上 下
19 / 48

怪我の功名

しおりを挟む
「それで、何もせずにルクレツィアが奪われるのをみていたというのか」
離宮に呼び戻されたラファエロは護衛騎士から報告を受け、臓腑が煮えくり返るような怒りを感じている。
「奪われるって、無事連れ帰ってきたじゃないですか」
項垂れる騎士とは異なり、ユリウスは平然と言い返してきた。
「無事、だと? 貴様の言う『無事』とは意識不明の状態のことか?!」
「じき目覚めますよ。それより、ルクレツィア様がご自分で意識して魔力を放たれたのか、ふたりの魔力が反発しただけなのか、気になりますよね」
こちらが声を荒げても意に返さないところが、この男のいよいよ頭に来るところだ。歯ぎしりをして睨むが、いつも通り何の効果もない。
その時、ラファエロとともに騎士の報告を聞いていたオクタヴィアが口を開いた。
「ラファエロ殿下、一つ提案がある」
「なんだ」
「私をルクレツィアの専属護衛騎士にしてほしい」
思いがけない申し出だ。
「この騎士たちが王太子殿下相手に何の抵抗もできなかったのは、ある意味仕方がない」
相手は未来の国王である。手出しできなくて当然だ。頭ではわかっているが、納得とは程遠い。何のための護衛だと喚き散らしたいくらいの怒りを感じている。
「だが、私は違う。ルクレツィアを害する者がいれば、誰であろうと最大火力の魔力をぶっ放す用意がある」
冷え冷えとした声には静かな怒りが滲み、興奮して言い立てるよりもはるかに重みのある本気が感じられた。
ルクレツィアを守るという点において、オクタヴィア程信用できる人間は他にいないだろう。
「ありがたい。近衛の方には俺から手をまわそう」
そのとき、ラファエロの執事ジョバンニが現れた。
「殿下、ルクレツィア様がお目覚めになられました」
「すぐに行く」
執務室から女主人の間に向かう。
「ルクレツィア」
ラファエロに続き、オクタヴィアとユリウスが部屋に入ってきた。
「つらいところはないか」
ルクレツィアは心配する人々をぼんやりと見上げていたが、ハッとしたように「ミアは?」と尋ねた。
「あそこにおりますよ」
ルクレツィアはユリウスの言葉に安堵の表情を浮かべた。
「どうやら大丈夫のようだね。良かった」
「お姉さま?」
「何があったか、覚えていない?」
ルクレツィアの眉間に小さな皺が寄り、それから急に蒼白になった。
「わたくしとんでもないことを……」
「素晴らしい! あれはルクレツィア様が意識してやったことでしたか!」
「王太子殿下は……」
「心配いりません。貴女の魔力を食らい、もう二度と手を出してこないと思いますよ」
にこにこと答えるユリウスの言葉は、ルクレツィアをいよいよ蒼褪めさせた。
「ルクレツィア、落ち着け。大丈夫だ」
寝台に腰かけ肩を抱き寄せる。
「兄上からは見舞いの花と謝罪の書状が届いている」
「殿下は、ご無事なのですね?」
「ああ」
ラファエロとウリエルはもともと比較的仲の良い兄弟だった。しかしルクレツィアを奪うというのなら、誰が相手であろうと容赦するつもりはない。
とはいえウリエルに大きな怪我がなかったのは幸いだったのだろう。兄に障碍でも残れば、ルクレツィアはトラウマと罪悪感を植え付けられていたにちがいない。
ルクレツィアがラファエロのものであることを納得したというし、今後このようなことが無いのなら今回だけは目を瞑るしかない。もちろん二度目はないが。
ラファエロは王位に興味がなく、兄が国を治めてくれた方が都合がいいのだ。
「それよりルクレツィア様、これに魔力を放ってみてください」
ユリウスが魔力を込める練習に使っていた魔石を取り出した。全く空気を読まない男である。
「王太子殿下をやった時の要領を思い出して」
「……」
ルクレツィアは一瞬遠い目をしたが、ユリウスの差し出した魔石に手をかざし魔力を注ぎ始めた。
あっという間に石が魔力による輝きを放ち始める。
「素晴らしい! これぞ怪我の功名です。これで大手を振って婚儀を挙げられますね」
まるで自分が手柄を立てたようにはしゃぐユリウスを褒めてやる気にはならないが、婚儀の目途が立ったのはよかった。
「よく頑張ったな」
青銀の髪を撫でてやると、ルクレツィアはほっとした様子で微笑んだ。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

設定めちゃくちゃな乙女ゲームのモブに転生したら、何故か王子殿下に迫られてるんですけどぉ⁈〜なんでつがい制度なんてつくったのぉ

しおの
恋愛
前世プレイしていた乙女ゲームの世界に転生した主人公。一モブなはずなのに、攻略対象の王子に迫られて困ってますっ。 謎のつがい制度と設定ガバガバな運営のせいで振り回されながらすごす学園生活 ちょっとだけR18あります。 【完結保証】 つがい 男性 ハデス     女性 ペルセポネ ↑自分でもわからなくなっているので補足です 書きたいものを好きに書いております。ご都合主義多めです。さらっと雰囲気をお楽しみいただければ。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

かつて一夜を共にした皇子様と再会してしまいまして

紺原つむぎ
恋愛
クラランテ伯爵令嬢アデルは、こっぴどくふられた初恋の相手、異国の青年フェイロンのことをようやく忘れようとしていた。 けれど長雨の降り続くある日、新しい婚約者に会いにいくために外出した先で馬車事故にあったアデルは、偶然にもその場に居合わせたフェイロンと再会してしまう。 なし崩し的に宿になだれ込んだふたりは、五年前の想いを確かめるように激しくお互いを求め合う。 そうして目覚めたアデルが選んだのは、かつて一夜を共にした彼がしたことと同じ……別れ、だった。 未練がましいツンお嬢様と、性格に難ありな身分を隠した皇子様のすれ違い執着愛。 愛はあるけどえっちがハードめ注意。中編、ハピエン。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...