上 下
4 / 42

友達料金

しおりを挟む

 エルメスが扇を大きく開いて見下しながらそう言った。
 プリシラはエルメスの嫌味を意に介さず、アムネジアをかばうように前に出る。


「あたしはマイン男爵家の娘です。元は平民ですが今は貴族である以上、ここに入る資格はあります」

「笑わせないでちょうだい。男爵家なんて身分の低い家柄、私にとっては平民と同じです」

「貴女にとってはそうかも知れないけれど、会場内に入れた以上、あたしは周りには貴族として見られているということです。現実を見てくださいね、世間知らずのお嬢様」


 一歩も引かないプリシラの態度にエルメスがいらだたしげに顔をゆがめる。
 エルメスの取り巻きはそんなプリシラの物言いに色めきだった。


「エルメス様に対してなんて口の聞き方をするの! 卑しい平民出の女め!」

「アムネジアの前にアンタを処刑してやろうか!」


 そんな脅しの言葉に対してもプリシラは顔色一つ変えることはなかった。
 むしろより眼光を鋭くして、取り巻き達をにらみつける。


「な、なによ……!」

「やるっていうの!?」


 たじろぐ取り巻き達を一瞥した後、プリシラは自分達に好奇の視線を浴びせながら取り囲んでいる周囲の者達に振り返った。
 そして、両手を広げて大きな声で叫ぶ。


「みなさん! どうかみなさんにお慈悲の心があるのなら、あたしの願いをお聞き届けください!」


 エルメスがチッ、と誰にも気づかれないように舌打ちをした。
 プリシラは両手を祈るように胸の前で組んで、哀れみを誘うような悲しげな顔で子息達に流し目を送る。
 プリシラと視線があった子息は皆、頬を赤らめ、心臓を高鳴らせた。


「……アムネジア様が一体、何をしたというのでしょうか? このような仕打ちを受けるような行いを、いつしたというのでしょうか? どうか皆様にお慈悲の心があるのでしたら、彼女に対する非道な仕打ちを辞めさせるように私と一緒に言って下さい。お願いします」


 その声に、表情に、仕草に。
 子息達は皆、プリシラに心奪われる。
 この場に少しでもプリシラを疑わしく思う者がいれば、それは完璧に計算されつくした振る舞いであることに気づけたかもしれない。

 だが、残念なことに今宵この場に集まった子息達の中にそのような賢い者は誰一人としていなかった。


「……そうだな。もうそこら辺で良いのではないか?」

「ああ。アムネジアも痛めつけられて十分に自分の立場を弁えただろう」

「処刑はさすがにやりすぎだよな」


 子息達から次々にアムネジアを擁護する声が上がる。
 すると周囲で散々罵倒を飛ばし、野次を放っていた令嬢達は渋々といった顔で黙り込んだ。


「え、エルメス様……ど、どうしましょう」


 取り巻き達が焦った顔でエルメスの方に後ずさる。
 エルメスは小さくため息をついて目を閉じた。
 そしておもむろにプリシラの側に歩み寄る。
 身構えるプリシラの横でエルメスは立ち止まると、耳元でささやいた。


「……男共に守られているからといってあまり調子に乗らないことね。ネーロ家の力を持ってすれば、男爵家の小娘一人捻り潰すことなんて造作もないことよ。肝に銘じておきなさい」

「……家の力に守られている貴女に言われたくないですね。さようなら、エルメス様」


 パン、と扇を閉じると、エルメスは肩をいからせて振り向きもせずに会場の入口に歩いていく。
 取り巻き達もその後を慌てて追いかけていった。
 彼女達がいなくなると、アムネジアをいじめようと集まっていた令嬢達は不満そうな顔をしながらも、方々に散っていく。

 逆に子息達は、蜜に集まる虫のように我先にとプリシラの元に駆け寄っていった。


「プリシラ! 私の可愛い天使よ! 今宵は一緒に踊ってくれるのであろうな?」

「お前の慈悲深き心、感服したぞ。さあ向こうのテーブルでこの国と二人の未来について語らおうではないか」

「他の男など見なくてよい。俺の手を取れ。共に踊ろうではないか、俺の可愛い果実よ」


 次々に求愛の言葉をささやく子息達に、プリシラは花開くような笑顔を向けて言った


「皆さん、先程はお口添えいただきありがとうございます。やはりいざという時、殿方は頼りになりますね」

「プリシラ……私で良ければいつでも頼ってくれ」

「今宵、俺は君だけの騎士になろう……愛しい人よ」



 デレデレと鼻の下を伸ばす子息達としばらく会話したプリシラは、言葉巧みに彼らの求愛を交わすと、輪の外でたたずんでいたアムネジアに歩み寄る。
 アムネジアは向かってきたプリシラにスカートの裾をつまんで会釈すると、笑顔で礼を述べた。



「お手数をおかけしてしまい申し訳ございません。ありがとうございました、プリシラ様」

「いいえ、人として当たり前のことをしただけです。そんなことよりもアムネジア様」


 にっこりと笑ってプリシラが首を傾げた。


「なにかあたしに言うべきことがあるんじゃないですか?」

「はい。ですからありがとうございましたと――」


 最後まで言わせずにプリシラはアムネジアの手を掴むと、人気のない会場の壁際まで連れて行く。
 それから周囲を見渡し、誰も自分達に注目していないことを確認すると顔を寄せて言った。


「……なに寝ぼけたこと言ってんですか? あたし前に言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

身分を捨てて楽になりたい!婚約者はお譲りしますわね。

さこの
恋愛
 ライアン王子には婚約者がいる。  侯爵家の長女ヴィクトリアと言った。  しかしお忍びで街に出て平民の女性ベラと出あってしまった。  ベラと結婚すると国民から人気になるだろう。シンデレラストーリだ。  しかしライアンの婚約者は侯爵令嬢ヴィクトリア。この国で5本指に入るほどの名家だ。まずはヴィクトリアと結婚した後、ベラと籍を入れれば問題はない。  そして結婚式当日、侯爵家の令嬢ヴィクトリアが来るはずだった結婚式に現れたのは……  緩い設定です。  HOTランキング入り致しました‪.ᐟ‪.ᐟ ありがとうございます( .ˬ.)"2021/12/01

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

処理中です...