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もう一人の人生・終

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『自分で立つ責任すら放棄したのは、貴方自身です。恨みを抱く相手を間違えて成長もしなかった貴方が、自分自身で人生を壊したの』

 レティシアの言葉は、俺だって分かっている。
 
 だけど、世の中はお前のように強い奴ばかりじゃない。
 俺みたいなやつは、一人で立ち上がれなくて……誰かに頼ることもできない。

『川崎って、なんもできないよな』……と、また否定されるのが怖い。
 自分の失敗が怖くて、お前のように生きていく力なんてない。

 だから、恨む事でしか自分を保てなかった。
 恨んで責任逃れをしないと……俺よりも優秀なお前を不幸にしてしまった俺の人生が……価値が無いものだと認めてしまう事になるから。
 生きている価値もないと感じて……惨めになって、罪悪感で生きていけない。
 そんな弱者の気持ち、お前に分かるはずがない。

「ジェラルド様、後はお願いいたします」

「あぁ」

 レティシアはもう、俺を見てすらいない。
 復讐という目的を果たし、やり遂げた顔を浮かべている。

 彼女は俺と違い……自分の力で人生を切り開いた。
 それが、たまらなく輝いて見えて……妬ましいとすら思う。

「……」

「デミトロ……大人しくしていてくださいね」

「……分かっている」

 もう充分に、自分の罪は彼女によって思い知らされている。
 前世だけでなく、今世でもレティシアの全てを奪ってしまったのだから。
 両親も、遺産も、思い出の土地さえ。
 
「付いてこい、デミトロ」

「……あぁ」

 俯く間に、書斎へやってきた騎士達に連行される、

 惨めで、情けない……
 今まで見てこないようにしていた、自分の罪を認めて吐き気がする。
 多くを不幸にしてきた俺には、生きている価値がないと思い知らされ、後悔が胸を満たす。

 そんな俺へ……レティシアは呟いた。
 
「……デミトロ……貴方の罪は殺人未遂です」

「……」

「父親とは違い、いずれは牢から出る時がくるかもしれません」

「それがなんだ……俺に何ができると……」

「前世も今世も情けなく生きていたと思うなら。今度は前を向いて生きてみなさい」

「……」

「下を見るよりも……まだ良いかもしれませんよ」

 あぁ。
 惨めだ、情けない……
 俺のせいで人生を壊されたレティシアが、情けをかけてしまう程に俺は弱者なのだ。

 そして何よりも惨めに思うのは。
 レティシア本郷美鈴……お前の情けに、嬉しさを感じてしまう俺がいる事。

「それでは」

「……」

 俺と父は連行されていく。
 だが、俺には見えた……父が手首を縛られながらも、懐から銀色に光る刃を持ち出す姿を。

 父が憎しみを宿した瞳で睨んだのは、レティシアだ。
 俺と同じく逆恨みの感情を抱き、父は突然走り出す。

「貴様だけはっ!!」

「っ!! 止まれ!」

 だが当然……父の抵抗など、意味をなさない。
 レティシアを庇うようにジェラルド団長が立ちはだかる。
 父の刃は憎しみの対象に届く事なく、あっけなく組み伏せられるのだろう。


 だが……父が握る刃を見て、俺の身体は自然と動いていた。


 俺には、それが救いにすら思えた。
 今世でも、前世でも。逆恨みと自分勝手な行動でレティシアを貶めてきた。
 情けなくて、惨めなこの人生。

 生きているだけで辛くて、罪悪感に苛まれる。
 そんな自分と別れを告げる機会は……きっと今しかない。

「っ!!」

「デ、デミトロ……なにを!? お前!?」

 父が持つレティシアに向けた刃に立ちふさがり、自身の胸で受け止める。
 ズブリと、肉が貫かれる痛みや苦痛を感じながら、父を突き飛ばした。

「デミトロォォ!!!! 邪魔をするなぁぁ!!」

 叫ぶ父であったが……駆けつけてきた他の騎士に捕えられる。
 その姿を見ながら、地面へと膝を落とす。
 痛みで……力はもう入らない。

「……」

 見つめてくるレティシアは、動揺と混乱の眼差しを向ける。
 当然だ……俺以外にこの状況を説明できる者はいないのだろう。

 罪を認めてしまった俺が、罪悪感に満たされた人生から逃げるための選択なのだから。
『他者を不幸にしてしまった事実』を認めた俺は……また逃げる道を選んだのだ。

「デミトロ……」

「レティシア……ど、同情などするなよ。俺は、お前から逃げるために……死ぬんだ」

「っ!!」

「お前がいる世の中では……お、俺の人生は罪悪感と後悔でまみれて……前なんて見れない」

「……」

「俺が逆恨みをしていたなんて、分かってる。だが認めれば……俺の人生に価値などないと認めるも同然で、できないんだよ! 俺はお前と違って! 弱くてなにも出来ない……」

 謝罪などしない。
 当たり前だ。

 今まで全て奪って来て、それで謝罪してなんになる。
 ならば、最後の最後まで……憎まれながら死んでやる。

「だ、だから……お前から逃げてやる。もうお前がいない人生で……次こそ自分の人生を……過ごすんだ」

 抜けていく力。
 意識も消えていく……だが未練など無い。

 俺は生きているだけで全てを不幸にしてしまった。
 こんな罪にまみれた人生に……未練などない。

「デミトロ……」

「っ!!」

 なのに……最後に見えたのは、悲しそうな瞳を向ける彼女の姿。
 きっとそれは、本郷美鈴ではなく。
 かつて、婚約を果たしたレティシアとしての残滓が見せる悲しみ。


 あぁ、その瞳で、また思い知らされる。
 俺は……確かに幸せを手にしていたのに、それを壊したのは俺自身だと。



 

 惨めだよ……俺は、本当に。
 こんな想いから逃げだして、今度こそ……人生をやり直してみせる。
 

 もし神がいるならば。
 今度は、本郷美鈴のいない人生で……どうかやり直しをさせてくれ。









    ◇◇◇◇◇◇




––プァァァァァァ!!!!!


