侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

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第3章

思わぬ再会

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時折下水の匂いが交じる仄暗い路地裏。
遊んでいけと誘う女たちを躱しながら、手にもつメモ書きだけを頼りに、ジャンヌは目的の場所へと向かっていた。
人目を避けるようにして渡されたそれはただの走り書きだったが、書き手の緊張、もしくは期待が隠れているような、切実さを感じさせる文字だった。
果たして得られるものは成果か、罠か。

「この辺りのはずなんだけどな…」

時刻と通りの名をもう一度確認し、周囲に件の人物、いや、人ではなくモノかもしれないが、注意を引くような何かがないか見渡す。
そうやって気を張っていたからこそだろう、聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな悲鳴のような音をジャンヌの耳が拾った。
急いで音のした方へと駆けていくと、狭い小路の奥で大きな影が、いや、男が女に覆いかぶさっているのが見えた。
この辺りでは珍しくない光景だが、様子から言って、どうやら女の方は激しく抵抗している。
一瞬「面倒」の文字が頭に浮かんだが、一つ首を振ってそれを払うと、ジャンヌは奥へと進み行き、男の襟首をつかんだ。

「おい、やめとけ。」

「ああ?!」

ベリッと音がしそうな勢いで男を引っ剥がすと、道端に転がされた男は、案の定憤慨して向かってくる。
赤ら顔の、いかにも労働者といった風情のくたびれた男だ。

「んだぁ?!俺の買い物に何か文句あんのか?!」

「いや、俺はないが、そっちの相手は文句がありそうだと思ったものでね。」

唾を飛ばして熱り立つ男の後ろに目をやると、女は地べたに座り込んだまま、自分は娼婦ではないのだと蚊の鳴くような声で言った。
暗がりでベールをしていて顔はよく見えないが、乱された服装は、確かに道端の女めいた派手さがない。

、って言わなかったか?」

「ああ?後払いだよ!後払い!金なら終わった後に払ってやるよ、楽しんだ分だけちゃぁんと。何の文句があんだ?」

そう言って胸ぐらを掴んできた男を、ジャンヌは白けた顔で見た。
身長がジャンヌより低いため、いまいち格好もついていない。

「彼女は娼婦ではないそうだ。あんたも金を払っていないなら、そもそも契約不成立だ。さっさと他を当たれ。」

「なんだお前?横取りしようってか?それとも、お前もか?」

「そっち…?話を聞いていなかったのか?彼女は娼婦ではないそう…」

「おっ、よく見るとキレイな顔してんじゃねぇか。なんだ、混ざりてぇって話か?」

まとわりつくような不快な笑みをニタリと浮かべ、ジャンヌの顔をもっとよく見ようと掴んだ胸ぐらを引き寄せる。
男の吐く息の臭さにも、そろそろ限界だ。

「…手を離してさっさと立ち去れ。3秒だけ待ってやる。」

「なんだと?」

「いーち、にー、さー」

「ん」まで言い終わらぬうちに、ジャンヌは胸ぐらを掴む男の親指を強く剥がした。
コキッという手応えと同時に、男が悲鳴を上げて背を曲げる。
おかげでちょうど良い位置にきた左頬に横殴りで拳を叩き込み、ついでのように倒れかけた身体を掴んで腹部に膝蹴りを加えてやると、男は倒れ込んで路端に吐瀉物を散らした。
時間にして5秒。
蹲ってうめく男を横目に、ジャンヌは襟元を払いながら女の方へと近づいた。

「こんな夜遅くに女性が出歩くのは関心しませんね。とはいえ、乗りかかった船なので大通りまで送りますよ。」

「いえ…あの…」

「安心してください。私はここに遊びに来たわけではなく、用事があるんです。悪いが、できれば早く済ませたい。さあ。」

女性に対して失礼だとは思ったが、ジャンヌは戸惑う女の手を引いて立たせると、当然の如く男は放ったままにして、暗がりの小路を出た。
女の方は見たところ外傷はないし、さすがに心の傷までケアしてやるほどの暇も義理もないため、ジャンヌは懐中時計を片手に先を急ぐ。
にも関わらず、女がついと立ち止まるものだから、ジャンヌは少しの苛立ちと共に振り返る。

「何か?」

「あの…」

「ああ、礼ならいいですよ。本当に偶々通りかかっただけなので。」

「いいえ、違うんです!その…」

強く響いたその声に、ジャンヌは初めて違和感を持った。
ほとんど無意識に、掴んでいる女の手首に目をやった。

「あなた…」

「その…すみません…ああ、こんな予定では…」

「え…?」

ジャンヌが気を抜いた隙に、女はそっと手を離れると、街頭の薄明かりの下で徐ろにベールを取った。
滑らかに解かれたベールの下に照らされたその顔が、化粧をしていて多少変わってはいるが、確かに記憶の中の一つと合致した瞬間、ジャンヌは目を見開く。

「グレ…ゴリオ…?」

「やっぱり、ジャンヌさん…ですよね。すみません、こんな予定ではなかったのですが…」

眉尻を下げて苦笑を浮かべるそのひとは、間違いなくメモの渡し主、グレゴリオ・ダンジュだった。
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