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学園編
17話
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「この学園にいる全ての生徒達の未来を考えろ! 君に責任がとれるのか!?」
そんな言葉を吐き、最もらしい教育者を演じる学園長に私は返すように口を開いた。
「貴方達は一度でも、私の未来を考えてくれたのですか」
「っ!?」
「どうして、未来を壊されそうになった私が……彼らの未来を考える必要があるの? そこまで優しくなんて、絶対になれない」
「リディア嬢、聞くんだ……この学園には多くの生徒、そして親がいる。このまま君がディオネス公と共に告発を続ければ……多くの者の未来が暗く閉ざされてしまうのだぞ?」
「そうやって今までも私のような人間を犠牲にして……未来を閉ざしてきたのですね」
「ち、違う! 私は本当に生徒の事を思っているんだ!」
この話し合いに、両者の納得のいく答えなんて出るはずもない。
だからこそ、これ以上は無駄な時間と問答だ。
「話し合う気はありません、私もアルも考えは変わらない」
「…………必ず後悔するだけだ。イジメ程度、許す事も大人になる一歩なのだぞ」
「では、私はずっと大人にならなくてもいいです」
ガクリと項垂れ、学園長は椅子に座る。
アルもそれを見ながら、そっと私の肩を叩き笑う。
「では学園長、僕達はこれで失礼します。他の生徒にも用があるので」
「ディオネス公、貴方がするのは我が国の貴族教育の根幹を覆す事になるのだぞ、覚悟はあるのか?」
学園長の言葉にアルは勢いよく噴き出し、少し咳き込む。
あぜんとして口を開いたままの学園長にアルは言葉を返した。
「僕程度に覆えされる根幹なら、作り直した方がいい。僕が正しいと言ってくれてありがとうございます学園長」
「……っ!!」
切り返された言葉に学園長は顔を真っ赤にするが、言い返す言葉もなくただ目を見開く。
告発を公にすれば彼の処罰は決して軽く済むものでは無く、その恐怖から身体を震わせていた。
えらく滑稽にも見えたその表情を最後に、私達は学長室を出る。
「ま、待つんだ! まだ話し合いは終わってない。待ってくれ!」
学園長は私達を追って来るが、構わずに扉を開く。
学長室の外では、講師の面々が待っており……思わず身構えてしまう。
しかし、彼らは私の顔を見た瞬間に頭を下げた。
「すまなかった、リディア嬢。君の件を見て見ぬふりしたのは私達の責任だ」
学園長と違い、謝罪の言葉を口にした講師の面々に驚いてしまう。
てっきり、何かを言い返されると覚悟していたのに。
「許してくれ、などとは言わない。元は貴族家と問題を起こしたくなかった我々の落ち度だ。外で君の言葉を聞いて考えが変わった。もっと……君の未来を考えるべきだった。学園長に言われるがままに従っていた事を、恥じるべきだった」
「……ごめんなさい、もう許さない覚悟を決めて……私はここに来ています。謝罪も後悔も必要ありません」
冷たく言い放ったのは、覚悟が揺るがないようにだ。
こうして謝罪されると許してしまいそうになる。それは私が優しいからでなく弱いからだ。
だから、後悔なんて聞きたくなかった。
「それも、そうだな。すまない、私達は下される処罰に抗うつもりはない。それだけを伝えさせてくれ」
再び謝罪の言葉と共に頭を下げた講師達を見て、私達を止めようとしていた学園長は啞然と立ち尽くしていた。
学園長の考えは変えられなかったが、講師達が意志を見直す機会は生まれたのかもしれない。もう、遅い事に変わりはないけど。
私とアルは後ろ髪を引かれる事はなく、その場を後にした。
◇◇◇
