38 / 49
36
しおりを挟む
「なぜだ……お前が指揮を執らねば正騎士団の指揮は誰が執る!!」
ガディウスはシュレイン団長の魔法で動けない状況ながらも、当然の疑問を投げかける。
シュレイン団長が正規軍の指揮を捨ててここにやって来るなどあまりにも無謀であり、ガディウスにとっては理解できない状況だろう。
しかし……一人だけ残っているのだ、正騎士団を指揮できる人物が。
「リルレット君の父である、ギーデウス・ローゼリア伯が変わりに指揮を執って下さっている。あの方には頭が上がらないよ」
「な!? あの老体で戦場にだと!?」
「流石に娘のためであれば引退なさっても協力してくださったよ。元騎士団長のあの方であれば僕以上に正騎士団を指揮してくださる」
父には戦が始まる寸前まで動かないでいてもらった。ガディウスに父の動きを悟られ警戒されてはこの場にやって来ない可能性があったからだ。
そのため、シュレイン団長が最初こそ指揮を執り、ひっそりと父に入れ替わって王宮へと舞い戻って来ていた、私とユリウスはその間の時間稼ぎ。
父には頭を何度下げても足りない、本当に返しきれない程の恩を頂いている。
「さて、ガディウス……僕は愛する妻と平和を享受して生きていきたい。そのためにも大人しく投降してくれるかい? 王宮騎士団さえ抜ければ指揮を失った野盗団は幾らでも対処できる」
「ふざけるなシュレイン!! 俺は貴様などに負けるはずがない……絶対に貴様にだけは」
「最終確認だ、僕は君を殺したくはない。お願いだから投降して欲しい」
「負けを認めるぐらいなら……この命など惜しくはない」
「残念だよ、ガディウス」
シュレイン団長が手を振りかざすとガディウスが片膝を付いている周辺の地面が大きくひび割れる。
同時にメキメキと骨が軋む音が鳴り、圧倒的な重圧が圧し潰すように負荷を上げていく。
だが、奴はうめき声をあげながらも寸前の所で耐え、絞り出すように声を出す。
「俺は……入団初期からお前にだけは勝てなかったな」
「ガディウス、昔話に付き合うつもりはない」
地面が砕かれる程に負荷が上昇しても、ガディウスの強靭な身体はそれを耐える。
「お前に分かるか? 新兵の頃より超えられない壁が目の前に居る俺の気持ちが……幾ら努力してもお前の魔法技術に追いつける気がしなかった、幾ら剣技を極めようとこうして抑えられれば勝ち目がない。あんまりだろう? 幾ら努力しても超えられない等……」
「ガディウス……同情するつもりはない。僕は正騎士団長として君を殺すしかない」
「お前から逃げるように王宮騎士団に入った、だがそこで一番となっても満たされはしない。お前から逃げたという事実が俺を敗北感で覆う。その苦しみから逃れるために俺はお前に勝つしかない……この屈辱を晴らすには勝利を上げる他はない!!」
苦しみもがきながら、かすれた声で地面へ伏しているガディウスは不思議とアルフレッドと重なる。
アルフレッドはイエルク様に全てを敗北していると認めており、その屈辱を埋め合わせるように妃候補であった私達を苦しめた。
逆にガディウスは諦められないのだ、敗北したままで終われないという執着が彼の原動力。
似て非なるものではある、しかし二人とも敗北感に囚われて新たな幸せを見出せずに歪んでしまった。
一歩間違えていれば……私もこうして歪んでいたのかもしれない。
二人のやり取りを見てそう感じながら、私はガディウスの最後を見届けるように視線を向ける。
シュレイン団長は最後だとばかりに力を込めて更なる負荷をかけた。
「ガディウス……君は新たな幸せを見つけるべきだった。勝ち負けだけが全てじゃない。愛する妻と過ごす時間を大切にするような、もっと別の道があったはずだ」
「くく、そんな道は勝者故の特権だ。敗者にはいつだって二択しか残されていない、負けを認めて一生を負け犬として過ごすか、勝つまで戦うかだ……俺は後者を選んだ、シュレイン! お前に勝つ事だけが俺の望みで、そのためだけに生きてきた」
「……もう話すつもりはない」
シュレイン団長も殺す気で重圧をかけているはずなのに、ガディウスは口から血反吐を吐きながらも耐えている。
その視線には諦めは見えておらず、何を企んでいるのか分からない不気味さが私達を包む。
ガディウスは敏感に私達の怯えを感じ、歪んだ笑みを浮かべた。
「勝つため、勝つためだけに何十年もかけてきた……ようやく全てが揃ったと言ったはずだ。此度の戦を起こしたのは手駒が揃ったからだ」
「何を言って……」
シュレイン団長の言葉には返事をせず、ガディウスは誰かに語りかけるように呟きだした。
「話した通りだ。貴様にはくれてやろう……リルレットは好きにすればいい」
「っ!? 団長!!」
なぜ、気づけなかった……。
戦の前に感じていた違和感を思い出す。
今回の野盗団との戦では王宮騎士団が関わっている情報は混乱を避けるため隠されており、それを知っていたのは私とユリウス、シュレイン団長だけだったはず。
彼はあの時、知るはずがない事を口走っていた。
「約束通りだ、シュレインを殺せ……マルク」
ガディウスが呟いた瞬間、シュレイン団長の腹部から銀色の剣が這い出る。
背後から刺した剣を握っていたのは、虚ろな表情で私を見つめるマルク。
シュレイン団長の腹部は突き刺さる剣の周囲から赤く染まっていき、口から血を吐きだして倒れていく。
「ようやく……俺が勝者となったな、シュレイン」
