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紅湖に浮かぶ月1 -這生-
3章 月影に埋もれる灯り
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1.「仄暗い闇に蠢く魔は、精神の深海より生まれ貪り醜く肥えてゆく」
粉チーズが香る挽肉とトマトのソースをパスタに絡めて口に運ぶ。ボロネーゼ
のトマトと挽肉が絡んだパスタは、チーズの香りを伴い私のお腹を満たしてい
くけど、満たされないのは気持ち。即席のパスタじゃ気持ちは満たされない。
確かにお湯だけで作れるのは便利で簡単だけどお店でランチしたい。何を好ん
で薬莢を並べた前でご飯にしなければいけないのか。
リンハイアに頼まれた呪紋の記術も二日目に突入し、ほとんど寝ていないため
に、眠気が酷い。
もう飽きた。
呪紋式の記術は明日には終りそうだから順調ではあるのだけれど、私の生活が
順調じゃない。こんな面倒事に巻き込まれる自分の運の無さが悲しい。司法裁
院の資料は適当だわ、猟奇殺人犯に狙われるわ、執政統括に脅されるわ、最近
本当にろくなことがない。明日会社に休みの連絡をした際に、もう来なくてい
いよとズーキスに言われたら本当に悲しすぎる。
というか呪われている。
本当にそうなったらリンハイアに文句言ってやろう。
そういえば、仕事を引き受けて帰った昨日風呂上りに小型端末を確認したらリ
ンハイアから、引き受けた分の前金を振り込んでおいたと文字通信が来ていた。
どうせ国の仕事なんてたいした金額ではないだろうと思って確認もしていない。
薬莢に記術だけのお仕事ですもの、司法裁院の仕事に比べれば危険もないし。
そんな想いがあり確認はしていなのだが、でも一応報酬はもらえそうなので、
ただ働きでないことには安堵した。
それでも本当に職失った場合、次の仕事が見つかるまでの間に足りるだろうか。
三日だけの内職で食いつないで行けるほど、世の中甘くないわよね。そう思う
と、なんだか明日会社に連絡するのが憂鬱になってくる。国を敵に回すよりま
しか、とそんな自分を宥める。
私が薬莢に呪紋式を記述している中、朝から何度か小型端末に会話通信の着信
が来ているがすべて無視している。私の人生を左右しそうな今のこの仕事が私
にとって最優先。半ば強制、いや完全に強制されいるこの仕事をやらざるをえ
ないこの状況は、やらなかったら後の方が心配だ。
あ、そういえば郵便受け見に行ってないことを思い出した。この時期に司法裁
院からの仕事が来ていたら嫌だな。出来なくてもしょうがないが、失敗だけな
ら司法裁院の心象が悪くなるくらいかもしれないが、手を着けていないなんて
ばれたらと考えると、恐ろしい。もしそんなことになったらリンハイアになん
とかしてもらおう。
リンハイアばっか。
だってあいつの所為じゃん。
あの執政統括が余計な仕事振ってくるから、ただでさえ生活が崩れているのに
輪を掛けてくれて。私は夢を叶える時こんな生活から抜けられるのだろうか。
そんな不安を考えてしまう。
雑念ばっか。
おっといけない。記術を続けなければ。
「それで、事は順調なのであろうな?」
ハナノグ教使がカンサガエ教皇に確認する。教皇となったカンサガエは司祭室
から教皇室に自室を移していた。古式な国であり教皇が絶対の権限を持ってい
るにもかかわらず、部屋は司祭室とほぼ変わりはない。これは初代教皇が城殿
を築く際に、教国は教皇と二教使、十司祭の十三徒により創られている為、肩
書きの違いはあれど志は同じ、故に部屋に差は不要という考えから建築された
と歴史には残っている。
歴史に残っているとは言え、肩書が違えば立場も違い、考え方が人それぞれで
ある人間が、何時までも同じ志を持てるとは思えない。というのは歴史が物語
っていくことである。
部屋の広さは変えられないが、時代とともに内装に変化はあるため、教皇の部
屋は豪奢になっている。部屋に置いてある調度品の数々や、机や椅子といった
物も、カンサガエにとっては司祭室に置いてあった、自分が使用していた物よ
随分と良い物だった。ただ、部屋に置いてある調度品には、よく解らない品物
が何点もあるが、それは司祭室も教皇室も変わらない。昔から置いてある物の
ようだが興味もないのでカンサガエは放置している。移動の際に運んだのは、
自分が必要な書類等、必要な物だけだった。もともと、調度品やら装飾品など
は不要であると思っていた。
椅子に深々と座ったカンサガエは黙したまま考え込んでいるように見える。
「儂は、お主が先見を考慮しておるからこそ協力したのだぞ。既にこの身を挺
しておる故、後には退けぬ。」
カンサガエはハナノグに目を向ける。
「わかっておる。次の議席にはアルマイア殿下にも参席して頂こうと考えてい
る。」
ハナノグは思い出したように軽く手を打つ。
「おぉ、主の目的を忘れておった。焦りはいかんな、視野を狭めてしまう。」
視野もなにも、当初の目的を忘去しているなど、何故自分の手を汚してまで現
状を作ったと思っているのだとカンサガエは不快を抱いた。と同時にハナノグ
とこの先共政を執っていくことに不安が込み上げてくる。
当時、取り込みが容易と考えたからこそであり、真面目な性格をしているので
目的を見誤らなければ裏切ることは無いだろうと。しかし、まさかここまで阿
呆とはカンサガエ自身も浅慮だったかと思わされる気分だった。故に取り込む
ことも容易だったのだが、天秤にかければどちらが良かったのかと。今更なが
ら詮無きことを考えた。
「まぁよい、御主のことだから問題はなかろう。儂は鎮魂葬送の順議を準備す
る故、後のことは任せる。」
ハナノグの言葉にカンサガエは頷く。任せてもらった方がいい、順議は仕事で
あるため問題無く熟すだろうが、こちらの思惑にあまり関わらせない方が賢明
だろうと思い始めていた。
「わかっておる。今のところは、問題になる事も起きておらぬ故、心配はいら
ぬ。」
カンサガエの言葉を聞いて安堵したのか、ハナノグは教皇の部屋を足早に去っ
た。ドアを開けた際に、外を確認して出ていくハナノグの姿を見たカンサガエ
は軽く頭を抱えた。
鎮魂葬送の儀で話に来ていたものを、こそこそ出て行くとはまるで疑えと言わ
んばかりの行動だと思いながら。
「そもそも、芝居ごとは向かなかったか。」
カンサガエは溜息を吐くように言葉を漏らした。
「特に支障もなく事が運んでいるようで、私も安心致しました。」
ハナノグが出て行った後、洋服箪笥の中から一人の男が出てきて口を開く。男
は黒のローブに身を包み、ローブに付いているフードは被っていない。黒髪黒
目の中年に差し掛かる前くらいの風貌をしていた。少し痩せこけている様にも
見えるが、表情は温和なイメージをしている。が、疲労感を漂わせているよう
にも見える。
「おかげでな。」
カンサガエはその男を見る事無く返事をする。
「今のとろこは計画に変更なく進めて問題ないな?」
「はい。」
カンサガエはやはり男のほうを見る事無く問いを発する。それに対し男は軽く
頭を下げ返事をした。表情に変化はない。
「しかし、もともと野心はあったのだが、教皇になる方法など思いつきもしな
んだわ。」
カンサガエの言葉に男は佇んだままでいる。カンサガエは少し思い出す素振り
をしてから次の言葉を発した。
「祖国への復讐・・・だったか。」
少し溜めて、昔を懐かしむような口調でカンサガエは言った。
「はい。」
男は先程と同様に返事をした。温和な表情は変わらないが声には力が、瞳には
意思が宿ったような鋭い眼光をしている様に見えた。それを確認することもな
く、カンサガエは席から腰を上げる。
「さて、我は次の議席の準備に向かう故。」
椅子から立ち上がったカンサガエは、部屋の出入り口に向かいながら、男に言
葉を投げる。
「承知しました。」
カンサガエが部屋を出るまで、男は先程の眼光のまま教皇の背中に視線を向け
ていた。
「警察局の方がうちに何の用でしょう。」
アイキナ市にあるロンカット商業地区は、商業や施設が多く昼間は買い物に訪れ
る人が多い。メクルキ商業地区とは違い、大きな総合ショッピングモールや、洒
落たレストラン、ブランド店等が建ち並ぶ綺麗な町並みとなっている。街路樹や
街路灯の設備も整い、夜になれば各々の明かりで煌びやかな街並みを作り出す。
そのため夜になっても買い物客や、買い物後の食事、食事のために訪れる人など
で賑わっている。メクルキ商業地区の煩雑な夜とは違い、こちらは華やかさがあ
る商業地区となっていた。
とあるビルの一室、その中央に金細工で縁取りされたガラスのテーブルが置いて
ある。細工は美麗で細かく、下賤な思考をすれば見るからに高そうなテーブルだ。
その奥には黒い革張りの三人から四人は掛けられそうなソファーが置いてある。
そのソファーの中央には、アイボリーのタイトスカートに白のワイシャツを着た
女性が足を組んで一人座っている。赤い髪にアンバーの瞳が、白い服装の所為か
映え、妖艶さを醸し出している。見た目は三十路くらいだが、思慮深い眼光と放
たれる威圧は熟年さを思わせる。
女性のアンバーの瞳は刺すようにザイランを捉えている。女性の背後、ソファー
の後ろ両側には黒いスーツを着た男たちが、手を後ろに組み微動だにせず立って
いる。一人は身長一八〇程、角刈りでがたいが良く筋肉質に見え、よく居そうな
護衛のようだ。もう一人は身長一七〇程、ショートボブくらいの長髪で、健康と
は言い難い細身の青年。どちらも黒い色眼鏡ををしているため表情は伺えない。
テーブルを挟んで向かいに立っているザイランに、女性は紫煙を吐きながら質問
を投げる女性。足を組んで座っている女性は、左手はソファーの背もたれに乗せ
右手で煙管を持っている。
「いったい何様で警察局が出向いておる。うちらは警察局が介入するような事は
していないと記憶しておるが。」
女性の鋭い視線は変わらずザイランを捉えている。ただ変化しているのは女性が
吐き出す紫煙が形を変えているだけの部屋。その威圧にザイランは、特に物怖じ
した風もなく口を開く。
「お宅で飼っているナシャール・ベイオスを出してもらおうか。」
女性のザイランを見据えていた瞳が、怒りを顕わにする。察したかのように女性
の背後に控えていた男二人が、スーツの上着の下に手を伸ばそうとしたが女性が
ソファーの背もたれに置いていた左手を軽く上げ、それを制していた。
「はて・・・知らぬ。」
瞳の鋭さに怒りが混じりはしたが、口調は静かに惚けた答えを返す。
「そんなわけは・・・」
ザイランが口を開くが、女性は左手を上げて制す。上げた左手を後方で待機して
いる細身の青年に向ける。
「うちの机の上段にある、あの戯言を持て。」
男は一礼すると直ぐに動き、男の更に後ろにあった机、上段の引出から一つの封
筒を取り出すと戻ってきて、女性が上げたままだった左手に封筒を渡す。女性は
その封筒をテーブルの上に、文字がザイランに見えやすいように置く。
「これを信じろと?」
封筒を見たザイランは明らかに不信を漏らす。封筒の中央には”退職届”と書いて
あった。
「信じる信じないはそちらの勝手。ただ現実としてベイオスは事件が起きる前く
らいから会社には顔を出しておらん。」
女性は淡々と語った後、葉煙草を詰めた煙管を口に運び軽く吸うと紫煙を吐き出
す。こちらから出せる情報はもう無いとばかりに、その視線はザイランではなく
昇りゆく紫煙に向けられていた。
ザイランは察したように、諦めて口を開く。
「現状進展は無さそうだから今日は引き上げる。引き続き捜索はするが、ベイオ
スが現れた若しくは居場所が判ったら連絡をくれ。」
ザイランはそう言うと背を向けて去ろうとするが、女性が口を開いたので立ち止
まって耳だけを傾ける。
「それは出来ぬ話だ。そちらが見つけた場合はいたしかたないが、うちらもけじ
めというものがある。」
ザイランは何も言わずにその場を立ち去った。
おそらくそう言われるだろうとは思ったが、立場上協力要請をする必要はある。
ハクオリル商会が先に見つけた場合は、ベイオスは死体か行方不明のままになる
可能性が高いだろう。今回の事件に関与しているのは間違いないだろうから、確
保して是非とも捜査を進展させたいところではある。真犯人を挙げたとあれば、
連続猟奇殺人が起きたことにより不安に駆られている市民の、警察局への信頼も
回復するだろう。ただ、正直情報戦となると警察局より上であるとザイランは思
っていた。
調度品が並ぶ豪奢な部屋に、重厚感のある楕円の円卓が置いてある部屋に十人程
度、十一の人間が座っている。明らかに空気も重そうな雰囲気を漂わせている。
ラウマカーラ教国の一室、議席室にて議席が行われようとしている。
「本日の議席、トマハ司祭は欠席と通達があった故、他八人は揃っておるので議
席はこれにて開始とする。」
ハナノグは円卓を回るように一瞥し、最初に声を上げそのまま言葉を続ける。
「本日の議題については、カンサガエ教皇よりご説明頂く。」
ハナノグは言い終えると、カンサガエ教皇を向き頷く。カンサガエは、ハナノグ
の意を受け取ると口を開き始める。
「嘗て栄華を誇っていた我らが教国も、始祖オンカーフ教皇の時代より衰退の徒
を辿っている。」
カンサガエは物語の序章なような文言を語りはじめ、そこで一旦言葉を切る。司
祭達の表情は区々だったがカンサガエは言葉を続ける。
「察した者もいるであろうが、教国の繁栄の為我等は歩んで行かねばならぬ。決
して楽な道ではなかろうが、このままでは始祖オンカーフ教皇が築いた我等教国
の歴史も終端を見せる。」
参席している司祭達は具体的な話の内容ではないので、戸惑っているものもいる。
教皇として威厳を出すための芝居ではないのかと思っているのか、訝しげな表情
をした司祭までいる。それを当然と判っているのかカンサガエは悠然と座席して
いる。
「まずは、奪われたフラマノルの地を奪い返し、栄光への足がかりとする。つま
り本日の議題は栄華を誇っていた教国の復興である。」
幾人かが驚きを隠せずに、声を漏らしたり身体を動かすことにより衣擦れの音が
して、議席に多少ざわめきが広がる。
そんな中一人の司祭が手を挙げる。出席している司祭の見た目は初老から老人が
多かったが、手を挙げている司祭は明らかに若い風貌をしている。と言っても司
祭の中ではだが、三十半ばくらいには見える。
「教皇が話している最中に何事か、グラダ司祭。」
ハナノグはグラダを咎めるように問う。
「よい、議席故気にすることはない。」
カンサガエはハナノグの言葉を制し、グラダに発言を促す。グラダは頭を軽く下
げて、話し始めた。
「彼の地、グラドリア王国は今では強大な力を誇っています。」
グラダは一拍置いて、自分を落ち着かせるような素振りをとる。
「オンカーフ教皇時代は確かに、彼の地は教国の土地だったと記録にはあります
が、現在教国の教徒がそれに対し不満を持っているとは思えません。」
カンサガエは軽く頷いた。
「グラダ司祭の言うことに一理ある。ここに座している我を含めた人間も、普通
に暮らしている人々も教国内では一教徒でしかない。我の発言は教国の総意では
ない故、一個人としての願望と捉えられても致し方ない。」
「いえ、決してそのようつもりでは・・・」
カンサガエの言葉に、グラダは慌てて両手を振り恐縮する。
「わかっておる。同じく教国を憂う者として当然の発言と捉えておる。その為の
議論の場である故。」
グラダは軽く頭を下げる。
「しかし、我がそれに至ったのは教国の総意ではないにしろ、逆に考えれば教国
が衰退することは【誰も】望んでおらぬはず。ここ二、三百年の歴史を見ても明
らかに衰退していることは事実。」
何人かの司祭はカンサガエの言葉に頷き始める。
「故に一つの方策として今回の議を設けておる。」
「教皇が国を憂いての考慮というのは感銘を受けました。しかしながら、方法は
戦争しかないのでしょうか?戦争をするのは人です。教徒が戦地に赴き殺し合い
をします。それよりも今の安寧を願う人も多いかと思います。」
グラダは悲しそうな目をカンサガエに向ける。カンサガエは、グラダの言葉に何
度か頷いた。
「お主が教国と教徒を愛する気持ちはよくわかった。」
カンサガエはグラダに視線を向けた後、右手を前に出し発言を控えさせ、周囲に
も目を配らせて他の者も制するように視線を向ける。
「今は我が力不足故、この方法しか思い浮かばぬのが現状。だが、グラドリア王
国は我等が教国よりも大国故、正面から戦っても負け戦になるであろうことも現
実であろう。」
カンサガエの言葉に一同は納得する。確かに、教国の勢力が増し国が繁栄するの
であればそれに越したことはないが、一番の現実問題がそこにある。カンサガエ
が少しばかり黙したところに別の司祭が軽く右手を挙げる。
「何かな、ロッカル司祭。」
ハナノグがカンサガエを確認し、構わないという態度をしたので、ロッカルと呼
ばれた司祭に発言を促す。
ロッカルは手を下ろすと、軽く頭を下げて言葉を発する。
「現状がわかってなお、フラマノルの地を取り戻すという議題をこの場で上げる
と言うことは、何か策があると思われますが、それをお聞かせ願いたい。」
カンサガエは待っていましたとばかりに大きく頷く。
「ロッカル司祭の察する通り策はある。」
カンサガエを一呼吸おいてもったいつける。
「グラドリア王国に教国の使徒を遣わせているのだが、彼らが混乱を撒き散らし、
国内と国外で戦力を分割する。今はまだ時期ではない故、早急に事を運ぶ必要は
無いのだが何れは具体的な議題としてあげよう。」
ロッカルは頷きはしたが、いま一つ腑に落ちない顔をしている。カンサガエはそ
んな事は気にせずに言葉を続ける。
「もう一つ、本日の議席であげたいことがあり、先の話と含め意見を聞きたい。
これはフラマノルの地を奪還した後になるのだが、教国の徒の信が厚かった故マ
ハトカベス教皇の御子息であるアルマイア教徒を、これからのラウマカーラを担
う旗印として時期教皇に即位頂こうと考えておる。」
カンサガエの発言に、本日一番の騒然さが議席に沸いた。
「しかし、アルマイア教徒が教皇を勤めるには若すぎるのでは。」
ロッカルが声を上げたことにより、静けさが戻る。司祭の中にはロッカルに同意
するように頷く者も何名か見かけられた。
「ロッカル司祭、何のための我等であり議席か。我等が代表としてここに居るだ
けであり、教皇が国を統べているわけではなかろう。」
カンサガエはロッカルを諭すように言った。
「これは失言でした。」
ロッカルは頭を下げる。が、理想としては申し分ない内容かもしれない。教徒の
信が厚かった故マハトカベス教皇の御子息が教皇の座に付けば、教国の徒も納得
