上 下
33 / 49

31

しおりを挟む
「アルフレッド……貴方は私を愛していたのですね」

「っ!? 違う、俺は妃候補としてお前を心配しただけだ」

 図星を突かれたように驚きの表情を浮かべた彼に言葉を続ける。
 
「ずっと不思議でした。なぜ私を捨てた貴方が今さらになって求めてくるのか……でも、さっきの言葉で気付きましたよ。初夜の日、私は確かに泣いていましたが、それを知る者は本来ならいないはずです。あの夜は人払いをしていおり、寝室の詳細を知る者はいるはずない。なのに貴方は詳細を言い切りましたよね? あの夜、貴方は私をずっと見ていたのですね、朝まで」
 
 朝まで泣いていた事実を知っている彼は、私をずっと見ていた。
 気持ち悪く、嫌悪感しか沸かないが……同時に彼の不可解な行動の理由が分かってくる。

「セレン妃の寝室に足繫く通っていたのは嫌がらせだけでない。窓から見た景色は私の寝室が見えた……ずっと見ていたのですよね? 私を」

「そ……そんな事をする必要がどこにある? 妄言だ」

 彼の目は泳いでいた。
 分かりやすく動揺を顔に出す。

「嗜虐心というのでしょうか、貴方の愛情はそれに近いのでしょう? 初夜を一人にしたあの日から私が悲しむ姿を見る事が貴方を満たす愛情になった」

「リルレット、それ以上の愚弄は許さんぞ」

 問い詰めるような言葉も今の私には関係ない。
 理解してしまったのだ、私の初恋は彼の嗜好を満たすために利用されていただけだと。
 それが悔しくてたまらなかった。

「ずっと分からなかった。なぜ貴方は私にあれだけ酷い事をするのか……理由も告げずに突き放し、悲しむ姿を愉悦に満ちた笑みで見つめる。それらは全てが嗜好を満たすためであったのですよね。妃候補から外してからローゼリア邸を訪れた理由もこれで分かりましたよ。一度突き放すのが楽しかったのでしょう? 満足して迎えに行けば私が行方不明になっていたから慌てて探し始めた」

 カラミナ妃も被害者であったのだ。
 私を悲しませるために親しい間柄を装い、王宮の去り際まで偶然を装って会いに来た。
 私がいなくなってから、慌てた彼は新たに嗜好を満たしてくれる対象を求めてカラミナ妃へ行為を強要し、嫌がる姿を求めた。

 セレン妃も、カラミナ妃も……そして私も彼の欲求を満たすため、いいように扱われていた。
 妃候補という制度で私達の淡い恋情を踏みにじった、下劣な行為。
 失恋の悲しみは消え、燃えるような怒りで彼を睨みつける。

「いくら否定しても構いません。ですが酷い仕打ちをした貴方を二度と愛す気はありません。二度と貴方の欲求を満たすだけの都合のいい女には戻るつもりはありませんから」

「ま、待ってくれリルレット……俺は……」

 彼にとっては知られたくはない事だろう、愛想をつかされてしまえば彼を想って泣く事など出来るはずがない。
 歪んだ愛情を向けられても、それに気付いてしまえばもう二度と惹かれる事はない。
 突きつけた言葉に彼は玩具を取られた子供のように、力なくうなだれて執務室のソファに腰掛けてうなだれる。
 ブツブツと否定する言葉を並べていたが、今の私には戯言に等しい。
 貴方の愛情が歪んでしまった理由など私にとってどうでもいい事だ。

「申し訳ありません、団長……ユリウス。話を続けましょう」

 話が逸れた事を謝罪し、頭を下げる。
 シュレイン団長はチラリとアルフレッドに視線を向けて小さく笑う。

「殿下も残って大人しくしてくれるようだ、このまま続けようか」

 少しだけ皮肉を込めて呟き、場を茶化してくれたシュレイン団長に頭を下げる。
 そこに同情はなく、あくまでも騎士団として話し合いを続けてくれるようだ。
 ユリウスも同様にアルフレッドには視線を向けず、私を見てニコリと頷いてくれた。

