23 / 38
第3章
クレムーナ
しおりを挟む
クレムーナは、キアラが想像していたよりも素朴で、こじんまりとした店だった。
いや、有名店であれば豪奢な店構えだと思い込んでいたのでそう感じただけで、雑貨店としては平均的な大きさだ。
茶色が混じったオレンジ色の外壁に、黒の窓枠に縁取られた大きな窓がついており、そこから数名の客がショーケースを覗く様子が見える。
二階は住居となっているのか、浅く突き出した小さなベランダに、ズラリと鉢植えが並んでおり、そこから草花が手を広げるようにして店表に彩りを添えている。
店を入って左手のテーブルには様々な柄のティーセットやランプが、右手の棚には置き物や花瓶が、数は多くないものの見やすい間隔で陳列されている。
キアラのような素人目にも分かるくらいに、なるほど品の良いものばかりだ。
ザッと店内を見渡したジャンヌが、奥のカウンターショーケースへと進むので、キアラとウィリアムもそれに続いた。
「ちょっとよろしいかしら?」
「はい、いらっしゃいませ。」
ショーケースを挟んで正面、年配の男性がジャンヌに笑みを向ける。
身体にピッタリと合った濃紺の3ピーススーツに清潔な白手袋をはめた紳士。
左右に撫でつけた髪、整えられた口髭など、彼の外見への気遣いから、この店が普段相手にしている客層が窺い知れる。
「こちらのお店では、カフスボタンは取り扱っていますか?こちらのお二人がお父上へのプレゼントとして探しているのですが。」
ジャンヌが少し体を横にずらし、キアラたちを示す。
男性はキアラとウィリアムに目をとめると、柔らかく微笑む。
「こんにちは、スィニョール、スィニョリーナ。店主のセルジョです。どうぞお見知り置きを。」
スィニョールが紳士に対する、スィニョリーナが淑女に対するイグニス語の尊称だったはずだ。
幼いウィリアムにも丁寧な対応のセルジョに、キアラは好感を持った。
「カフスボタンはどのようなものをお探しでしょうか?当店では、宝石をあしらったものや、アンティークボタンに少し細工をしたものなどが人気でございますが。」
「お嬢様はどのようなものがよろしいです?」
「え、ええと…」
そう言って向けられたジャンヌの、笑っているようで笑っていない視線から、ここは一つ演技が必要だと悟ったキアラだが、咄嗟には言葉が出てこない。
すると、そんなキアラに思わぬところから助け船が入る。
「ボク、お花のボタンがいいと思う!」
「え、ウィリアムさ…ま、まあ!選んでくれるの?」
ニコニコ顔のウィリアムの、こちらは本当に笑っているようにしか見えない視線から、ここは彼に任せるのが良いと悟るキアラ。
セルジョと話がしやすいようにと、ジャンヌが抱き上げる。
「お父様のお友だちがね、きれいなお花のボタンをつけてたの。ボクはあれをお父様にプレゼントしたいな。とっても、きれいだったから!」
「お花、でございますか。どのようなものか、もう少し詳しく私に教えていただけますか?」
セルジョはウィリアムに対しても紳士的な態度を崩さず、本当にどのようなものか確認しようとしている。
「うーんと、ベゴニアっていうお花なんだって。バラに似てるけど、それよりも可愛いお花だって、キアラ姉さん言ってたよね?」
現物を見ているのはキアラだけなので、ここは自分が頑張るところだと腹を括って頷くと、記憶を呼び起こしながら口を開く。
「ええ、大きさは一般的なカフスボタンなのですが、丸いボタンに、バラよりも丸みのある花弁が彫られておりました。土台となっているボタン自体は金色だったと思います。陰影がついた見事な彫り細工でして、花弁が紅、中心が黄色で色付けされていました。花弁は外側に行くほど濃く、内側は薄く。使われている色こそ少ないのですが、ボタンの中に重ねて咲く花々は、つい目がいってしまうような華やかさがありまして…」
そこまで言ったところで、キアラは細かすぎる自分の説明にハッとする。
ウィリアムのキョトンとした顔はいいとして、ジャンヌの驚きと呆れを足して割ったような無言の圧力が怖い。
「あ、す、すみません…私ったら力が入ってしまって、細かく説明しすぎました…かしら?」