するだろう。が、そんな理想を描いた内容ではなく、もっと現実的な問題という
より疑問がロッカルにはあった。
「確かに、理想としては申し分ないかと。しかし、現教皇であるカンサガエ教皇
はそれでよろしいのか?」
ロッカルの言葉は、誰もが疑問を抱いていることであろう内容だった。それは先
の故マハトカベス教皇に毒を盛ったというトマハ司祭の言葉の疑念が残ったまま
だからだ。事の真偽が解らないにせよ、本日欠議しているトマハ司祭も本当に欠
議かどうかも疑わしいとさえ思っている者もいるだろう。つまり、カンサガエは
教皇になるべくして事を運んでいたのではないかという疑惑の中、ロッカルの発
言に驚嘆する者が殆どだった。誰もが抱く疑惑を、ロッカルは直接カンサガエに
投げつけたのである。
その発言で、司祭の中にはトマハに続きロッカルもと、思う者もいたかも知れな
い。
「我はまた一司祭に戻るのみよ。教皇として、現状を憂いどうすれば良くなるの
か、その為の礎となるならばそれでよい。故に、今回の内容を議題とした。」
カンサガエは目を瞑り、静かに答えた後目を開き、声の大きさを上げる。
「理想無くして前進は無い。そして理想は理想のままでは進展もない。理想を追
い現実とする為にも、我等は協力せねばならないのではないか。」
カンサガエは言い終わると、一同を見渡す。教使含め十人は無言のまま頭を下げ
ていた。
全員がその理想に対し、同意したかどうかは定かではない。と、ロッカルは思っ
ていた、何故ならカンサガエは今後についての方針を議題に持ち上げただけで、
トマハが投げた疑惑については触れられていないため、その言葉に信を置けるか
は別である。大仰なことを吹いて、うやむやにする可能性もある。
「まだ寝るには早いと思うんだけどね。」
男の平手が女性の頬を殴打する。頬を叩かれた女性はゆっくりと目を開けるが、
下に向けられた顔を動かすことは無く、虚ろな視線をただ床に向けているだけだ
った。
女性の腹部には多少の裂傷があるものの、裸という以外に変わったところは見受
けられなかった。ただ、手足は拘束され吊るされている現実は何も変わっていな
く、首からしたの感覚もない。平手で殴打されて、無理やり起こされてもそれは
夢ではなく、女性にとって現実と思い知らされる結果でしかなかった。そう、現
実。女性はこの理不尽な現実から抜け出したいという渇望を思い出し、虚ろな視
線を殴ってきた男に向ける。懇願した。思うように動かない口で小さく「タスケ
テ」と唇を動かす。
「アハハハハハッ」
男は大きな声で笑うと、哀れみを込めた視線を女性に向ける。男の笑いに、女性
は恐怖の色を瞳に宿す。それを見て男は、この状況で助かると思っているのかと
思っていた。それとも一縷の望みを口にしているのか解らないが、助かるわけが
無いと言って相手が絶望に囚われてしまったのなら面白くない。だから敢えて言
わない方がいいと男は考える。
「それは君次第だ。僕の心の隙間が埋まったら。」
男は意味深な言葉を悲しそうな顔をして、女性から目を背けるように左下へ視線
を落としつつ、右手を胸に当てて言う。女性の頭が微かに上がり、向けられる瞳
には虚ろさから和らぎへと変化し、やがて希望という名の光が見えそうだった。
それを見た男は悲しそうな演技をしていたのに、噴出しそうになり女性から顔を
さらに背ける。
可笑しい。
可笑しい。
滑稽だ。
それらしい言葉を言うだけで光が見えたと思っている。この場所にそんな光は射
し込んでなんか来くるわけない。男は女性に悟られないよう、というか絶望を顔
に浮かべられては楽しみが減ってしまうので、男は下を向いて表情を隠す。
(まだ希望を持っていろ。)
その内心と共に顔を隠し、俯いて笑いを堪えて肩を震わせている男を女性からは
見ても判別のしようがない。やがて、落ち着いた男が顔を上げ女性の方を向くと、
男は悲しそうな表情で目には薄っすらと涙が浮かんでいた。それを見た女性は、
男のいう「心の隙間」に関係していて、それで泣いていたのだろうかと考えた。
女性の懇願は変わらない。男を見る瞳には、心の隙間を埋めれば助かる可能性が
ある。その涙の理由を話して、出来ることなら協力するというような意思が浮か
んでいるようだった。それはそうだろう、死ぬくらいなら、自分が助かる道があ
るのなら、それに賭けるだろう。
可笑しい。
(笑いを堪えて涙が出たが、いい演出になった。)
男は表情を変えずに思ったが、その演技により相手の必死さを思うとまた笑いそ
うになった。
男は気持ちを落ち着けて、なるべく優しい微笑みになるよう頑張って、女性に語
りかける。
「とあるバーで、酒のつまみに白レバームースというのがあり、それがとても美
味しいんだ。塩胡椒の味が効いた白レバームースは、こんがり焼いた薄切りのパ
ンに良く合い酒が進む。」
男は薄切りのパンを持って、バターナイフのようなもので何かを梳い、それをパ
ンに塗って口へと運ぶ仕草をする。男の言葉に女性は戸惑った。瞳にも戸惑と疑
問が浮かんでいる。何故突然食べ物の話になったのかと。
「でも、料理が出来ないから僕には作れない。」
男は残念そうに視線を落とす。が、思い出したように顔を上げ、女性へと興味の
瞳を向ける。
「キミ、レバーは好きかい?僕が美味しいからと言って、相手も好きとは限らな
いよね。」
問いかけられた女性は未だに料理、それもおそらくレバーの話になっていること
が何故なのか理解出来なかったが、今は自分の保身が優先な為、男の問いにゆっ
くりと頷く。
「そうか、良かった。」
男は良かったとばかりに爽やかな笑顔を見せる。実際のところ、女性自身はレバ
ーは得意では無かった。どちらかというと、あの独特な臭いが嫌いだった。だけ
ど、この状況で嫌いとは言えない。臭いというか癖があって、食べられなくはな
いが好んで食べたいなどとは思わない。
「じゃあ、レバーを食べてくれたら解放しよう。」
俄かには信じがたい。だったら、レバー食べるだけでいいのなら、こんな手間の
かかることをする必要などない。友達でも、知り合いでも、同僚でも、その辺の
知らない女性でも誘って食べに行けばいい。この状況で、それだけのことで解放
されるとは、疑わしかった。でも女性は恐怖から、それで助かるならと安堵して
身体から力が抜けたような気がした。
感覚は全く無いが。ただ、表情には出ていたようで、男はその態度を肯定と取る
と、右手で小銃を懐から取り出す。それを見た女性に緊張が走るが、男は軽く両
手を挙げ首を左右に振る。
「この小銃は呪紋式用だ。今キミに使用している呪紋式は、部分麻酔みたいなも
のだと思ってくれていい。その効果を打ち消す用。つまり体が自由に動くように
戻る。」
男は微笑みまま言い終わると、小銃の銃口を自分の右側に向けて視線を送る。そ
れに合わせ女性の視線も動くき、先を確認しようとするが暗くてよくわからない。
「この銃口の先に、キミの服が置いてある。正確にいうと、脱がすとき面倒だか
切って剥したものもあるし、散らかっている。」
男は再び女性に視線を戻す。その瞳は穏やかに感じた。
「呪紋式を解いたら、後は自力でなんとかしてくれ。勝手なことしたのはこちら
だと思うだろうが、殺すつもりで連れて来たんだ。そこまで面倒見る気はない。」
確かに理不尽な言い分だと女性は思うが、それでも助かると考えればその後のこ
とは何とかしようと思った。突然のレバーの話も、男の気変わりなのかもしれな
い。男が先程言ったが、殺すつもりで連れてきたと。女性から見れば異常な行動
だと思っていた。だから、こんな気変わりもあるのではないかと思い始めていた。
それで、死なずに解放されるのであれば、切り裂かれた服で何処か判らない場所
から、帰るはめになっても仕方がないと。
本当に納得はいかないが。
そんなことに女性が考えを巡らせている間に、男は右手の小銃をしまい、ナイフ
に持ちかえていた。
レバーを切り分ける為だろうか?
女性はそんな安易なことを考えたが、そもそもこんな工場のような場所に用意さ
れているのだろうか。女性の視点からは、その様に見えた。薄暗い広い空間にコ
ンクリートの床で、鉄骨の柱が剥き出しに建っているところを見ると。工場のよ
うな場所かと思えた。
レバーの経緯は話の途中で思いついたように思える。女性がそう思ったか思わな
いくらいに、何時の間に切ったのか女性の右肋骨の下付近が切開され、男の左腕
が入り込んでいる。
「・・・・・・・!」
その光景が目に入った女性は悲鳴を上げたつもりだったが、思うように声が出な
い。身体を拘束されているからか、あまりの光景に声すら出ないのかわからない。
それとも、身体に施された麻酔のようなもので、痛みを感じないからなのか。何
故今この状態になっているのか、脳が混乱しているかなのか。
声が出ない。
涙が溢れ出す。
「確か右肺の下だったよね、肝臓って。」
そんな女性の混乱などどうでもいいように、男は身体に入れた手で弄っている。
女性の右脇腹から右腰や下腹部、右足を伝って赤黒い液体が白い肌を染めていき、
床に赤黒い血溜まりを作っていく。
男が血に染まった手を引き抜くと、その手には黒いものが握られていた。男はそ
の黒い物体から、女性へと視線を移す。その顔はいつの間にか、狂気の笑みに変
わっていた。
「さぁ、食べろ。」
女性は状況を理解していたのか、理解していないのかわからない。ただ、それは
到底受け入れられるものではないと、必死に頭を左右に振る。男は必死に頭を振
る女性の頬を、右手で顎下から掴み頬に指をあて力を入れる。強引に口を開ける
と、左手にもった肝臓を無理やり押し込んだ。
男が両手を離すと、女性の口から肝臓が零れ粗末な音を立て床に落ちる。
「おっ・・・うぇぇぇ・・・」
女性は嗚咽を上げながら、口の中から血液が交じった胃液を、口腔から垂れ流す。
「あぁ、粗末に扱ったらダメじゃないか。」
男の言葉は女性には届いていない。届くわけがない。だが男はそんなことは気に
せず、涙が止まらない虚ろな目をしている女性の、拘束していた縄をナイフで切
る。両手両足の拘束が解かれると、女性は音を立てて床に倒れこむ。倒れ込んだ
女性の瞳には、生きている光が見えないようだった。男はそれを見て、どうせ肝
臓が無かったら生きてられないんだよな。と、つまらなさそうに考えた。
「まあ食べてないけど、口にはしたからね。サービスで解放してあげるよ。」
男はそう言って小銃を抜くと女性に向けて発射する。女性の身体の上に、白い光
の呪紋式が浮かび上がり一瞬で消えていく。
直後から、女性の顔が歪み始める。
「ぅ・・・ぁ、あああああああ!」
女性の身体が跳ねるように動き、両手で右腹部を押さえながら絶叫を上げる。
「うるさい女だな。」
男は面倒くさそうに、冷めた顔で一瞥すると歩き始める。その目も、表情も既に
興味の色は無かった。そして気づいたように一瞬歩みを止める。
「そういえば、そもそも僕の計画は既に破綻しているから、猟奇殺人を続ける必
要もなかったんだよな。」
男はそう呟くと、再び歩き始めその場を去っていった。
惨劇が上乗せされているとは知る芳も無く、唯己が保身の為に只管記術を続ける
女がいる。
目の下に隈が出来始めてるのよね、さっき鏡を見たら。顔はもう陰鬱な顔をして
いて、それを見た私は更に陰鬱な気分に見舞われた。そういえば、お風呂入るの
も忘れていたわ。食事は忘れないのに。
「あと五個・・・」
五十個という数字はそれ程多くないが、呪紋式が複雑すぎて思ったより時間がか
かる。実際のところ、この時間を見越して依頼してきた?という疑問が浮かんで
しまうくらいに。私ならばこのくらいの時間はかかるだろうと?
・・・
・・・
いくらなんでも考えすぎか。
疲れてるんだろうな、余計なことを考え始める。雑念で記術を間違って後々考え
たくもない結果になるよりも、今はこちらに集中しなければ。
「疲れた・・・」
外が白んできた頃、私は最後の薬莢を箱に仕舞った。結局徹夜作業にしてしまっ
た。まだ時間はあるので、とりあえず睡眠取らないとまずい。
「あぁ、その前にお風呂。」
徹夜明けにお風呂入って寝るって、気持ちいいんだよね。と、欲望に駆られるが
仮眠程度に抑えておかなければ、無断欠勤になる可能性が高い。連日休暇をもら
うことになってしまうが、無断欠勤は問答無用で解雇されるだろう。
連絡したからと言って、解雇されない保証は全然無いが。これが片付けば明日か
らは普通に出勤出来そうな気がする。解雇云々は今考えてもしょうがない、私は
私の都合で休んでいるのだから、そこで会社側にとって都合が悪ければ切るだけ
だし、それで文句を言うつもりもない。まぁ、会社側からしてみれば正論なのだ
から文句言われる筋合いもないわね。
どっちにしろ、連絡してみるまではわからない。
解雇されたら悲しいけど。
「とりあえず、お風呂入ろ。」
私はとりあえず、さっぱりしようと浴室に向かう。
風呂上りにご飯を食べ、眠気と格闘しながら会社の始業時間を待つ。私は短時間
勤務で十時からだけど、ズーキスは社員なので九時前には来ているはず。
テレビを見ていても退屈な番組や報道しかなく眠くなるだけなので、私は渡され
た呪紋式の紙を眺めた。
えぇ、この三日苦しめられた紙ですが。
内容についての予想は攻撃用の呪紋式。おそらく間違ってはいなと思う。火の玉
を射出し、着弾後広範囲に火炎を撒き散らし炎上するようなもんだと思うのだけ
ど、こんなもん戦争の役に立つのか?
おそらく火の玉も、人間の身長大のものだろう。個人や数人の諍い、脅迫等では
かなり効力があるだとうとは思う。使いどころによっては、私の仕事にも役立つ
かもしれない。
実は自分の小銃で試してみたいなと思い、自分の小銃用である未記載の薬莢に描
いてはみた。預かった薬莢は大きさからいって、中型銃若しくは大型の銃かもし
れない。私の小銃で使っている薬莢より二回りほど大きい。
自分の薬莢に描くのは、小さいのでなかなか難易度が高かったが、最後に描いた
ので慣れもあったのか、しっかりと描けた。
しかし眠い。
これは、いつか何処かで使ってみよう。呪紋式は脳に【刻まれてしまった】ので
今後使い勝手が良ければ、利用してやろう。
私はそれでいいが、効果の程を考えると戦争では通常の重火器利用した方がいい
のではないかと思える。あぁ、要所を狙うのであれば使えないこともないか。補
給物資狙うとか、奇襲かけるとか、確かに使い道はありそうだな。
阿呆か。
何を普通に考えいるんだ。そんなことのために、執政統括がわざわざ一市民に依
頼しに来るとは思えない。何か理由があるんだろうな。
眠い。
考えが纏まらない。
とりあえず、下手に使うのはやめておこう。せめて使われたあと効果を知ってか
らの方がよさそうだ。そんなことを考えていたら九時を回っていた。
「はい、今日一日は様子見して下さいと言われていまして、明日からは確実に出
社出来ます。」
「はい・・・」
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
「有り難う御座います。」
「はい、失礼します。」
時間が来て適当に音声通信を済ませた私は、速攻寝台に横たわった。長らく待ち
わびた至福の刻。
「やっと寝れる。」
寝台で微睡み始め、その感覚が心地いい。
・・・
・・・・・
ピンポーン
・・・
呼鈴が鳴った。
このタイミングで鳴らすとは、余程死にたいらしい。自殺願望なら余所でやれ。
まぁ、意識が起きてしまったのは仕様が無い。殺すかどうかは後で判断しよう。
私はまだ起ききれていない頭のまま応答して、映像を出す。
「おぅ、居たか。おはよう」
無愛想な顔で突っ立っているザイランが映っているのを、確認すると私は寝台に
戻った。
面倒くさい。
・・・
ピンポーン
駄目か。
私は諦めて、共同玄関のロックを解除し、玄関に向かってくるザイランを待つ。
人の貴重な睡眠時間を妨害してまで話す価値があるのだろうか。それとも事件で
疲れて死にたくでもなったのだろうか。睡眠をタイミングよく邪魔された所為か
物騒な考えがよく浮かぶ。
玄関のドアが軽く叩かれたのでドアを開ける。
電子呼鈴使えよ。
「玄関で済ませてね、部屋には上がらせない。」
私は薄目でいった。おそらく据わっているだろう。今の私はかなり人相が悪いか
もしれない。
「っ・・・やけに不機嫌だな。もともと様子見に来ただけだから長居するつもり
はないんだ。」
ザイランの言葉が私を見て一瞬詰まった。というか、様子見なら今じゃなくても
いいのに。劇的に嫌がらせタイミングだな。
「無事ならいいんだ。会社に出社してないどころか、家からも出ていないから、
死んでるとは思わなかったが少し心配でな。」
ああ、一応見張り付けてくれているのから、報告で気になったのか。ベイオスに
恐怖して頼んだのは私みたいなものだしね。死刑は無しでいいや。じゃなくて、
ありがたいことだわ。しかし見張りと言えば、リンハイアに会う時に都合が悪い
気がするが、それを考慮に入れない執政統括ではないだろう。リンハイアのこと
は気にしないでおこう。そこまで考慮してやる義理もないし。
「ベイオスの行方も不明のままで進展はないしな。」
ザイランは渋い顔をする。ザイランも酷く疲れた顔をしている。私は自分の為に
疲れているけど、ザイランは警務だしね。いろいろあるんだろう。
「私を見張っていれば可能性があると?」
「まぁそうだな、警護のついでにな。」
どちらかと言うと、警護がついでだとは思うけど。そう言えば来たついでだから
聞いておこう。
「家から出てないから確認してないけど、司法裁院からの依頼は来てるの?」
薬莢への記術に追われていてすっかり忘れていた。
「今の所は来ていない。それより、お前の方は大丈夫なのか?ずっと篭っている
ようだが。」
よし、司法裁院の評価は現状維持ね。ザイランの机に埋もれてなければ。もしか
してリンハイアが?執政統括が直接関わるなんてことはありえないだろうけど、
手を回すことは普通にやりそうだなと思った。
「大丈夫、もう少し寝れば概ね。今のところなんの状況変化も進展もないし。」
一瞬訝しげな顔を見せたが、いつものザイランに戻る。
「確認したいことは終ったから、俺はこれで失礼するが、何かあったらすぐに連
絡しろよ。」
「わかってる。」
私の返事に、ザイランは玄関のドアを開けるとそのまま出て行った。鍵を閉める。
やっと眠りにつける。
しかし、薬莢が回収されることを考えれば好きなだけ寝ることは出来なさそうな
気がする。何時連絡があるかもわからないし。そんなことを考え出すと限がない、
いつまで経っても寝れないし。別に連絡が来て起きなくてもいっか、リンハイア
のことだから、なんとかするでしょ。私はそんなことを考えている間に、意識が
