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証明編

23話グレアルフside

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 これは……夢でも見ているのだろうか?
 一度は諦めていた、自身の人生。もう希望など持ってはいけないと自分に言い聞かせていたはずなのに。

「貴方を支えさせてください。グレアルフ」、と笑って言うリディアは、俺にとって正に女神のように見えた。
 胸が熱くなる程に感動するのは、救われたという安堵からだろう。
 リディアが貴族家、学園の価値に気付いて自身の過ちを認めた事が今はただ嬉しく思う。

「ようやく分かってくれたな。リディア」

 呟いた言葉、リディアは返事をせずにただ微笑みで返してくれる。
 それだけで充分な肯定だと受け取り、早速俺はリディアと今後を話す。

 リディアの計画では、貴族家へと見せる研究レポートは彼女が全て書いてくれるようだ。
 俺にはそれを貴族家の前で読むことを頼まれる。
 お安い御用だ、その程度。こんなに従順でお人好しなら、初めから飼いならすように優しく接しておけば……と今になって思う。

「では、貴族家へ招集を行うのは五日後という事で」

 リディアの言葉に、俺も学園長も文句などあるはずもなく頷く。
 手筈は全てリディアが揃えてくれた、学園長は式典だと言って貴族家を招待して、俺はリディアが用意したレポートを読むだけの簡単な作業。
 ここまでお膳立てされれば、サルでも出来る。俺達は出る幕もなくリディアの準備に付き従う。

(……?)

 ふと、自分の考えが誘導されているような感覚を覚えた。
 俺はリディアの言う通りに従っている、それで人生を救われるからだ。だが……傍から見れば従順なのは俺と学園長ではないか?
 生じた疑問へ、もっと問いかけるべきだと心の警鐘が高鳴った。

「グレアルフ、貴方の未来を私に支えさせてください」

 生まれた疑問をかき消すように、リディアが俺へと囁く。
 これほど言ってくれるリディアを疑う事などすれば、また状況は悪化しかねない。俺に出来ることはただ信じて彼女を待つだけと結論を付けた。

「分かった、俺はお前を信じている」

 そうだ、リディアはこうして俺の元へと帰ってきてくれた、疑う必要など何処にある。
 一度は諦めていた人生に再び灯った希望の光、手放す訳にはいかない。リディアを信じてただ待つのみ、それが俺に出来る事だ。

   ◇◇◇

 そうして、五日の時を過ごしてリディアの要請通りに学園の広間へと呼ばれる。
 貴族家は学園長が招集しており、あと数時間もすればこの広間へと集まる手筈だ。陽を遮断するため、窓には漆黒のカーテンが引かれ、少し薄暗い。
 そんな中、リディアは広間で先に到着しており、俺と学園長は遅れて集まった。

「待たせたな、リディア」

「いえ」

(……?) 

 違和感は隣に立つ学園長も同様に感じたようだった。五日前の時とは違い、よそよそしく、何故か目も会わせようともしない姿。
 とはいえ、そんな些事を気にする必要はない。俺は手を伸ばしてリディアが用意している筈のソレを要求した。

「リディア、研究レポートは作ってくれているのだろう? それを早く」

「いえ、作ってなどおりませんよ」

 ?
 頭に浮かぶ疑問、嫌な考えが脳を駆け巡り、信じたくないと声が震えた。

「な、何言ってるんだよ。リディア? 言ったはずだよな、用意すると……だから貴族家の方々も呼んで」

「……」

「おい、なんとか言えよ。おい、リディア!」

「分かっているのでしょう? 貴方達は自分達で用意してくれたのです、自らの首を絞める場所を」

「っ!?」
 
 隣に立つ学園長が、ようやく気付いたように震えている。
 恐れていた事をリディアは行ったのだ、疑いはしたが彼女のお人好しを信じていた俺達は情けなくも、垂らされた一本の糸に疑いもせずに掴まり、こんなに稚拙な罠にかかってしまった。

 最初から、リディアが協力するという言葉はウソであったのだ。
 俺達はただいたずらに時間を浪費し、貴族家を自ら呼び出していた。

「私が、貴方達に協力する未来などあるはずがありません」

 冷たく言い放たれる言葉に、悔しさで拳を握る。
 目の前の平民の女に騙された事が心を激情に染めて、止められない衝動が身体を動かす。

「俺を馬鹿にしたのか? 平民のお前がっ!」

「はい、その通りですよ」

「っ! この野郎ッッ!」

 駆られた激情、握った拳を止めることなどできずにリディアへと放つ。
 その拳は彼女に届く事はなく、大きな手に受け止められる。
 何処に隠れていたのか、目の前にはアルバート公がおり、俺を鋭く睨み付けていた。

「グレアルフ、助かりました。皆さんの前で本性を出してくれて」

「は?」

 ヒラリと、陽光を遮断していたカーテンが開いていく。
 そこには多くの貴族家の方々がひそみ隠れていたのか、俺を静かに見つめる。
 幾重もの視線が、俺を射貫いているのだ。

「アルに頼み、事前に貴族家の方々に集まってもらいました。言っていた通り、平民である私を虐げた報い、それを貴方には受けてもらいます。申し訳ありませんが、平民に手を出すとこうなるという見せしめとして、貴方を使わせてもらいます」

 貴族家の方々と共に、講師達がいるのが見えた。
 彼らも協力していたのだろう、俺と学園長に分からぬように隠し通していたのだ。
 全ては俺が暴行する間際を目撃し、平民を虐めていた確証を得る目的。
 さらに今から実際に罰せられる俺を他貴族達に知らしめるため、見せしめにされたのだ。

 灯りかけていた希望と、お人好しだと信じていた女が。恐ろしい程の牙を俺へと向けている。
 みっともなく縋っていた俺と学園長は、その凶刃に完膚なきまでに追い込まれ、絶望した。

「グレアルフ。お、お前は……なんてことを……」

 呟かれた言葉、視線を向ければ今は最も会いたくない人がいる。
 俺の父が、膝をついて泣き出しそうになる程に頭を抱えている。実父が泣き出している姿に、俺はとんでもない事をしてしまったのだと、自覚が訪れた。
 
 もう、遅いというのに。
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