客として怪しまれたのではと内心ヒヤヒヤしたが、予想に反してセルジョは朗らかな笑みで答える。
「いえいえ、それだけ印象深い物お品だったのですね。私も実際に見てみたいと思いましたよ。詳細に教えていただき、ありがとうございます。」
セルジョの表情からは、特にキアラを不審に思っている様子はない。
父親へのプレゼントを必死に探す姉弟という話を信じてくれているようだ。
キアラは(おそらくジャンヌも)内心で胸を撫で下ろす。
「いいえ…ところで、そのような細工のボタンはございますか?」
「そうですね…残念ながら、全く同じものとなりますと、この店にはございません。」
「そうですか…」
予想していた答えだったとはいえ、やはり落胆はした。
では、ベアトリーチェ王女へのお土産でも…と思ったところで、セルジョが続ける。
「ですが、似たようなものでしたらご用意できるかもしれません。お話をうかがっていて、1つ思い出したものがございます。」
「似たもの、ですか。」
キアラはジャンヌたちに一度目線で確認すると、セルジョに期待のこもった眼差しを向ける。
「一応、見せていただけますか?」
店の奥に消えて数分後、セルジョは小さな箱と共に戻ってきた。
そして、濃紺のビロードの箱が目の前で開いた瞬間、キアラの腕に鳥肌が立つ。
ー似ている。
「こちらはベゴニアではなく、ピオニーを彫ったものなのですが、いかがでしょうか?ご説明いただいたもの程かは分かりませんが、非常に立体的で細やかな彫りとなっております。使われている色の数は確かに少ないのですが、花弁の一枚一枚の色付けが丁寧なため、瑞々しく咲くピオニーを精巧に表現したお品です。」
まさしくセルジョの言う通りだ。
男性の親指程という小さな金地の世界に、堂々と咲き誇る1輪のピオニーの花。
花もデザインも違うのだが、キアラにはそれが、アーロンのものと瓜二つのように思えた。
同じ画家の、違う絵を見ている感覚とでも言えば良いのだろうか。
「とても、素敵、です…」
驚きと戸惑いをないまぜにしながら、助けを求めるようにジャンヌを見る。
「お嬢様、お金のことでしたらご心配はいりません。こちらでよろしいですか?」
「ボクもこれがいいと思うよ、キアラ姉さん!とってもきれいだもん。」
「え、ええ、そうね。」
キアラの態度から何かを察したジャンヌが、その様子をセルジョに不審に思われないよう、すかさずフォローしてくれた。
ウィリアムにまで後押しを受けた形に、キアラは曖昧に微笑むしかない。
「では、こちらをください。」
「ありがとうございます。只今お包みいたします。」
「プレゼント用にしてくださいますか?」
「畏まりました。」
セルジョは微笑みを浮かべて恭しく一礼すると、レジの方へとジャンヌを案内する。
ウィリアムはジャンヌの邪魔にならないよう、その腕をそっと離すと、キアラの隣にピタリとついて、何とも自然に手を繋ぐ。
本当に5歳児なのか。
「ちなみに、とても素敵なお品ですが、こちらには馴染みの職人さんでもいらっしゃるのですか?ご紹介いただきたいくらいです。」
得意のコミュニケーション能力を発揮して探りを入れるジャンヌを背中に、キアラはウィリアムと店内のものを眺めている(ふりをする)ことにした。
これまでの短い経験で、自分の演技力の低さは分かったので、こうなったら自分は必要時以外は気配を消すのが一番だと判断したのだ。
「いえ、うちの店はセレクトショップとでも申しましょうか。各地で良いと思った品を買い付けて売っているものでして、特定の職人は抱えておりません。」
「あら、そうなんですか。」
「こちらのお品は、確か、貴族の方がオーダーして職人に作らせたものだそうですよ。」
「オーダーしたのに、使わなかったのですか?」
「何でも、別のものにされたとかで。ああ、きちんとしたお相手ですので、お金周りで揉めた、ということはないそうです。その点はご安心ください。」
セルジョは箱を包む手を止めると、少し慌てたように付け加えた。
その様子にジャンヌは苦笑したのが背中にも分かる。
「ええ、分かっています。」