遠くなっていった。
2.「教理に背くは背徳だが、涜神は人の妄想が呼ぶ強要である」
石造りの古びた建物がある。入り口はトンネルのような形をしており、木製の
ドアがついている。ドアには大きな閂と南京錠がついているが、今は開錠され
ている状態だ。トンネルの上には、鞘に収まった二本の剣が下向きに交差し、
柄の間には太陽と、ラウマカーラ教国を著すシンボルが彫られている。ドアに
は木製のプレートが掛けてあり
[ラウマカーラ教徒-アイキナ支部]
と書かれている。
ラウマカーラ教国は国として在るが、一宗教でもあり、教徒が国内のみに在国
を限られているわけでもないので、当然教国外の各地に住んでいたり、出張し
たりしている教徒も存在する。国との橋渡しや各種手続きをする場所が当然必
要であり、それが各地に支部として存在し成り立てている。
一宗教であるため、教会も存在するが、事務処理を行っているのは支部のみで
教会は一般的な教会の範囲を出ない。教会は別として、教国に限らず各国の支
部や大使が存在しており、滞在するための建物も存在している。ラウマカーラ
教国の支部は、当然のことながらラウマカーラ教徒が担っている。
他国の人物が他国在籍のまま存在するために、グラドリア王国の許可が必要で
あり、国側としても野放しには出来ないので貴賓扱いとして警備員を配置して
いる。貴賓として警備をつけると言えば聞こえはいいが、言い換えれば客とし
ては扱うが、余計なことをしないように見張りは付けさせてもらうという条件
の下、許可を出していることになる。
他国が自国内に拠点を構えるのに、好きなようにしてくださいという国は、当
然ながらまず無いだろう。
ラウマカーラ教のアイキナ支部では、事務処理や礼拝等を行っている。一階は
礼拝堂となっており、教徒がいつでも利用できるようになっている。別段、教
徒のみという指定もされてはいない。
入り口から左右に階段があり、二階には各種事務受付の場所となっていた。三
階への階段は、階段口に縄を横に張って封鎖し、関係者以外立入禁止の立札が
立ててある。
一般的な利用者が見える範囲はその程度だが、一階礼拝堂の奥には従業員用の
通路があり、そこから続く地下への階段があるのは従業員しか知らない。その
アイキナ支部の地下には会議室兼休憩室があるのだが、部屋の扉には使用中の
札が下がっていた。
部屋の中では爽やかそうな青年が足を組んで椅子に座っている。青年の近くに
はフードつきのローブ来た青年とも中年ともとれる、男性が温和な表情で立っ
ていた。
「定期報告に顔を出しているのはいいとして、報告出来る状態ではないような
気がするのだけど?」
温和そうな男性が口を開く。青年は軽く両手を上げて、やれやれという風に首
を振る。
「予定外という状況もある。全てが想定通りに動くなら、我々がこんなことを
する意味もないだろうと思うんだが、そうは思わないかティリーズ。」
青年は、温和そうな男性の問いに言葉を返すが、その視線は微笑を浮かべたま
ま何もない中空を漂っていて、ティリーズと呼ばれた男性へは向けられていな
い。ティリーズは呆れた表情をした。
「ベイオスの言うとおりだと思うよ。」
ティリーズはベイオスの言葉には同意したが、温和な表情は変わらず眼光が鋭
くなる。その眼光はベイオスに固定されているが、当のベイオスはティリーズ
を見る気は無いらしい。
「しかし、結果を出さない場合は言い訳にしかならない。」
ベイオスの表情に変化は無い。その態度に、ティリーズは苛立ちを覚えたが、
表情や態度には出さないようにした。
「半分くらいは達成しているんだ、後は強引に進めてもさして支障はないと思
うけど。」
ティリーズは若干諦めの表情をしつつ、近くにあった椅子を自分の方へ乱暴に
引き寄せると、その椅子に座った。
「既に他の支部のあるラグリオ市・カナフィル市・オンズール市・パグサ市・
リエカート市・ヨルグフ市・ユルフォーブ市は最終段階に入っている。」
ティリーズは椅子に座った後、表情を引き締め話し出した。鋭い眼光はベイオ
スを凝視する。ベイオスは相変わらず表情も変えずに椅子に足を組んで座り、
視線は何処か泳いだまま、ティリーズの話に耳を傾けている。
「我々の目標は事件を起こし、その事件で警察局を翻弄する。事件が解決され
ない不安と恐怖を高め、それを餌に市民を煽ってデモや暴動に発展させる。」
ティリーズは少し間を置いてから続ける。
「事件が解決せずに犯行が繰り返されれば、警察局への不信は増すばかりだ。
そうすれば、デモや暴動の規模は大きくなり、市で対応が出来なくなれば国が
動くだろう。つまり軍隊が出てくる。」
ティリーズは一旦深呼吸する。
「暴動の中、我等教徒は武器を取ってテロを起こすことによって、軍隊を動か
す確立を高めるんだ。各市で起き始めれば、報道によって拡散し更なる規模の
暴動も起きる可能性も出てくる。各市や、巨大化した暴動に対し、軍隊を分散
をすることで我等は本国の進撃を助けなければならない。」
「確かに、そんな計画だったな。」
一気に語ったティリーズの言葉に、ベイオスは興味無さそうに相槌を打つ。
「だが、その計画が確実に成功する保証はない。計画上障害があってしかるべ
きだと思うが。むしろ、ブルナッカ市とアイキナ市以外が順調という方が優秀
というか、この国の警察局が間抜けなのか。」
支障はあったにせよ、自分自身が捕まっていないことを考えれば後者かも知れ
ないとベイオスは思った。
「障害が起きることは予想して遂行するのが当たり前だ。そのために現地に居
る我等には手法は問われていない。とすれば、障害で前に進めないのは当然我
等の落ち度ということになる。」
ティリーズの声はやや大きくなっていた。
「既に軍が動きそうな市もある。ここはもう最終段階と言ってもいいだろう。
連動に繋ぎ、この計画を成功させ本国が勝鬨を上げるための確立を上げなけれ
ばならない。」
ティリーズの言葉が熱を帯びて来る。既に先程までの温和な表情は消えていた。
かと言って怒ってるなどの感情的になっている風でもなかった。どちらかと言
えば未来の理想を熱く語っている、学生運動をしている学生の様だった。
「障害を予想しても、人間同士だ。相手が予想を超えるのであれば、向こうが
上手だったってことだ。何もこちらの落ち度だけではないだろう。無能な警察
局がある市は、進めやすいとかな。」
対してベイオス淡々と語った。どちらが優れている、劣っているに思考が傾倒
するのは蒙昧だ。今のティリーズはベイオスにとってそう見えた。障害が大で
あれ小であれ、個人の能力差、集団の有能さなどそれぞれだ。片方の結果のみ
で計れるものではないとベイオスは思う。
「ベイオス、お前にはそれ程やる気を感じられない気がするが、それでも教国
の死葬教使<コルオキルセ>か?」
ティリーズが苛立たしげに言った言葉に、ベイオスの視線が鋭くなる。この会
話で初めてティリーズに視線が向けられた。
「あんた何もわかってないな。死葬教使は国や神の為に存在しているわけじゃ
ない。人が人の為に存在する。各地に散っている他の死葬教師も同じだ。」
「な・・・」
ベイオスの言葉にティリーズは驚き、一瞬言葉を失った。しかし、呆気に取ら
れた驚きの表情が、怒りに変わってくる。
「今の発言は反国とも取れるぞ、本国に併せて報告するからな。」
語気を荒げるティリーズに、ベイオスは口の端を僅かばかり吊り上げた。
「どうぞ。さっきの話を聞いても解らないなら。死葬教使は国に属しているわ
けではない。そもそも、計画が上手くいけばその貢献としてあんたが得をした
い、その為に躍起になっているんだろう。あんたの野心に俺は付き合う気はな
いのでね。」
ベイオスはそこまで言うと席を立った。扉の方に向かおうとする。
「まだ話の途中だぞ、何処へ行く。」
ティリーズも席を立ち、ローブの中、胸元へ手を入れる。ベイオスは振り返っ
たが、既に興味なさそうな表情に戻っていた。視界にティリーズを入れている
ようではあるが、視線はまた中空に向けている。
「もう飽きた。俺は俺の好きなようにやらせてもらう。計画を遂行したいなら
あんたが勝手にやればいいだろう。そんなに功績が欲しいなら、人に文句言う
前に自ら掴みに行けよ。」
そう言って部屋を出ようとしたベイオスに、ティリーズがナイフを抜いて向け
る。
「勝手が過ぎるぞ。いくら死葬教師に自由が与えられているとは言え、計画の
途中で放棄することが罷り通るとでも思っているのか!?」
スーツのズボンに両手を入れていたベイオスは、左手を抜いて髪をかき上げる
とティリーズに冷めた視線を向ける。
「まだ上手くやれば計画は成り立つはずだ。失敗した時の保険として俺を残そ
うという考えが甘い。俺はあんたを殺して出てっても構わないんだが。」
「くっ・・・」
ベイオスの迫力に言葉が詰まってしまうティリーズ。どのみち死葬教使と戦っ
ても勝つことなど出来ないと思っているティリーズには反論出来なかった。ベ
イオスはつまらなそうに、扉へ向かいながら言葉を続ける。
「俺が勝手にやってることを利用するならそれでいいだろう。それも方法の一
つだと思うが、あんたの采配が悪くて計画が破綻しそうなのを、責任転嫁しよ
うと最初から考えていたなら、持っている野心も過ぎたものじゃないか。」
言い終わるとベイオスはティリーズの方を向くこともなく部屋を出て行った。
扉の閉まった部屋の中から大きな音が聞こえて来たが、ベイオスにとってはど
うでも良かった。
ティリーズが残された部屋の机は、椅子を巻き込んで乱雑に倒れていた。椅子
と机が散乱する部屋の中で、ティリーズは俯いたまま独り何事かを呟いていた。
「さぁて、面白いものを見つけてしまったからな。教国の計画なんてもうどう
でもよくなってしまったな。」
ベイオスはラウマカーラ教徒のアイキナ支部を出ると、いつもの好青年の顔に
なり、独り言葉を漏らしながら立ち去った。
「・・・」
時計を確認する。
眠りに落ちてから四時間しか経っていない。あんなに疲れた思いをしたのに。
少し楽になったが身体が重い。
「喉が渇いたな・・・」
私は寝台から起き上がると冷蔵庫に向かう。冷蔵庫を開けて目に入った麦酒に
惹かれないでもないが、とりあえず水分補給を身体が求めていそうなので、水
が入っているプラスチックの容器を取り出し飲むことにした。水をある程度飲
み、容器をしまって冷蔵を閉じる。
・・・
渇きが潤され、次に身体が要求してきたのはもちろんあれ。
「お腹空いたな。」
ここ数日ほんとにろくなもの食べてないから、外食って手もあるな。そうしよ
う。今の時間ならランチ時間も終わりの頃で、お店も空いていていいかもしれ
ない。
そんなことを考えている最中に、小型端末の音声通信着信が鳴った。相手が誰
か確認したが、知らない情報だった。気分は外食に向かっていたので、無視し
て出かける準備だな。
・・・
とりあえず出てみる。
外食の気分になったところに水を差した相手が、多少気になったのもあるけど。
「そろそろ出来上がっている頃かと思い、ご連絡致しました。」
この声、聞き覚えある。
・・・
嫌な奴。
「なんで私の端末情報知ってるのよ。」
思わず声を大きくしてしまった。
待て
「待って、今の無し。愚問だったわ。」
そう、相手はあの執政統括であるリンハイアなのだ。であれば私の小型端末の
情報を手に入れることくらい簡単なことだろうと思う。まぁ、私のところに来
ることが決まった時点で、大体の情報は知られていると思った方が間違いない
かな。
初回直接来たのは、小型端末に連絡して「執政統括です」と言っても、危ない
奴からの連絡だなって切られるのが落ちだからだろう。当然、私も聞いた瞬間
無言で切るに決まっている。
「察しがいいのは流石です、概ね想像通りだと思いますよ。明かせないことも
含め、ね。」
相変わらず嫌な奴。
「で、私の問いに対する答えは?」
リンハイアが知りたい答えを急かす。そりゃそうよね、執政統括様はご多忙で
しょうから。
「出来てるわよ。」
私は温度の無い声で返す。
「いやぁ、頼んで良かった。こちらの要望に応えて頂きありがとうございます。
ではこれから引き取りに伺いますので。」
調子のいいことを。って
「これから?」
・・・
「取りにって、は?」
取りに来るって私の家に来るってことか。ちょっと待てと言いたいところだが
既に通信が切断されている。相変わらず勝手な。慌てて表示された端末情報を
見つけ、折り返しの通信をする。が、その情報は存在しないか間違っています
の表示が返ってきただけだった。
こんにゃろ。
だが文句を言う前に、これから起こることに対処が必要だ。部屋着のままなの
で急いで着替えなければ。どうせ文句を言ったところで流されて勝手に事が進
められてしまうのだろうから。いつも人の都合はおかまいなしなんだから。こ
の前の強引さを考えれば、そう時間もかからず押し掛けて来るだろうと想像が
つく。
慌てて着替えたけど、寝起きで寝癖が取れていない。リンハイアが来る前に直
さないと、人前に出れない。一応気にするの。女子だし。それと部屋の片付け
間に合うかなぁ、寝癖と格闘しながら焦る。
その時呼鈴が鳴った。
「!?」
まさか。早すぎじゃない?
寝癖直しの途中で、しょうがないので応答機へ向かう。応答機の前に着くと確
認したら、呼び出しているのは共同玄関ではなく部屋の前。
どうやって入ったし・・・。
考えるだけ無駄よね、損よ。振り回されるだけだもの。私は諦めて、溜め息を
盛大に吐きながら玄関の扉を開ける。
「準備にもうちょっと時間欲しいから、待ってもらえる?」
「その必要はありません。」
玄関の扉を押さえリンハイアの前に割り込んでくる護衛の女性。その女性は割
り込んでから止まることはなく、私を押しのけ部屋の中に入りだす。
「ちょっと、人の部屋に勝手に入らないでよ。」
そもそも、あんたらの所為で散らかりっぱなしなのよ。あんまり見られたくな
いんだけど。
「一応年頃の女子なんですけどね、私。」
「概ね予想通りですので問題ありません。」
中に入った女性は、私の発言を完全に無視。というか、そこに私が存在して居
ないかのような態度で、部屋の現状確認した結果を、リンハイアを向いて報告
している。
予想通りとか、問題ないとか、失礼な。
「ちょっと・・・」
私はリンハイアに抗議の視線を向け発言しようとすると、リンハイアが唇の前
で人差し指を立てながら近づいて来て、私の発言を遮る。
「少し、彼女に任せてもらえませんか?」
リンハイアはまた少し私に近づいて来る。ちょっと待って。
「それと、いつまでも玄関前に立たされていると目立つので、せめて玄関でも
いいので中に入れてもらえませんか?」
あぁ。まあ、そうよね。ザイランの指示で見張っている警務も居るだろうし長
時間はまずいわね。なんかされるんじゃないかと、警戒したけど杞憂だよね。
いきなりの訪問で同様してるのか、私。
「まぁ、いいわ。」
私は玄関から少し下がって場所を空ける。リンハイアと、男性の護衛が続き周
囲を確認してドアを閉める。
それと、彼女に任せろってのは・・・。
そう思って私が護衛女性の方を振り返ると、散らかっていたゴミがほとんど片
付いていた。ついでに掃除までしている。なに、プロの掃除屋?見る間にかな
りの速さで掃除がされていく。
え、ありがたいのだけど、なんで。
「ちょっと、まさかここで始める気!?」
私は女性からリンハイアに振り向き、大き目な声で疑問を投げていた。
「察しがいいですね。」
爽やかな微笑みで返してくるリンハイア。
嫌味だ。
そりゃそうか、話の内容が内容だけに、何処かのお店でってわけにもいかない
だろう。だからと言って、私の部屋ですることないじゃない。もっと権力行使
してホテルの会議室とか部屋とか取ればいいじゃん。
「今回は蜻蛉帰りでして、ホテルも取ってあるわけではなし、生憎と忙しい身
でね。この為だけにアイキナ市まで来たわけです。」
その為だけにわざわざ金払って部屋抑えるわけにはいかないか。しかし、薬莢
取りに来ただけって思うと疑問。
「忙しいなら部下に任せて自分の仕事すればいいじゃない、荷物の受け渡しだ
けなのに。」
本当に、何故リンハイア当人がわざわざ受け取りに来るの必要があるのかわか
らない。預けた薬莢を回収するだけなら、リンハイア当人が来る必要等無い筈
だ。
「それは出来ません。遣いに任せて呪文式の記術が正常に、終っているかの判
断を委ねるわけにはいかないので。」
なるほど、自分の目で確かめたいというわけか。まして記述内容は呪紋式師や
呪紋技師がちゃんと確認する必要がある。護衛の二人にその能力があったら、
任せられるかもしれないが。リンハイアはそれがあるのだろうか?
「ついでに、アイキナ市の現状が見れるわけですし。」
確かに。
私の想像でしかないが、リンハイアは休んでいないのではないだろうか。自分
で各地を確かめ現状を常に把握する。たいした内容でなければ、別の人間に任
せるのだろう。流石に身一つでは出来る事が限られてしまうだろうから。今回
の騒動、つまりベイオス絡みであるラウマカーラ教国の現状を、薬莢を回収す
るついでで確認しに来たのだろう。
「台所をお借り致します。」
「どうぞ。」
後ろから聞こえた声に、何も考えずに返事をしていた。あっ、と思った時には
護衛の女性は台所でお茶を淹れる準備に入っていた。部屋を確認すると、私が
考え事をしている間に掃除が終ったらしい。いつの間にかリンハイアと護衛が
部屋にあがり、テーブルの前に座っている。護衛は床に直接座っていたが、リ
ンハイアは私のソファーに腰掛けている。
「え・・・。」
おい。乙女の部屋をなんだと。
「考え事の邪魔をしては申し訳ないかと。」
ほんっと憎たらしい。
「手土産にお菓子を買ってきたので、お茶が入ったら本題に入りましょうか。」
リンハイアは言い終わった後、テーブルの上にお菓子が入っているであろう袋
を置いた。袋にはシェーラマリヌフェッテの文字が見える。わざわざご丁寧に、
有名店のお菓子を。こういう気の回しは嫌いじゃないんだが、あくまでこの部
分のみね。
「なんとなくわかります。」
は、なにが?突然「わかります」といわれても・・・。まさか、私が美味しい
もの、特に甘いものが好きなことが。流石に執政統括ともなると、洞察力に長
けているのだろうか。
「確かに私は忙しい身と言いましたが、現状まともに睡眠を摂る事すらままな
らない。」
そっちか。
「しかし、あなたがベイオスの邪魔をしたことがきっかけでしょうか、アイキ
ナ市とブルナッカ市は比較的落ち着いている。多少安堵しました。」
連続猟奇殺人で賑わっているアイキナ市とブルナッカ市が落ち着いている?
アイキナ市とブルナッカ市は?
