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魔力過剰

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魔法騎士団から離宮に戻ってきたが、すでにルクレツィアは午睡の最中だった。
健やかな寝顔の頬をラファエロは人差し指でそっと撫でた。マシュマロのように柔らかくて触り心地がいい。
午後の執務さえなければこのまま抱いてしまうのに――。
名残惜しく手触りのいい銀髪を撫でていると、背後からユリウスに呼ばれた。
「ラファエロ様」
「今行く」
自室に戻るとジョバンニがお茶の支度を整えていた。ラファエロ、ユリウスに加え、オクタヴィアが席に着く。
「単刀直入にお願いします。ルクレツィアに魔力を注ぐのを控えていただきたい」
思いがけないことを言われ、ラファエロは露骨に不機嫌になった。
「なぜだ」
「魔力漏れです。ユリウスの腕輪をつけていても抑えきれていない」
「だから何だというのだ」
魔力漏れなど、ラファエロにとっては当たり前の事象だ。思春期以降、それが原因で誰にも触れることができずに生きてきた。
だが今はラファエロにはルクレツィアが、ルクレツィアにはラファエロがいる。もう他に望むことなどない。
「問題だらけですよ。アンナが魔力酔いを起こしています。あなたと違ってルクレツィアは着替えひとつにも人の手を必要とする。このまま魔力量が増え続ければ必要な世話ができなくなります」
「……」
こういう時のオクタヴィアは冷静かつ論理的で付け入る隙のない態度をとる。だが、つがいと愛し合うのを控えろとは、あまりにも無理難題ではないか。
ラファエロが黙り込むと、ユリウスが口を開いた。
「魔力を注ぐのを控えるのは勘弁してください。ルクレツィア様のご懐妊は僕の生き甲斐なんですから」
援護射撃のように見えるが、興味本位で自分の勝手を主張しているに過ぎない。ユリウスとはそういう男である。
「では、今後ルクレツィアにどうやって生活しろと? 一人で着替え、一人で髪を結えと? 肌や爪の手入れも、すべて自分でやれと?」
オクタヴィアがラファエロに冷たい視線を向けた。
「いいことを思いつきました。ルクレツィア様の魔力を減らせばいい。せっかく有り余っている魔力です。僕の発明のために役立って貰いましょう」
「却下だ」
冗談ではない。ユリウスの発明は玉石混交で、ろくでもない物が相当数含まれている。中には自白強要装置や拷問道具、自慰のための専用器具など、とんでもないものもあるのだ。
しかし、オクタヴィアはユリウスの案を真面目な顔で検討し始めた。
「悪くない考えだ。どうせ余っている魔力なのだから、王族の一人として魔力供給を担うというのはありかもしれない」
「魔力供給など、俺がいれば十分だろう」
「貴方が魔道障壁や魔物狩りの遠征に行かねばならないとき、ルクレツィアが魔力供給に当たればルクレツィアの立場も今よりよくなる」
反論するが、オクタヴィアはあっさりと却下した。
「なるほど、いい考えですね」
魔道障壁と聞いてユリウスはあっという間にオクタヴィアの味方に付いた。
「婚儀でルクレツィア様の魔力を見た者は『祝福の子』という存在に納得したでしょう。でも、直に見ていない下位貴族たちは魔力のない者をいまだに呪われた忌子と考えていますし、ルクレツィア様のことを忌子ではないかと疑っています。ルクレツィア様が尊い存在であると彼らに知らしめるためにも、オクタヴィア様のおっしゃる通りにしましょう。これで魔道障壁の軍備増強もできて万々歳です」
最後にユリウスの本音が漏れだした。
「安全上の問題がある」
現在、ローナ王国の王都ロナンには大きな問題が発生している。違法魔法薬が発見されたのだ。薬の実態も流入ルートも解明されておらず、魔法騎士団が密かに捜査に当たっている。
「もちろんルクレツィアが魔力を供給する場所は厳選します。王城内、王立の施設に限定しましょう。ユリウスの言うように古い価値観にとらわれている者たちへのアピールにもなる。それでも許可できないというなら、伽の回数を控えて頂きたい」
冷たい視線を向けられ、ラファエロはムスッと黙り込んだ。
ラファエロ自身、思春期に増大した魔力が漏れるようになってから、着替えや洗髪などの本来人に任せるべきことを自分でやらなければならなくなった。
今ではそれが当たり前になっていて何の問題もないが、ルクレツィアに同じことを求めるのは酷だ。
「仕方がない」
「良かったですね、オクタヴィア様。ルクレツィア様の初仕事には僕も同行させていただきます」
「君は本当に自分の欲望に忠実な男だな」
オクタヴィアが呆れた様子で呟いた。
「いくつか試してみたいことがあるんですよ。せっかく多量の魔力があるんですから、ルクレツィア様だっていろいろやりたいことがあるんじゃないですか。楽しみですね」
何がどう楽しみなのかは知らないが、ユリウスがろくでもないことばかり思いつく男であることは確かだ。
ラファエロはすでに自分の決断を悔やみ始めていた。

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