「こちらの品は華やかでございましょう?私も一目見て素晴らしいと思いました。ただ、ここイグニスでは、もう少し男性らしい意匠の物が好まれますので、これまで残っておりました。」
「それは幸運でした。今後、家から何か頼む機会もあるかもしれませんし、ぜひ、この素敵な仕事をする職人にお会いしてみたいですわ。お二人とも気に入ったご様子ですし。」
「なるほど。」
すると、それまで饒舌だったセルジョから一変して、何か言い淀むような態度になる。
「何か、ご存じなのですか?」
「そうですね……8区にある、アントニオ商会はご存じですか?」
「ええ、存じています。」
偶然にも次の目的地の名前が出てきて、キアラはセルジョたちの方を向いてなかったことを神に感謝した。
ただ、店内を歩き回るウィリアムと違い、さっきから同じランプを眺めているのは側からみて怪しいのには違いないのだが。
「あそこはうちとは違った形で商売されています。実は、この品も元を辿るとそこからのものでございまして…。あちらでしたら、何かご存じかもしれません。」
「そう、なんですね。」
「品物に罪はございませんし…」
最後のは、キアラの耳にやっと届くような小さな呟きだった。
明らかなセルジョの変化に、キアラは眉根を寄せた。
「ありがとうございます。訪ねてみますわ。まあ、ステキな包装ですね!お二人とも、ご覧になってください。」
ジャンヌが弾んだ声でキアラ達に声を掛ける。
濃いネイビーの包装紙に、光沢のある茶色のリボンが掛けられており、確かにシックで素敵だ。
セルジョはそれを紙袋に入れると、キアラたちを外まで見送ってくれた。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
最後に笑顔で挨拶をしながらも、キアラは目だけでセルジョを確認してみる。
深々と礼をする彼の様子に、違和感は微塵も感じなかった。
不思議に思ったのは、気のせいだったのだろうか。
だが、馬車に戻ると、ジャンヌは開口一番こう言った。
「さて、面白くなってきた。」
いや、有名店であれば豪奢な店構えだと思い込んでいたのでそう感じただけで、雑貨店としては平均的な大きさだ。
茶色が混じったオレンジ色の外壁に、黒の窓枠に縁取られた大きな窓がついており、そこから数名の客がショーケースを覗く様子が見える。
二階は住居となっているのか、浅く突き出した小さなベランダに、ズラリと鉢植えが並んでおり、そこから草花が手を広げるようにして店表に彩りを添えている。
店を入って左手のテーブルには様々な柄のティーセットやランプが、右手の棚には置き物や花瓶が、数は多くないものの見やすい間隔で陳列されている。
キアラのような素人目にも分かるくらいに、なるほど品の良いものばかりだ。
ザッと店内を見渡したジャンヌが、奥のカウンターショーケースへと進むので、キアラとウィリアムもそれに続いた。
「ちょっとよろしいかしら?」
「はい、いらっしゃいませ。」
ショーケースを挟んで正面、年配の男性がジャンヌに笑みを向ける。
身体にピッタリと合った濃紺の3ピーススーツに清潔な白手袋をはめた紳士。
左右に撫でつけた髪、整えられた口髭など、彼の外見への気遣いから、この店が普段相手にしている客層が窺い知れる。
「こちらのお店では、カフスボタンは取り扱っていますか?こちらのお二人がお父上へのプレゼントとして探しているのですが。」
ジャンヌが少し体を横にずらし、キアラたちを示す。
男性はキアラとウィリアムに目をとめると、柔らかく微笑む。
「こんにちは、スィニョール、スィニョリーナ。店主のセルジョです。どうぞお見知り置きを。」
スィニョールが紳士に対する、スィニョリーナが淑女に対するイグニス語の尊称だったはずだ。
幼いウィリアムにも丁寧な対応のセルジョに、キアラは好感を持った。
「カフスボタンはどのようなものをお探しでしょうか?当店では、宝石をあしらったものや、アンティークボタンに少し細工をしたものなどが人気でございますが。」
「お嬢様はどのようなものがよろしいです?」
「え、ええと…」