そういえば報道でたまに目にしたり耳に入ってきたりしている、所々の市では
デモや暴動が報じられていた気がする。市名は憶えていないが場所によっては
警察では鎮圧出来ずに、軍が出動する羽目になっている市もあったような。
そこでベイオスの名前って。
まてまてまて。
私は世情に興味は殆ど無いが、リンハイアの台詞は明らかに今グラドリア国で
起きている、またはこれから起こることを示唆しているのではないか?つまり、
ラウマカーラ教国の策謀ということか。つまりグラドリア国内で起きている事
件はベイオスと同じラウマカーラ教国の間者。ベイオスのように皆神殺しの御
印を持っているかは不明だが。
ラウマカーラ教国の間者が、各地で軍を動かさざるを得ない状況を作り出し戦
力を分散するのが目的だったとしたら。もしそうであれば、ここで以前リンハ
イアが仄めかした戦争に話が繋がる。いや、戦争とはっきり言ったわけではな
いが、おそらくそうだろう。リンハイアがろくに睡眠を取れない現状は。
「お待たせしました。」
女性がお茶を差し出して来たことにより、私の考えが霧散する。というより、
紅茶の香りに意識を奪われたというのが正解。香りが少し熟成感があり、以前
のような若々しさではないが、ダージリンのしっかりした香りだ。やはり良い
紅茶の香りはいい。
「セカンドフラッシュ?」
私は思わず、小さい声だが疑問を漏らした。そこまで紅茶に詳しくはないので
なんとなく。
「そうです。」
女性は特に表情も変えずに答えた。
「ところで、先ほど思案顔になっていましたが、あまり考え過ぎると危険を呼
び込みますよ。」
リンハイアが私に向けて言ってきた。一応警告してくれているのだろうか?確
かに私は平穏に生きたいし、出来れば国のごたごたなんかに全く関わりたいと
思わない。絶対ヤダ。
「考えさせるように種を振り撒いておいて?」
当人がどの口でそれを言う。私に考えが芽生えるように、種ばら撒いて。そも
そもあんたに会った所為で既に人生の危機だわ。本当にこれ以上巻き込んで欲
しくない。
「鋭いと思いますよ、現在の国に起きている状況を、概ね把握して頂けたよう
ですし。」
くぅぅ。
相変わらずの性格悪。「ようですし」じゃない。前回零した情報に、今回の発
言で思考の方向性を指す。本人は明確なことは一切言わないが、おそらくの結
論に導こうとする。考え過ぎると危険が及ぶとか、本当にどの口が言ってるの
か。しかし、私は言われて気付いたが、この男はかなり前からわかっていたの
だろう。おそらく、前ラウマカーラ教皇が崩御する前から。
変態ね。
「では、薬莢を確認させてください。」
私は、シェーラマリヌフェッテの袋を自分の前に寄せ、中身を取り出そうとし
ていたところに本題が飛んできた。
「そこ。」
私はリンハイアの足元付近にある箱を、袋から出した右手で指さす。明らかに
付き人二人に敵意の表情。気にせずに手を袋に戻し、クッキーを取り出す。私
は直接箱を渡す気はない。私は部下でもなんでもないし、人の家にずかずか入
って来るような奴らに気を使う必要もないと思っている。
付き人の男性は私を一瞬睨むと、箱を持ちリンハイアに差し出す。リンハイア
は箱の端にある薬莢を二つ掴むと、記述された呪文式を眺め、その後二つを見
比べていく。
ふーん。あ、これ美味しい。
シェーラマリヌフェッテは焼き菓子専門店だが、かなりの人気店だ。特に、自
家製の濃厚なミルクチョコレートをサンドしたソフトクッキーが美味とか。噂
には聞いてたけど、まさか食べられるなんて。
私が至福に浸っている間、リンハイアはさっき戻した対角線にある薬莢を二つ
掴んで同じ動作をしている。
ん、紅茶もうまい。この女性、態度は悪いがお茶の淹れ方は上手だ。
「箱の並べ方からして適当に入れたとは思えない。それでいて、どちらが記述
始めで終わりかも不明。という程には仕上がっている。」
なるほど、一定のクオリティを以てすれば最初から最後まで安定した仕上がり
になるだろう。しかし
「最初と最後だけかもよ。眠かったりお腹減ったりいろいろあるし。」
リンハイアは私に笑顔を向けてくる。腹立つ。その見透かしておいて、悪意の
無さそうな笑顔が本当に。
「記述はあまりしてないと言ってましたが、ここまでの腕があるならカマルハ
ー同様、私に雇われてみませんか?」
カマルハーの名前は聞いたことがある。前回眠いのと苛立たしいので聞き流し
ていた名前だ。確か、グラドリア国の小銃研究機関に属している記述士であり、
世界にいる記述士の中でも十本の指には入るくらいの精度と記述の速さらしい。
もしグラドリア国の小銃研究機関で仕事が出来るのであれば、当然生活の安定
度も上がるだろうし、新しい小銃や呪紋式に触れる機会も多くなる。普通であ
れば喜んで引き受ける話であるだろう。
「イヤ。」
私は嫌そうな顔でリンハイアから顔を逸らし、左手を軽く振る。二人の護衛は
目を細め、私を敵意の眼で睨みつつ体を構えていく。それをリンハイアは手で
制した。二人の護衛は構えを解きリンハイアに頭を下げる。
「おそらくそう言うと思いましたが、違う道もあるということを示してみまし
た。」
判っている。この誘いに頷いたとしても、リンハイアは私を雇ってくれるだろ
う。リンハイアはどちらに転んでも気にはしないだろうし。私は、国に縛られ
たくはない。いろんな制限がかかるだろうと思うとぞっとする。
司法裁院に縛られてるのは忘れておこう。
「さて、いい休憩になりました。」
リンハイアがソファーから立つ。やっと解放された私のソファー。護衛の男性
は、いつの間にか薬莢を黒い鞄にしまっていた。男性が先頭をきり、玄関へと
向かっていく。リンハイアが続き女性が殿を務める。面倒くさいが玄関までは
見送ってやることにした。
「では、お邪魔しました。」
リンハイアが軽く会釈をする。私もつられて、してしまった。屈辱。
「また機会があれば。」
「二度と関わり合いたくない。」
リンハイアの言葉に、私はきっぱり言い放った。
「さ、シェーラマリヌフェッテのお菓子の残りは後の楽しみに残しておいて、
ごはん食べに行こ。」
高く聳えた城郭から、五つの道路が放射線状に伸びる。内部には道路の間に巨
大な館が建ち、放射の中央にも同程度よりは若干大きめの館が建っている。円
形の城郭の周りは、クインカリュ川が支流となって囲っている。川が堀を成し、
更に城郭の外に広がる街の中を幾つもの支流となって人々の生活へと流れ込ん
でいる。
城郭と外街を繋ぐ五つの橋には、行きかう車と電車が往来しているが、橋の幅
は道路ほどもないため、車が渋滞を起こしやすい。七百四年前、剣聖ノーリグ
レッハが建国し、六百七十三年前に完成した城郭。その城郭より外に広がる波
状の街並みは現在に至っても広がり続けている。人口の増加に伴い、外街では
道路の拡幅や整備が行われて続けているが、高く聳えた城郭の門を改築してま
で橋梁の拡幅を行うには至っていないため、城郭の門がボトルネックになり渋
滞となっているのが現状だ。
放射線に伸びた道路の始点、城塞都市の中央に建つ館には百三十八代剣聖オン
グレイコッカ・ネラーブンが国を治めているが、国王ではなく建国時より剣聖
の名を戴く風習がある。そのため、ペンスシャフル国という名称よりも剣聖国
と呼ばれることの方が多い。
建国時に剣聖と共に肩を並べた五人の従騎士は、五聖騎となり放射線に広がる
道路間にある大きな館に居住している。城塞都市の街並みは建国時よりさほど
変化はない。内部の許容量が変わらないせいもあるだろうが、もともとひとつ
の街として存在しているため街の機能としてはあえて外街に行かずとも、生活
可能であるからだ。そのため、外街に向かう一般人の主な理由と言えば、仕事
か嗜好である。
国政に関しては剣聖オングレイコッカ配下、五聖騎である<穿砲槍>ウーラン
ファ、<崩砕槍斧>ドゥッカリッジィフ、<疾咬剣>ギジフ、<紫劇細剣>ポル
カットゥー、<滅剣>リャフドーラにより執られている。
現在、五聖騎の執政範囲はわかりやすく道路と道路の間であり、城郭内にそれ
ぞれの役所があり、外街では役所の分所が業務に追われている。
「それで、戦場はブーリンブリ平原で間違いは無いのだな。」
窪んだ眼下では鋭い眼光を携えた中年、部屋の入口からは最奥に位置する場所
に座しており、楕円テーブルに付いた肘の先、拳に頬を預けている人物が言葉
を発した。
「はいネラーブン閣下。偵察によれば数日以内には激突するかと思われます。」
円卓に座る一人、半分ほど黒髪が白くなった老騎士、ウーランファが答える。
「では、斥候の準備かな。」
「この時期に動くのですか?」
オングレイコッカの言葉にウーランファが疑問を呈する。他の騎士たちも同様
の疑問を抱いている表情をしていたが、ウーランファが疑問を言葉にしたので、
目線だけをオングレイコッカに向ける。
白いものが混じりはじめた肩まである髪を、全て後ろに流した頭部の中程で、
表情は温和だが鋭さを宿したような眼光がウーランファに向けられたあと五聖
騎を一通り見回す。
「流動的且つ迅速でなければ、機先を取れぬ。」
一通り回った視線は再びウーランファに向けられ言葉を発する。
「好機が見えてから準備したのでは、準備が終わった時に好機はどこぞへ逃げ
ているであろう。」
オングレイコッカは静かに語り、続ける。
「好機が現れねば、それはそれで損かもしれぬが好機を掴める可能性があるな
らば、価値はあろう。」
五聖騎は頷く者もいれば、顔に不安を浮かべる者も居た。その中灰白色の短髪
をした初老の男が、鼻の下に蓄えた同じく灰白色の口髭動かしながら口を開く。
「ネラーブン閣下の言はごもっともですが、戦争は国力の低下を呼び込みます。
長年の城郭外の発展を鑑みれば新たな領土拡張があるに越したことは確かです
が、我が国も疲弊します。その辺については如何お考えでしょうか。」
オングレイコッカは頷き、直ぐに言葉を発する。
「確かにギジフ候の不安はもっともなこと。」
一瞬考えたような素振りをして、オングレイコッカは続ける。
「ラウマカーラ教国の策動にて、グラドリア国内に混乱は見られるが、おそら
く戦争には勝てぬだろう。」
少しの間を置いて言葉を繋げる。
「敗戦したラウマカーラ教国へ、部隊が教国へ戻る前に奇襲をかけ混乱を与え
つつ、教国本部を叩く。」
五聖騎の一部は多少驚きの表情を見せたり、不敵な笑みを浮かべている者も見
える。
「敗戦での戦意喪失、本部への強襲となれば短期決戦にて被害を抑えつつ制圧
することも可能。が、問題はその後であろうな。混乱、疲弊は少なくとも数年
は続くであろう。そこで我を含め五聖騎諸侯には尽力してもらわねばならぬが。」
五聖騎は納得顔、不安顔などそれぞれだ。
「国として安定するためには、更に十年二十年は必要でしょうな。」
ギジフが付け加える。
「私もそれまで生きているかわかりませぬが、尽力致しましょう。」
続けてのギジフの言葉に、オングレイコッカは頷いた。その他の五聖騎も頷き、
ウーランファが代表して口を開く。
「ギジフ候に続き、我らも異存はありませぬ。閣下、また国の為尽力致しまし
ょう。」
オングレイコッカは満足そうに、目を閉じるとゆっくりと頷いた。
「さて、始めに戻るが斥候は誰が指揮を執る?」
オングレイコッカは、議題の始めの言に繋ぐ。
「俺がやるよ。」
薄茶色の短髪が立ち、前髪の一部だけ額にかかっている青年が不敵な笑みを浮
かべながら言った。目には不敵さと楽しさが揺らいでいるようだった。
「リャフドーラ、あなたでは無理ですね。」
「あぁ?そりゃどういうこったポルカットゥー」
不敵な笑みを浮かべたままだったが、眼には明らかに不快な色を宿したリャフ
ドーラが、背中まである青い髪の青年の言葉に反応した。歳の頃なら三十そこ
そこに見える青年は色白で、端麗な顔立ちと綺麗な蒼玉の温和な瞳は、町を歩
いているだけで女性の目を引き付けるであろう風貌をしていた。
「そりゃ、お主は出会い頭に皆殺しにしてしまうからの。斥候の意味も糞もな
いわ。」
身長にして二メートル近くはあろうかという巨漢は、その胸部から腕、足にか
けて他の騎士より二回り三回りの太さで筋肉を蓄えている。その体躯からして
予想がつくような太い声とと共に、豪快な笑いが漏れる。
「目に付いた敵を潰しまくるしか能がねぇドゥッカリッジィフに言われたかね
ぇな。」
リャフドーラは、ポルカットゥーに続きドゥッカリッジィフにも不快を混めた
視線を叩きつける。ドゥッカリッジィフもその言葉に威圧を込めた視線をリャ
フドーラに向ける。
「やめい。」
ギジフの静止にドゥッカリッジィフは視線をそらし、リャフドーラは不快の矛
先をギジフへと変えた。ポルカットゥーは何事も無かったように円卓の中央へ
温和な表情を向けている。
「ウーランファ、お主が斥候を編成し指揮を執ってくれぬか?」
ギジフはウーランファに問いかける。
「それがよかろう。」
一通りのやりとりを見ていたオングレイコッカが、重ねるようにギジフの言葉
を肯定する。
「それでは我が騎士団にて斥候部隊を編成し、ブーリンブリ平原に向かわせま
しょう。」
ウーランファはオングレイコッカ、ギジフの発言に同意した。
「ギジフはノルウェンダル山脈から、教国本部を強襲する部隊の編成と進軍準
備。併せてドゥッカリッジィフもギジフに続くがよい。」
オングレイコッカの言葉にそれぞれが頷き、更にオングレイコッカは言葉を続
ける。
「リャフドーラは斥候より後発、敗退する教国軍への奇襲を目的として準備せ
よ。また、ポルカットゥーについては街道にて待機防衛。」
「あぁ、そりゃ楽しそうだな。」
リャフドーラの笑みが不敵さを増す。
「仰せのままに。」
ポルカットゥーは温和な表情のまま軽く頭を下げる。
ポルカットゥーの言葉が終わると、五聖騎は各自席を立ちオングレイコッカへ
と一礼すると会議室を後にした。全員の退室が終わると、オングレイコッカは
少し疲れたように、何もない天井へと視線を向け、ゆっくり瞼を降ろした。
「もう、大丈夫なんだろうな?」
ズーキスが厳しい視線を向けてくる。
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
ズーキスは頷くと、興味も無さそうに仕事に就くように促した。短時間勤務な
ので、出社時には当然社員は揃っており、私はまず急遽休みを貰ったことに対
して謝罪した。体調不良ではなかったのが更に罪悪感を上乗せする。私にとっ
ては人生に関わる問題だったが、会社にしてみればそんなことは知ったことじ
ゃないだろう。こうしてまだ仕事が出来ると思えばありがたいことだ。
「本当に大丈夫?」
席に着いた私に、ヒリルが心配そうに声を掛けてくる。そういえば同じ短時間
勤務の同僚とも久しぶり会った感じがする。実際には数日なのだが。
「ん」
私は頷く。
「うーん、まだ顔色も良さそうには見えないし、何しろ疲労感がめっちゃ出て
るよ。」
まじか。
もともと暗めを装っているのでそれはそれでいいが、疲労感は誤魔化したいと
ころ。朝、誤魔化そうと思ってお風呂でさっぱりして肌の手入れをちゃんとし
た後、メイクもいつもと変えて来たのだけど、だめだったか。というか、全部
リンハイアの所為だ、次会ったら殴る。
・・・
無理だ。
その前にあの護衛に殺されるだろう。
私は不毛な考えを悶々としながら、とりあえず仕事を進めた。
「お待たせ致しました、こちらメインのバジル香るズワイガニ冷製トマトカッ
ペリーニ ムール貝添えです。」
店員が私の前に注文したパスタを置いて去って行った。今日は久々の食事をの
んびり楽しみたかったので、ヒリルを振り切って一人でランチに来た。それに、
疲れているのであまり他人の相手をしたい気分でもなかった。
あぁ、久しぶりのまともな食事。軽く散りばめた細切りのバジルと蟹の香りが
胃を刺激する。久しぶりの仕事中ランチなので、贅沢にズワイガニ、しかもム
ール貝添え!食べ終えたサラダでは当然満足などいっていないので、直ぐ様に
パスタをフォークに巻きつける。身をほぐされた蟹とパスタが絡まりあい、程
よく丸まったところで口に運ぶ。
「・・・・・」
美味しい!
やっぱり人間この幸福感がないとやってられないわ。爽やかな冷製トマトソー
スと、パスタでも一番細いカッペリーニは具材とも絡んでいい食感だ。冷製な
ので食べ終わるまで細くても最後までパスタの食感を味わえる。食べている途
中に、添えてある二つのムール貝を一つ頬張る。やはりムール貝は美味しいな
ぁ。
麦酒欲しい。
と思うが昼休みなので我慢しておく。
「そういえば、いくら振り込まれたんだろう。」
一通り食べ終わりテレビに眼を向けている。ランチのセットであるセイロンテ
ィーを飲みながら、こんな疲労感に苛まれる状態にしてくれた仕事に対する報
酬を確認していなかったことを思い出す。
が、報道で丁度連続猟奇殺人の速報が始まり、報酬のことは忘れ報道に意識を
持って行かれる。というのも、どうやら三人目の被害者が出たようだ。発見さ
れた場所はサハナフ工業地区にある、ソリューイ駅近くのベヘング精密機器の
工場内らしい。朝出勤した従業員が発見し、警察局に連絡した。という情報が
流れている。ただ、現時点でそれが連続猟奇殺人と関連があるかは現在調査中
のようだ。
「ベイオスめ・・・」
詳細は報じられていなので不明。というか、突発的なまったく関係無い殺人事
件かもしれないが。とりあえずベイオスの所為にしておく。詳細については後
でザイランに聞いてみよう。ただ、ノッフェスの件は片付いているので、警察
が私の情報を流してくれるかは疑問だが。
しかし変だな。連続猟奇殺人であれば、報道も警察局も完全に予想を裏切られ
ただろう。警察局は哨戒艇まで出して、橋を厳重巡回していた筈だ。報道もそ
れを予想してか、次はブルナッカ市警察局が管轄の橋ではないかと予想してい
た。
連続猟奇殺人の場合、何かイレギュラーが起きた可能性がある。若しくは混乱
を別方向から切り込むように変更したか。ま、どんな影響があるかはわからな
いが。ここで悶々と考えてもしょうががないし、報道も先程以上の情報は出て
来ないので、私は小型端末を取り出す。
「どれどれ」
私は端末を操作しながら、司法裁院からの報酬が振り込まれる講座情報を開く。
「ぶふっ!」
紅茶を口に含んで、カップを置く前に私は盛大に噴いた。あぁ、他のお客さん
と店員の視線が痛い。私は慌てて、上着のポケットからハンカチを出して、テ
ーブルの上を拭こうとした。
「あ、大丈夫ですよ、こちらでやります。」
店員さんが台拭きをもう持ってきていた。さすが。けど痛い。
「お客様の方は大丈夫ですか?」
気遣いも忘れていない。さすが。でも、気にしないで欲しい。
「あ、大丈夫。ありがとう。」
「わかりました。」
慣れた動作でテーブルを拭き終った店員はすぐに去って行った。いやぁ、恥ず
かしい思いをした。リンハイアめ。
私はもう一度小型端末を確認する。振り込まれていた金額は前金で五百万と、
後金で二千万だった。かなり恐怖。
私の短時間勤務の月給は十三万から多くても十五万程度。司法裁院の仕事は程
度によるが一依頼数十万程度。五十万を超えるような依頼は滅多にない。そう
考えると恐ろしい金額だ。
「あっ!」
昼休み終わる!
