上 下
5 / 30

4話

しおりを挟む
『リディ、あげる』

『アル、いいの?』

 前髪で目元の隠れた男の子、私よりも少し年上で臆病なアル。
 彼が私の頭へそっと花冠を乗せてくれる。
 忘れていた、幼き頃の遠い思い出が揺らぐ頭の中に浮かんでいる。

『綺麗だね、リディ』

『ありがとう……アル、でもどうしてこんな物くれたの?』

『……あのね、リディにはこの村で助けてもらって、僕は本当に感謝してるんだ』

『アルは臆病だから、からかわれやすいものね』

『うん、でもリディがいてくれたから。僕はこの村にいる時、ずっと楽しかったよ』

 ?
 何かおかしな言い回しに私は小首を傾げると、彼はそっと手を握ってきた。

『だから、絶対にまたリディに会いにくるよ。その時は––––』

 あれ……。
 アルは一体何を言っていたの。


   ◇◇◇


「ん……」

 意識が戻っていくと同時に、身体が動いている事がわかる。
 生きている?

 どうしてと思って目を開くと、身覚えのない部屋の寝台で私は横になっていた。
 綺麗で広い部屋、暖炉はパチパチと火をおこしていて暖かい。
 置いているインテリアはどれも高価そうで、私が寝ている寝台も綺麗なシーツとふわふわの羽毛で出来ている。
 
 そんな部屋の寝台で、一人でいるのだ。

「どこ、ここ」

 状況が分からず、キョロキョロと見渡していると扉が開いた。
 入ってきたのは黒髪の青年だった。凛々しく整った顔立ち、見ただけでため息の出そうな程に美しい青年は紅の瞳で私を見つめて口を開いた。

「起きたんだね。リディ」

 駆け寄ってきて、彼はいきなり私をギュッと抱きしめた。
 優しくて暖かいハグだけど、突然の事で言葉が出ない。

 この人、私をリディと呼んだ?
 そうやって呼ぶのは、今まででたった一人だったはず。

「僕が分かる? アルベール・ディオネス……いや、君が知っていたのはアルって名前だね」

 微笑み、私を見つめるその口元で気付いた。
 
「アルっ!? ほ、本当に?」

「そうだよ、久しぶり……!」

 少し強く抱きしめられて、ドキドキとして心臓が壊れてしまいそうだ。
 記憶の中のアルと違って、彼はとても大きくなっていて……とてもかっこよくなっている。
 そんな彼が、私を抱きしめているのだから、この鼓動は当然だ。

「あ、あの……アル」

「ずっと、君にまたそう呼ばれたかった」

「え……」

「会いたかった、絶対に迎えに行くと決めていたんだ」

「ど、どういうこと?」

 彼は私から身体を離して、目を見つめてくる。
 そして、少しだけ怒ったような表情を浮かべた。

「今の状況を説明する前に、まずは君の事を僕に聞かせて」

「アル……」

「君が身を投げ出した瞬間はもう見たくないんだ。だから聞かせて、リディ」

 何も聞かずとも、アルはそう言って私を抱きしめてくれる。
 その温もりや、人からの優しさを久々に受けて……涙が自然とこぼれてしまう。

「ごめん、ごめんね、アル」

「謝らなくていいよ。分かるよ……リディは悪くない」

 泣き終わるまで、アルは何も言わずに待っていてくれた。
 ハンカチを渡してくれて、涙を拭く私へ優しく語りかける。

「制服、汚れていたから……何が起こったのか、少しは分かるよ」
 
 そうだった。
 私はいじめを受けてそのまま、あの村までやって来ていたんだ。
 着替えは、彼の使用人がしてくれていたのだろうか? 気付けば今は別の衣服になっていた。
 
「あの……お母さんには」

「今は何も言ってないよ、あの時に逃げたのは何か理由があったと思ったから」

「……」

 全てお見通しだったようだ。
 アルは会えなかった年数に見合う程に、大人になっている。
 なのに、私は……。

「いじめられているんだ。学園で……」

「……リディ」

「平民だから、権威ある学園が汚れるって言わ……れて。それで、私は学園を辞め……ようとして、そんな情けないことを、お、お母さんに言えなくて……」

 駄目だ。
 また、涙をこぼしてしまう。

 借りたハンカチで涙を拭こうとした時、アルはそっと指で拭ってくれた。
 その綺麗な顔で私を見つめながら、頭を撫でてくれるのだ。

「あ、あの……アル……」

 すっかりかっこよくなった彼の行動はに鼓動が高鳴って、胸の緊張が止まらない。
 あわあわとした私に、アルはニコリと快活に笑った。

「リディ、君は絶対に大丈夫だよ。情けなくなんてない。僕は良く知っている」

「ア、アル……知っているって、なにを」

「正確には、僕どころか聡い人達なら皆が知っているだろうね。学園の者達は馬鹿ばかりだよ」

「ど、どういうこと?」

「君は、君が思う以上に凄い事をやっているんだよ。それをまずは知って欲しい」

 そう言って、彼はゆっくりと私の頭を撫でながら語り出す。

しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

婚約を破棄したいと言うのなら、私は愛することをやめます

天宮有
恋愛
 婚約者のザオードは「婚約を破棄したい」と言うと、私マリーがどんなことでもすると考えている。  家族も命令に従えとしか言わないから、私は愛することをやめて自由に生きることにした。

心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。

ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」  幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。  ──どころか。 「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」  決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。  この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

始まりはよくある婚約破棄のように

メカ喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

婚約者を奪われた私は、他国で新しい生活を送ります

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルクルは、エドガー王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 聖女を好きにったようで、婚約破棄の理由を全て私のせいにしてきた。 聖女と王子が考えた嘘の言い分を家族は信じ、私に勘当を言い渡す。 平民になった私だけど、問題なく他国で新しい生活を送ることができていた。

処理中です...