侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

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第1章

女神の秘密

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「はいどうも、相棒で~す!」

先程とは口調が打って変わって、かなりくだけた調子の彼女が、キアラの隣に腰を下ろした。
だが、その所作、揃えられた指先や足のつま先、座った時の姿勢など、やはり高い水準の教育を受けていたことが窺える。

「こちらとしても、これが危険な話であるとこは重々承知している。だが、話がきな臭くなってきた以上、今までの侍女では相手側に取り込まれる恐れもあるしな。まあ、何よりソレと組んで仕事ができそうな者も他におらぬ。」

「んまー!ソレだなんて、陛下といえども失礼ですわぁ!」

そう言いながらも女神の口元は笑っており、対称的に、陛下は苦いものでも噛んだような渋い顔だ。

「…ソレの名前はジャンヌ・ライラック…だったか。そして、こっちの騎士たちは、そなたからみて右がクロード・レイノルズ、左がアイザック・ロス。彼らは協力者だ。安心して使ってくれてよい。…っと、すまんが、細かい自己紹介は若い者たちで存分にやってくれ。」

陛下が掛け時計に目をやられたのと、部屋のドアがノックされたのが、ほぼ同時だった。

「さあ、ワシの出番はここまでだ。あとは皆で進めるように。」

陛下が足早に入り口に向かうと、まるで計ったようにドアが開いた。
そうして、ドアを出る直前、ふと何か思い出したように振り返ると、あのニヤケ顔を再び顔に貼り付ける。

「ジャンヌ、何事も首尾よくやれよ。」

その瞬間、彼女が挑むように口の端をあげたのがキアラには印象的だった。

「お任せを。」

その顔が一瞬、なぜか陛下の顔と重なった気がして、キアラは数度目を瞬く。
陛下はその返答に満足したのか、今度こそ部屋を出て行った。

静寂。

ちょっと待ってほしい。
ほとんど発言しないまま辞退不可避の状態に追い詰められたキアラの額からどっと汗が溢れた。
にもかかわらず、挙動不審なキアラなど目に入っていないかのように、ジャンヌが全員分のお茶を用意し、キアラの分も淹れなおして勧めてくる。
ああ、こんな時にも女神はなんて気が利くのだろうか。

「申し訳ごさいません…ありがとうございます。」

「あら、これくらいいいのよ。ここは他の侍女もしばらくは入れないし。」

そう言ってさりげなくするウィンクもサマになっていて、キアラの頬が熱くなる。
人数分のお茶を注ぎ終え、銀のお盆を手に持ったままジャンヌが当然のごとくキアラの隣に腰を下ろす。

「はい、じゃあ邪魔なのもいなくなったし、みんなで自己紹介しましょ~!」

「はーい!」

「「…」」

よいお返事はベアトリーチェ王女。
無言でジャンヌを見つめる(いや、睨む?)のは騎士のお二人。
もしかして、もしかしなくても、「邪魔なの」っていうのは陛下のことだろうか。
そうじゃありませんようにだって目の前に娘がいるのですけどもと息継ぎなしで思ったら、そのベアトリーチェ王女も楽しそうに手を叩いているからキアラは何がなんだか分からなくなる。

「はいはい、ここには私達しかいないからだいじょーぶ!」

キアラの心を読んだかのように、ジャンヌがキアラの鼻をちょんとつく。
美女にそんなことをされたら変な扉を開いてしまいそうだとキアラは下を向く。
目の前には、先程まで陛下が座っていた4人がけのソファに左からクロード、アイザック、先程より身体を私達に近いところにずらしたベアトリーチェ王女が座っている。

「はい、サクサクっと進めましょうね!あれがクロード・レイノルズ。王国近衛騎士団第一部隊隊長ね。あ、あの甘いマスクに騙されないでね。口の悪さは天下一品だから。馬鹿が感染るから極力喋らなくて大丈夫よ。フフフ」

「いや、フフフじゃねーよ!喋らなかったら仕事になんねーだろ!だいたい、俺はお前のその話し方にさっきから鳥肌が立って仕方な…」

「で、その馬鹿の隣にいるのがアイザック・ロスね。」

「ちょ、おまっ!無視か!」

「アイザックは王国近衛騎士団第三部隊隊長で~す。クロードとは真逆の、シャイで真面目な苦労人。ただ見た目が怖いものだから泣く子も黙る鬼の隊長よ!本当は真面目な堅物なのにね。ぷっ!」

そんな紹介をされたアイザック様の目が、まるで捨てられた子犬のようにしょぼくれる。
キアラはなんだか可愛いと思ってしまった。

「お、お二人とも隊長でいらっしゃるんですね!すごいですわ!」

このままだと、ジャンヌ進行のもと、本当にサラッと紹介が終わってしまいそうだと思い、キアラは強引に口を挟む。
状況はまだ飲み込めなが、どうやらこれから協力してもらうようなのだ。
第一印象は大切だろう。