私は慌てて端末を閉じ、会計をして店を後にした。
何処かで監視しているんじゃないかと思う。私が会社を出た直後に文字通信が
来た。ザイランから。
局に来い。
の一言のみ。あぁ、殴られたいんだなぁ。
会社の前だというのに、私はつい満面まではいかないが、明るい笑みを浮かべ
てしまった。周囲を見渡すが一応知った顔が無いことを確認。本当に殴ろうか
な。
コートカ駅から警察局に向かうと、局の近くに三十人くらいの団体が集まり声
を張り上げていた。プラカードや拡声器を持った、年齢がバラバラな男女の集
まりだった。
「ついにアイキナでも始まったのか。」
私は何の気なしに、小さく零していた。おそらくあれば、ラウマカーラ教徒な
んだろうと思う。他の市でも似たような状態から始まったのかな。小規模から
大規模に発展してと。市によって状況が違うだろうから、もっと大人数で始ま
ったところもあるだろうし、暴動から起きた市もあるかもしれない。だけど、
私の生活ではどこか遠いことの出来事な様な気がして、特に興味が沸くでもな
く、その団体の前を通り過ぎ、私は警察局に入った。
局に入ると入口付近で待ち構えていたザイランに直ぐ連行された。小さな会議
室の扉には使用中のプレート。気にせずザイランは扉を開け、私に入れと促す。
中には誰も居なかった。
「来るだろうと思って、確保していただけだ。」
聞いてもいないがザイランが説明する。
「来るだろうはいいけど、もうちょっとなんとかならない?あの文字通信。」
「なんか変だったか?」
聞いた私が馬鹿だった。
部屋に入ると以前と似た四人掛けくらいのテーブルがあり、テーブルの上には
近所のスーパーで売っているお徳用セット的な、大袋に入ったお菓子のような
クッキーが三つ程と、紙コップに局の美味しくもないコーヒーが用意されてい
た。
「まぁ、気遣いは認める。ありがとう。」
私は冷たい目線を向けて言った。どこぞの執政統括の後だと、完全に見劣りし
てしまう。まぁ味もなんだけど。ザイランの所為ではないのに、ごめん。
「局で用意できるのはこんなもんだ、勘弁してくれ。」
本当に勘弁して欲しそうにザイランは言った。実際のところ、気を遣ってもら
ったことに関してはありがたいと思っているのだけど。
「気遣いには感謝してるわよ。」
私はいいながら席に着いた。躊躇なくクッキーの個別包装を開け、口に放り込
んでコーヒーを飲む。
「で、要件は何?」
「事件の報道見たか?ベヘング精密機器の。」
予想はしていたけど、やはりランチの時に見た報道の件か。私は軽く頷く。
「単刀直入に聞くが、なんか知らないか?橋の事件に関係してるとか、ベイオ
スの居場所とか。」
行き詰ってんだろうなぁ。
「なーんにも。」
私は二つ目のクッキーを食べながら言う。ザイランが疑いの目を向けてくる。
失礼。
「本当だろうな?」
「人命関わってるのに、嘘はつかないわよ。私の方が教えて欲しいくらい。」
気になってるので、教えてくれるのなら知りたい。ザイランは少し考えていた
ようだったが、右手で頭を軽く掻いてから口を開く。
「漏らすなよ。」
「わかってるわよ。」
「今までの犯行に比べるとな、別人じゃないかって気がするんだ。死体は工場
で転がっていただけだし、身体も肝臓を取り出しただけだ。」
確かに。今までの凝り様から考えれば接点が薄い気がする。工場内の変死体っ
てだけの事件になり、異常性があまり感じられない。ただ、何故肝臓は抜き出
したのかが謎だけど。
「なんで肝臓なんだろ。」
私は疑問を口にしていた。確かに必死の臓器だけど。わざわざ?とすれば殺す
目的で抜いたわけではなさそう。と、普通は考えるか。
「どうもな、肝臓抜いて、被害者の口に突っ込んだようなんだ。」
うぇ。
異常じゃん。私からすれば今までの猟奇殺人も、今回も変わらない。どっちも
頭おかしいとかしか思えない。
「ただ、切り口や凶器は多分同一だろうという鑑定識別からの情報だ。」
ザイランの言葉に、やはりベイオスかなぁと思う。ラウマカーラの計画のこと
を考えれば、引き続き事件を起こす必要があるのだろう。そしてノッフェスも
捕まったことから、猟奇殺人にこだわる必要はないのでは?インパクトがある
事件が連続で起き、警察が解決出来ない。となればデモも拡大しやすいだろう。
でも、現状そうはなっていない。なんか変だな。
「ベイオスに聞ければなぁ。」
「苦労はないな。」
私の呟きにザイランが同意する。
「ま、現状どうしようもないな。あと、これが来てる。」
ザイランは私に封筒を渡して来た。今は見たくなかったな。それ。疲れが取れ
ていないのに、ここで司法裁院かぶせてくるか。日付が近日でないことを祈り
つつ私は受け取った。
「じゃ、私は帰るわ。」
「残ってるぞ、せかっく用意したのに。」
椅子から立ち上がった私にザイランは、残っているクッキーを指さす。黒い、
おそらくココアクッキーなのだろうが。
「えい。」
私はそれを、ザイランに向かって指で弾いた。
「おま、何すんだよ。」
「お腹いっぱい。」
渋い顔で不満顔を向けてくるザイランを会議室に残し、私はその場を後にした。
ザイランに返したクッキーは、今回の事件内容を聞いた後では、その黒い固形物
はとても食べる気にはなれなかった。
粉チーズが香る挽肉とトマトのソースをパスタに絡めて口に運ぶ。ボロネーゼ
のトマトと挽肉が絡んだパスタは、チーズの香りを伴い私のお腹を満たしてい
くけど、満たされないのは気持ち。即席のパスタじゃ気持ちは満たされない。
確かにお湯だけで作れるのは便利で簡単だけどお店でランチしたい。何を好ん
で薬莢を並べた前でご飯にしなければいけないのか。
リンハイアに頼まれた呪紋の記術も二日目に突入し、ほとんど寝ていないため
に、眠気が酷い。
もう飽きた。
呪紋式の記術は明日には終りそうだから順調ではあるのだけれど、私の生活が
順調じゃない。こんな面倒事に巻き込まれる自分の運の無さが悲しい。司法裁
院の資料は適当だわ、猟奇殺人犯に狙われるわ、執政統括に脅されるわ、最近
本当にろくなことがない。明日会社に休みの連絡をした際に、もう来なくてい
いよとズーキスに言われたら本当に悲しすぎる。
というか呪われている。
本当にそうなったらリンハイアに文句言ってやろう。
そういえば、仕事を引き受けて帰った昨日風呂上りに小型端末を確認したらリ
ンハイアから、引き受けた分の前金を振り込んでおいたと文字通信が来ていた。
どうせ国の仕事なんてたいした金額ではないだろうと思って確認もしていない。
薬莢に記術だけのお仕事ですもの、司法裁院の仕事に比べれば危険もないし。
そんな想いがあり確認はしていなのだが、でも一応報酬はもらえそうなので、
ただ働きでないことには安堵した。
それでも本当に職失った場合、次の仕事が見つかるまでの間に足りるだろうか。
三日だけの内職で食いつないで行けるほど、世の中甘くないわよね。そう思う
と、なんだか明日会社に連絡するのが憂鬱になってくる。国を敵に回すよりま
しか、とそんな自分を宥める。
私が薬莢に呪紋式を記述している中、朝から何度か小型端末に会話通信の着信
が来ているがすべて無視している。私の人生を左右しそうな今のこの仕事が私
にとって最優先。半ば強制、いや完全に強制されいるこの仕事をやらざるをえ
ないこの状況は、やらなかったら後の方が心配だ。
あ、そういえば郵便受け見に行ってないことを思い出した。この時期に司法裁
院からの仕事が来ていたら嫌だな。出来なくてもしょうがないが、失敗だけな
ら司法裁院の心象が悪くなるくらいかもしれないが、手を着けていないなんて
ばれたらと考えると、恐ろしい。もしそんなことになったらリンハイアになん
とかしてもらおう。
リンハイアばっか。
だってあいつの所為じゃん。
あの執政統括が余計な仕事振ってくるから、ただでさえ生活が崩れているのに
輪を掛けてくれて。私は夢を叶える時こんな生活から抜けられるのだろうか。
そんな不安を考えてしまう。
雑念ばっか。
おっといけない。記術を続けなければ。
「それで、事は順調なのであろうな?」
ハナノグ教使がカンサガエ教皇に確認する。教皇となったカンサガエは司祭室
から教皇室に自室を移していた。古式な国であり教皇が絶対の権限を持ってい
るにもかかわらず、部屋は司祭室とほぼ変わりはない。これは初代教皇が城殿
を築く際に、教国は教皇と二教使、十司祭の十三徒により創られている為、肩
書きの違いはあれど志は同じ、故に部屋に差は不要という考えから建築された
と歴史には残っている。
歴史に残っているとは言え、肩書が違えば立場も違い、考え方が人それぞれで
ある人間が、何時までも同じ志を持てるとは思えない。というのは歴史が物語
っていくことである。
部屋の広さは変えられないが、時代とともに内装に変化はあるため、教皇の部
屋は豪奢になっている。部屋に置いてある調度品の数々や、机や椅子といった
物も、カンサガエにとっては司祭室に置いてあった、自分が使用していた物よ
随分と良い物だった。ただ、部屋に置いてある調度品には、よく解らない品物
が何点もあるが、それは司祭室も教皇室も変わらない。昔から置いてある物の
ようだが興味もないのでカンサガエは放置している。移動の際に運んだのは、
自分が必要な書類等、必要な物だけだった。もともと、調度品やら装飾品など
は不要であると思っていた。
椅子に深々と座ったカンサガエは黙したまま考え込んでいるように見える。
「儂は、お主が先見を考慮しておるからこそ協力したのだぞ。既にこの身を挺
しておる故、後には退けぬ。」
カンサガエはハナノグに目を向ける。
「わかっておる。次の議席にはアルマイア殿下にも参席して頂こうと考えてい
る。」
ハナノグは思い出したように軽く手を打つ。
「おぉ、主の目的を忘れておった。焦りはいかんな、視野を狭めてしまう。」
視野もなにも、当初の目的を忘去しているなど、何故自分の手を汚してまで現
状を作ったと思っているのだとカンサガエは不快を抱いた。と同時にハナノグ
とこの先共政を執っていくことに不安が込み上げてくる。
当時、取り込みが容易と考えたからこそであり、真面目な性格をしているので
目的を見誤らなければ裏切ることは無いだろうと。しかし、まさかここまで阿
呆とはカンサガエ自身も浅慮だったかと思わされる気分だった。故に取り込む
ことも容易だったのだが、天秤にかければどちらが良かったのかと。今更なが
ら詮無きことを考えた。
「まぁよい、御主のことだから問題はなかろう。儂は鎮魂葬送の順議を準備す
る故、後のことは任せる。」
ハナノグの言葉にカンサガエは頷く。任せてもらった方がいい、順議は仕事で
あるため問題無く熟すだろうが、こちらの思惑にあまり関わらせない方が賢明
だろうと思い始めていた。
「わかっておる。今のところは、問題になる事も起きておらぬ故、心配はいら
ぬ。」
カンサガエの言葉を聞いて安堵したのか、ハナノグは教皇の部屋を足早に去っ
た。ドアを開けた際に、外を確認して出ていくハナノグの姿を見たカンサガエ
は軽く頭を抱えた。
鎮魂葬送の儀で話に来ていたものを、こそこそ出て行くとはまるで疑えと言わ
んばかりの行動だと思いながら。
「そもそも、芝居ごとは向かなかったか。」
カンサガエは溜息を吐くように言葉を漏らした。
「特に支障もなく事が運んでいるようで、私も安心致しました。」
ハナノグが出て行った後、洋服箪笥の中から一人の男が出てきて口を開く。男
は黒のローブに身を包み、ローブに付いているフードは被っていない。黒髪黒
目の中年に差し掛かる前くらいの風貌をしていた。少し痩せこけている様にも
見えるが、表情は温和なイメージをしている。が、疲労感を漂わせているよう
にも見える。
「おかげでな。」
カンサガエはその男を見る事無く返事をする。
「今のとろこは計画に変更なく進めて問題ないな?」
「はい。」
カンサガエはやはり男のほうを見る事無く問いを発する。それに対し男は軽く
頭を下げ返事をした。表情に変化はない。
「しかし、もともと野心はあったのだが、教皇になる方法など思いつきもしな
んだわ。」
カンサガエの言葉に男は佇んだままでいる。カンサガエは少し思い出す素振り
をしてから次の言葉を発した。
「祖国への復讐・・・だったか。」
少し溜めて、昔を懐かしむような口調でカンサガエは言った。
「はい。」
男は先程と同様に返事をした。温和な表情は変わらないが声には力が、瞳には
意思が宿ったような鋭い眼光をしている様に見えた。それを確認することもな
く、カンサガエは席から腰を上げる。
「さて、我は次の議席の準備に向かう故。」
椅子から立ち上がったカンサガエは、部屋の出入り口に向かいながら、男に言
葉を投げる。
「承知しました。」
カンサガエが部屋を出るまで、男は先程の眼光のまま教皇の背中に視線を向け
ていた。
「警察局の方がうちに何の用でしょう。」
アイキナ市にあるロンカット商業地区は、商業や施設が多く昼間は買い物に訪れ
る人が多い。メクルキ商業地区とは違い、大きな総合ショッピングモールや、洒
落たレストラン、ブランド店等が建ち並ぶ綺麗な町並みとなっている。街路樹や
街路灯の設備も整い、夜になれば各々の明かりで煌びやかな街並みを作り出す。
そのため夜になっても買い物客や、買い物後の食事、食事のために訪れる人など
で賑わっている。メクルキ商業地区の煩雑な夜とは違い、こちらは華やかさがあ
る商業地区となっていた。
とあるビルの一室、その中央に金細工で縁取りされたガラスのテーブルが置いて
ある。細工は美麗で細かく、下賤な思考をすれば見るからに高そうなテーブルだ。
その奥には黒い革張りの三人から四人は掛けられそうなソファーが置いてある。
そのソファーの中央には、アイボリーのタイトスカートに白のワイシャツを着た
女性が足を組んで一人座っている。赤い髪にアンバーの瞳が、白い服装の所為か
映え、妖艶さを醸し出している。見た目は三十路くらいだが、思慮深い眼光と放
たれる威圧は熟年さを思わせる。
女性のアンバーの瞳は刺すようにザイランを捉えている。女性の背後、ソファー
の後ろ両側には黒いスーツを着た男たちが、手を後ろに組み微動だにせず立って
いる。一人は身長一八〇程、角刈りでがたいが良く筋肉質に見え、よく居そうな
護衛のようだ。もう一人は身長一七〇程、ショートボブくらいの長髪で、健康と
は言い難い細身の青年。どちらも黒い色眼鏡ををしているため表情は伺えない。
テーブルを挟んで向かいに立っているザイランに、女性は紫煙を吐きながら質問
を投げる女性。足を組んで座っている女性は、左手はソファーの背もたれに乗せ
右手で煙管を持っている。
「いったい何様で警察局が出向いておる。うちらは警察局が介入するような事は
していないと記憶しておるが。」
女性の鋭い視線は変わらずザイランを捉えている。ただ変化しているのは女性が
吐き出す紫煙が形を変えているだけの部屋。その威圧にザイランは、特に物怖じ
した風もなく口を開く。
「お宅で飼っているナシャール・ベイオスを出してもらおうか。」
女性のザイランを見据えていた瞳が、怒りを顕わにする。察したかのように女性
の背後に控えていた男二人が、スーツの上着の下に手を伸ばそうとしたが女性が
ソファーの背もたれに置いていた左手を軽く上げ、それを制していた。
「はて・・・知らぬ。」
瞳の鋭さに怒りが混じりはしたが、口調は静かに惚けた答えを返す。
「そんなわけは・・・」
ザイランが口を開くが、女性は左手を上げて制す。上げた左手を後方で待機して
いる細身の青年に向ける。
「うちの机の上段にある、あの戯言を持て。」
男は一礼すると直ぐに動き、男の更に後ろにあった机、上段の引出から一つの封
筒を取り出すと戻ってきて、女性が上げたままだった左手に封筒を渡す。女性は
その封筒をテーブルの上に、文字がザイランに見えやすいように置く。
「これを信じろと?」
封筒を見たザイランは明らかに不信を漏らす。封筒の中央には”退職届”と書いて
あった。
「信じる信じないはそちらの勝手。ただ現実としてベイオスは事件が起きる前く
らいから会社には顔を出しておらん。」
女性は淡々と語った後、葉煙草を詰めた煙管を口に運び軽く吸うと紫煙を吐き出
す。こちらから出せる情報はもう無いとばかりに、その視線はザイランではなく
昇りゆく紫煙に向けられていた。
ザイランは察したように、諦めて口を開く。
「現状進展は無さそうだから今日は引き上げる。引き続き捜索はするが、ベイオ
スが現れた若しくは居場所が判ったら連絡をくれ。」
ザイランはそう言うと背を向けて去ろうとするが、女性が口を開いたので立ち止
まって耳だけを傾ける。
「それは出来ぬ話だ。そちらが見つけた場合はいたしかたないが、うちらもけじ
めというものがある。」
ザイランは何も言わずにその場を立ち去った。
おそらくそう言われるだろうとは思ったが、立場上協力要請をする必要はある。
ハクオリル商会が先に見つけた場合は、ベイオスは死体か行方不明のままになる
可能性が高いだろう。今回の事件に関与しているのは間違いないだろうから、確
保して是非とも捜査を進展させたいところではある。真犯人を挙げたとあれば、
連続猟奇殺人が起きたことにより不安に駆られている市民の、警察局への信頼も
回復するだろう。ただ、正直情報戦となると警察局より上であるとザイランは思
っていた。
調度品が並ぶ豪奢な部屋に、重厚感のある楕円の円卓が置いてある部屋に十人程
度、十一の人間が座っている。明らかに空気も重そうな雰囲気を漂わせている。
ラウマカーラ教国の一室、議席室にて議席が行われようとしている。
「本日の議席、トマハ司祭は欠席と通達があった故、他八人は揃っておるので議
席はこれにて開始とする。」
ハナノグは円卓を回るように一瞥し、最初に声を上げそのまま言葉を続ける。
「本日の議題については、カンサガエ教皇よりご説明頂く。」
ハナノグは言い終えると、カンサガエ教皇を向き頷く。カンサガエは、ハナノグ
の意を受け取ると口を開き始める。
「嘗て栄華を誇っていた我らが教国も、始祖オンカーフ教皇の時代より衰退の徒
を辿っている。」
カンサガエは物語の序章なような文言を語りはじめ、そこで一旦言葉を切る。司
祭達の表情は区々だったがカンサガエは言葉を続ける。
「察した者もいるであろうが、教国の繁栄の為我等は歩んで行かねばならぬ。決
して楽な道ではなかろうが、このままでは始祖オンカーフ教皇が築いた我等教国
の歴史も終端を見せる。」
参席している司祭達は具体的な話の内容ではないので、戸惑っているものもいる。
教皇として威厳を出すための芝居ではないのかと思っているのか、訝しげな表情
をした司祭までいる。それを当然と判っているのかカンサガエは悠然と座席して
いる。
「まずは、奪われたフラマノルの地を奪い返し、栄光への足がかりとする。つま
り本日の議題は栄華を誇っていた教国の復興である。」
幾人かが驚きを隠せずに、声を漏らしたり身体を動かすことにより衣擦れの音が
して、議席に多少ざわめきが広がる。
そんな中一人の司祭が手を挙げる。出席している司祭の見た目は初老から老人が
多かったが、手を挙げている司祭は明らかに若い風貌をしている。と言っても司
祭の中ではだが、三十半ばくらいには見える。
「教皇が話している最中に何事か、グラダ司祭。」
ハナノグはグラダを咎めるように問う。
「よい、議席故気にすることはない。」
カンサガエはハナノグの言葉を制し、グラダに発言を促す。グラダは頭を軽く下
げて、話し始めた。
「彼の地、グラドリア王国は今では強大な力を誇っています。」
グラダは一拍置いて、自分を落ち着かせるような素振りをとる。
「オンカーフ教皇時代は確かに、彼の地は教国の土地だったと記録にはあります
が、現在教国の教徒がそれに対し不満を持っているとは思えません。」
カンサガエは軽く頷いた。
「グラダ司祭の言うことに一理ある。ここに座している我を含めた人間も、普通
に暮らしている人々も教国内では一教徒でしかない。我の発言は教国の総意では
ない故、一個人としての願望と捉えられても致し方ない。」
「いえ、決してそのようつもりでは・・・」
カンサガエの言葉に、グラダは慌てて両手を振り恐縮する。
「わかっておる。同じく教国を憂う者として当然の発言と捉えておる。その為の
議論の場である故。」
グラダは軽く頭を下げる。