解放されたガディウスはポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がった。
ガディウスはシュレイン団長の魔法で動けない状況ながらも、当然の疑問を投げかける。
シュレイン団長が正規軍の指揮を捨ててここにやって来るなどあまりにも無謀であり、ガディウスにとっては理解できない状況だろう。
しかし……一人だけ残っているのだ、正騎士団を指揮できる人物が。
「リルレット君の父である、ギーデウス・ローゼリア伯が変わりに指揮を執って下さっている。あの方には頭が上がらないよ」
「な!? あの老体で戦場にだと!?」
「流石に娘のためであれば引退なさっても協力してくださったよ。元騎士団長のあの方であれば僕以上に正騎士団を指揮してくださる」
父には戦が始まる寸前まで動かないでいてもらった。ガディウスに父の動きを悟られ警戒されてはこの場にやって来ない可能性があったからだ。
そのため、シュレイン団長が最初こそ指揮を執り、ひっそりと父に入れ替わって王宮へと舞い戻って来ていた、私とユリウスはその間の時間稼ぎ。
父には頭を何度下げても足りない、本当に返しきれない程の恩を頂いている。
「さて、ガディウス……僕は愛する妻と平和を享受して生きていきたい。そのためにも大人しく投降してくれるかい? 王宮騎士団さえ抜ければ指揮を失った野盗団は幾らでも対処できる」
「ふざけるなシュレイン!! 俺は貴様などに負けるはずがない……絶対に貴様にだけは」
「最終確認だ、僕は君を殺したくはない。お願いだから投降して欲しい」
「負けを認めるぐらいなら……この命など惜しくはない」
「残念だよ、ガディウス」
シュレイン団長が手を振りかざすとガディウスが片膝を付いている周辺の地面が大きくひび割れる。
同時にメキメキと骨が軋む音が鳴り、圧倒的な重圧が圧し潰すように負荷を上げていく。
だが、奴はうめき声をあげながらも寸前の所で耐え、絞り出すように声を出す。
「俺は……入団初期からお前にだけは勝てなかったな」
「ガディウス、昔話に付き合うつもりはない」
地面が砕かれる程に負荷が上昇しても、ガディウスの強靭な身体はそれを耐える。
「お前に分かるか? 新兵の頃より超えられない壁が目の前に居る俺の気持ちが……幾ら努力してもお前の魔法技術に追いつける気がしなかった、幾ら剣技を極めようとこうして抑えられれば勝ち目がない。あんまりだろう? 幾ら努力しても超えられない等……」
「ガディウス……同情するつもりはない。僕は正騎士団長として君を殺すしかない」
「お前から逃げるように王宮騎士団に入った、だがそこで一番となっても満たされはしない。お前から逃げたという事実が俺を敗北感で覆う。その苦しみから逃れるために俺はお前に勝つしかない……この屈辱を晴らすには勝利を上げる他はない!!」
苦しみもがきながら、かすれた声で地面へ伏しているガディウスは不思議とアルフレッドと重なる。
アルフレッドはイエルク様に全てを敗北していると認めており、その屈辱を埋め合わせるように妃候補であった私達を苦しめた。
逆にガディウスは諦められないのだ、敗北したままで終われないという執着が彼の原動力。
似て非なるものではある、しかし二人とも敗北感に囚われて新たな幸せを見出せずに歪んでしまった。
一歩間違えていれば……私もこうして歪んでいたのかもしれない。
二人のやり取りを見てそう感じながら、私はガディウスの最後を見届けるように視線を向ける。
シュレイン団長は最後だとばかりに力を込めて更なる負荷をかけた。
「ガディウス……君は新たな幸せを見つけるべきだった。勝ち負けだけが全てじゃない。愛する妻と過ごす時間を大切にするような、もっと別の道があったはずだ」
「くく、そんな道は勝者故の特権だ。敗者にはいつだって二択しか残されていない、負けを認めて一生を負け犬として過ごすか、勝つまで戦うかだ……俺は後者を選んだ、シュレイン! お前に勝つ事だけが俺の望みで、そのためだけに生きてきた」
「……もう話すつもりはない」
シュレイン団長も殺す気で重圧をかけているはずなのに、ガディウスは口から血反吐を吐きながらも耐えている。
その視線には諦めは見えておらず、何を企んでいるのか分からない不気味さが私達を包む。
ガディウスは敏感に私達の怯えを感じ、歪んだ笑みを浮かべた。
「勝つため、勝つためだけに何十年もかけてきた……ようやく全てが揃ったと言ったはずだ。此度の戦を起こしたのは手駒が揃ったからだ」
「何を言って……」
シュレイン団長の言葉には返事をせず、ガディウスは誰かに語りかけるように呟きだした。
「話した通りだ。貴様にはくれてやろう……リルレットは好きにすればいい」
「っ!? 団長!!」
なぜ、気づけなかった……。
戦の前に感じていた違和感を思い出す。
今回の野盗団との戦では王宮騎士団が関わっている情報は混乱を避けるため隠されており、それを知っていたのは私とユリウス、シュレイン団長だけだったはず。
彼はあの時、知るはずがない事を口走っていた。
「約束通りだ、シュレインを殺せ……マルク」
ガディウスが呟いた瞬間、シュレイン団長の腹部から銀色の剣が這い出る。
背後から刺した剣を握っていたのは、虚ろな表情で私を見つめるマルク。
シュレイン団長の腹部は突き刺さる剣の周囲から赤く染まっていき、口から血を吐きだして倒れていく。