「危ないぞ!! お前!」

「っ!?」

 袖を引かれ、大きな警報音を聞きながら意識を戻す。
 周囲の視線が、俺を見つめる。

 ここは……

「なにやってんだ! 死にたいのか!?」

「え……」

「ちっ……」

 俺を掴んだ男は去り、周囲を見渡せば見覚えのある光景に驚く。
 ここは……駅のホーム?

 ポケットに入ったスマホの電源を開けば、覚えのある時刻が記載されている。
 俺が自殺をした日時。死んだはずの瞬間に戻っている?

「なんで……」

 よりによって、前世に戻るんだよ。
 ここは最悪で……最低で……生きる事すら諦めた人生なのに。
 逃げた先が……この人生だというのか?

「くそ……くそ……」

 また苦しめというのか?
 この人生で罪悪感に苛まれて、蔑まれながら惨めに生きていけと?

 そんなこと、できない。
 俺は……罪のない人生をやり直すために逃げたんだ。

「っ!!」

「お、おい!」

 再び駅のホームへと向かってくる電車へと俺は飛び出す。
 また、逃げ出すため。






    ◇◇◇◇◇◇



––プァァァァァァ!!!!!


「危ないぞ!! お前!」

「っ!?」

 先ほどと同じ光景。
 止めた男性に舌打ちされ。
 スマホを開けば……同じ時刻が刻まれていた。

「死にたいのか!?」

「……」

 再び離れていく男性を見ながら、自分の身体を見つめる。
 傷一つない身体……確かに飛び込んだはずなのに、痛みも感じたはずなのに。

 なのに、戻ってきた。
 俺は……この人生から逃げ出せないというのか?

「っ!!」

 再び走り出し、今度は駅から出て……走る車へと身を投げ出した。



    ◇◇◇◇◇◇




––プァァァァァァ!!!!!


「危ないぞ!! お前!」

「っ!?」


 やはり……そうだ。
 この人生を終えられない。

 なぜ?
 神は、俺をどこまで苦しめようというのだ。


 ふと、デミトロとしての最後に願った事を思い出す。


––神様がいるなら、今度は本郷美鈴がいない世界を……



 ……


 あぁ……そうか。
 この状況は神に願った通り……確かに本郷美鈴のいない世界なのだ。
 そして前世の願いのせいなのか、もはやこの人生から逃げることはできない。


 つまり俺は……この人生で本郷美鈴を殺めてしまった罪悪感と共に生きて行くしかない。
 蔑まれ、恨まれて……憎まれて生きていく。

「嫌だ……そんな、俺は……また」

 もう逃げるという選択すらできないのだと思い知った瞬間。
 俺の視界は……絶望で染まる。

「俺は……苦しむしかないのか?」

 流れる涙の中、ただ打ちひしがれる。
 この世で、どうやって生きていけというのだろう。

 たった一人だというのに。



















 ……






 絶望に染まった思考の中。
 ふとスマホを見れば、多くの不在着信が入っていた。
 
 それは、縁を切ったはずの母からであった。

「……」

 不意にかけた電話。
 繋がった瞬間、母の心配の声が聞こえた。

「やっとつながった! あんた……大丈夫?」

「かあ……さん?」

「マンションに寄ったら、部屋がすごく荒れていたから心配で……」

「……」

「母さん達ね、話し合ったのよ。あんたと縁を切るって言ったけど、それは無責任よね」

「……」

「だからね、あんたも私達と一緒に……本郷さんのご家族に謝罪しに行きましょう? お父さんだって、一緒に頭を下げるって言ってるよ」

「母さん……母さん、俺……」

「ちゃんと謝罪をしましょう。許してもらえるはずがないけど……それが、私達家族の出来る唯一のことよ」

「ごめん……ごめん……母さん、俺……」

「いいのよ。帰ってきなさい。一緒に……謝りましょう」

「俺……」

「あんたは、一人じゃないよ。帰っておいで」

「っ……」

 俺の人生は惨めだ。
 なにも出来なくて、叱咤された日々。
 
 逆恨みで本郷を追い詰めて、間接的に殺めて。
 最低で最悪な奴だ。

 それでも……俺を想う家族がいて、一人ではなかったのだと知る 
 それだけで、充分に幸せだと……どうして気付かなかったのだろう。

『情けなく生きていたと思うなら。今度は前を向いて生きてみなさい』
 と、レティシアに言われた言葉を思い出す。
 
「……ありがとう……ありがとう。母さん……」

「いいのよ。帰っておいで」

「ごめん……ごめん……俺……」

 レティシア……君に言われた通り、前を向いて生きていけるだろうか。
 

 今までずっと、罪を認めるのが怖くて前を見れなかった。
 だけど今度こそ君への贖罪を果たして生きていけば……なにか変わるのだろうか。

 分からない……怖くて仕方ないけど。
 『なにもできない』俺が変わるには、きっと今しかない。


「すまない……本郷レティシア


 今度こそ前を向いて……憎まれ、蔑まれ、恨まれる人生を歩もう。
 それが俺に出来る、たった一つの贖罪なのだから。
 
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