「あ、あの、ご挨拶が遅れましたが、オルティス侯爵家長女、キアラ・オルティスでございます。どうぞ皆様よろしくお願いいたします。」

座ったまま頭を下げ、笑顔をむける。
すると何が失敗だったのか、みなキアラの顔を見たまま固まってしまった。

「あ、あの…?」

すると目の前に突然銀の壁が現れる。

「はい!キアラちゃん拝顔タイム、しゅーりょー!」

そしてジャンヌの謎の終了宣言。
壁かと思ったのは、ジャンヌが持っていた銀のお盆だった。
というか、なぜ突然の名前呼びなのか。

「ふー危ない、危ない。ここには牙を持たない狼2頭しかいないとはいえ、長見は禁物。厳重注意にこしたことなし。」

「王城には狼がいるのですか?」

「まあ、キアラ様った可愛いですわぁ。ちなみに狼は3頭ですのよ。うち1頭はとても危険ですから、よく覚えていらしてね。」

「キアラ…様…」

銀の盆に隔たれて姿は見えないが、その鈴を鳴らすような声の主はベアトリーチェ王女。
王城に3頭もの狼が飼われている驚きよりも、王女までもがキアラの名前呼びの驚きの方が大きくてキアラの汗は止まらない。

「あの、ライラック様、お盆を下げていただけませんか?前がみえず。」

「いやん、キアラちゃんの可愛い顔を独り占めにしちゃいた…い゛っ!!」

バーーーン!!!

思わず目を瞑るほどの大きな音がしてキアラは思わず目をつぶる。
そして恐る恐る開いた視界に、頭を抱えたジャンヌが映る。

「ラ、ライラック様!大丈夫ですか?!どこかお怪我を?!」

「これくらい何ともありませんわよね?いい加減にしてくださいな。キアラ様が困っていらっしゃるでしょ?」

頭を抱えているジャンヌを見ながらうふふと笑うベアトリーチェ王女。
その目が全く笑っていない。

「べ、ベアトリーチェ王女様…そ、それは??」

「あ、これ?ハリセンという、とある島国のもので、こうやって悪戯が過ぎる子に制裁を加えるものだそうです。」

こうやって、と言いながらブンブンそのハリセンとやらを振り回す王女。
白い扇…よりも一回りは大きいだろう。
先がやや重そうでしなっており、あれで叩かれたら痛そうだ。

「その島国とは地獄か何かでしょうか…」

「ふふ、でも、見た目より痛くないんですよ。」

「ったく、お前が思ってるより痛いんだからな!」

「やっぱり痛いんですね。」

そう答えて、キアラは「ん?」となる。
今の会話、クロードのような口調だったが、でも、声が聞こえた方向は…と眼の前の女神を見る。

「だいたい、その大きさのを毎回どこに隠してるんだよ。」

「あら、女性に持ち物の隠し場所を聞くなんて野暮ですわ。」

いやいやいやいや、とキアラは目を文字通り皿のようにして眼前のやりとりを見る。
ただ、目に見える現実を脳が理解するのを拒否しているようで、全く理解が追いつかない。
いや、だって、目の前の女神様付近から低い声が聞こえるなんて何かの間違いに違いないだろう。
立皺もない可愛らしい唇から、低い、声。

「そう、このハリセン王女がベアトリーチェ様。で、最後に…」

呑気に他己紹介を続ける彼女のフォレストグリーンの目がキアラを捉える。
彼女…いや、まさか…これは…と心臓が早鐘を打つ。
自分の予想と目の前で起きようとしている現実が合致したくないのに合致してしまう。
片頬を上げるジャンヌ、それはまるで、陛下のようなしたり顔。

「私が、ジャンヌ・ライラック。貴女の相棒だから、これからよろしくね。」

その声は、ワザとらしいほどのテノール。

「…ちょ、ちょっとまって……あなた…男なの?!」

「きゃっ♡バレちゃった♡」

「バレちゃったじゃなくて、バラしちゃったの間違いでしょう?!」

「あ、意外と鋭い♡」

「その、語尾にハートマーク付けるのは癖なの?!」

「キアラちゃん専用♡」

「なぜ?!いりません!」

きゃ~!と私の驚きにいちいち嬉しそうに悶える、もはや得体の知れない美しいだけの何かに、キアラの頭はパンク寸前だ。

バーーーン!!
そして響き渡る本日2度目の轟音。

「はい、ハウスよハウス、狼Aさん。それ以上キアラ様を困らせたら、ゲージに戻しますわよー。ふふふ。」

「ぐっ…」

またしても問答を始めた二人から、騎士の二人に視線で助けを求める。

「まあ、こいつらはいつもこんな感じだ。」

「ああ、うん…」

そう言って明後日の方向を見ながらお茶を啜るクロードと、頷くアイザック。

「はぁ…」

可憐な王女様は実はハリセン王女様で、美人な侍女は実は男で私の相棒、口の悪い騎士に、無口な騎士が協力者?!
お仕事以前に、キャラが濃すぎることにキアラは目眩を覚えたのだった。
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