさけんだ。
「さあ貴女達! この吸血鬼の肌をナイフで切り刻んであげなさい! その痕はきっと焼け爛れて醜い傷痕になるはずよ!」
女子生徒達の中から、普段からエルメスの取り巻きをしている二人が歩み出た。
二人はおぼつかない足取りでエルメスの隣に立つ。
緊迫した表情の二人は、ぷるぷると震える手でナイフを握っていた。
一目で分かる程に尋常ではない様子の二人だったが、アムネジアの正体を暴くことに夢中のエルメスはまったく気づかない。
そして――
「さあやりなさい! 人の皮を被った化物にナイフを突き立てるの、よ――」
ブスッ、という鈍い音が二つ響いて。
エルメスが大きく目を見開き、身体を震わせた。
「エルメスさま、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!」
「こうしないと、私達が殺されちゃうんです! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
取り巻き二人が、必死に謝罪の言葉を口にしながらエルメスから身体を離す。
そう、アムネジアに夢中だったエルメスは気づきもしなかったのだ。
数日前から取り巻き達二人の耳に、見慣れない白いイヤリングが付いていたことや、それがプリシラの付けている物とまったく同じ物であることなど、決して。
「な、んで……貴女達が……」
エルメスは信じられないと言った表情で、ゆっくり自分の身体を見下ろした。
エルメスの腹には、取り巻き二人が持っていたナイフが左右から突き刺さっている。
それを見たエルメスは顔を真っ青にしながら腹を押さえて絶叫した。
「ああああああああぁぁぁっ! いたい、いたい、いたいいたいいたいいい!?」
生まれてから今まで感じたことも無い激痛に、エルメスは泣きさけぶ。
なぜ絶対的な権力者の娘である自分がこんな目にあっているのか。
なぜ取り巻きの二人に刺されたのか。
なぜこんな状態に自分がなっているのにも関わらず、周りは何もしようとしないのか。
様々な疑問がエルメスの脳裏に浮かぶが、今の彼女にはそれを考える余裕などどこにもなかった。
ただ一つ、分かっていることがあるとすればそれは。
こんなことに自分が追い込まれた原因は、目の前にいる吸血鬼アムネジアにしかありえないということだった。
「殺せえ! 掃除屋ぁ! この女を今すぐに殺しなさい!」
絶叫するエルメスに答える声はない。
不審に思ったエルメスは、顔にびっしりと脂汗をかきながらもなんとか顔を上げた。
そこには血溜まりに倒れて微動だにしない三人の掃除屋の男と――
「グルルゥ……!」
いつの間にそこにいたのか。
全身に赤い返り血を浴びた、狼の頭と人間の身体を持つ執事姿の男が立っていた。
そして次の瞬間。
静まりかえっていた部屋に女子生徒達の悲鳴があふれかえった。
「きゃあああああ!?」
「ひいいっ! ば、化物よっ!」
女子生徒達が我先にと出入口のドアに殺到して廊下に逃げて行く。
人狼は手に付いた血を払うと、それを追って四足で風のように駆けて行った。
「く、来るなっ! 来ないでよおっ!」
「こ、殺さないでっ! ひっ、ひいい!?」
「助けて! お母様! おどうざっ、ぐぎぃっ!?」
廊下から女子生徒達の断末魔が聞こえてくる中。
部屋内には壁に寄りかかって震えている二人の取り巻きと、痛みに顔をゆがめるエルメス。
そして――
「さて、茶番はこれくらいでよろしいかしら」
アムネジアがゆっくりと立ち上がった。
浮かべた微笑には一部の陰りもなく。
それは、今まで起こったことがすべて。
アムネジアの想定内であったことを示していた。
そんなアムネジアをエルメスは、痛みで顔をぐしゃぐしゃにしながらも、憎たらし気に見上げている。
その様をアムネジアは上から見下ろし、くすっと、小馬鹿にするように嘲笑った。
「自分が見下していた存在に、実は手のひらで踊らされていたと分かった今の気分はどうですか? 劣等種のエルメス様」
言いかけたアムネジアが眉をしかめて後ずさる。
アムネジアの視線の先はエルメス――ではなく、その後ろに立っている女子生徒達に向けられていた。
あからさまに表情を変えたアムネジアに、エルメスな満足気な表情で言う。
「吸血鬼は苦手なんですってねえ、銀で作られた物が」
部屋にいる女子生徒達六人、その全員が。
手に銀のナイフを持っていた。
元々は食器の肉切りナイフであるそれに、大した殺傷力はない。
だが銀製である以上そのナイフは、鉄の剣や槍よりも、吸血鬼に大してのみ絶大な効果があった。
「あははっ! どうしたのー? たかが食器のナイフに怯えすぎじゃなーい?」
「ほらほら、逃げないと刺しちゃうわよー?」
女子生徒達がニヤニヤと笑みを浮かべてアムネジアに近づいていく。
時折ふざけて、ナイフの先端をアムネジアに突き出しながら。
そんな女子生徒達の先頭で、エルメスは言った。
「実を言うとまだ少しだけ半信半疑だったのよ。本当に吸血鬼なんてものがこの世に存在するのか。だけど今の反応を見て、さらに信憑性が増したわ。後は――」
エルメスが男達に向かって目配せをする。
すると男達の一人が目にも止まらぬ速さでアムネジアの背後に回り込んだ。
「悪いね嬢ちゃん。これも仕事なんでねえ」
アムネジアの片腕を掴んだ男は、手馴れた様子で彼女の腕を背中側に引っ張り床に組み付せる。
床に頭を押さえつけられたアムネジアは苦痛に顔をゆがませた。
エルメスはアムネジアの目の前でしゃがみこんで視線を合わせる。
そしてこれ以上ない程に、口元を釣り上げて笑った。
「後は衆目に晒す前に、この目で直接確認するだけよ。お前の醜い正体をね」
エルメスが立ち上がる。
目の前で組み伏せられているアムネジアを指差して、エルメスは声高らかにさけんだ。
「さあ貴女達! この吸血鬼の肌をナイフで切り刻んであげなさい! その痕はきっと焼け爛れて醜い傷痕になるはずよ!」
女子生徒達の中から、普段からエルメスの取り巻きをしている二人が歩み出た。
二人はおぼつかない足取りでエルメスの隣に立つ。
緊迫した表情の二人は、ぷるぷると震える手でナイフを握っていた。
一目で分かる程に尋常ではない様子の二人だったが、アムネジアの正体を暴くことに夢中のエルメスはまったく気づかない。
そして――
「さあやりなさい! 人の皮を被った化物にナイフを突き立てるの、よ――」
ブスッ、という鈍い音が二つ響いて。
エルメスが大きく目を見開き、身体を震わせた。
「エルメスさま、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!」
「こうしないと、私達が殺されちゃうんです! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
取り巻き二人が、必死に謝罪の言葉を口にしながらエルメスから身体を離す。
そう、アムネジアに夢中だったエルメスは気づきもしなかったのだ。
数日前から取り巻き達二人の耳に、見慣れない白いイヤリングが付いていたことや、それがプリシラの付けている物とまったく同じ物であることなど、決して。
「な、んで……貴女達が……」
エルメスは信じられないと言った表情で、ゆっくり自分の身体を見下ろした。
エルメスの腹には、取り巻き二人が持っていたナイフが左右から突き刺さっている。
それを見たエルメスは顔を真っ青にしながら腹を押さえて絶叫した。
「ああああああああぁぁぁっ! いたい、いたい、いたいいたいいたいいい!?」
生まれてから今まで感じたことも無い激痛に、エルメスは泣きさけぶ。
なぜ絶対的な権力者の娘である自分がこんな目にあっているのか。
なぜ取り巻きの二人に刺されたのか。
なぜこんな状態に自分がなっているのにも関わらず、周りは何もしようとしないのか。
様々な疑問がエルメスの脳裏に浮かぶが、今の彼女にはそれを考える余裕などどこにもなかった。
ただ一つ、分かっていることがあるとすればそれは。
こんなことに自分が追い込まれた原因は、目の前にいる吸血鬼アムネジアにしかありえないということだった。
「殺せえ! 掃除屋ぁ! この女を今すぐに殺しなさい!」
絶叫するエルメスに答える声はない。
不審に思ったエルメスは、顔にびっしりと脂汗をかきながらもなんとか顔を上げた。
そこには血溜まりに倒れて微動だにしない三人の掃除屋の男と――
「グルルゥ……!」
いつの間にそこにいたのか。
全身に赤い返り血を浴びた、狼の頭と人間の身体を持つ執事姿の男が立っていた。
そして次の瞬間。
静まりかえっていた部屋に女子生徒達の悲鳴があふれかえった。
「きゃあああああ!?」
「ひいいっ! ば、化物よっ!」
女子生徒達が我先にと出入口のドアに殺到して廊下に逃げて行く。
人狼は手に付いた血を払うと、それを追って四足で風のように駆けて行った。
「く、来るなっ! 来ないでよおっ!」
「こ、殺さないでっ! ひっ、ひいい!?」
「助けて! お母様! おどうざっ、ぐぎぃっ!?」
廊下から女子生徒達の断末魔が聞こえてくる中。
部屋内には壁に寄りかかって震えている二人の取り巻きと、痛みに顔をゆがめるエルメス。
そして――
「さて、茶番はこれくらいでよろしいかしら」
アムネジアがゆっくりと立ち上がった。
浮かべた微笑には一部の陰りもなく。
それは、今まで起こったことがすべて。
アムネジアの想定内であったことを示していた。
そんなアムネジアをエルメスは、痛みで顔をぐしゃぐしゃにしながらも、憎たらし気に見上げている。
その様をアムネジアは上から見下ろし、くすっと、小馬鹿にするように嘲笑った。
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