侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

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第1章

謁見の間にて

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案内された謁見の間という場所は、王城という場所から想像していたものより、広さだけでいえば割とこじんまりとした部屋だった。
オルティス家のサロンくらいだろうか。

ただし、さすがに趣味は素晴らしい。
白を基調とした天井、床、壁面には細かな金細工が細部まで施してあり、シャンデリアの大きさ、飾られている絵画のバランス、他の調度品類のデザインなど、配置や色合いが絶妙にマッチしている。
華美でなくとも、静謐な高級感が漂っているのだ。
中央に備えられた大きめのソファセットとテーブルの他に、ドアを入って右手側に長机と椅子が数脚置かれている。
書記をとるためだろうか。
それらがこの部屋に少し事務的というか、厳粛な雰囲気を与えている。

「どうぞ、こちらにお掛けになってお待ちください。」

「ええ、ありがとう。」

ノークに案内されて、中央のソファに腰を下ろす。
ソファはお尻と背中をゆったりと包み、誰もみていなければもっと身体を深く沈みたくなるほど座り心地が抜群だ。

「私はオルティス侯爵令嬢がいらっしゃったことを知らせて参ります。」

ノークはそう言って一礼すると、彼らしい真面目さが滲み出るキビキビとした動作で部屋を出て行った。
すると、ノークと入れ違いで黒いお仕着せを着た侍女がティーセットを持って入ってくる。

「お茶をお持ちいたしました。お疲れかと思いまして。」

少しハスキーな声でそう言われ、喉が渇いていたキアラはありがたくいただくことにする。
洗練された所作でお茶が注がれ、ソーサーに載せられたカップが目の前に置かれる。

「どうぞ。」

「ありがとうござ…い…ます。」

驚きに思わず息をのんで、お礼の言葉が途切れてしまった。
なぜなら、顔を上げて正面から見たその侍女の美しさといったら女神級だったのだ。

地味なシニヨンに結われているが、そのブロンドの髪は艶やかで絹糸の束のよう。
淡雪のような白い肌はシミひとつなく滑らかで、ふっくらとした頬には同性でもつい触れてみたくなる。
形のよい眉、すっと筋の通った鼻梁、意志の強そうなベビーピンクの唇が、芸術的なバランスで顔に収まっている。
特筆すべきは、瞬きの度に音がしそうなほど長くて多いまつ毛に囲まれた、フォレストグリーンの瞳をもつアーモンド型の大きな目だ。
よくある黒のお仕着せさえ、その均整のとれた長身の身体をもってすれば、野暮ったさは皆無となることを知る。

め、女神様なの?!
いくら美醜に無頓着気味なキアラでも、彼女が人外の美しさを備えていることは分かる。
内側から発光している気さえするのは、さすがに気のせいだと思いたい。

「フフッ。私の顔に何かついておりますか?それとも、紅茶はお嫌いですか?」

「え…あ、いいえっ!何でもないです!不躾で失礼いたしました…!お茶いただきます!」

見た目とはギャップのあるハスキーボイスで問われ、ようやっと自分の失態を悟る。
どうやらティーカップを受け取ったまま、彼女を凝視して固まっていたらしい。

「フフッ、いいえ。オルティス侯爵令嬢があまりにも可愛らしいもので、私もつい見つめてしまいましたわ。」

「か、可愛い…?いえ、そんなことは全く全然何もございませんけど…」

「ご謙遜を。フフフ。」

麗人から言われる可愛いなど、もはや嫌味でしかないと思うが、彼女の口調にそのような響きはない。
屈託無く微笑む彼女に悪意はなく、その顔をみて、勝手に頬が上気する。

「もうすぐ皆様いらっしゃいますから、お待ちください。」

そう言って彼女は自分の背後にスッと控える。
音もなく控える彼女から一瞬、ノークと同じピリリとした空気を感じたような気かしたのは気のせいか…。

それから5分ほどした頃、ノック音が室内に響き、先ほどの美人侍女が応対し、私も立ち上がってその時を待つ。
侍女が脇によけると、壮健な年配の男性を先頭に、ノークと同じ制服を着た男性が2名、最後に見覚えのあるうら若い女性が1名入ってきた。
パフスリーブから伸びる腕は細っそりとしていて、ブロッサムピンクのドレスが、複雑に結われた金髪に映える。
まさかこんなにすぐ会うことになるとは思わず、自然と緊張に背筋が伸びる。

年配の男性と若い女性がキアラの向かい側に腰を下ろし、その後ろには騎士2名が控える。
深いアイアンブルーの、遠目でも上質だと分かる隊服型の上下。
注目すべきは、その細工が施された金のボタンでも、袖からのぞく糊のきいたシャツでもなく、胸元に光る金糸の刺繍だろう。
それだけで男性が誰なのかも検討がつき、キアラは反射的に席を立つ。
自然、背中に冷たいものが流れる。

「この場では畏る必要も長い口上も必要はない。そなたも肩の力を抜き座られよ。」

「寛大なお言葉をいただき、ありがたく存じます。」

緊張しつつも優雅に一礼をしたキアラは、居心地悪く感じながらも言われた通りにソファに腰を下ろした。

「さて、ワシは回りくどい話が苦手だ。此度の一件について、改めてここにいる関係者で話をし、早速事態にとりかかりたい。オルティス侯爵令嬢よ、ワシとこの隣の娘が誰か、察しはついておるな?」

