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証明編

20話

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 久々に訪れた寮室は、誰かが入っていたのか明らかに荒らされていた。
 研究資料は乱雑にまかれており、本棚の参考資料は崩れ落ちている。

 でも、そんな事は正直どうでも良かった。
 私にとってなによりも悲しかったのは、母から貰った手袋と、手紙が消えていた事だったのだ。

「ごめん、お母さん」

 私のため、編んでくれていた暖かい手袋。
 元気にしているかどうか、聞いてくれていた手紙。
 どれもが、私の宝物だったのに。
 許せないといった感情と、自身の不甲斐なさに胸が痛む。

 目頭が熱くなるのを堪えながら、学園を出ていくために荷物をまとめる。
 母親から貰った宝物と、私が作った研究資料以外に持っていく物なんてなかったからすぐに終わった。

「ごめん、リディ……待たせて」

 荷物をまとめて少しして、アルは戻ってきた。
 言い忘れた事があると言っていたけど、私は彼がなにをしたのか今はどうでも良かった。
 堪えていた涙が抑えられずに、アルの胸へと抱きつく。

「ごめんね、アル。泣いてばかりでは駄目だと分かってる……だけど、今だけ、少しだけこうさせて」

「リディ……」

 彼の優しさに甘えて、今はただ泣き続けてしまう。
 母からの贈り物を失ったのは、私が弱かったせいだ。と、考えないようにしても、どうしてもそう思ってしまう。
 
『リディア、貴方のために手袋を編んだの。これで暖かいよ』

 母の手袋は暖かくて、着けた時はいつだって母の優しさを思い出せてくれた。
 
『学園行ってお母さんは寂しいよ。手紙、一杯書くからね』

 母からの手紙はいつだって優しくて、私が元気にしているか聞いてくれていた。
 その全てを失ってしまった悲しみと怒りが襲ってくる。

「ごめんね、アル。……あと少しで、また立ち直るから」

「リディ……大丈夫。落ち着くまでずっとこのままでいいから」

 彼の胸に顔をうずめながら、涙が止まらない。
 そっと頭を撫でてくれるアルの優しさを感じながら、心が落ち着くまで時間を過ごした。


   ◇◇◇

「アル、ありがとう」

「大丈夫だよリディ、行こうか。この学園にもう用はない。後は彼らが犯した罪をしっかりと清算させよう」

「うん。私も……覚悟を決めたよ」

 アルが手を引いてくれた、私達は寮を出ていく。
 途中で数人の生徒とすれ違ったけど、皆が顔を伏せて気まずい表情を浮かべた。

 帰る間際、中庭でグレアルフが立ち尽くしているのが見えた。
 呆然としていて、凛々しく整然としていた彼が見違える程に憔悴している。
 まるで、一気に歳を取ったように絶望している姿を見ると、性格が悪いかもしれないが少しだけ溜飲は下がった。

 こうして、戻った学園で私は立ち向かう事が出来た。
 まだやり残した事と、燃え上がるような怒りは胸の中で燃えているけど、今できる事は……出来たと思う。
 取り戻した自信を胸に、私達は帰路へとついた。
  


 アルの屋敷へと戻ると、なにやら使用人達が慌ただしく走っていた。

「アルバート様! お戻りで!」

 執事のシアン様が珍しく額に汗を流しながら、帰ってきたアルへと声をかける。

「シアン、何があったの?」

「ち、父君が……旦那様が帰ってきたのです。そ、そしてアルバート様とリディア様をお呼びです」

 私の名が出て、驚いてしまう。
 それはアルも同様だった。

「いきなり帰ってきて、どうしてリディを?」

「手紙で近況を報告していたのですが、どうしてもお二人にお伝えしたい事があると……」

 屋敷の主であり、アルの父に呼ばれているとあれば、居候の身である私には断る選択肢はなかった。
 しかし、アルは不安そうな、複雑な表情を浮かべる。

「アル、大丈夫?」

「え? あぁ、ごめんリディ。母が亡くなってから、父とはあまり顔を合わせる事はなくて、少し緊張して」

 私は、そっと彼の背中に手を添えて微笑む。

「私も一緒ですから、大丈夫ですよ」

「リディ……うん、ありがとう」

 かつて、私がアルにしてもらったように励ます。
 少しでも勇気になってくれればいいと思ったけど、アルは予想以上に喜んで頬を緩めた。
 アルと共に呼ばれた部屋へと行くと、すでに扉は開いていた。

「失礼します。父様」

「失礼します」

 部屋へと入ると、そこにはアルによく似た男性が書類を見つめていた。
 この屋敷の主であり、ディオネス公爵家当主のフレーゴ。ディオネス様だ。
 美丈夫なアルが歳を重ねればこうなるのだという程に似ており、歳を重ねた男性にしか出せない独特な魅力を感じた。

「アルバートと、君がリディアだね」

「はい、屋敷でお世話になっております。リディアと申します……屋敷の主であるフレーゴ公に挨拶もせず、申し訳ありません」

「構わん、アルバートには屋敷の権利は任せていたからな。それよりも、アルバートを村で生活させていた際にはお世話になっていたそうだね。ありがとう」

「い、いえ!」

「学園での事、苦労したと聞いたよ。力になれる事があれば協力させてほしい」

「あ……ありがとうございます。フレーゴ様」

 想像以上に物腰の柔らかな口調、見せる優しい笑みはアルにそっくりだ。
 
「ところで父様、話とは?」

 呼び出した要件を尋ねたアルに、フレーゴ様は淡々と答える。
 その視線は私とアルを交互に射貫きながら。
 
「釘を刺しにきたのだ。お前達が仲良くなるのは構わない……しかしアルバートには次期公爵としての立場を自覚してもらう必然がある。故に、公家と平民という立場の二人の仲がこれ以上特別となる事を許すことは出来ない」

 その言葉に、私とアルは静かに息を呑んだ。
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