「話を戻そう、リルレット君の報告を全て信じるとすれば……このラインハルト王国へ野盗を手引きしているのはガディウス達、王宮騎士団だろうね」

 シュレイン団長の言葉にユリウスも頷く。

「同意です、あれだけの金の出所はどこかと思っていましたが王族からの支援金なら納得ですね」

 野盗達が持っていた大量の金貨も元の出所が王族となればあの量も頷ける。
 王宮から王宮騎士団の数が減っていたのは他国から大勢の野盗達を手引きするためであった、そのために王宮騎士団の自由をアルフレッドに認めてもらっていたと考えられる。

「しかし、なぜそのような事をしているか……ですよね?」

「それについては、君の報告のおかげでようやく答えがわかったよ」

 シュレイン団長はそう言って、ラインハルト王国の周辺をまとめた地図を広げ、木製の駒をあちこちに置いていく。

「実は各地の視察を行っていく最中、分かった事があったんだ。この駒を置いているのは野盗によって被害があった箇所。過去から順に置いていくよ」

 配置されていく駒を見て、私ユリウスも眉を潜めて事の重大さを理解する。
 野盗団の被害に見立てた駒は徐々にこの王都へと近づき、その数を増していた。
 被害地域を見れば多くの野盗団が王都へと集まっているのだ。

 これでは……まるで。

「軍事的に攻め入られているとすれば、かなり厳しいですね。王都周辺まで迫っている」

 冷や汗と共に呟いたユリウスに私も頷きで返す。
 今まではまばらに見えていた野盗達であったが、これら全てをガディウスが管轄して手引きしているのだとすれば正騎士団にも匹敵する数になる。
 シュレイン団長は真剣な表情のまま自分の考えを明かした。

「ガディウスが揃ったと言ったのはこの事だろう。これだけの数を実際に指揮して王都に攻め入れば国をとることは容易だ。そして真っ先に狙われるとすればアルフレッド殿下です」

「っ!?」

 流石に顔を上げたアルフレッドは問うような視線を送ってくる。
 答えるようにシュレイン団長は言葉を続けた。

「王位継承を狙っている可能性で考えれば、賊の凶刃によって殿下が討たれ、それをガディウスが王宮騎士団を率いて野盗団を討てば大義名分は成り立つ。英雄となったガディウスが王政を握る大きな足がかりになりましょう」

 今のガディウスにとっては王都に攻め入るのは容易。
 裏で手を引いているのがガディウス達なのだ、アルフレッドを殺害した後に王国を救ったという筋書きを演じるのは簡単だ。

「各地に派遣されている正騎士団を呼び戻しますか?」
 
 ユリウスの提案にシュレイン団長は首を横に振り、珍しく額に汗を流した。

「各地の正騎士団が動いたと感づけばガディウスは今すぐにでも動き出すだろう。奴がリルレット君に言ったように大局は変えられない。奴の駒はすべて揃っており、準備が整えばすぐにでも仕掛ける事が出来る。かといって王都近郊の正騎士団で食い止めるには数が足りない……ここまで周到に準備しているとはね。何がそこまで君を駆り立てるんだガディウス」

 シュレイン団長は呟きながら、大きく息を吐く。
 諦めている表情ではない、出来る手立てを考えているのだろう。
 明確な答えが出せていないのは不確定な要素もあるからだ、爆発した金貨……あれは誰が行ったのかは謎のままであり、それが可能であったジェイソン様をガディウスが自ら殺している。

 謎は残りつつも、シュレイン団長は絞り出すように提案を告げた。

「奴にとって唯一のイレギュラーがあるとすれば、殿下がいまこの場にいる事だろう」

 アルフレッドは目を丸くし、私達も思わず視線を彼に向ける。
 シュレイン団長は構わずに言葉を続けた。

「殿下が一時的に王宮騎士団を王宮へと呼び戻してくだされば、指揮系統を失った野盗団の目を盗み正騎士団が王都近郊の貴族家に助力を要請できます。王命とあれば正規軍として王都へと軍を呼出す事もできるはずです。今の状況を切り抜けるには殿下と僕達が協力しないといけない」