ソファの肘掛に肩肘をつき、大仰な態度で問いかけをするその姿に嫌味な感じはなく、座っているだけだというのに威厳と自信を感じさせた。
ただ、キアラを見るその顔は笑っているというより、ニヤついてるという表現がピッタリとくる気がするのはなぜだろうか。

「はい…恐らくは。」

「一応きくか。申してみよ。」

獲物を見据えるようなグリーンの瞳が、この狩りが面白くて仕方ないといわんばかりに細められる。
キアラはその目をそらすことなく答えた。

「国王陛下、並びに御息女のベアトリーチェ王女様であるとご推察いたします。」

「うむ、御名答。」

陛下の片頬がニヤリと意地悪く持ち上がる。
まるでイタズラが成功した少年のようだが、その眼光の鋭さは少年というよりハンター。
確かに所々深いシワは刻まれているが、その精悍な顔つき、引き締まった体躯は生命力で溢れており、とても50という年齢には見えない。
世に名高い豪傑との謂れは伊達じゃないらしい。

「陛下、ご令嬢で遊ぶのはおやめくださいな。これからご協力いただきますのに、怯えられたらどうするのです。」

「む?」

実の娘らしい口調で父親を諌めると、眉を下げてこちらに顔を向けられる。

「ごめんなさいね、オルティス侯爵令嬢。陛下は誰に対してもこうなのです。あまり怖がらなくても大丈夫ですからね。」

「ご配慮、痛み入ります。」

ベアトリーチェ王女は満足げに頷くと扇を開いて父に目線で合図を送る。
話を進めてよいということだろう。

「そなたを、このベアトリーチェ付きの侍女にするのは、表向きの話だ。そなたには、それとは別に裏でやってもらいたいことがある。」

「裏で…でございますか。」

思わぬ展開に、素っ頓狂な声が出なかっただけ及第点だろう。
それにしても、表向きとか、裏とか、なんだか雲行きが怪しくて怖くなってきたのだが。

「今、我が国では2つの大きなことが動こうとしておる。1つは立太子の儀。もう1つはベアトリーチェの縁談だ。」

「それが、私への王命とどのように繋がるのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

それが一体どうしたのだと言外に尋ねると、再び陛下の顔にニヤニヤと笑みが浮かぶ。

「立太子の儀は、我が息子が正式に王太子となることを公の場で宣言するものだ。だが、愚息はなかなかの出不精でな。外国での留学期間も長く、これまであまり公の場を好まなかったことも災いして、中には王太子として相応しくないのではないかとの声が上がっておる。身内の恥を晒すことを恐れずに言えば、愚息の死を望んでおる者もいるようだ。」

「まさか!第一王子様の暗殺が企てられているということでしょうか?!」

「ほう、さすがオルティスのとこの娘は話が早くて助かるな。」

「無礼にもお許しのないまま発言いたしました…。申し訳ございません。」

「そういう堅苦しいのはよい。そなたは中々に利発なようだしの。以後、忌憚のない発言を許す。」

「ありがとうございます…。」

何とか冷静を装いつつ言葉を絞り出しながらも、キアラの心中は大荒れに荒れていた。
いやいやいやいや、暗殺って陛下の話にもうほとんど出てましたけど!
それを要約しただけですけど?!

「陛下…失礼ながら私には、まだ今回のお話との繋がりが見えてこないのですが…」

「ここで2つ目の、ベアトリーチェの縁談話が出てくるのだ。最近、ベアトリーチェへの縁談話が急激に数を増しておってな。ワシはこれを、次期王太子を自分の懐から出そうとする輩の策ではないかと懸念しておるのだ。」

「…申し訳ごさいません、お話を整理させてくださいませ。それは、ベアトリーチェ様の夫となり、王太子の座を奪わんとする者がいるかもしれない…と、そういうことでしょうか?」

そう纏めると、陛下はより一層笑みを深めた。
キアラにはだんだんその顔が、いや、姿が別の何かに見えてきた。

「うむ、やはりそなたは聡明だな。」

隣に座るベアトリーチェ王女の顔が、父王そっくりな顔で微笑むのを見てキアラはようやく気づいた。
彼らが何に見えるのか。
そして、自分の手足に徐々に巻き付いている糸の存在に。

「…では、そのような物騒なお話が、私とどのように関係するのでしょうか…?」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、陛下の顔に喜色が広がる。

「オルティス侯爵令嬢、そなたにはこのベアトリーチェの侍女のふりをしながら、そこに立つ者とともに、暗殺を企てる輩を炙り出してもらいたい…いや、炙り出してもらう、だな。」

「はいっ?!」

「そこ」と指さされた方を目で追って振り返り、キアラは唖然とする。
女神の微笑みを湛えたあの彼女がキアラを見つめていたのだ。
陛下、王女、女神の微笑みを受けながら、キアラはこのとき、蜘蛛の巣に問わられた蝶を思い浮かべた。
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