「しかし、我がそれに至ったのは教国の総意ではないにしろ、逆に考えれば教国
が衰退することは【誰も】望んでおらぬはず。ここ二、三百年の歴史を見ても明
らかに衰退していることは事実。」
何人かの司祭はカンサガエの言葉に頷き始める。
「故に一つの方策として今回の議を設けておる。」
「教皇が国を憂いての考慮というのは感銘を受けました。しかしながら、方法は
戦争しかないのでしょうか?戦争をするのは人です。教徒が戦地に赴き殺し合い
をします。それよりも今の安寧を願う人も多いかと思います。」
グラダは悲しそうな目をカンサガエに向ける。カンサガエは、グラダの言葉に何
度か頷いた。
「お主が教国と教徒を愛する気持ちはよくわかった。」
カンサガエはグラダに視線を向けた後、右手を前に出し発言を控えさせ、周囲に
も目を配らせて他の者も制するように視線を向ける。
「今は我が力不足故、この方法しか思い浮かばぬのが現状。だが、グラドリア王
国は我等が教国よりも大国故、正面から戦っても負け戦になるであろうことも現
実であろう。」
カンサガエの言葉に一同は納得する。確かに、教国の勢力が増し国が繁栄するの
であればそれに越したことはないが、一番の現実問題がそこにある。カンサガエ
が少しばかり黙したところに別の司祭が軽く右手を挙げる。
「何かな、ロッカル司祭。」
ハナノグがカンサガエを確認し、構わないという態度をしたので、ロッカルと呼
ばれた司祭に発言を促す。
ロッカルは手を下ろすと、軽く頭を下げて言葉を発する。
「現状がわかってなお、フラマノルの地を取り戻すという議題をこの場で上げる
と言うことは、何か策があると思われますが、それをお聞かせ願いたい。」
カンサガエは待っていましたとばかりに大きく頷く。
「ロッカル司祭の察する通り策はある。」
カンサガエを一呼吸おいてもったいつける。
「グラドリア王国に教国の使徒を遣わせているのだが、彼らが混乱を撒き散らし、
国内と国外で戦力を分割する。今はまだ時期ではない故、早急に事を運ぶ必要は
無いのだが何れは具体的な議題としてあげよう。」
ロッカルは頷きはしたが、いま一つ腑に落ちない顔をしている。カンサガエはそ
んな事は気にせずに言葉を続ける。
「もう一つ、本日の議席であげたいことがあり、先の話と含め意見を聞きたい。
これはフラマノルの地を奪還した後になるのだが、教国の徒の信が厚かった故マ
ハトカベス教皇の御子息であるアルマイア教徒を、これからのラウマカーラを担
う旗印として時期教皇に即位頂こうと考えておる。」
カンサガエの発言に、本日一番の騒然さが議席に沸いた。
「しかし、アルマイア教徒が教皇を勤めるには若すぎるのでは。」
ロッカルが声を上げたことにより、静けさが戻る。司祭の中にはロッカルに同意
するように頷く者も何名か見かけられた。
「ロッカル司祭、何のための我等であり議席か。我等が代表としてここに居るだ
けであり、教皇が国を統べているわけではなかろう。」
カンサガエはロッカルを諭すように言った。
「これは失言でした。」
ロッカルは頭を下げる。が、理想としては申し分ない内容かもしれない。教徒の
信が厚かった故マハトカベス教皇の御子息が教皇の座に付けば、教国の徒も納得
するだろう。が、そんな理想を描いた内容ではなく、もっと現実的な問題という
より疑問がロッカルにはあった。
「確かに、理想としては申し分ないかと。しかし、現教皇であるカンサガエ教皇
はそれでよろしいのか?」
ロッカルの言葉は、誰もが疑問を抱いていることであろう内容だった。それは先
の故マハトカベス教皇に毒を盛ったというトマハ司祭の言葉の疑念が残ったまま
だからだ。事の真偽が解らないにせよ、本日欠議しているトマハ司祭も本当に欠
議かどうかも疑わしいとさえ思っている者もいるだろう。つまり、カンサガエは
教皇になるべくして事を運んでいたのではないかという疑惑の中、ロッカルの発
言に驚嘆する者が殆どだった。誰もが抱く疑惑を、ロッカルは直接カンサガエに
投げつけたのである。
その発言で、司祭の中にはトマハに続きロッカルもと、思う者もいたかも知れな
い。
「我はまた一司祭に戻るのみよ。教皇として、現状を憂いどうすれば良くなるの
か、その為の礎となるならばそれでよい。故に、今回の内容を議題とした。」
カンサガエは目を瞑り、静かに答えた後目を開き、声の大きさを上げる。
「理想無くして前進は無い。そして理想は理想のままでは進展もない。理想を追
い現実とする為にも、我等は協力せねばならないのではないか。」
カンサガエは言い終わると、一同を見渡す。教使含め十人は無言のまま頭を下げ
ていた。
全員がその理想に対し、同意したかどうかは定かではない。と、ロッカルは思っ
ていた、何故ならカンサガエは今後についての方針を議題に持ち上げただけで、
トマハが投げた疑惑については触れられていないため、その言葉に信を置けるか
は別である。大仰なことを吹いて、うやむやにする可能性もある。
「まだ寝るには早いと思うんだけどね。」
男の平手が女性の頬を殴打する。頬を叩かれた女性はゆっくりと目を開けるが、
下に向けられた顔を動かすことは無く、虚ろな視線をただ床に向けているだけだ
った。
女性の腹部には多少の裂傷があるものの、裸という以外に変わったところは見受
けられなかった。ただ、手足は拘束され吊るされている現実は何も変わっていな
く、首からしたの感覚もない。平手で殴打されて、無理やり起こされてもそれは
夢ではなく、女性にとって現実と思い知らされる結果でしかなかった。そう、現
実。女性はこの理不尽な現実から抜け出したいという渇望を思い出し、虚ろな視
線を殴ってきた男に向ける。懇願した。思うように動かない口で小さく「タスケ
テ」と唇を動かす。
「アハハハハハッ」
男は大きな声で笑うと、哀れみを込めた視線を女性に向ける。男の笑いに、女性
は恐怖の色を瞳に宿す。それを見て男は、この状況で助かると思っているのかと
思っていた。それとも一縷の望みを口にしているのか解らないが、助かるわけが
無いと言って相手が絶望に囚われてしまったのなら面白くない。だから敢えて言
わない方がいいと男は考える。
「それは君次第だ。僕の心の隙間が埋まったら。」
男は意味深な言葉を悲しそうな顔をして、女性から目を背けるように左下へ視線
を落としつつ、右手を胸に当てて言う。女性の頭が微かに上がり、向けられる瞳
には虚ろさから和らぎへと変化し、やがて希望という名の光が見えそうだった。
それを見た男は悲しそうな演技をしていたのに、噴出しそうになり女性から顔を
さらに背ける。
可笑しい。
可笑しい。
滑稽だ。
それらしい言葉を言うだけで光が見えたと思っている。この場所にそんな光は射
し込んでなんか来くるわけない。男は女性に悟られないよう、というか絶望を顔
に浮かべられては楽しみが減ってしまうので、男は下を向いて表情を隠す。
(まだ希望を持っていろ。)
その内心と共に顔を隠し、俯いて笑いを堪えて肩を震わせている男を女性からは
見ても判別のしようがない。やがて、落ち着いた男が顔を上げ女性の方を向くと、
男は悲しそうな表情で目には薄っすらと涙が浮かんでいた。それを見た女性は、
男のいう「心の隙間」に関係していて、それで泣いていたのだろうかと考えた。
女性の懇願は変わらない。男を見る瞳には、心の隙間を埋めれば助かる可能性が
ある。その涙の理由を話して、出来ることなら協力するというような意思が浮か
んでいるようだった。それはそうだろう、死ぬくらいなら、自分が助かる道があ
るのなら、それに賭けるだろう。
可笑しい。
(笑いを堪えて涙が出たが、いい演出になった。)
男は表情を変えずに思ったが、その演技により相手の必死さを思うとまた笑いそ
うになった。
男は気持ちを落ち着けて、なるべく優しい微笑みになるよう頑張って、女性に語
りかける。
「とあるバーで、酒のつまみに白レバームースというのがあり、それがとても美
味しいんだ。塩胡椒の味が効いた白レバームースは、こんがり焼いた薄切りのパ
ンに良く合い酒が進む。」
男は薄切りのパンを持って、バターナイフのようなもので何かを梳い、それをパ
ンに塗って口へと運ぶ仕草をする。男の言葉に女性は戸惑った。瞳にも戸惑と疑
問が浮かんでいる。何故突然食べ物の話になったのかと。
「でも、料理が出来ないから僕には作れない。」
男は残念そうに視線を落とす。が、思い出したように顔を上げ、女性へと興味の
瞳を向ける。
「キミ、レバーは好きかい?僕が美味しいからと言って、相手も好きとは限らな
いよね。」
問いかけられた女性は未だに料理、それもおそらくレバーの話になっていること
が何故なのか理解出来なかったが、今は自分の保身が優先な為、男の問いにゆっ
くりと頷く。
「そうか、良かった。」
男は良かったとばかりに爽やかな笑顔を見せる。実際のところ、女性自身はレバ
ーは得意では無かった。どちらかというと、あの独特な臭いが嫌いだった。だけ
ど、この状況で嫌いとは言えない。臭いというか癖があって、食べられなくはな
いが好んで食べたいなどとは思わない。
「じゃあ、レバーを食べてくれたら解放しよう。」
俄かには信じがたい。だったら、レバー食べるだけでいいのなら、こんな手間の
かかることをする必要などない。友達でも、知り合いでも、同僚でも、その辺の
知らない女性でも誘って食べに行けばいい。この状況で、それだけのことで解放
されるとは、疑わしかった。でも女性は恐怖から、それで助かるならと安堵して
身体から力が抜けたような気がした。
感覚は全く無いが。ただ、表情には出ていたようで、男はその態度を肯定と取る
と、右手で小銃を懐から取り出す。それを見た女性に緊張が走るが、男は軽く両
手を挙げ首を左右に振る。
「この小銃は呪紋式用だ。今キミに使用している呪紋式は、部分麻酔みたいなも
のだと思ってくれていい。その効果を打ち消す用。つまり体が自由に動くように
戻る。」
男は微笑みまま言い終わると、小銃の銃口を自分の右側に向けて視線を送る。そ
れに合わせ女性の視線も動くき、先を確認しようとするが暗くてよくわからない。
「この銃口の先に、キミの服が置いてある。正確にいうと、脱がすとき面倒だか
切って剥したものもあるし、散らかっている。」
男は再び女性に視線を戻す。その瞳は穏やかに感じた。
「呪紋式を解いたら、後は自力でなんとかしてくれ。勝手なことしたのはこちら
だと思うだろうが、殺すつもりで連れて来たんだ。そこまで面倒見る気はない。」
確かに理不尽な言い分だと女性は思うが、それでも助かると考えればその後のこ
とは何とかしようと思った。突然のレバーの話も、男の気変わりなのかもしれな
い。男が先程言ったが、殺すつもりで連れてきたと。女性から見れば異常な行動
だと思っていた。だから、こんな気変わりもあるのではないかと思い始めていた。
それで、死なずに解放されるのであれば、切り裂かれた服で何処か判らない場所
から、帰るはめになっても仕方がないと。
本当に納得はいかないが。
そんなことに女性が考えを巡らせている間に、男は右手の小銃をしまい、ナイフ
に持ちかえていた。
レバーを切り分ける為だろうか?
女性はそんな安易なことを考えたが、そもそもこんな工場のような場所に用意さ
れているのだろうか。女性の視点からは、その様に見えた。薄暗い広い空間にコ
ンクリートの床で、鉄骨の柱が剥き出しに建っているところを見ると。工場のよ
うな場所かと思えた。
レバーの経緯は話の途中で思いついたように思える。女性がそう思ったか思わな
いくらいに、何時の間に切ったのか女性の右肋骨の下付近が切開され、男の左腕
が入り込んでいる。
「・・・・・・・!」
その光景が目に入った女性は悲鳴を上げたつもりだったが、思うように声が出な
い。身体を拘束されているからか、あまりの光景に声すら出ないのかわからない。
それとも、身体に施された麻酔のようなもので、痛みを感じないからなのか。何
故今この状態になっているのか、脳が混乱しているかなのか。
声が出ない。
涙が溢れ出す。
「確か右肺の下だったよね、肝臓って。」
そんな女性の混乱などどうでもいいように、男は身体に入れた手で弄っている。
女性の右脇腹から右腰や下腹部、右足を伝って赤黒い液体が白い肌を染めていき、
床に赤黒い血溜まりを作っていく。
男が血に染まった手を引き抜くと、その手には黒いものが握られていた。男はそ
の黒い物体から、女性へと視線を移す。その顔はいつの間にか、狂気の笑みに変
わっていた。
「さぁ、食べろ。」
女性は状況を理解していたのか、理解していないのかわからない。ただ、それは
到底受け入れられるものではないと、必死に頭を左右に振る。男は必死に頭を振
る女性の頬を、右手で顎下から掴み頬に指をあて力を入れる。強引に口を開ける
と、左手にもった肝臓を無理やり押し込んだ。
男が両手を離すと、女性の口から肝臓が零れ粗末な音を立て床に落ちる。
「おっ・・・うぇぇぇ・・・」
女性は嗚咽を上げながら、口の中から血液が交じった胃液を、口腔から垂れ流す。
「あぁ、粗末に扱ったらダメじゃないか。」
男の言葉は女性には届いていない。届くわけがない。だが男はそんなことは気に
せず、涙が止まらない虚ろな目をしている女性の、拘束していた縄をナイフで切
る。両手両足の拘束が解かれると、女性は音を立てて床に倒れこむ。倒れ込んだ
女性の瞳には、生きている光が見えないようだった。男はそれを見て、どうせ肝
臓が無かったら生きてられないんだよな。と、つまらなさそうに考えた。
「まあ食べてないけど、口にはしたからね。サービスで解放してあげるよ。」
男はそう言って小銃を抜くと女性に向けて発射する。女性の身体の上に、白い光
の呪紋式が浮かび上がり一瞬で消えていく。
直後から、女性の顔が歪み始める。
「ぅ・・・ぁ、あああああああ!」
女性の身体が跳ねるように動き、両手で右腹部を押さえながら絶叫を上げる。
「うるさい女だな。」
男は面倒くさそうに、冷めた顔で一瞥すると歩き始める。その目も、表情も既に
興味の色は無かった。そして気づいたように一瞬歩みを止める。
「そういえば、そもそも僕の計画は既に破綻しているから、猟奇殺人を続ける必
要もなかったんだよな。」
男はそう呟くと、再び歩き始めその場を去っていった。
惨劇が上乗せされているとは知る芳も無く、唯己が保身の為に只管記術を続ける
女がいる。
目の下に隈が出来始めてるのよね、さっき鏡を見たら。顔はもう陰鬱な顔をして
いて、それを見た私は更に陰鬱な気分に見舞われた。そういえば、お風呂入るの
も忘れていたわ。食事は忘れないのに。
「あと五個・・・」
五十個という数字はそれ程多くないが、呪紋式が複雑すぎて思ったより時間がか
かる。実際のところ、この時間を見越して依頼してきた?という疑問が浮かんで
しまうくらいに。私ならばこのくらいの時間はかかるだろうと?
・・・
・・・
いくらなんでも考えすぎか。
疲れてるんだろうな、余計なことを考え始める。雑念で記術を間違って後々考え
たくもない結果になるよりも、今はこちらに集中しなければ。
「疲れた・・・」
外が白んできた頃、私は最後の薬莢を箱に仕舞った。結局徹夜作業にしてしまっ
た。まだ時間はあるので、とりあえず睡眠取らないとまずい。
「あぁ、その前にお風呂。」
徹夜明けにお風呂入って寝るって、気持ちいいんだよね。と、欲望に駆られるが
仮眠程度に抑えておかなければ、無断欠勤になる可能性が高い。連日休暇をもら
うことになってしまうが、無断欠勤は問答無用で解雇されるだろう。
連絡したからと言って、解雇されない保証は全然無いが。これが片付けば明日か
らは普通に出勤出来そうな気がする。解雇云々は今考えてもしょうがない、私は
私の都合で休んでいるのだから、そこで会社側にとって都合が悪ければ切るだけ
だし、それで文句を言うつもりもない。まぁ、会社側からしてみれば正論なのだ
から文句言われる筋合いもないわね。
どっちにしろ、連絡してみるまではわからない。
解雇されたら悲しいけど。
「とりあえず、お風呂入ろ。」
私はとりあえず、さっぱりしようと浴室に向かう。
風呂上りにご飯を食べ、眠気と格闘しながら会社の始業時間を待つ。私は短時間
勤務で十時からだけど、ズーキスは社員なので九時前には来ているはず。
テレビを見ていても退屈な番組や報道しかなく眠くなるだけなので、私は渡され
た呪紋式の紙を眺めた。
えぇ、この三日苦しめられた紙ですが。
内容についての予想は攻撃用の呪紋式。おそらく間違ってはいなと思う。火の玉
を射出し、着弾後広範囲に火炎を撒き散らし炎上するようなもんだと思うのだけ
ど、こんなもん戦争の役に立つのか?
おそらく火の玉も、人間の身長大のものだろう。個人や数人の諍い、脅迫等では
かなり効力があるだとうとは思う。使いどころによっては、私の仕事にも役立つ
かもしれない。
実は自分の小銃で試してみたいなと思い、自分の小銃用である未記載の薬莢に描
いてはみた。預かった薬莢は大きさからいって、中型銃若しくは大型の銃かもし
れない。私の小銃で使っている薬莢より二回りほど大きい。
自分の薬莢に描くのは、小さいのでなかなか難易度が高かったが、最後に描いた
ので慣れもあったのか、しっかりと描けた。
しかし眠い。
これは、いつか何処かで使ってみよう。呪紋式は脳に【刻まれてしまった】ので
今後使い勝手が良ければ、利用してやろう。
私はそれでいいが、効果の程を考えると戦争では通常の重火器利用した方がいい
のではないかと思える。あぁ、要所を狙うのであれば使えないこともないか。補
給物資狙うとか、奇襲かけるとか、確かに使い道はありそうだな。
阿呆か。
何を普通に考えいるんだ。そんなことのために、執政統括がわざわざ一市民に依
頼しに来るとは思えない。何か理由があるんだろうな。
眠い。
考えが纏まらない。
とりあえず、下手に使うのはやめておこう。せめて使われたあと効果を知ってか
らの方がよさそうだ。そんなことを考えていたら九時を回っていた。
「はい、今日一日は様子見して下さいと言われていまして、明日からは確実に出
社出来ます。」
「はい・・・」
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
「有り難う御座います。」
「はい、失礼します。」
時間が来て適当に音声通信を済ませた私は、速攻寝台に横たわった。長らく待ち
わびた至福の刻。
「やっと寝れる。」
寝台で微睡み始め、その感覚が心地いい。
・・・
・・・・・
ピンポーン
・・・
呼鈴が鳴った。
このタイミングで鳴らすとは、余程死にたいらしい。自殺願望なら余所でやれ。
まぁ、意識が起きてしまったのは仕様が無い。殺すかどうかは後で判断しよう。
私はまだ起ききれていない頭のまま応答して、映像を出す。
「おぅ、居たか。おはよう」
無愛想な顔で突っ立っているザイランが映っているのを、確認すると私は寝台に
戻った。
面倒くさい。
・・・
ピンポーン
駄目か。
私は諦めて、共同玄関のロックを解除し、玄関に向かってくるザイランを待つ。
人の貴重な睡眠時間を妨害してまで話す価値があるのだろうか。それとも事件で
疲れて死にたくでもなったのだろうか。睡眠をタイミングよく邪魔された所為か
物騒な考えがよく浮かぶ。
玄関のドアが軽く叩かれたのでドアを開ける。
電子呼鈴使えよ。
「玄関で済ませてね、部屋には上がらせない。」
私は薄目でいった。おそらく据わっているだろう。今の私はかなり人相が悪いか
もしれない。
「っ・・・やけに不機嫌だな。もともと様子見に来ただけだから長居するつもり
はないんだ。」
ザイランの言葉が私を見て一瞬詰まった。というか、様子見なら今じゃなくても
いいのに。劇的に嫌がらせタイミングだな。
「無事ならいいんだ。会社に出社してないどころか、家からも出ていないから、
死んでるとは思わなかったが少し心配でな。」
ああ、一応見張り付けてくれているのから、報告で気になったのか。ベイオスに
恐怖して頼んだのは私みたいなものだしね。死刑は無しでいいや。じゃなくて、
ありがたいことだわ。しかし見張りと言えば、リンハイアに会う時に都合が悪い
気がするが、それを考慮に入れない執政統括ではないだろう。リンハイアのこと
は気にしないでおこう。そこまで考慮してやる義理もないし。