そう言って向けられたジャンヌの、笑っているようで笑っていない視線から、ここは一つ演技が必要だと悟ったキアラだが、咄嗟には言葉が出てこない。
すると、そんなキアラに思わぬところから助け船が入る。
「ボク、お花のボタンがいいと思う!」
「え、ウィリアムさ…ま、まあ!選んでくれるの?」
ニコニコ顔のウィリアムの、こちらは本当に笑っているようにしか見えない視線から、ここは彼に任せるのが良いと悟るキアラ。
セルジョと話がしやすいようにと、ジャンヌが抱き上げる。
「お父様のお友だちがね、きれいなお花のボタンをつけてたの。ボクはあれをお父様にプレゼントしたいな。とっても、きれいだったから!」
「お花、でございますか。どのようなものか、もう少し詳しく私に教えていただけますか?」
セルジョはウィリアムに対しても紳士的な態度を崩さず、本当にどのようなものか確認しようとしている。
「うーんと、ベゴニアっていうお花なんだって。バラに似てるけど、それよりも可愛いお花だって、キアラ姉さん言ってたよね?」
現物を見ているのはキアラだけなので、ここは自分が頑張るところだと腹を括って頷くと、記憶を呼び起こしながら口を開く。
「ええ、大きさは一般的なカフスボタンなのですが、丸いボタンに、バラよりも丸みのある花弁が彫られておりました。土台となっているボタン自体は金色だったと思います。陰影がついた見事な彫り細工でして、花弁が紅、中心が黄色で色付けされていました。花弁は外側に行くほど濃く、内側は薄く。使われている色こそ少ないのですが、ボタンの中に重ねて咲く花々は、つい目がいってしまうような華やかさがありまして…」
そこまで言ったところで、キアラは細かすぎる自分の説明にハッとする。
ウィリアムのキョトンとした顔はいいとして、ジャンヌの驚きと呆れを足して割ったような無言の圧力が怖い。
「あ、す、すみません…私ったら力が入ってしまって、細かく説明しすぎました…かしら?」
客として怪しまれたのではと内心ヒヤヒヤしたが、予想に反してセルジョは朗らかな笑みで答える。
「いえいえ、それだけ印象深い物お品だったのですね。私も実際に見てみたいと思いましたよ。詳細に教えていただき、ありがとうございます。」
セルジョの表情からは、特にキアラを不審に思っている様子はない。
父親へのプレゼントを必死に探す姉弟という話を信じてくれているようだ。
キアラは(おそらくジャンヌも)内心で胸を撫で下ろす。
「いいえ…ところで、そのような細工のボタンはございますか?」
「そうですね…残念ながら、全く同じものとなりますと、この店にはございません。」
「そうですか…」
予想していた答えだったとはいえ、やはり落胆はした。
では、ベアトリーチェ王女へのお土産でも…と思ったところで、セルジョが続ける。
「ですが、似たようなものでしたらご用意できるかもしれません。お話をうかがっていて、1つ思い出したものがございます。」
「似たもの、ですか。」
キアラはジャンヌたちに一度目線で確認すると、セルジョに期待のこもった眼差しを向ける。
「一応、見せていただけますか?」
店の奥に消えて数分後、セルジョは小さな箱と共に戻ってきた。
そして、濃紺のビロードの箱が目の前で開いた瞬間、キアラの腕に鳥肌が立つ。
ー似ている。
「こちらはベゴニアではなく、ピオニーを彫ったものなのですが、いかがでしょうか?ご説明いただいたもの程かは分かりませんが、非常に立体的で細やかな彫りとなっております。使われている色の数は確かに少ないのですが、花弁の一枚一枚の色付けが丁寧なため、瑞々しく咲くピオニーを精巧に表現したお品です。」
まさしくセルジョの言う通りだ。
男性の親指程という小さな金地の世界に、堂々と咲き誇る1輪のピオニーの花。
花もデザインも違うのだが、キアラにはそれが、アーロンのものと瓜二つのように思えた。
同じ画家の、違う絵を見ている感覚とでも言えば良いのだろうか。
「とても、素敵、です…」
驚きと戸惑いをないまぜにしながら、助けを求めるようにジャンヌを見る。
「お嬢様、お金のことでしたらご心配はいりません。こちらでよろしいですか?」