「ようやく……俺が勝者となったな、シュレイン」
解放されたガディウスはポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がった。
68
お気に入りに追加
2,534
あなたにおすすめの小説
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ
リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。
先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。
エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹?
「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」
はて、そこでヤスミーンは思案する。
何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。
また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。
最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。
するとある変化が……。
ゆるふわ設定ざまああり?です。
幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路
今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。
すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。
ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。
それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。
そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ……
※短い……はず
魅了の魔法をかけられていたせいで、あの日わたくしを捨ててしまった? ……嘘を吐くのはやめていただけますか?
柚木ゆず
恋愛
「クリスチアーヌ。お前との婚約は解消する」
今から1年前。侯爵令息ブノアは自身の心変わりにより、ラヴィラット伯爵令嬢クリスチアーヌとの関係を一方的に絶ちました。
しかしながらやがて新しい恋人ナタリーに飽きてしまい、ブノアは再びクリスチアーヌを婚約者にしたいと思い始めます。とはいえあのような形で別れたため、当時のような相思相愛には戻れません。
でも、クリスチアーヌが一番だと気が付いたからどうしても相思相愛になりたい。
そこでブノアは父ステファンと共に策を練り、他国に存在していた魔法・魅了によってナタリーに操られていたのだと説明します。
((クリスチアーヌはかつて俺を深く愛していて、そんな俺が自分の意思ではなかったと言っているんだ。間違いなく関係を戻せる))
ラヴィラット邸を訪ねたブノアはほくそ笑みますが、残念ながら彼の思い通りになることはありません。
――魅了されてしまっていた――
そんな嘘を吐いたことで、ブノアの未来は最悪なものへと変わってゆくのでした――。
婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい
今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。
父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。
そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。
しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。
”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな”
失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。
実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。
オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。
その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。
どうかそのまま真実の愛という幻想の中でいつまでもお幸せにお過ごし下さいね。
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、私は婚約者であるアルタール・ロクサーヌ殿下に婚約解消をされてしまう。
どうやら、殿下は真実の愛に目覚めたらしい……。
しかし、殿下のお相手は徐々に現実を理解し……。
全五話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる