侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

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第4章

お転婆娘

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キアラを廊下に残し、クロードは後ろ手に扉を閉めた。

女は飾り気も何もない簡素なベッドにクロードを誘うと、徐にオフショルダーのドレスの袖を引き下げる。
だが、クロードは手首を掴んでその続きを止めさせる。

「時間がないんだ。余計なことは止めろ。」

「あら、せっかちねぇ。服は着たままがお好み?」

女はそう言うと、クロードの首に両手を回す。
だが、次の瞬間、その両手は頭の上で一つにされて抑え込まれ、下着も顕な身体は跨ぐように組み敷かれていた。
女は驚きの声をあげることもなく、ただ艶然と微笑んだ。

「本当にせっかち。」

「さっさとこのメモ書きにある場所のことを教えろ。」

「そんなぁ。ちょっとくらい遊んだ後でも良いじゃない。」

「無理矢理その身体に聞いてもいいんだぞ。」

「まあ、それも素敵。お兄さんになら、どんなプレイをされてもいいわねぇ。朝まで愉しんじゃう?」

クロードはしばらく無言で女を見つめていたが、一つ息を吐くと、女を組み敷いたままの体勢で手だけを離す。
尻ポケットから財布を抜き出し銀貨を1枚取り出すと、女のスカートをめくってそれを差し込んだ。
卑猥な音ともに女が嬌声をあげる。

「…ふふっ…まいどあり。でも、ポン引きに渡す分が足りないんだけど?」

「残りは後だ。さっさと話せ。」

「怒った顔も素敵。ねえ、もう一回メモを見せてちょうだいよ。」

クロードは女に馬乗りになったまま、その眼前にメモ書きを広げた。

「ああ、これってあそこじゃないかしら?ホモたちの集まりよ。もしかして、お兄さんそっちなの?」

クロードは言われている意味が分からず、眉を顰める。
女はそれを怒りと見たのか、おどけるように目を丸くする。

「あら、ごめんなさい。まあ、貴方ならどっちでもいいんだけど。とにかく、多分そのメモの場所って、ホモ?ゲイ?そういう奴らが集まるキャバレーだもの。」

「……要は、同性愛者が集まる店ということか?」

「ええ。行ったことはないけど、この辺りじゃ有名よ。店自体は地下にあるから分からなかったんじゃない?」

「なるほど…店の名前は分かるか。」

クロードは女が言った店の名前を綴りも合わせて記憶する。

「お偉いさんも隠れて行くとかって聞いたわ。この州は、元は愛の国~なんて呼ばれてたけど、同性愛者には結構厳しいのよ。だから皆コソコソ地下で生きてるってわけ。まあ、私も日陰に生きてる身だから、人のことなんて言えないけどさ。」

吐き捨てるように自嘲する女の顔を見やり、クロードはもう一枚銀貨を取り出すと、今度は枕の脇に置いた。

「手荒くして悪かったな。」

そう言って女の上から降りると、その手を引いて起き上がらせた。
それと同時にドアが大きく2度叩かれる。

「やだ、もうポン引きがきたのかしら。」

「いや、外に待たせてるあいつかもしれない。出るぞ。」

と立ち上がったクロードの腕を、女が強く引っ張り、体勢を崩したクロードは咄嗟にベッドの上で受け身をとったものの、女に覆いかぶさる形になってしまう。

「もっとベッドを乱してくれないと、何もなかったってバレちゃうよ。」

「そんなのは一人で誤魔化せ。」

「一回くらい、抜いていかない?そっちの分は無料タダにしとくからさぁ。」

女はそう言うと、クロードの引き締まった背中に手を回す。
動かないクロードの様子を肯定と取ったのか、真っ赤な唇をクロードの首元へと近づける。
だが、その唇が首元に届くことはなく、途中でピタリと動きを止めた。

「死にたくないならやめろ。」

女の白い首、その喉元にピタリと、いつの間に取り出したのか短い刃を押し付け、唾を飲むのさえ躊躇わせる。
揺らぐこともないアメジストの瞳には何の感情も窺えず、ただ恐怖に引き攣った女の顔だけが映り込んでいる。

「じ…じょうだん…よ。」

「対価は払った。離せ。」

女の腕が外れると、クロードは女を冷たく一瞥して起き上がり、次の瞬間にはもうその存在を忘れたかのようにドアを開けて外を出た。
そして、大きく息を吐いた。
全身に血が通うのを感じて目を開けば、その瞳にはようやく感情が戻ってきている。
そして、待たせてしまった人物を探して視線を彷徨わせた。

ここに居ろっつったのに…便所か?

クロードは妙な胸騒ぎを覚え、来た時よりも人がはけた一階に降りると、テーブルを片付けていた中年の店員を捕まえた。

「おい、2階の廊下に立ってた、細身の男を知らないか?キャスケットに眼鏡をかけた。」

「ああ、ベージュのジャケットの男の子か?あんたの友達だったのかい。」

「そう、そいつだ!便所か?」

「いや、さっき慌てて店を出て行ったよ。」

「はあ?!店を出た?!いつ!!」

詰め寄るクロードに、というか近づいたその整った顔立ちに慄いた店員は、その身を後ろに仰け反らせる。

「いや、5分くらい前だよ。あ、そういえば、フレディに何かきいてたな。」

「誰だよ、フレディ?!」

「う、うちの若い店員だよ。おーい、フレディ!さっき坊主に何か聞かれてただろ?ありゃ、何だったんだ?」

フレディと言われて振り向いたのは、どこか眠たそうな顔をした青年だった。

「え?…ああ、帽子の子ですかね?えーっと、喧嘩で殴られた方の男は、アルファーノ家の長男だよな?って。」

「なんだと…?」

「確かにそうだと答えたら、慌てて追いかけて行ったんだよ。」

「へぇー、あんたら、アルファーノ家みたいなお貴族様と関わりがあるのかい?だったらもっと高い店で遊べば良いだろうに….」

中年の店員の疑うような視線も、眠たそうな青年の存在も、もはやクロードの目には入っていなかった。
何も見えず、周りの喧騒も消えて何も聞こえない、真っ暗な空間。
だが一方で頭の中は痛いくらいに回転し、今のクロードにとっての最適解を導き出す。

「おい、ブルーノが向かった先に心当たりはあるか?俺も用があって、合流することになってるんだ。」

ブルーノという呼び方と話の内容から、店員二人はクロードを彼の友人だと判断したようだ。
中年の方が、呆れたように鼻を鳴らす。

「どうせ賭博場だろ。」

「ここのところ、ずっとですもんね。」

「賭博場……教会のところのか?」

「教会?いや、この辺りなら、たばこ屋の2階だと思うなぁ。」

「ほら、13番地のとこにある、1階は婆さんがタバコ売ってるとこだよ。」

「ああ、あそこか。」

クロードは上手く情報を引き出せたことに満足すると、これ以上の会話は危険だと判断し、二人に礼を言って店を後にした。

「くそっ!あのお転婆!俺との約束全無視かよ!!」

いや、そもそも約束は「何か起きた時のため」のものであって、「何か起こした時のため」ではない。
13番地へと駆けながら、クロードは自分の考えが足りなかったことをひたすらに呪った。

「ちくしょう!似たもの同士も大概にしろよ!俺はそんなに暇じゃねーっつの!」

そう悪態を吐きながらも、その背中には汗が流れる。
チッと大きく舌打ちをすると、駆ける脚を速める。

「頼むから、無事でいろよな…」

そのアメジストの瞳は、友を案じて揺れていた。
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