「ベイオスの行方も不明のままで進展はないしな。」
ザイランは渋い顔をする。ザイランも酷く疲れた顔をしている。私は自分の為に
疲れているけど、ザイランは警務だしね。いろいろあるんだろう。
「私を見張っていれば可能性があると?」
「まぁそうだな、警護のついでにな。」
どちらかと言うと、警護がついでだとは思うけど。そう言えば来たついでだから
聞いておこう。
「家から出てないから確認してないけど、司法裁院からの依頼は来てるの?」
薬莢への記術に追われていてすっかり忘れていた。
「今の所は来ていない。それより、お前の方は大丈夫なのか?ずっと篭っている
ようだが。」
よし、司法裁院の評価は現状維持ね。ザイランの机に埋もれてなければ。もしか
してリンハイアが?執政統括が直接関わるなんてことはありえないだろうけど、
手を回すことは普通にやりそうだなと思った。
「大丈夫、もう少し寝れば概ね。今のところなんの状況変化も進展もないし。」
一瞬訝しげな顔を見せたが、いつものザイランに戻る。
「確認したいことは終ったから、俺はこれで失礼するが、何かあったらすぐに連
絡しろよ。」
「わかってる。」
私の返事に、ザイランは玄関のドアを開けるとそのまま出て行った。鍵を閉める。
やっと眠りにつける。
しかし、薬莢が回収されることを考えれば好きなだけ寝ることは出来なさそうな
気がする。何時連絡があるかもわからないし。そんなことを考え出すと限がない、
いつまで経っても寝れないし。別に連絡が来て起きなくてもいっか、リンハイア
のことだから、なんとかするでしょ。私はそんなことを考えている間に、意識が
遠くなっていった。
2.「教理に背くは背徳だが、涜神は人の妄想が呼ぶ強要である」
石造りの古びた建物がある。入り口はトンネルのような形をしており、木製の
ドアがついている。ドアには大きな閂と南京錠がついているが、今は開錠され
ている状態だ。トンネルの上には、鞘に収まった二本の剣が下向きに交差し、
柄の間には太陽と、ラウマカーラ教国を著すシンボルが彫られている。ドアに
は木製のプレートが掛けてあり
[ラウマカーラ教徒-アイキナ支部]
と書かれている。
ラウマカーラ教国は国として在るが、一宗教でもあり、教徒が国内のみに在国
を限られているわけでもないので、当然教国外の各地に住んでいたり、出張し
たりしている教徒も存在する。国との橋渡しや各種手続きをする場所が当然必
要であり、それが各地に支部として存在し成り立てている。
一宗教であるため、教会も存在するが、事務処理を行っているのは支部のみで
教会は一般的な教会の範囲を出ない。教会は別として、教国に限らず各国の支
部や大使が存在しており、滞在するための建物も存在している。ラウマカーラ
教国の支部は、当然のことながらラウマカーラ教徒が担っている。
他国の人物が他国在籍のまま存在するために、グラドリア王国の許可が必要で
あり、国側としても野放しには出来ないので貴賓扱いとして警備員を配置して
いる。貴賓として警備をつけると言えば聞こえはいいが、言い換えれば客とし
ては扱うが、余計なことをしないように見張りは付けさせてもらうという条件
の下、許可を出していることになる。
他国が自国内に拠点を構えるのに、好きなようにしてくださいという国は、当
然ながらまず無いだろう。
ラウマカーラ教のアイキナ支部では、事務処理や礼拝等を行っている。一階は
礼拝堂となっており、教徒がいつでも利用できるようになっている。別段、教
徒のみという指定もされてはいない。
入り口から左右に階段があり、二階には各種事務受付の場所となっていた。三
階への階段は、階段口に縄を横に張って封鎖し、関係者以外立入禁止の立札が
立ててある。
一般的な利用者が見える範囲はその程度だが、一階礼拝堂の奥には従業員用の
通路があり、そこから続く地下への階段があるのは従業員しか知らない。その
アイキナ支部の地下には会議室兼休憩室があるのだが、部屋の扉には使用中の
札が下がっていた。
部屋の中では爽やかそうな青年が足を組んで椅子に座っている。青年の近くに
はフードつきのローブ来た青年とも中年ともとれる、男性が温和な表情で立っ
ていた。
「定期報告に顔を出しているのはいいとして、報告出来る状態ではないような
気がするのだけど?」
温和そうな男性が口を開く。青年は軽く両手を上げて、やれやれという風に首
を振る。
「予定外という状況もある。全てが想定通りに動くなら、我々がこんなことを
する意味もないだろうと思うんだが、そうは思わないかティリーズ。」
青年は、温和そうな男性の問いに言葉を返すが、その視線は微笑を浮かべたま
ま何もない中空を漂っていて、ティリーズと呼ばれた男性へは向けられていな
い。ティリーズは呆れた表情をした。
「ベイオスの言うとおりだと思うよ。」
ティリーズはベイオスの言葉には同意したが、温和な表情は変わらず眼光が鋭
くなる。その眼光はベイオスに固定されているが、当のベイオスはティリーズ
を見る気は無いらしい。
「しかし、結果を出さない場合は言い訳にしかならない。」
ベイオスの表情に変化は無い。その態度に、ティリーズは苛立ちを覚えたが、
表情や態度には出さないようにした。
「半分くらいは達成しているんだ、後は強引に進めてもさして支障はないと思
うけど。」
ティリーズは若干諦めの表情をしつつ、近くにあった椅子を自分の方へ乱暴に
引き寄せると、その椅子に座った。
「既に他の支部のあるラグリオ市・カナフィル市・オンズール市・パグサ市・
リエカート市・ヨルグフ市・ユルフォーブ市は最終段階に入っている。」
ティリーズは椅子に座った後、表情を引き締め話し出した。鋭い眼光はベイオ
スを凝視する。ベイオスは相変わらず表情も変えずに椅子に足を組んで座り、
視線は何処か泳いだまま、ティリーズの話に耳を傾けている。
「我々の目標は事件を起こし、その事件で警察局を翻弄する。事件が解決され
ない不安と恐怖を高め、それを餌に市民を煽ってデモや暴動に発展させる。」
ティリーズは少し間を置いてから続ける。
「事件が解決せずに犯行が繰り返されれば、警察局への不信は増すばかりだ。
そうすれば、デモや暴動の規模は大きくなり、市で対応が出来なくなれば国が
動くだろう。つまり軍隊が出てくる。」
ティリーズは一旦深呼吸する。
「暴動の中、我等教徒は武器を取ってテロを起こすことによって、軍隊を動か
す確立を高めるんだ。各市で起き始めれば、報道によって拡散し更なる規模の
暴動も起きる可能性も出てくる。各市や、巨大化した暴動に対し、軍隊を分散
をすることで我等は本国の進撃を助けなければならない。」
「確かに、そんな計画だったな。」
一気に語ったティリーズの言葉に、ベイオスは興味無さそうに相槌を打つ。
「だが、その計画が確実に成功する保証はない。計画上障害があってしかるべ
きだと思うが。むしろ、ブルナッカ市とアイキナ市以外が順調という方が優秀
というか、この国の警察局が間抜けなのか。」
支障はあったにせよ、自分自身が捕まっていないことを考えれば後者かも知れ
ないとベイオスは思った。
「障害が起きることは予想して遂行するのが当たり前だ。そのために現地に居
る我等には手法は問われていない。とすれば、障害で前に進めないのは当然我
等の落ち度ということになる。」
ティリーズの声はやや大きくなっていた。
「既に軍が動きそうな市もある。ここはもう最終段階と言ってもいいだろう。
連動に繋ぎ、この計画を成功させ本国が勝鬨を上げるための確立を上げなけれ
ばならない。」
ティリーズの言葉が熱を帯びて来る。既に先程までの温和な表情は消えていた。
かと言って怒ってるなどの感情的になっている風でもなかった。どちらかと言
えば未来の理想を熱く語っている、学生運動をしている学生の様だった。
「障害を予想しても、人間同士だ。相手が予想を超えるのであれば、向こうが
上手だったってことだ。何もこちらの落ち度だけではないだろう。無能な警察
局がある市は、進めやすいとかな。」
対してベイオス淡々と語った。どちらが優れている、劣っているに思考が傾倒
するのは蒙昧だ。今のティリーズはベイオスにとってそう見えた。障害が大で
あれ小であれ、個人の能力差、集団の有能さなどそれぞれだ。片方の結果のみ
で計れるものではないとベイオスは思う。
「ベイオス、お前にはそれ程やる気を感じられない気がするが、それでも教国
の死葬教使<コルオキルセ>か?」
ティリーズが苛立たしげに言った言葉に、ベイオスの視線が鋭くなる。この会
話で初めてティリーズに視線が向けられた。
「あんた何もわかってないな。死葬教使は国や神の為に存在しているわけじゃ
ない。人が人の為に存在する。各地に散っている他の死葬教師も同じだ。」
「な・・・」
ベイオスの言葉にティリーズは驚き、一瞬言葉を失った。しかし、呆気に取ら
れた驚きの表情が、怒りに変わってくる。
「今の発言は反国とも取れるぞ、本国に併せて報告するからな。」
語気を荒げるティリーズに、ベイオスは口の端を僅かばかり吊り上げた。
「どうぞ。さっきの話を聞いても解らないなら。死葬教使は国に属しているわ
けではない。そもそも、計画が上手くいけばその貢献としてあんたが得をした
い、その為に躍起になっているんだろう。あんたの野心に俺は付き合う気はな
いのでね。」
ベイオスはそこまで言うと席を立った。扉の方に向かおうとする。
「まだ話の途中だぞ、何処へ行く。」
ティリーズも席を立ち、ローブの中、胸元へ手を入れる。ベイオスは振り返っ
たが、既に興味なさそうな表情に戻っていた。視界にティリーズを入れている
ようではあるが、視線はまた中空に向けている。
「もう飽きた。俺は俺の好きなようにやらせてもらう。計画を遂行したいなら
あんたが勝手にやればいいだろう。そんなに功績が欲しいなら、人に文句言う
前に自ら掴みに行けよ。」
そう言って部屋を出ようとしたベイオスに、ティリーズがナイフを抜いて向け
る。
「勝手が過ぎるぞ。いくら死葬教師に自由が与えられているとは言え、計画の
途中で放棄することが罷り通るとでも思っているのか!?」
スーツのズボンに両手を入れていたベイオスは、左手を抜いて髪をかき上げる
とティリーズに冷めた視線を向ける。
「まだ上手くやれば計画は成り立つはずだ。失敗した時の保険として俺を残そ
うという考えが甘い。俺はあんたを殺して出てっても構わないんだが。」
「くっ・・・」
ベイオスの迫力に言葉が詰まってしまうティリーズ。どのみち死葬教使と戦っ
ても勝つことなど出来ないと思っているティリーズには反論出来なかった。ベ
イオスはつまらなそうに、扉へ向かいながら言葉を続ける。
「俺が勝手にやってることを利用するならそれでいいだろう。それも方法の一
つだと思うが、あんたの采配が悪くて計画が破綻しそうなのを、責任転嫁しよ
うと最初から考えていたなら、持っている野心も過ぎたものじゃないか。」
言い終わるとベイオスはティリーズの方を向くこともなく部屋を出て行った。
扉の閉まった部屋の中から大きな音が聞こえて来たが、ベイオスにとってはど
うでも良かった。
ティリーズが残された部屋の机は、椅子を巻き込んで乱雑に倒れていた。椅子
と机が散乱する部屋の中で、ティリーズは俯いたまま独り何事かを呟いていた。
「さぁて、面白いものを見つけてしまったからな。教国の計画なんてもうどう
でもよくなってしまったな。」
ベイオスはラウマカーラ教徒のアイキナ支部を出ると、いつもの好青年の顔に
なり、独り言葉を漏らしながら立ち去った。
「・・・」
時計を確認する。
眠りに落ちてから四時間しか経っていない。あんなに疲れた思いをしたのに。
少し楽になったが身体が重い。
「喉が渇いたな・・・」
私は寝台から起き上がると冷蔵庫に向かう。冷蔵庫を開けて目に入った麦酒に
惹かれないでもないが、とりあえず水分補給を身体が求めていそうなので、水
が入っているプラスチックの容器を取り出し飲むことにした。水をある程度飲
み、容器をしまって冷蔵を閉じる。
・・・
渇きが潤され、次に身体が要求してきたのはもちろんあれ。
「お腹空いたな。」
ここ数日ほんとにろくなもの食べてないから、外食って手もあるな。そうしよ
う。今の時間ならランチ時間も終わりの頃で、お店も空いていていいかもしれ
ない。
そんなことを考えている最中に、小型端末の音声通信着信が鳴った。相手が誰
か確認したが、知らない情報だった。気分は外食に向かっていたので、無視し
て出かける準備だな。
・・・
とりあえず出てみる。
外食の気分になったところに水を差した相手が、多少気になったのもあるけど。
「そろそろ出来上がっている頃かと思い、ご連絡致しました。」
この声、聞き覚えある。
・・・
嫌な奴。
「なんで私の端末情報知ってるのよ。」
思わず声を大きくしてしまった。
待て
「待って、今の無し。愚問だったわ。」
そう、相手はあの執政統括であるリンハイアなのだ。であれば私の小型端末の
情報を手に入れることくらい簡単なことだろうと思う。まぁ、私のところに来
ることが決まった時点で、大体の情報は知られていると思った方が間違いない
かな。
初回直接来たのは、小型端末に連絡して「執政統括です」と言っても、危ない
奴からの連絡だなって切られるのが落ちだからだろう。当然、私も聞いた瞬間
無言で切るに決まっている。
「察しがいいのは流石です、概ね想像通りだと思いますよ。明かせないことも
含め、ね。」
相変わらず嫌な奴。
「で、私の問いに対する答えは?」
リンハイアが知りたい答えを急かす。そりゃそうよね、執政統括様はご多忙で
しょうから。
「出来てるわよ。」
私は温度の無い声で返す。
「いやぁ、頼んで良かった。こちらの要望に応えて頂きありがとうございます。
ではこれから引き取りに伺いますので。」
調子のいいことを。って
「これから?」
・・・
「取りにって、は?」
取りに来るって私の家に来るってことか。ちょっと待てと言いたいところだが
既に通信が切断されている。相変わらず勝手な。慌てて表示された端末情報を
見つけ、折り返しの通信をする。が、その情報は存在しないか間違っています
の表示が返ってきただけだった。
こんにゃろ。
だが文句を言う前に、これから起こることに対処が必要だ。部屋着のままなの
で急いで着替えなければ。どうせ文句を言ったところで流されて勝手に事が進
められてしまうのだろうから。いつも人の都合はおかまいなしなんだから。こ
の前の強引さを考えれば、そう時間もかからず押し掛けて来るだろうと想像が
つく。
慌てて着替えたけど、寝起きで寝癖が取れていない。リンハイアが来る前に直
さないと、人前に出れない。一応気にするの。女子だし。それと部屋の片付け
間に合うかなぁ、寝癖と格闘しながら焦る。
その時呼鈴が鳴った。
「!?」
まさか。早すぎじゃない?
寝癖直しの途中で、しょうがないので応答機へ向かう。応答機の前に着くと確
認したら、呼び出しているのは共同玄関ではなく部屋の前。
どうやって入ったし・・・。
考えるだけ無駄よね、損よ。振り回されるだけだもの。私は諦めて、溜め息を
盛大に吐きながら玄関の扉を開ける。
「準備にもうちょっと時間欲しいから、待ってもらえる?」
「その必要はありません。」
玄関の扉を押さえリンハイアの前に割り込んでくる護衛の女性。その女性は割
り込んでから止まることはなく、私を押しのけ部屋の中に入りだす。
「ちょっと、人の部屋に勝手に入らないでよ。」
そもそも、あんたらの所為で散らかりっぱなしなのよ。あんまり見られたくな
いんだけど。
「一応年頃の女子なんですけどね、私。」
「概ね予想通りですので問題ありません。」
中に入った女性は、私の発言を完全に無視。というか、そこに私が存在して居
ないかのような態度で、部屋の現状確認した結果を、リンハイアを向いて報告
している。
予想通りとか、問題ないとか、失礼な。
「ちょっと・・・」
私はリンハイアに抗議の視線を向け発言しようとすると、リンハイアが唇の前
で人差し指を立てながら近づいて来て、私の発言を遮る。
「少し、彼女に任せてもらえませんか?」
リンハイアはまた少し私に近づいて来る。ちょっと待って。
「それと、いつまでも玄関前に立たされていると目立つので、せめて玄関でも
いいので中に入れてもらえませんか?」
あぁ。まあ、そうよね。ザイランの指示で見張っている警務も居るだろうし長
時間はまずいわね。なんかされるんじゃないかと、警戒したけど杞憂だよね。
いきなりの訪問で同様してるのか、私。
「まぁ、いいわ。」
私は玄関から少し下がって場所を空ける。リンハイアと、男性の護衛が続き周
囲を確認してドアを閉める。
それと、彼女に任せろってのは・・・。
そう思って私が護衛女性の方を振り返ると、散らかっていたゴミがほとんど片
付いていた。ついでに掃除までしている。なに、プロの掃除屋?見る間にかな
りの速さで掃除がされていく。
え、ありがたいのだけど、なんで。
「ちょっと、まさかここで始める気!?」
私は女性からリンハイアに振り向き、大き目な声で疑問を投げていた。
「察しがいいですね。」
爽やかな微笑みで返してくるリンハイア。
嫌味だ。
そりゃそうか、話の内容が内容だけに、何処かのお店でってわけにもいかない
だろう。だからと言って、私の部屋ですることないじゃない。もっと権力行使
してホテルの会議室とか部屋とか取ればいいじゃん。
「今回は蜻蛉帰りでして、ホテルも取ってあるわけではなし、生憎と忙しい身
でね。この為だけにアイキナ市まで来たわけです。」
その為だけにわざわざ金払って部屋抑えるわけにはいかないか。しかし、薬莢
取りに来ただけって思うと疑問。
「忙しいなら部下に任せて自分の仕事すればいいじゃない、荷物の受け渡しだ
けなのに。」
本当に、何故リンハイア当人がわざわざ受け取りに来るの必要があるのかわか
らない。預けた薬莢を回収するだけなら、リンハイア当人が来る必要等無い筈
だ。
「それは出来ません。遣いに任せて呪文式の記術が正常に、終っているかの判
断を委ねるわけにはいかないので。」
なるほど、自分の目で確かめたいというわけか。まして記述内容は呪紋式師や
呪紋技師がちゃんと確認する必要がある。護衛の二人にその能力があったら、
任せられるかもしれないが。リンハイアはそれがあるのだろうか?
「ついでに、アイキナ市の現状が見れるわけですし。」
確かに。
私の想像でしかないが、リンハイアは休んでいないのではないだろうか。自分
で各地を確かめ現状を常に把握する。たいした内容でなければ、別の人間に任
せるのだろう。流石に身一つでは出来る事が限られてしまうだろうから。今回
の騒動、つまりベイオス絡みであるラウマカーラ教国の現状を、薬莢を回収す
るついでで確認しに来たのだろう。
「台所をお借り致します。」
「どうぞ。」
後ろから聞こえた声に、何も考えずに返事をしていた。あっ、と思った時には
護衛の女性は台所でお茶を淹れる準備に入っていた。部屋を確認すると、私が
考え事をしている間に掃除が終ったらしい。いつの間にかリンハイアと護衛が
部屋にあがり、テーブルの前に座っている。護衛は床に直接座っていたが、リ
ンハイアは私のソファーに腰掛けている。
「え・・・。」
おい。乙女の部屋をなんだと。
「考え事の邪魔をしては申し訳ないかと。」
ほんっと憎たらしい。
「手土産にお菓子を買ってきたので、お茶が入ったら本題に入りましょうか。」
リンハイアは言い終わった後、テーブルの上にお菓子が入っているであろう袋
を置いた。袋にはシェーラマリヌフェッテの文字が見える。わざわざご丁寧に、
有名店のお菓子を。こういう気の回しは嫌いじゃないんだが、あくまでこの部
分のみね。
「なんとなくわかります。」
は、なにが?突然「わかります」といわれても・・・。まさか、私が美味しい
もの、特に甘いものが好きなことが。流石に執政統括ともなると、洞察力に長
けているのだろうか。
「確かに私は忙しい身と言いましたが、現状まともに睡眠を摂る事すらままな
らない。」
そっちか。
「しかし、あなたがベイオスの邪魔をしたことがきっかけでしょうか、アイキ
ナ市とブルナッカ市は比較的落ち着いている。多少安堵しました。」
連続猟奇殺人で賑わっているアイキナ市とブルナッカ市が落ち着いている?
アイキナ市とブルナッカ市は?