「ボクもこれがいいと思うよ、キアラ姉さん!とってもきれいだもん。」
「え、ええ、そうね。」
キアラの態度から何かを察したジャンヌが、その様子をセルジョに不審に思われないよう、すかさずフォローしてくれた。
ウィリアムにまで後押しを受けた形に、キアラは曖昧に微笑むしかない。
「では、こちらをください。」
「ありがとうございます。只今お包みいたします。」
「プレゼント用にしてくださいますか?」
「畏まりました。」
セルジョは微笑みを浮かべて恭しく一礼すると、レジの方へとジャンヌを案内する。
ウィリアムはジャンヌの邪魔にならないよう、その腕をそっと離すと、キアラの隣にピタリとついて、何とも自然に手を繋ぐ。
本当に5歳児なのか。
「ちなみに、とても素敵なお品ですが、こちらには馴染みの職人さんでもいらっしゃるのですか?ご紹介いただきたいくらいです。」
得意のコミュニケーション能力を発揮して探りを入れるジャンヌを背中に、キアラはウィリアムと店内のものを眺めている(ふりをする)ことにした。
これまでの短い経験で、自分の演技力の低さは分かったので、こうなったら自分は必要時以外は気配を消すのが一番だと判断したのだ。
「いえ、うちの店はセレクトショップとでも申しましょうか。各地で良いと思った品を買い付けて売っているものでして、特定の職人は抱えておりません。」
「あら、そうなんですか。」
「こちらのお品は、確か、貴族の方がオーダーして職人に作らせたものだそうですよ。」
「オーダーしたのに、使わなかったのですか?」
「何でも、別のものにされたとかで。ああ、きちんとしたお相手ですので、お金周りで揉めた、ということはないそうです。その点はご安心ください。」
セルジョは箱を包む手を止めると、少し慌てたように付け加えた。
その様子にジャンヌは苦笑したのが背中にも分かる。
「ええ、分かっています。」
「こちらの品は華やかでございましょう?私も一目見て素晴らしいと思いました。ただ、ここイグニスでは、もう少し男性らしい意匠の物が好まれますので、これまで残っておりました。」
「それは幸運でした。今後、家から何か頼む機会もあるかもしれませんし、ぜひ、この素敵な仕事をする職人にお会いしてみたいですわ。お二人とも気に入ったご様子ですし。」
「なるほど。」
すると、それまで饒舌だったセルジョから一変して、何か言い淀むような態度になる。
「何か、ご存じなのですか?」
「そうですね……8区にある、アントニオ商会はご存じですか?」
「ええ、存じています。」
偶然にも次の目的地の名前が出てきて、キアラはセルジョたちの方を向いてなかったことを神に感謝した。
ただ、店内を歩き回るウィリアムと違い、さっきから同じランプを眺めているのは側からみて怪しいのには違いないのだが。
「あそこはうちとは違った形で商売されています。実は、この品も元を辿るとそこからのものでございまして…。あちらでしたら、何かご存じかもしれません。」
「そう、なんですね。」
「品物に罪はございませんし…」
最後のは、キアラの耳にやっと届くような小さな呟きだった。
明らかなセルジョの変化に、キアラは眉根を寄せた。
「ありがとうございます。訪ねてみますわ。まあ、ステキな包装ですね!お二人とも、ご覧になってください。」
ジャンヌが弾んだ声でキアラ達に声を掛ける。
濃いネイビーの包装紙に、光沢のある茶色のリボンが掛けられており、確かにシックで素敵だ。
セルジョはそれを紙袋に入れると、キアラたちを外まで見送ってくれた。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
最後に笑顔で挨拶をしながらも、キアラは目だけでセルジョを確認してみる。
深々と礼をする彼の様子に、違和感は微塵も感じなかった。
不思議に思ったのは、気のせいだったのだろうか。
だが、馬車に戻ると、ジャンヌは開口一番こう言った。
「さて、面白くなってきた。」
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる