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呪いの誓約
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アムネジアの口から語られたその目的に、フィレンツィオは言葉を失った。
そんなフィレンツィオを尻目に、アムネジアは独白をするかのように語りだす。
「長い迫害の歴史の中で、残念ながら私達吸血鬼の力はとても弱くなってしまいました。魔眼の力は弱まり、目の色は赤から紫に変わり。かつては鉄をも容易に砕いた怪力も最早人並みの力しかありません。老いが遅くなっただけで不老ではありませんし、治癒力が高いだけで不死性も損なわれてしまいました。こうなっては吸血鬼の力だけをあてにして国を乗っ取ることなど最早不可能でしょう」
背中から回されたもう一つのアムネジアの手が、フィレンツィオの頭を慈しむように撫でた。
アムネジアの正体が吸血鬼だということを知らされたフィレンツィオ本人からすれば、力が衰えたと言われても、この体勢からいつ首をもがれるのかと気が気ではない。
「ですので少し策を弄させていただきました。吸血鬼が持つ魅了の魔眼を真実の瞳などとうそぶき、有力な貴族や、魔術的素養が高く私の力への抵抗力を持っている者達に、裏切り者の汚名をかぶせて身分を剥奪し国外に追放する」
ピタリと、アムネジアの手の動きが止まった。
同時にビクンとフィレンツィオが身体を震わせる。
「こうして少しずつ国力を下げていき、今やこの国には悪辣で無能な貴族ばかりがはびこるようになりました。そう、貴方やあの夜会にいた子息や令嬢、そしてその親である上級貴族達のようなクズばかりの国に、ね?」
唐突にアムネジアがフィレンツィオの頭を後ろに引っ張り上げた。
無理矢理引き倒されて、膝枕の体勢にさせられたフィレンツィオは、恥も外聞も投げ捨てた悲鳴をあげようとするが――
「私は覚えている。私の血が覚えている。私が追放した貴族の中には善良な振る舞いをしている者もいました。ですがその者達も元を辿れば私達吸血鬼を迫害し、いわれなき罪をかぶせて処刑してきた一族の末裔。一族の誰かが負った責任は末代に至るまで、一族全員で贖わなければなりません――私達吸血鬼の一族が、末裔である私に人間達への復讐を背負わせたように……!」
「っ! っ!」
両頬を手で鷲掴みにされ、顔が触れ合いそうなくらいの至近距離で覗き込むように視線を合わされれば、声もあげられずにただ痙攣するしかなかった。
「まだこの国には私の力が及ばない相手が少なからずいます。その方々は中々隙を見せないため、裏切り者として罠にハメることもできません。そこで私は思い至りました。権力を打倒するにはさらなる権力を持って挑むのが最上であると」
抵抗がなくなったフィレンツィオを見てアムネジアはゆっくりと両手を離す。
フィレンツィオは視線を泳がせて必死にアムネジアの魔眼から逃れようとした。
その最中、フィレンツィオはアムネジアが片手の指先になにか白い塊のような物をつまんでいるのに気がつく。
「貴方を王に立て、その王妃となることでこの国で最高の権力を握る。そして私にとって邪魔な存在をすべて排除するのです。そこまでやってはじめて、私達吸血鬼の一族は心穏やかに暮らす安息の時を得ることができるでしょう」
あれは一体なんだ? そう思ってフィレンツィオが目を凝らしていると。
アムネジアがその白い塊をフィレンツィオの眼前にかざした。
「だから貴方にそう何度も婚約破棄をされたり、馬鹿な振る舞いを繰り返されては困るんですよ。その結果廃嫡にでもなったら、私の計画はすべて台無しです。なので貴方にはこれから、少し大人しくなってもらうとしましょう」
そこには赤黒い血がこびりつく一本の白い歯があった。
フィレンツィオはすぐにそれが自分が叩き折ったアムネジアの歯だと言うことに気がつく。
「お、おい……その歯を俺に近づけて、一体なにをするつもりだ……?」
フィレンツィオの問いに、アムネジアは笑顔で答えた。
