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億万長者への道02《総売上:??円》

枕営業

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「なんとなんとお!VIP席、アンジュ君の素敵な素敵な王子様から--

 アルマンド全種類、まとめて4本!頂きましたあー!!!」

 続いて、「よいしょおー!」とホストたちの大きな声が響く。
 囲まれた中心。鎮座するのは、俺と金髪ヤクザ--京極亜蓮きょうごくあれんだ。
 小さく縮こまる俺と、なんでもないような顔で肩を抱いてくる京極サン。これ普通、肩組むの俺の方じゃない?俺、ホスト側だよね……?という疑問は禁じ得ない。
 ちらりと見やった横顔は、厳つい格好や雰囲気からは想像もつかないほど、繊細で美しかった。

 置いてきぼりで続くシャンパンコールのさなか。現実逃避するように、この数十分で起きた出来事を思い返す。

 あれから。
 軽やかな足取りでVIP席から出た俺がまず行ったのは、如月への報告。
 嬉しさのあまり、大して親しくもないのに「指名貰った!あと、アルマンドも!」と興奮気味に伝えてしまったのだが。如月は僅かに驚いたのち、すごいねと頭を撫でてくれた。……ちょっと嬉しかった。
 ただ如月が言うに、それだけでは情報が不十分らしい。(実はアルマンドには何色かあり、それぞれ値段も違うんだと)
 高いシャンパンだし、そこはちゃんとしなきゃ!と急いで確認に戻ったところ、入った色は--なんと、全色。
 「全部もってくればいいだろう」そう腕を組む京極に、流石の如月も「本当に全色ですか?」と聞き返していた。
 
 そりゃあ俺も、最初は手放しに喜んださ。   
 アルマンド全色となればゴールド、グリーン、ブルー、ピンク、全部で四本だって言うから。沢山シャンパン貰えて嬉しい!という、軽い感覚だったのだ、俺は。
 しかし蓋を開けてみれば、アルマンド全色を入れた場合、小計は300万。ホストクラブはプラスでTAX料がかかる(うちの場合は40%らしい)から、実際支払う金額は凡そ450万。

 --450万。
 金額を聞いた時、流石の俺も震えた。あまりの大金に実感が湧かなかったし、それを払える京極の財力にも驚いた。
 それに……ここまでの金額を使われると、他の問題も出てくるわけで。

 ホストと客との関係で言えば、どうしても対等にもっていくのは難しい。お金を″使う側″と、″使われる側″だから。しかし、なるべく対等に見えるよう、ホスト側は努力する必要がある。使ってもらった分に見合うような対価を与え、この関係が「WinWinである」と錯覚させる。
 それが関係を続けていくコツだ、と如月は言っていた。

 ……正直な話、そんな技量、ぽっと出の俺にあるはずもない。450万の対価なんて分からないし、己の命を持っても返しきれないのでは?と思うのだ。
 相手は女の子じゃない。ヤクザの、しかも男。
 嫌な音をたて始めた心臓に、そっと手を置く。
 初対面の同性にポーンと450万も使うなんて。なにか裏があると考えてしまうのも、無理ないだろう。

 俺の不安など露知らず、シャンパンコールは終盤へと差し掛かる。
 もやがかった意識の中。先程、如月から手短に教えてもらった「あること」を思い出し、はっと顔を上げた。

 --シャンパンコールって、最後にお互いコメントしなきゃいけないんだっけ……?

 やばい、なにも考えてない。
 どうにか捻り出そうと頭を悩ませるも、遅かった。次の瞬間には、「それでは一言頂きましょう!3・2・1」とキャストの持つマイクが京極へ手渡されてしまったのだ。

「………」
「………お、王子!一言お願いしまあす!」

 無言の京極に、キャストが控えめに進言する。
 しかし、京極は答えない。目の前のキャストから視線を逸らし、その後、何故か俺の顔をじいと見やった。

「あの……」
「………」
「えっと……一言貰えると嬉しい、かもお……」
 
 そう言って、やけに圧のある赤目を見つめ返す。
 先程までの騒がしさはどこへ?と尋ねたくなるほど、周囲は静まり返っていた。本来盛り上がるはずのシャンパンコールで、こうも気まずい空気が流れるとは。
 ……こっちは必死になに言うか考えてるのに。京極サンは無言なくせして、なんでこんな余裕そうなの!
 内心むっとしつつ、ぎこちない笑みを見せたそのときだ。

「へえ」

 彫刻のように整った顔が、ずいと目前に近づく。あと数センチで唇がくっついてしまいそうなほど、近い距離だ。

「っちょっと……」

 離れようと間に差し出した両手は、いとも容易く捉えられた。
 京極は肩から腕を外すと、片手で両手首を掴んだまま、覆い被さるように俺をソファーの背もたれへと倒す。

「--いいな、その顔」
「……へ?」

「生意気。……ッハハ、俺にそんな態度とってくるやつ、中々いないよなあ。うん」

 先程までの仏頂面とは打って変わって、ひとり声を上げて笑う京極。
  ……様子がおかしい。
 得体の知れない恐ろしさに、身体中を悪寒が走った。

「ひ……っ」

 肩を震わす俺に構わず、京極は続ける。
 
「……お前、いくらで買えるの?」
「何言って……」

「いくらで俺のものになる?」

 冗談だろう、そう思いたかった。
 しかし、目の前の男は到底、冗談を言っているようには見えない。
 それに--この男、ヤクザだ。
 逃れようのない事実に、胸が重くなる。
 ヤクザについて、別に詳しくないけど。人を買うとか、殺すとか……そういうことも、簡単にできてしまうんじゃないかって。そう考えたら尚更、震えが止まらなかった。

「っな、ならないよお!俺は、俺のだもん……っ」
「へえ?……まあ、″今は″それでもいいけど 」

 おどけたように肩を竦める。目線は、変わらず俺に向いたまま。
 暫くして。「そういえば」と背後を振り返った京極は、机の上のアルマンドを見やり、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
 
「俺はお前に今日、450万使ったよな」
「そう、だけど」
「囲うのは待ってやってもいい……が。お前には、450万円分の対価を支払う義務がある」

 「そうだろう?」と首を傾ける京極。
 ……断定するように言われてしまえば、「そうだ」と肯定する他ない。
 黙って首を縦に振る。目の前の男は満足気に頷き、俺の頬を撫でた。

「お前には、なにができるんだ?」
「……わ、わからない」
「そう……何も思いつかない、と」
「っごめんなさい」
「教えてやろうか」
「………?」

「450万の対価になり得るような……お前にできる、唯一のこと」

 そう言って、骨ばった指を俺の胸から腹へと滑らせる。
 臍の上でくるりと一周させた後、「ここだよ」とでも言いたげに、とんとん、と指を突き立てた。

「体で払えばいい」
「……体、で?」
「ああ。……お前はホストだろう?」

 ずいと顔を寄せた京極は、俺の耳に唇をあて、囁いた。

「なら、できるよな--枕営業」




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【用語解説】

シャンパンコール
→ ホストクラブでの定番パフォーマンス。一定金額以上のシャンパンの注文が入ったテーブルに店の従業員が集まり、その場を盛り上げるために行う。

TAX料金
→消費税のこと。お会計の合計にプラスでかかる。お店によってバラバラだが、ホストクラブでは平均30%程度のTAX料がかかる。

枕営業
→ ホストの営業方法の1つ。ホストが客と体の関係を結ぶことで来店・指名・売上につなげる方法。
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