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2話

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「な、何を言っているのか分かっているのか? お前」

「はい、分かっておりますよ。さっさと離婚しましょうと言っているの」

 前世で生きていた私の記憶が、今の状況に怯むなと伝えてくる。
 一度でも頭を下げれば、利用され続ける人生となるのだから。

「私を許せないのでしょう? なら離婚すればいいじゃない」

「な……あまり生意気な口を叩けば、貴様を毒殺の罪で正式に裁いても……」

「やってみたらいいじゃない」

「なっ!?」

 脅しに屈しはしない。
 怯むな、視線を逸らすな。こちらに非など無いのだから。

「はたして、侍女の証言のみで立証できるのかしら? 挙句にアーリアの毒を含まれたにしては元気な様子……本当に毒殺されそうだったの?」

「……」

「私を嵌めるためのでっち上げならば、騎士団が調べれば後悔するのはどちらなのでしょうか?」

「ぐっ……」
「デ、デミトロ……どうするの?」

「レティシア! お前は暫く頭を冷やせ! 部屋に戻っていろ!」

「頭を冷やせって……言い返す言葉も無いからって、私が激情した事にすり替えないで、さっさと離婚しなさいよ」

 逃げる隙を与えないように言い返すが、デミトロは悔しそうな表情で廊下に居た衛兵へと指示を飛ばした。

「お前ら! レティシアを幽閉しろ!! 暗殺を企てたのだぞ!」

「で……ですが……」

 衛兵達は私とも親身にしてくれている仲だ。
 この邸で私に親しくしてくれる者達は多い。
 
 だからこそ、皆がデミトロの指示にためらい。激情に似た表情を見せていた。
 しかしデミトロは気付きはせず、怒りの声を上げた。

「さっさと連れて行け!」

「……申し訳ありません。レティシア様」

「大丈夫よ、皆も生活があるのだから」

 皆の気持ちは理解できる。職を失う事の恐れは前世で身に染みて分かっている。
 なので、私も抵抗はせずに。
 今は……大人しく彼らに連れて行かれる。

 その際、デミトロは小さく呟いた。

「後悔する前に考え直せ……離婚すれば、両親の居ないお前は貴族としてでなく、平民として暮らしていくのだぞ?」

「あら? 大歓迎。少なくとも、無実の罪を被せてくる人とは離れられそうじゃない」

「くそっ……連れていけ!」
 
 悔しそうな表情を浮かべたデミトロ達を背に、私は微笑みを浮かべた。
 連行されているのは私なのに、立場はまるで逆みたい。




   ◇◇◇




 部屋へと連れられた後。
 侍女に、デミトロに傷つけられた額の怪我を簡単に治療してもらった。

「レティシア様。申し訳ありません……我らでは止められず」

「いいのよ、気にしないで」

「でも……でも。貴方の綺麗なお顔に傷が残ってしまうかもしれません」

 涙を浮かべて心配してくれる侍女へと、安心させるために微笑む。

「気にしないで、過ぎた事を考えても仕方ないわ。これからの事を考えないと」

「これから……?」

「私……今日には、この屋敷を出て行きます」

「っ!?」

 このままここに居れば、次はどんな無実の罪を被せられるか分からない。
 ならば今は、早急にここを出て行くのが最優先事項だ。

「だから、侍女の貴方から……皆に伝えておいて、今までありがとうって」

「レティシア様……わ、私達は皆、貴方のお世話になっていて……」

「大丈夫、皆もデミトロに嫌気がさしたら仕事を降りなさい。代わりの職務先をまとめた紙を残しておくから」
 
 今までデミトロの執務や、家の雑用全てを投げられていたのだ。
 その経験を活かせば、彼らの就職先をまとめておくなど簡単だろう。

「わ、私達に出来る事があれば……いつでも言ってください」

「ありがとう」

「レティシア様、今まで何も出来ず、申し訳ありません」

「気にしないで」

 謝罪を繰り返す侍女が出て行った後。
 一人残った私は言った通りに就職先をまとめたリストを作っておく。

 その際、ふと気になって前世の名前を要らぬ紙に書いた。

『本郷美鈴』
 やはり書ける、以前に住んでいた国の文字。
 記憶はハッキリとしている。


 前世の私は、今とはまるで違う。
 レティシアだけの私は冷静だけど、臆病でデミトロの横暴に耐えるしかなかった。
 加えて子供の頃から好意を抱いていた思い出も邪魔して、彼に逆らえなかったのだ。

 でも、前世の私は……そんな気持ちを綺麗に吹き飛ばしてくれる程に強気だった。
 さっぱりしていた性格が混ざり、デミトロへの恋情を別れに悲壮感を感じなくなる程に消し去り。
 むしろ、未来への活力で溢れさせてくれている。

「さて、まずはこの家を出て行くために動きだしますか」

 計画はすでに頭の中で組みあがっている。
 その時、部屋へと屋敷の家令––セドクが入ってきた

 彼はこのメリウス公爵家に長く仕えており、私を蔑む一人だ。

「レティシア様、貴方がまさか……ここまで愚かだったとは」

「開口一番、酷い言い草ですね」

「旦那様の愛するアーリア様を殺害しようとしたのです! これが愚かでなくて、なんなのですか!」

 失礼な態度も違和感はない、彼はこの家でデミトロ達と共に私を虐げてきた一人。
 雑務を任せるばかりか、必要以上の仕事を押し付けて寝る間も削ってきた。

 会うたびに嫌味を言われて、心も疲弊させられたが……
 もう、我慢する必要はない。

「それで、何用ですか。セドク」

「貴方は愚かですが……デミトロ様に償う機会を与えに来てあげたのです」

 そう言うと、セドクは机の上に大量の書類を置いた。
 一目で分かる……本来ならば当主デミトロが果たさねばならぬ、領地管理の執務だ。

「これを、明日までに終わらせなさい。できなければ飯も睡眠時間も与えません」

「承知しました。片付けてあげますね」

「……は?」

 呟きつつ、私は書類の束を掴み部屋の中でまき散らす。
 手当たり次第に、時には二つに裂きながら。

「な、なにをしているのですかぁ!!」

「黙りなさい。ここまで侮辱され……今まで通り執務に励むと思った?」

 焦っているセドクへと、私は微笑み呟いた。

「馬鹿にするのもいい加減にしなさい」


 さて、さっさと離婚するために暴れてやろう。
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