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億万長者への道02《総売上:??円》
体験入店
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夢を見た。
多分、とても幼い頃の夢。
俺は大きな後ろ姿を追って、追って、縋りつく。何度あしらわれても、急き立てられるように追うのだ。
--なんで、そうも必死に。
幼い姿の自分に問う。しかし、理由などなかった。ただただ、追わずにはいられないのだ。彼は訴えかけるように、再び追う、追う、追う。
ピタリと、遠ざかるばかりだった背中が止まった。ため息と共に、ぽん、と頭に乗った温もり--ああ、大好きな手だ。やっと、撫でてくれた。嬉しい、嬉しい!
適当で、乱雑で。愛情なんて微塵も感じなかったけど。その温もりが、ただ嬉しかった。
その人からは甘い--甘い、タバコの匂いがした。
◆ ◆ ◆
翌日。
予定より早めに家を出た俺たちは、約束通り携帯ショップへと向かった。(機種は黒咲とお揃いのiPhone?とやらにした)
その後、基本操作は知っていたので、よく使われる主要アプリやらアカウントの作り方を教えてもらった。正直あんま覚えてないけど……まあ、また教えて貰えばいっか。どうせ家で会えるし。
今日は「Noise」体験入店初日。俺のホスト人生が始まる日だ。
新品のスマホをぎゅうと握りしめる。覚悟を決め、黒咲と共に豪勢な扉を開けたとき。目の前に現れたのは--そう、如月。
薄情者の黒咲は「んじゃ、こいつ任せたぞ」と言い残し、どこかへ消えた。
「改めてよろしくね?アンジュ君」と微笑む如月に、引きつった笑みで「よろしく、デス」と返す。やはり当初の予定通り、教育係は彼みたいだ。気を利かせて変えてくれるかも?なんて期待はすぐに打ち砕かれたのだった。……今日も今日とて、笑っていない笑顔が怖い。
まあ、そんなことは置いておいて。
いざ体験したホストという仕事は、俺の想像以上に大変なものだったのだ。
接客の前に、まず掃除のやり方、おしぼりのたたみ方、基本的なマナー、お酒の作り方……その他細かいものを含め一気に叩き込まれる。掃除やおしぼりたたみに関しては、月売上100万を超えると免除になるらしい。恐るべし、実力社会。当分の目標は″目指せ!掃除組脱却″になりそう……。
説明こそ上手いが意外とスパルタな如月サン。それだけでへとへとだというのに、なんとシャンパンの種類と値段も覚えろというのだ。俺は既に逃げ出したかった。(覚えられるはずがないので、取り敢えず目に付いた『アルマンド』というお酒だけ覚えておいた)
ホストって顔だけ良けりゃなんとかなると思ってたけど、こんな大変なんだあ……なんて実感しつつ、とにかく如月に指導を仰ぐ。
そして、営業開始まで10分を切った頃。とうとう「まあ、あとは現場に出てみて覚えていくしかないかな」とゴーサインを貰った俺は、初日から結果残すぞ!と意気込んでいたのだが--
「あーん、ホント可愛い!弟にしたい~!!」
なんか違う。
「今日体験入店なんだ?いいねえ~今度飲みいこーよ!女子会呼んだげる!」
なんか違う。
「ひぇ、っえ、眩しすぎる………完全に女として負けた……隣に並ばないでえええ!!」
--なんか、違う!!!!
おかしい。
黒にゃんだって、俺の顔たくさん褒めてくれたじゃんか。きゃー、アンジュ君カッコイイ!抱いてー!みたいな反応を想像して、胸を膨らませていたというのに……現実は、これだ。
可愛いだの、弟にしたいだの、挙句の果て隣に並びたくない!なんて言われる始末。
最初は「あくまでも如月サンの*ヘルプだし、仕方ないのかな?」とか思ってたけど、恐らく違う。
俺多分、ここの客層にぜんっぜんマッチしてない!
「……ねえ如月サン、なんか、想像してた反応と違うっていうか……ピンとこないんだけど」
「うん……完全に、男として見られてないねえ」
「--やっぱりい!?」
そう、それだ。
如月の言う通り、先程から全く″男として見られていない″のだ、俺は。
ホストと客の関係において、恋愛感情というものは割と密接にある。(先程如月に教えてもらった)
文字通り友達関係を築く友営だの、恐怖で支配するオラ営だの、接客方法は人によって違うけど……一番スタンダードかつお客さんから大金を引っ張れるのが、擬似恋愛を楽しませる″色恋″。そして、本気の恋愛だと思わせる″本営″。
「好き=貢ぐ」、「好きの大きさ=貢ぐ額」みたいな方程式が当たり前の世界。そんな中、そもそも男として見られないというのは致命的な欠点なのだ。
「ど、どうしよう……なに、鍛えればいいの……?俺みんなみたいに細マッチョになればいいのお!?」
「う、うーん。そういう問題じゃない気がするけど……うちの店は高身長・容姿端麗・理想の王子様!みたいな王道系で売ってるからね。客層も基本、それ目当ての人に偏るんだ」
「……おれ、勝ち目ないじゃん……」
項垂れる俺に対し「まあ、中性的で可愛い男の子が好きって層も少なからずいるし……」とフォローする如月。
どうしたものか、という空気が流れる中。如月はややあって、ハッとしたように呟いた。
「そうだ」
「………?」
「……この後、接待目的の利用で男性のみの来客があるんだ。本来キャバクラでやる予定が、週末だし空きがなかったみたいで」
「へええ」
そういう使われ方をすることがあるんだなあと関心しつつ、首をこくりと縦に振る。
確かに、夜遅くまでやってるし。利用代さえ払えば長時間滞在できるから、意外と使いやすいのかも。
「男はお呼びじゃないって言うんで、キャスト入れずに場所だけ貸し出すことになってるけど……」
如月は上から下へと俺の全身を見回した後、こちらに向き直り言った。
「--アンジュ君。一か八か、入ってみようか」
------
【*用語解説】
ヘルプ
→お客様の*担当ホストと一緒にテーブルに着いて「接客のサポートを行う」こと。 主にホストになったばかりで自分のお客様がいない新人や、自分の指名客が来店していないホストがヘルプを担当する。
担当
→ お客様が店で指名しているホストのこと。 一度決めた担当は基本的に変更できない。
多分、とても幼い頃の夢。
俺は大きな後ろ姿を追って、追って、縋りつく。何度あしらわれても、急き立てられるように追うのだ。
--なんで、そうも必死に。
幼い姿の自分に問う。しかし、理由などなかった。ただただ、追わずにはいられないのだ。彼は訴えかけるように、再び追う、追う、追う。
ピタリと、遠ざかるばかりだった背中が止まった。ため息と共に、ぽん、と頭に乗った温もり--ああ、大好きな手だ。やっと、撫でてくれた。嬉しい、嬉しい!
適当で、乱雑で。愛情なんて微塵も感じなかったけど。その温もりが、ただ嬉しかった。
その人からは甘い--甘い、タバコの匂いがした。
◆ ◆ ◆
翌日。
予定より早めに家を出た俺たちは、約束通り携帯ショップへと向かった。(機種は黒咲とお揃いのiPhone?とやらにした)
その後、基本操作は知っていたので、よく使われる主要アプリやらアカウントの作り方を教えてもらった。正直あんま覚えてないけど……まあ、また教えて貰えばいっか。どうせ家で会えるし。
今日は「Noise」体験入店初日。俺のホスト人生が始まる日だ。
新品のスマホをぎゅうと握りしめる。覚悟を決め、黒咲と共に豪勢な扉を開けたとき。目の前に現れたのは--そう、如月。
薄情者の黒咲は「んじゃ、こいつ任せたぞ」と言い残し、どこかへ消えた。
「改めてよろしくね?アンジュ君」と微笑む如月に、引きつった笑みで「よろしく、デス」と返す。やはり当初の予定通り、教育係は彼みたいだ。気を利かせて変えてくれるかも?なんて期待はすぐに打ち砕かれたのだった。……今日も今日とて、笑っていない笑顔が怖い。
まあ、そんなことは置いておいて。
いざ体験したホストという仕事は、俺の想像以上に大変なものだったのだ。
接客の前に、まず掃除のやり方、おしぼりのたたみ方、基本的なマナー、お酒の作り方……その他細かいものを含め一気に叩き込まれる。掃除やおしぼりたたみに関しては、月売上100万を超えると免除になるらしい。恐るべし、実力社会。当分の目標は″目指せ!掃除組脱却″になりそう……。
説明こそ上手いが意外とスパルタな如月サン。それだけでへとへとだというのに、なんとシャンパンの種類と値段も覚えろというのだ。俺は既に逃げ出したかった。(覚えられるはずがないので、取り敢えず目に付いた『アルマンド』というお酒だけ覚えておいた)
ホストって顔だけ良けりゃなんとかなると思ってたけど、こんな大変なんだあ……なんて実感しつつ、とにかく如月に指導を仰ぐ。
そして、営業開始まで10分を切った頃。とうとう「まあ、あとは現場に出てみて覚えていくしかないかな」とゴーサインを貰った俺は、初日から結果残すぞ!と意気込んでいたのだが--
「あーん、ホント可愛い!弟にしたい~!!」
なんか違う。
「今日体験入店なんだ?いいねえ~今度飲みいこーよ!女子会呼んだげる!」
なんか違う。
「ひぇ、っえ、眩しすぎる………完全に女として負けた……隣に並ばないでえええ!!」
--なんか、違う!!!!
おかしい。
黒にゃんだって、俺の顔たくさん褒めてくれたじゃんか。きゃー、アンジュ君カッコイイ!抱いてー!みたいな反応を想像して、胸を膨らませていたというのに……現実は、これだ。
可愛いだの、弟にしたいだの、挙句の果て隣に並びたくない!なんて言われる始末。
最初は「あくまでも如月サンの*ヘルプだし、仕方ないのかな?」とか思ってたけど、恐らく違う。
俺多分、ここの客層にぜんっぜんマッチしてない!
「……ねえ如月サン、なんか、想像してた反応と違うっていうか……ピンとこないんだけど」
「うん……完全に、男として見られてないねえ」
「--やっぱりい!?」
そう、それだ。
如月の言う通り、先程から全く″男として見られていない″のだ、俺は。
ホストと客の関係において、恋愛感情というものは割と密接にある。(先程如月に教えてもらった)
文字通り友達関係を築く友営だの、恐怖で支配するオラ営だの、接客方法は人によって違うけど……一番スタンダードかつお客さんから大金を引っ張れるのが、擬似恋愛を楽しませる″色恋″。そして、本気の恋愛だと思わせる″本営″。
「好き=貢ぐ」、「好きの大きさ=貢ぐ額」みたいな方程式が当たり前の世界。そんな中、そもそも男として見られないというのは致命的な欠点なのだ。
「ど、どうしよう……なに、鍛えればいいの……?俺みんなみたいに細マッチョになればいいのお!?」
「う、うーん。そういう問題じゃない気がするけど……うちの店は高身長・容姿端麗・理想の王子様!みたいな王道系で売ってるからね。客層も基本、それ目当ての人に偏るんだ」
「……おれ、勝ち目ないじゃん……」
項垂れる俺に対し「まあ、中性的で可愛い男の子が好きって層も少なからずいるし……」とフォローする如月。
どうしたものか、という空気が流れる中。如月はややあって、ハッとしたように呟いた。
「そうだ」
「………?」
「……この後、接待目的の利用で男性のみの来客があるんだ。本来キャバクラでやる予定が、週末だし空きがなかったみたいで」
「へええ」
そういう使われ方をすることがあるんだなあと関心しつつ、首をこくりと縦に振る。
確かに、夜遅くまでやってるし。利用代さえ払えば長時間滞在できるから、意外と使いやすいのかも。
「男はお呼びじゃないって言うんで、キャスト入れずに場所だけ貸し出すことになってるけど……」
如月は上から下へと俺の全身を見回した後、こちらに向き直り言った。
「--アンジュ君。一か八か、入ってみようか」
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【*用語解説】
ヘルプ
→お客様の*担当ホストと一緒にテーブルに着いて「接客のサポートを行う」こと。 主にホストになったばかりで自分のお客様がいない新人や、自分の指名客が来店していないホストがヘルプを担当する。
担当
→ お客様が店で指名しているホストのこと。 一度決めた担当は基本的に変更できない。
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