「貴方はこれから、私の課した誓約を遵守しなければなりません。それは私を絶対に裏切らないこと。もし貴方がこれを破り、私の正体を誰かに話したり、私に害を与えようとした場合、この歯は猛烈な勢いで伸び、即座に貴方の口を突き破って脳を破壊します。ああ、無理矢理抜こうだなんて考えないでくださいね。その場合も同様の結果になりますので」
アムネジアがつまんだ歯をゆっくりと、フィレンツィオの口に近づけていく。
フィレンツィオはその手から逃れようと必死に頭を振り、身体を動かそうとした。
だが、麻痺の効果はまだ継続しているようで、どんなにあがこうが身体はピクリとも動かない。
「や、やめろ! お、俺に手を出したらどうなるか分かっているのだろうな!? 俺は王子だぞ! こんなことをして父上と母上が黙っているわけが――」
アムネジアの指が一気にフィレンツィオの口の中――下顎の奥の方に抉りこまれた。
「いっぎゃあああ!?」
フィレンツィオが絶叫をあげて、アムネジアの手を思い切り噛む。
噛みつかれたアムネジアの手から血が流れた。
しかしそんなことはお構いなしに、アムネジアは強引に自分の歯を押し込む。
すると溢れ出す血と共に、フィレンツィオの歯が押し出されて口内に抜け落ちた。
「“呪いの誓約”は今ここに交わされました。これで貴方はもう、二度と私に逆らえません」
そう言って、アムネジアはフィレンツィオの口から手を引き抜く。
「げほっ! ごほっ! ひーっ、ひーっ!」
盛大に噎せ、喉から空気の音を漏らしながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたフィレンツィオの顔に、最早暴君と呼ばれていた頃の面影はどこにもなかった。
そんなフィレンツィオを見て、アムネジアは愛おしそうに頬をなでながら口を開く。
「これからは互いを想い合う婚約者同士、仲睦まじく幸せに暮らしていきましょうね。死が二人を分かつ、その時まで――ねえ、私の王子様?」
薄く開いた目を弧の形に歪ませ。
口端を釣り上げてにたぁ、と邪悪な笑みを浮かべるアムネジアに。
フィレンツィオは己の命運を悟り、死んだ目で力なくうなずくのだった。
そんなフィレンツィオを尻目に、アムネジアは独白をするかのように語りだす。
「長い迫害の歴史の中で、残念ながら私達吸血鬼の力はとても弱くなってしまいました。魔眼の力は弱まり、目の色は赤から紫に変わり。かつては鉄をも容易に砕いた怪力も最早人並みの力しかありません。老いが遅くなっただけで不老ではありませんし、治癒力が高いだけで不死性も損なわれてしまいました。こうなっては吸血鬼の力だけをあてにして国を乗っ取ることなど最早不可能でしょう」
背中から回されたもう一つのアムネジアの手が、フィレンツィオの頭を慈しむように撫でた。
アムネジアの正体が吸血鬼だということを知らされたフィレンツィオ本人からすれば、力が衰えたと言われても、この体勢からいつ首をもがれるのかと気が気ではない。
「ですので少し策を弄させていただきました。吸血鬼が持つ魅了の魔眼を真実の瞳などとうそぶき、有力な貴族や、魔術的素養が高く私の力への抵抗力を持っている者達に、裏切り者の汚名をかぶせて身分を剥奪し国外に追放する」
ピタリと、アムネジアの手の動きが止まった。
同時にビクンとフィレンツィオが身体を震わせる。
「こうして少しずつ国力を下げていき、今やこの国には悪辣で無能な貴族ばかりがはびこるようになりました。そう、貴方やあの夜会にいた子息や令嬢、そしてその親である上級貴族達のようなクズばかりの国に、ね?」
唐突にアムネジアがフィレンツィオの頭を後ろに引っ張り上げた。
無理矢理引き倒されて、膝枕の体勢にさせられたフィレンツィオは、恥も外聞も投げ捨てた悲鳴をあげようとするが――
「私は覚えている。私の血が覚えている。私が追放した貴族の中には善良な振る舞いをしている者もいました。ですがその者達も元を辿れば私達吸血鬼を迫害し、いわれなき罪をかぶせて処刑してきた一族の末裔。一族の誰かが負った責任は末代に至るまで、一族全員で贖わなければなりません――私達吸血鬼の一族が、末裔である私に人間達への復讐を背負わせたように……!」