通路を歩いていると私の手をギュッとアルが握って、間違っていないと伝えるように微笑んだ。
「リディ、君は悪くないよ。大丈夫」
「分かってる……大丈夫だよ、アル」
「未来を閉ざしたのは彼らの今までの選択肢の結果だ。何も君が責任を感じる必要はない」
「うん、ありがとう。アル」
それでも……学園長の言葉が少しだけ私の心を揺らす。
『未来を考えろ、責任をとれるのか』なんて、当てつけで私に言ったと分かっているのに……駄目だな。
私は強くなったようで、やっぱり弱いままだ。
感じる必要のない重みに心が沈んでいると、私の身体を引いてアルが抱きしめた。
突然の事で言葉が出ないでいるとアルは小さく笑う。
「リディの寮室はどこかな? いっそのこと今日中に荷物を全部屋敷に持って帰ってしまおう! もう出ていくからね」
「へ? アル?」
「きっぱりと、学園と別れを告げよう。リディ」
冗談で笑う彼に、思わずつられてしまう。
こんな時にいつも通りな彼に、悩みも軽くしてもらえるのだ。
それが、アルの優しさで魅力でもある。
「さて……じゃあ、寮室に行こうリディ!」
「ふふ、うん。アル」
まるで幼い頃に森の中を探検した時のように、手を引いて歩き出すアルに連れられていく。
私達は悪いことなんてしていない、だから堂々としていればいいんだ。
そう思い、通路を歩いていると何人かの生徒がこちらへと走って来るのが見えた。
その集団は私をイジメていた生徒達であり、ナタリーは他を押しのけて真っ先に私へと頭を下げた。
「ごめんなさい、リディア……貴方の事を傷つけて!」
頭を下げたかと思えば、こちらが言葉を返す前に颯爽と頭を上げるナタリー。
涙をポロポロと流しながら、見つめてくる。
殊勝に見えた言葉と仕草に目を見開くが、続く彼女の言葉にその感想は変わる。
「本当にごめんなさい、貴方が傷ついているなんて知らなかったの。冗談のつもりだったの……本当にそんなつもりはなかったの」
軽々しくも、彼女は自分の罪の免罪符を口にした。
そんな言葉を吐き、最もらしい教育者を演じる学園長に私は返すように口を開いた。
「貴方達は一度でも、私の未来を考えてくれたのですか」
「っ!?」
「どうして、未来を壊されそうになった私が……彼らの未来を考える必要があるの? そこまで優しくなんて、絶対になれない」
「リディア嬢、聞くんだ……この学園には多くの生徒、そして親がいる。このまま君がディオネス公と共に告発を続ければ……多くの者の未来が暗く閉ざされてしまうのだぞ?」
「そうやって今までも私のような人間を犠牲にして……未来を閉ざしてきたのですね」
「ち、違う! 私は本当に生徒の事を思っているんだ!」
この話し合いに、両者の納得のいく答えなんて出るはずもない。
だからこそ、これ以上は無駄な時間と問答だ。
「話し合う気はありません、私もアルも考えは変わらない」
「…………必ず後悔するだけだ。イジメ程度、許す事も大人になる一歩なのだぞ」
「では、私はずっと大人にならなくてもいいです」
ガクリと項垂れ、学園長は椅子に座る。
アルもそれを見ながら、そっと私の肩を叩き笑う。
「では学園長、僕達はこれで失礼します。他の生徒にも用があるので」
「ディオネス公、貴方がするのは我が国の貴族教育の根幹を覆す事になるのだぞ、覚悟はあるのか?」
学園長の言葉にアルは勢いよく噴き出し、少し咳き込む。
あぜんとして口を開いたままの学園長にアルは言葉を返した。
「僕程度に覆えされる根幹なら、作り直した方がいい。僕が正しいと言ってくれてありがとうございます学園長」
「……っ!!」
切り返された言葉に学園長は顔を真っ赤にするが、言い返す言葉もなくただ目を見開く。
告発を公にすれば彼の処罰は決して軽く済むものでは無く、その恐怖から身体を震わせていた。