そういえば報道でたまに目にしたり耳に入ってきたりしている、所々の市では
デモや暴動が報じられていた気がする。市名は憶えていないが場所によっては
警察では鎮圧出来ずに、軍が出動する羽目になっている市もあったような。
そこでベイオスの名前って。
まてまてまて。
私は世情に興味は殆ど無いが、リンハイアの台詞は明らかに今グラドリア国で
起きている、またはこれから起こることを示唆しているのではないか?つまり、
ラウマカーラ教国の策謀ということか。つまりグラドリア国内で起きている事
件はベイオスと同じラウマカーラ教国の間者。ベイオスのように皆神殺しの御
印を持っているかは不明だが。
ラウマカーラ教国の間者が、各地で軍を動かさざるを得ない状況を作り出し戦
力を分散するのが目的だったとしたら。もしそうであれば、ここで以前リンハ
イアが仄めかした戦争に話が繋がる。いや、戦争とはっきり言ったわけではな
いが、おそらくそうだろう。リンハイアがろくに睡眠を取れない現状は。
「お待たせしました。」
女性がお茶を差し出して来たことにより、私の考えが霧散する。というより、
紅茶の香りに意識を奪われたというのが正解。香りが少し熟成感があり、以前
のような若々しさではないが、ダージリンのしっかりした香りだ。やはり良い
紅茶の香りはいい。
「セカンドフラッシュ?」
私は思わず、小さい声だが疑問を漏らした。そこまで紅茶に詳しくはないので
なんとなく。
「そうです。」
女性は特に表情も変えずに答えた。
「ところで、先ほど思案顔になっていましたが、あまり考え過ぎると危険を呼
び込みますよ。」
リンハイアが私に向けて言ってきた。一応警告してくれているのだろうか?確
かに私は平穏に生きたいし、出来れば国のごたごたなんかに全く関わりたいと
思わない。絶対ヤダ。
「考えさせるように種を振り撒いておいて?」
当人がどの口でそれを言う。私に考えが芽生えるように、種ばら撒いて。そも
そもあんたに会った所為で既に人生の危機だわ。本当にこれ以上巻き込んで欲
しくない。
「鋭いと思いますよ、現在の国に起きている状況を、概ね把握して頂けたよう
ですし。」
くぅぅ。
相変わらずの性格悪。「ようですし」じゃない。前回零した情報に、今回の発
言で思考の方向性を指す。本人は明確なことは一切言わないが、おそらくの結
論に導こうとする。考え過ぎると危険が及ぶとか、本当にどの口が言ってるの
か。しかし、私は言われて気付いたが、この男はかなり前からわかっていたの
だろう。おそらく、前ラウマカーラ教皇が崩御する前から。
変態ね。
「では、薬莢を確認させてください。」
私は、シェーラマリヌフェッテの袋を自分の前に寄せ、中身を取り出そうとし
ていたところに本題が飛んできた。
「そこ。」
私はリンハイアの足元付近にある箱を、袋から出した右手で指さす。明らかに
付き人二人に敵意の表情。気にせずに手を袋に戻し、クッキーを取り出す。私
は直接箱を渡す気はない。私は部下でもなんでもないし、人の家にずかずか入
って来るような奴らに気を使う必要もないと思っている。
付き人の男性は私を一瞬睨むと、箱を持ちリンハイアに差し出す。リンハイア
は箱の端にある薬莢を二つ掴むと、記述された呪文式を眺め、その後二つを見
比べていく。
ふーん。あ、これ美味しい。
シェーラマリヌフェッテは焼き菓子専門店だが、かなりの人気店だ。特に、自
家製の濃厚なミルクチョコレートをサンドしたソフトクッキーが美味とか。噂
には聞いてたけど、まさか食べられるなんて。
私が至福に浸っている間、リンハイアはさっき戻した対角線にある薬莢を二つ
掴んで同じ動作をしている。
ん、紅茶もうまい。この女性、態度は悪いがお茶の淹れ方は上手だ。
「箱の並べ方からして適当に入れたとは思えない。それでいて、どちらが記述
始めで終わりかも不明。という程には仕上がっている。」
なるほど、一定のクオリティを以てすれば最初から最後まで安定した仕上がり
になるだろう。しかし
「最初と最後だけかもよ。眠かったりお腹減ったりいろいろあるし。」
リンハイアは私に笑顔を向けてくる。腹立つ。その見透かしておいて、悪意の
無さそうな笑顔が本当に。
「記述はあまりしてないと言ってましたが、ここまでの腕があるならカマルハ
ー同様、私に雇われてみませんか?」
カマルハーの名前は聞いたことがある。前回眠いのと苛立たしいので聞き流し
ていた名前だ。確か、グラドリア国の小銃研究機関に属している記述士であり、
世界にいる記述士の中でも十本の指には入るくらいの精度と記述の速さらしい。
もしグラドリア国の小銃研究機関で仕事が出来るのであれば、当然生活の安定
度も上がるだろうし、新しい小銃や呪紋式に触れる機会も多くなる。普通であ
れば喜んで引き受ける話であるだろう。
「イヤ。」
私は嫌そうな顔でリンハイアから顔を逸らし、左手を軽く振る。二人の護衛は
目を細め、私を敵意の眼で睨みつつ体を構えていく。それをリンハイアは手で
制した。二人の護衛は構えを解きリンハイアに頭を下げる。
「おそらくそう言うと思いましたが、違う道もあるということを示してみまし
た。」
判っている。この誘いに頷いたとしても、リンハイアは私を雇ってくれるだろ
う。リンハイアはどちらに転んでも気にはしないだろうし。私は、国に縛られ
たくはない。いろんな制限がかかるだろうと思うとぞっとする。
司法裁院に縛られてるのは忘れておこう。
「さて、いい休憩になりました。」
リンハイアがソファーから立つ。やっと解放された私のソファー。護衛の男性
は、いつの間にか薬莢を黒い鞄にしまっていた。男性が先頭をきり、玄関へと
向かっていく。リンハイアが続き女性が殿を務める。面倒くさいが玄関までは
見送ってやることにした。
「では、お邪魔しました。」
リンハイアが軽く会釈をする。私もつられて、してしまった。屈辱。
「また機会があれば。」
「二度と関わり合いたくない。」
リンハイアの言葉に、私はきっぱり言い放った。
「さ、シェーラマリヌフェッテのお菓子の残りは後の楽しみに残しておいて、
ごはん食べに行こ。」
高く聳えた城郭から、五つの道路が放射線状に伸びる。内部には道路の間に巨
大な館が建ち、放射の中央にも同程度よりは若干大きめの館が建っている。円
形の城郭の周りは、クインカリュ川が支流となって囲っている。川が堀を成し、
更に城郭の外に広がる街の中を幾つもの支流となって人々の生活へと流れ込ん
でいる。
城郭と外街を繋ぐ五つの橋には、行きかう車と電車が往来しているが、橋の幅
は道路ほどもないため、車が渋滞を起こしやすい。七百四年前、剣聖ノーリグ
レッハが建国し、六百七十三年前に完成した城郭。その城郭より外に広がる波
状の街並みは現在に至っても広がり続けている。人口の増加に伴い、外街では
道路の拡幅や整備が行われて続けているが、高く聳えた城郭の門を改築してま
で橋梁の拡幅を行うには至っていないため、城郭の門がボトルネックになり渋
滞となっているのが現状だ。
放射線に伸びた道路の始点、城塞都市の中央に建つ館には百三十八代剣聖オン
グレイコッカ・ネラーブンが国を治めているが、国王ではなく建国時より剣聖
の名を戴く風習がある。そのため、ペンスシャフル国という名称よりも剣聖国
と呼ばれることの方が多い。
建国時に剣聖と共に肩を並べた五人の従騎士は、五聖騎となり放射線に広がる
道路間にある大きな館に居住している。城塞都市の街並みは建国時よりさほど
変化はない。内部の許容量が変わらないせいもあるだろうが、もともとひとつ
の街として存在しているため街の機能としてはあえて外街に行かずとも、生活
可能であるからだ。そのため、外街に向かう一般人の主な理由と言えば、仕事
か嗜好である。
国政に関しては剣聖オングレイコッカ配下、五聖騎である<穿砲槍>ウーラン
ファ、<崩砕槍斧>ドゥッカリッジィフ、<疾咬剣>ギジフ、<紫劇細剣>ポル
カットゥー、<滅剣>リャフドーラにより執られている。
現在、五聖騎の執政範囲はわかりやすく道路と道路の間であり、城郭内にそれ
ぞれの役所があり、外街では役所の分所が業務に追われている。
「それで、戦場はブーリンブリ平原で間違いは無いのだな。」
窪んだ眼下では鋭い眼光を携えた中年、部屋の入口からは最奥に位置する場所
に座しており、楕円テーブルに付いた肘の先、拳に頬を預けている人物が言葉
を発した。
「はいネラーブン閣下。偵察によれば数日以内には激突するかと思われます。」
円卓に座る一人、半分ほど黒髪が白くなった老騎士、ウーランファが答える。
「では、斥候の準備かな。」
「この時期に動くのですか?」
オングレイコッカの言葉にウーランファが疑問を呈する。他の騎士たちも同様
の疑問を抱いている表情をしていたが、ウーランファが疑問を言葉にしたので、
目線だけをオングレイコッカに向ける。
白いものが混じりはじめた肩まである髪を、全て後ろに流した頭部の中程で、
表情は温和だが鋭さを宿したような眼光がウーランファに向けられたあと五聖
騎を一通り見回す。
「流動的且つ迅速でなければ、機先を取れぬ。」
一通り回った視線は再びウーランファに向けられ言葉を発する。
「好機が見えてから準備したのでは、準備が終わった時に好機はどこぞへ逃げ
ているであろう。」
オングレイコッカは静かに語り、続ける。
「好機が現れねば、それはそれで損かもしれぬが好機を掴める可能性があるな
らば、価値はあろう。」
五聖騎は頷く者もいれば、顔に不安を浮かべる者も居た。その中灰白色の短髪
をした初老の男が、鼻の下に蓄えた同じく灰白色の口髭動かしながら口を開く。
「ネラーブン閣下の言はごもっともですが、戦争は国力の低下を呼び込みます。
長年の城郭外の発展を鑑みれば新たな領土拡張があるに越したことは確かです
が、我が国も疲弊します。その辺については如何お考えでしょうか。」
オングレイコッカは頷き、直ぐに言葉を発する。
「確かにギジフ候の不安はもっともなこと。」
一瞬考えたような素振りをして、オングレイコッカは続ける。
「ラウマカーラ教国の策動にて、グラドリア国内に混乱は見られるが、おそら
く戦争には勝てぬだろう。」
少しの間を置いて言葉を繋げる。
「敗戦したラウマカーラ教国へ、部隊が教国へ戻る前に奇襲をかけ混乱を与え
つつ、教国本部を叩く。」
五聖騎の一部は多少驚きの表情を見せたり、不敵な笑みを浮かべている者も見
える。
「敗戦での戦意喪失、本部への強襲となれば短期決戦にて被害を抑えつつ制圧
することも可能。が、問題はその後であろうな。混乱、疲弊は少なくとも数年
は続くであろう。そこで我を含め五聖騎諸侯には尽力してもらわねばならぬが。」
五聖騎は納得顔、不安顔などそれぞれだ。
「国として安定するためには、更に十年二十年は必要でしょうな。」
ギジフが付け加える。
「私もそれまで生きているかわかりませぬが、尽力致しましょう。」
続けてのギジフの言葉に、オングレイコッカは頷いた。その他の五聖騎も頷き、
ウーランファが代表して口を開く。
「ギジフ候に続き、我らも異存はありませぬ。閣下、また国の為尽力致しまし
ょう。」
オングレイコッカは満足そうに、目を閉じるとゆっくりと頷いた。
「さて、始めに戻るが斥候は誰が指揮を執る?」
オングレイコッカは、議題の始めの言に繋ぐ。
「俺がやるよ。」
薄茶色の短髪が立ち、前髪の一部だけ額にかかっている青年が不敵な笑みを浮
かべながら言った。目には不敵さと楽しさが揺らいでいるようだった。
「リャフドーラ、あなたでは無理ですね。」
「あぁ?そりゃどういうこったポルカットゥー」
不敵な笑みを浮かべたままだったが、眼には明らかに不快な色を宿したリャフ
ドーラが、背中まである青い髪の青年の言葉に反応した。歳の頃なら三十そこ
そこに見える青年は色白で、端麗な顔立ちと綺麗な蒼玉の温和な瞳は、町を歩
いているだけで女性の目を引き付けるであろう風貌をしていた。
「そりゃ、お主は出会い頭に皆殺しにしてしまうからの。斥候の意味も糞もな
いわ。」
身長にして二メートル近くはあろうかという巨漢は、その胸部から腕、足にか
けて他の騎士より二回り三回りの太さで筋肉を蓄えている。その体躯からして
予想がつくような太い声とと共に、豪快な笑いが漏れる。
「目に付いた敵を潰しまくるしか能がねぇドゥッカリッジィフに言われたかね
ぇな。」
リャフドーラは、ポルカットゥーに続きドゥッカリッジィフにも不快を混めた
視線を叩きつける。ドゥッカリッジィフもその言葉に威圧を込めた視線をリャ
フドーラに向ける。
「やめい。」
ギジフの静止にドゥッカリッジィフは視線をそらし、リャフドーラは不快の矛
先をギジフへと変えた。ポルカットゥーは何事も無かったように円卓の中央へ
温和な表情を向けている。
「ウーランファ、お主が斥候を編成し指揮を執ってくれぬか?」
ギジフはウーランファに問いかける。
「それがよかろう。」
一通りのやりとりを見ていたオングレイコッカが、重ねるようにギジフの言葉
を肯定する。
「それでは我が騎士団にて斥候部隊を編成し、ブーリンブリ平原に向かわせま
しょう。」
ウーランファはオングレイコッカ、ギジフの発言に同意した。
「ギジフはノルウェンダル山脈から、教国本部を強襲する部隊の編成と進軍準
備。併せてドゥッカリッジィフもギジフに続くがよい。」
オングレイコッカの言葉にそれぞれが頷き、更にオングレイコッカは言葉を続
ける。
「リャフドーラは斥候より後発、敗退する教国軍への奇襲を目的として準備せ
よ。また、ポルカットゥーについては街道にて待機防衛。」
「あぁ、そりゃ楽しそうだな。」
リャフドーラの笑みが不敵さを増す。
「仰せのままに。」
ポルカットゥーは温和な表情のまま軽く頭を下げる。
ポルカットゥーの言葉が終わると、五聖騎は各自席を立ちオングレイコッカへ
と一礼すると会議室を後にした。全員の退室が終わると、オングレイコッカは
少し疲れたように、何もない天井へと視線を向け、ゆっくり瞼を降ろした。
「もう、大丈夫なんだろうな?」
ズーキスが厳しい視線を向けてくる。
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
ズーキスは頷くと、興味も無さそうに仕事に就くように促した。短時間勤務な
ので、出社時には当然社員は揃っており、私はまず急遽休みを貰ったことに対
して謝罪した。体調不良ではなかったのが更に罪悪感を上乗せする。私にとっ
ては人生に関わる問題だったが、会社にしてみればそんなことは知ったことじ
ゃないだろう。こうしてまだ仕事が出来ると思えばありがたいことだ。
「本当に大丈夫?」
席に着いた私に、ヒリルが心配そうに声を掛けてくる。そういえば同じ短時間
勤務の同僚とも久しぶり会った感じがする。実際には数日なのだが。
「ん」
私は頷く。
「うーん、まだ顔色も良さそうには見えないし、何しろ疲労感がめっちゃ出て
るよ。」
まじか。
もともと暗めを装っているのでそれはそれでいいが、疲労感は誤魔化したいと
ころ。朝、誤魔化そうと思ってお風呂でさっぱりして肌の手入れをちゃんとし
た後、メイクもいつもと変えて来たのだけど、だめだったか。というか、全部
リンハイアの所為だ、次会ったら殴る。
・・・
無理だ。
その前にあの護衛に殺されるだろう。
私は不毛な考えを悶々としながら、とりあえず仕事を進めた。
「お待たせ致しました、こちらメインのバジル香るズワイガニ冷製トマトカッ
ペリーニ ムール貝添えです。」
店員が私の前に注文したパスタを置いて去って行った。今日は久々の食事をの
んびり楽しみたかったので、ヒリルを振り切って一人でランチに来た。それに、
疲れているのであまり他人の相手をしたい気分でもなかった。
あぁ、久しぶりのまともな食事。軽く散りばめた細切りのバジルと蟹の香りが
胃を刺激する。久しぶりの仕事中ランチなので、贅沢にズワイガニ、しかもム
ール貝添え!食べ終えたサラダでは当然満足などいっていないので、直ぐ様に
パスタをフォークに巻きつける。身をほぐされた蟹とパスタが絡まりあい、程
よく丸まったところで口に運ぶ。
「・・・・・」
美味しい!
やっぱり人間この幸福感がないとやってられないわ。爽やかな冷製トマトソー
スと、パスタでも一番細いカッペリーニは具材とも絡んでいい食感だ。冷製な
ので食べ終わるまで細くても最後までパスタの食感を味わえる。食べている途
中に、添えてある二つのムール貝を一つ頬張る。やはりムール貝は美味しいな
ぁ。
麦酒欲しい。
と思うが昼休みなので我慢しておく。
「そういえば、いくら振り込まれたんだろう。」
一通り食べ終わりテレビに眼を向けている。ランチのセットであるセイロンテ
ィーを飲みながら、こんな疲労感に苛まれる状態にしてくれた仕事に対する報
酬を確認していなかったことを思い出す。
が、報道で丁度連続猟奇殺人の速報が始まり、報酬のことは忘れ報道に意識を
持って行かれる。というのも、どうやら三人目の被害者が出たようだ。発見さ
れた場所はサハナフ工業地区にある、ソリューイ駅近くのベヘング精密機器の
工場内らしい。朝出勤した従業員が発見し、警察局に連絡した。という情報が
流れている。ただ、現時点でそれが連続猟奇殺人と関連があるかは現在調査中
のようだ。
「ベイオスめ・・・」
詳細は報じられていなので不明。というか、突発的なまったく関係無い殺人事
件かもしれないが。とりあえずベイオスの所為にしておく。詳細については後
でザイランに聞いてみよう。ただ、ノッフェスの件は片付いているので、警察
が私の情報を流してくれるかは疑問だが。
しかし変だな。連続猟奇殺人であれば、報道も警察局も完全に予想を裏切られ
ただろう。警察局は哨戒艇まで出して、橋を厳重巡回していた筈だ。報道もそ
れを予想してか、次はブルナッカ市警察局が管轄の橋ではないかと予想してい
た。
連続猟奇殺人の場合、何かイレギュラーが起きた可能性がある。若しくは混乱
を別方向から切り込むように変更したか。ま、どんな影響があるかはわからな
いが。ここで悶々と考えてもしょうががないし、報道も先程以上の情報は出て
来ないので、私は小型端末を取り出す。
「どれどれ」
私は端末を操作しながら、司法裁院からの報酬が振り込まれる講座情報を開く。
「ぶふっ!」
紅茶を口に含んで、カップを置く前に私は盛大に噴いた。あぁ、他のお客さん
と店員の視線が痛い。私は慌てて、上着のポケットからハンカチを出して、テ
ーブルの上を拭こうとした。
「あ、大丈夫ですよ、こちらでやります。」
店員さんが台拭きをもう持ってきていた。さすが。けど痛い。
「お客様の方は大丈夫ですか?」
気遣いも忘れていない。さすが。でも、気にしないで欲しい。
「あ、大丈夫。ありがとう。」
「わかりました。」
慣れた動作でテーブルを拭き終った店員はすぐに去って行った。いやぁ、恥ず
かしい思いをした。リンハイアめ。
私はもう一度小型端末を確認する。振り込まれていた金額は前金で五百万と、
後金で二千万だった。かなり恐怖。
私の短時間勤務の月給は十三万から多くても十五万程度。司法裁院の仕事は程
度によるが一依頼数十万程度。五十万を超えるような依頼は滅多にない。そう
考えると恐ろしい金額だ。
「あっ!」
昼休み終わる!
私は慌てて端末を閉じ、会計をして店を後にした。
何処かで監視しているんじゃないかと思う。私が会社を出た直後に文字通信が
来た。ザイランから。
局に来い。
の一言のみ。あぁ、殴られたいんだなぁ。
会社の前だというのに、私はつい満面まではいかないが、明るい笑みを浮かべ
てしまった。周囲を見渡すが一応知った顔が無いことを確認。本当に殴ろうか
な。
コートカ駅から警察局に向かうと、局の近くに三十人くらいの団体が集まり声
を張り上げていた。プラカードや拡声器を持った、年齢がバラバラな男女の集
まりだった。
「ついにアイキナでも始まったのか。」
私は何の気なしに、小さく零していた。おそらくあれば、ラウマカーラ教徒な
んだろうと思う。他の市でも似たような状態から始まったのかな。小規模から
大規模に発展してと。市によって状況が違うだろうから、もっと大人数で始ま
ったところもあるだろうし、暴動から起きた市もあるかもしれない。だけど、
私の生活ではどこか遠いことの出来事な様な気がして、特に興味が沸くでもな
く、その団体の前を通り過ぎ、私は警察局に入った。
局に入ると入口付近で待ち構えていたザイランに直ぐ連行された。小さな会議
室の扉には使用中のプレート。気にせずザイランは扉を開け、私に入れと促す。
中には誰も居なかった。
「来るだろうと思って、確保していただけだ。」
聞いてもいないがザイランが説明する。
「来るだろうはいいけど、もうちょっとなんとかならない?あの文字通信。」
「なんか変だったか?」
聞いた私が馬鹿だった。
部屋に入ると以前と似た四人掛けくらいのテーブルがあり、テーブルの上には
近所のスーパーで売っているお徳用セット的な、大袋に入ったお菓子のような
クッキーが三つ程と、紙コップに局の美味しくもないコーヒーが用意されてい
た。
「まぁ、気遣いは認める。ありがとう。」
私は冷たい目線を向けて言った。どこぞの執政統括の後だと、完全に見劣りし
てしまう。まぁ味もなんだけど。ザイランの所為ではないのに、ごめん。
「局で用意できるのはこんなもんだ、勘弁してくれ。」
本当に勘弁して欲しそうにザイランは言った。実際のところ、気を遣ってもら
ったことに関してはありがたいと思っているのだけど。
「気遣いには感謝してるわよ。」
私はいいながら席に着いた。躊躇なくクッキーの個別包装を開け、口に放り込
んでコーヒーを飲む。
「で、要件は何?」
「事件の報道見たか?ベヘング精密機器の。」
予想はしていたけど、やはりランチの時に見た報道の件か。私は軽く頷く。
「単刀直入に聞くが、なんか知らないか?橋の事件に関係してるとか、ベイオ
スの居場所とか。」
行き詰ってんだろうなぁ。
「なーんにも。」
私は二つ目のクッキーを食べながら言う。ザイランが疑いの目を向けてくる。
失礼。
「本当だろうな?」
「人命関わってるのに、嘘はつかないわよ。私の方が教えて欲しいくらい。」
気になってるので、教えてくれるのなら知りたい。ザイランは少し考えていた
ようだったが、右手で頭を軽く掻いてから口を開く。
「漏らすなよ。」
「わかってるわよ。」
「今までの犯行に比べるとな、別人じゃないかって気がするんだ。死体は工場
で転がっていただけだし、身体も肝臓を取り出しただけだ。」
確かに。今までの凝り様から考えれば接点が薄い気がする。工場内の変死体っ
てだけの事件になり、異常性があまり感じられない。ただ、何故肝臓は抜き出
したのかが謎だけど。
「なんで肝臓なんだろ。」
私は疑問を口にしていた。確かに必死の臓器だけど。わざわざ?とすれば殺す
目的で抜いたわけではなさそう。と、普通は考えるか。
「どうもな、肝臓抜いて、被害者の口に突っ込んだようなんだ。」
うぇ。
異常じゃん。私からすれば今までの猟奇殺人も、今回も変わらない。どっちも
頭おかしいとかしか思えない。
「ただ、切り口や凶器は多分同一だろうという鑑定識別からの情報だ。」
ザイランの言葉に、やはりベイオスかなぁと思う。ラウマカーラの計画のこと
を考えれば、引き続き事件を起こす必要があるのだろう。そしてノッフェスも
捕まったことから、猟奇殺人にこだわる必要はないのでは?インパクトがある
事件が連続で起き、警察が解決出来ない。となればデモも拡大しやすいだろう。
でも、現状そうはなっていない。なんか変だな。
「ベイオスに聞ければなぁ。」
「苦労はないな。」
私の呟きにザイランが同意する。
「ま、現状どうしようもないな。あと、これが来てる。」
ザイランは私に封筒を渡して来た。今は見たくなかったな。それ。疲れが取れ
ていないのに、ここで司法裁院かぶせてくるか。日付が近日でないことを祈り
つつ私は受け取った。
「じゃ、私は帰るわ。」
「残ってるぞ、せかっく用意したのに。」
椅子から立ち上がった私にザイランは、残っているクッキーを指さす。黒い、
おそらくココアクッキーなのだろうが。
「えい。」
私はそれを、ザイランに向かって指で弾いた。
「おま、何すんだよ。」
「お腹いっぱい。」
渋い顔で不満顔を向けてくるザイランを会議室に残し、私はその場を後にした。
ザイランに返したクッキーは、今回の事件内容を聞いた後では、その黒い固形物
はとても食べる気にはなれなかった。
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