「っ! っ!」
両頬を手で鷲掴みにされ、顔が触れ合いそうなくらいの至近距離で覗き込むように視線を合わされれば、声もあげられずにただ痙攣するしかなかった。
「まだこの国には私の力が及ばない相手が少なからずいます。その方々は中々隙を見せないため、裏切り者として罠にハメることもできません。そこで私は思い至りました。権力を打倒するにはさらなる権力を持って挑むのが最上であると」
抵抗がなくなったフィレンツィオを見てアムネジアはゆっくりと両手を離す。
フィレンツィオは視線を泳がせて必死にアムネジアの魔眼から逃れようとした。
その最中、フィレンツィオはアムネジアが片手の指先になにか白い塊のような物をつまんでいるのに気がつく。
「貴方を王に立て、その王妃となることでこの国で最高の権力を握る。そして私にとって邪魔な存在をすべて排除するのです。そこまでやってはじめて、私達吸血鬼の一族は心穏やかに暮らす安息の時を得ることができるでしょう」
あれは一体なんだ? そう思ってフィレンツィオが目を凝らしていると。
アムネジアがその白い塊をフィレンツィオの眼前にかざした。
「だから貴方にそう何度も婚約破棄をされたり、馬鹿な振る舞いを繰り返されては困るんですよ。その結果廃嫡にでもなったら、私の計画はすべて台無しです。なので貴方にはこれから、少し大人しくなってもらうとしましょう」
そこには赤黒い血がこびりつく一本の白い歯があった。
フィレンツィオはすぐにそれが自分が叩き折ったアムネジアの歯だと言うことに気がつく。
「お、おい……その歯を俺に近づけて、一体なにをするつもりだ……?」
フィレンツィオの問いに、アムネジアは笑顔で答えた。
「貴方はこれから、私の課した誓約を遵守しなければなりません。それは私を絶対に裏切らないこと。もし貴方がこれを破り、私の正体を誰かに話したり、私に害を与えようとした場合、この歯は猛烈な勢いで伸び、即座に貴方の口を突き破って脳を破壊します。ああ、無理矢理抜こうだなんて考えないでくださいね。その場合も同様の結果になりますので」
アムネジアがつまんだ歯をゆっくりと、フィレンツィオの口に近づけていく。
フィレンツィオはその手から逃れようと必死に頭を振り、身体を動かそうとした。
だが、麻痺の効果はまだ継続しているようで、どんなにあがこうが身体はピクリとも動かない。
「や、やめろ! お、俺に手を出したらどうなるか分かっているのだろうな!? 俺は王子だぞ! こんなことをして父上と母上が黙っているわけが――」
アムネジアの指が一気にフィレンツィオの口の中――下顎の奥の方に抉りこまれた。
「いっぎゃあああ!?」
フィレンツィオが絶叫をあげて、アムネジアの手を思い切り噛む。
噛みつかれたアムネジアの手から血が流れた。
しかしそんなことはお構いなしに、アムネジアは強引に自分の歯を押し込む。
すると溢れ出す血と共に、フィレンツィオの歯が押し出されて口内に抜け落ちた。
「“呪いの誓約”は今ここに交わされました。これで貴方はもう、二度と私に逆らえません」
そう言って、アムネジアはフィレンツィオの口から手を引き抜く。
「げほっ! ごほっ! ひーっ、ひーっ!」
盛大に噎せ、喉から空気の音を漏らしながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたフィレンツィオの顔に、最早暴君と呼ばれていた頃の面影はどこにもなかった。
そんなフィレンツィオを見て、アムネジアは愛おしそうに頬をなでながら口を開く。
「これからは互いを想い合う婚約者同士、仲睦まじく幸せに暮らしていきましょうね。死が二人を分かつ、その時まで――ねえ、私の王子様?」
薄く開いた目を弧の形に歪ませ。
口端を釣り上げてにたぁ、と邪悪な笑みを浮かべるアムネジアに。
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