えらく滑稽にも見えたその表情を最後に、私達は学長室を出る。
「ま、待つんだ! まだ話し合いは終わってない。待ってくれ!」
学園長は私達を追って来るが、構わずに扉を開く。
学長室の外では、講師の面々が待っており……思わず身構えてしまう。
しかし、彼らは私の顔を見た瞬間に頭を下げた。
「すまなかった、リディア嬢。君の件を見て見ぬふりしたのは私達の責任だ」
学園長と違い、謝罪の言葉を口にした講師の面々に驚いてしまう。
てっきり、何かを言い返されると覚悟していたのに。
「許してくれ、などとは言わない。元は貴族家と問題を起こしたくなかった我々の落ち度だ。外で君の言葉を聞いて考えが変わった。もっと……君の未来を考えるべきだった。学園長に言われるがままに従っていた事を、恥じるべきだった」
「……ごめんなさい、もう許さない覚悟を決めて……私はここに来ています。謝罪も後悔も必要ありません」
冷たく言い放ったのは、覚悟が揺るがないようにだ。
こうして謝罪されると許してしまいそうになる。それは私が優しいからでなく弱いからだ。
だから、後悔なんて聞きたくなかった。
「それも、そうだな。すまない、私達は下される処罰に抗うつもりはない。それだけを伝えさせてくれ」
再び謝罪の言葉と共に頭を下げた講師達を見て、私達を止めようとしていた学園長は啞然と立ち尽くしていた。
学園長の考えは変えられなかったが、講師達が意志を見直す機会は生まれたのかもしれない。もう、遅い事に変わりはないけど。
私とアルは後ろ髪を引かれる事はなく、その場を後にした。
◇◇◇
通路を歩いていると私の手をギュッとアルが握って、間違っていないと伝えるように微笑んだ。
「リディ、君は悪くないよ。大丈夫」
「分かってる……大丈夫だよ、アル」
「未来を閉ざしたのは彼らの今までの選択肢の結果だ。何も君が責任を感じる必要はない」
「うん、ありがとう。アル」
それでも……学園長の言葉が少しだけ私の心を揺らす。
『未来を考えろ、責任をとれるのか』なんて、当てつけで私に言ったと分かっているのに……駄目だな。
私は強くなったようで、やっぱり弱いままだ。
感じる必要のない重みに心が沈んでいると、私の身体を引いてアルが抱きしめた。
突然の事で言葉が出ないでいるとアルは小さく笑う。
「リディの寮室はどこかな? いっそのこと今日中に荷物を全部屋敷に持って帰ってしまおう! もう出ていくからね」
「へ? アル?」
「きっぱりと、学園と別れを告げよう。リディ」
冗談で笑う彼に、思わずつられてしまう。
こんな時にいつも通りな彼に、悩みも軽くしてもらえるのだ。
それが、アルの優しさで魅力でもある。
「さて……じゃあ、寮室に行こうリディ!」
「ふふ、うん。アル」
まるで幼い頃に森の中を探検した時のように、手を引いて歩き出すアルに連れられていく。
私達は悪いことなんてしていない、だから堂々としていればいいんだ。
そう思い、通路を歩いていると何人かの生徒がこちらへと走って来るのが見えた。
その集団は私をイジメていた生徒達であり、ナタリーは他を押しのけて真っ先に私へと頭を下げた。
「ごめんなさい、リディア……貴方の事を傷つけて!」
頭を下げたかと思えば、こちらが言葉を返す前に颯爽と頭を上げるナタリー。
涙をポロポロと流しながら、見つめてくる。
殊勝に見えた言葉と仕草に目を見開くが、続く彼女の言葉にその感想は変わる。
「本当にごめんなさい、貴方が傷ついているなんて知らなかったの。冗談のつもりだったの……本当にそんなつもりはなかったの」
軽々しくも、彼女は自分の罪の免罪符を口にした。
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