 ガディウスがアルフレッドの招集を受け入れる可能性は五分、だが賭けるには充分だ。
 絶望的な程に敵の布陣は整っている、現状では詰みなのだから。

「聞いていましたかアルフレッド……今は国難の時、王家として助力をお願いします」

「殿下……」
 
 国の危機に私情を挟む気はない。
 今は過去の話など気にして助力を怠れば多くの民が犠牲になってしまうかもしれないからだ。
 助力を求めてアルフレッドへと視線を向けると……彼は憑き物が落ちたように晴れ晴れとした笑みを浮かべる。

 頼られた事に喜々として、笑顔のまま答えた。

「断る。もし俺の助力を求めるのであればリルレット……お前が俺の元へと戻ると約束しろ」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます

三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。 だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。 原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。 煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。 そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。 女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。 内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。 《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》 【物語構成】 *1・2話:プロローグ *2~19話:契約結婚編 *20~25話:新婚旅行編 *26~37話:魔王討伐編 *最終話:エピローグ

国母候補は、二度愛される

星ふくろう
恋愛
「自由な恋愛をするから、お前を正妃候補から外す。これからは多くの正妃候補を探す、そのつもりでいろ」  ある日、王太子シャルマンから、そんな無慈悲な通告をされた伯爵令嬢アネットは婚約者を許せないと怒りを抱く。  やがて彼女の怒りは王国の下級貴族を巻き込み、王太子殿下に廃嫡と国外追放という悲惨な未来を与える。    他の投稿サイトでも別名義で掲載しております。  内容を加筆修正しました。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな
恋愛
リリアナ・フォン・シュタインは、銀色の髪と紫の瞳を持つ美しい貴族令嬢。知的で正義感の強い彼女は、名門貴族の娘としての立場を全うしていたが、突然の陰謀により家族や友人に裏切られ、濡れ衣を着せられて追放される。すべてを失った彼女は、寂れた村で新しい生活を余儀なくされる。 異国の地で、リリアナは幼い頃から学んできた薬草学や医療の知識を活かし、村人たちを助けていく。最初は冷たい視線を向けられていた彼女だが、次第にその実力と真摯な姿勢が村人の信頼を得るようになる。村の陽気な娘・エマとの友情も生まれ、リリアナは自らの手で新しい居場所を築いていく。 しかし、そんな平穏な生活に影を落とす出来事が起きる。村の外れに現れたのは、獣のような姿をした「守護者たち」。彼らはかつてこの土地を守っていた存在だが、今は自らの故郷を取り戻すために村に脅威をもたらしていた。村人たちは恐怖に怯えるが、リリアナは冷静に対処し、守護者たちと直接対話を試みる。 守護者たちは、村人たちがこの土地を汚したと感じ、力で取り戻そうとしていた。しかし、リリアナは彼らと話し合い、争いではなく共存の道を模索することを提案する。守護者たちもまた、彼女の誠意に応じ、彼らの要求を聞き入れる形で共存を目指すことになる。 そんな中、リリアナは守護者たちのリーダーである謎めいた人物と深い交流を重ねていく。彼は過去に大きな傷を抱え、故郷を失ったことで心を閉ざしているが、リリアナとの交流を通じて次第に心を開き始める。リリアナもまた、追放された孤独を抱えており、二人はお互いに惹かれ合う。 しかし、村に平穏が訪れたのも束の間、リリアナを追放した貴族社会から新たな陰謀の影が迫ってくる。過去の罪が再び彼女を追い詰め、村に危機をもたらす中、リリアナは自らの力で守るべきものを守ろうと決意する。 「もう私は逃げない。愛するこの村を、守護者たちと共に守り抜く」 新たな仲間との絆と、深まる愛に支えられながら、リリアナは自らの運命を切り開き、運命の戦いに立ち向かう。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...