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「どうして……ここに?」

 尋ねた言葉にアルフレッドは眉をひそめ、前と変わらぬ口調で語りかける。

「それは俺の台詞だ。行方不明と聞いていたが……まさか正騎士団にいたとはな。あの夜、カラミナに会いに行った際に護衛していた騎士はやはりお前だろう? 髪を短くしていても俺には分かる」

「私は特命騎士として正騎士団に一時的な協力をしているだけです」

 返した言葉に彼は不愉快そうな表情を浮かべる。

「まぁ、それはもうどうだっていい。お前が行方不明だと聞いて探していたのだ。妃候補から外した事でローゼリア家からも逃げ出すなど……それ程想い病んでいるのなら、また妃候補として選定してやってもよい」

「なにを……言って」

「お前との初夜を一人にしてしまった事を後悔もしているのだ。悲泣して打ちひしがれ、朝まで泣いていたお前に酷い事をした。それ程まで俺を愛していたのなら、また俺を惚れさせるために頑張ってみろ」

 ……止めて欲しい。
 私の中では、もうアルフレッドへの恋は終わっている、なのに彼は未だに私が恋していると思い込んでいるのだ。
 ユリウスの前で過去の恋を話してほしくない、私が忘れたい苦い思い出なだけ。
 恋していた淡い思いを踏みにじったくせに……今さら美談のように語りかけないで。

「……アルフレッド殿下、過去の事は全て忘れてください。私にはもう必要がありませんので」

「意地をはるな、お前が望むのなら……あの時一人にさせた初夜をやり直してもいいのだぞ」

「ふざけないで、もうそんな恋情を貴方に持ってはいません」

「もういい、とりあえず王宮で話そう。ここは人の目もあるからな」

 歩み寄り、私の手を掴もうと伸ばしてきたアルフレッドの腕をユリウスが掴む。
 ニコリと笑ってはいるが、瞳の奥からは光が失われて怒気をはらんでいる。

「アルフレッド殿下、申し訳ありませんがリルレットは正騎士団より特命騎士として任を受けておりますので連れて行かれては困ります」

「離せ、お前には関係ない」

「関係がおおありです。リルレットは僕の大切な恋人ですからね」

「な……」

 空いた口が塞がらないとばかりに大口を開けたアルフレッドをユリウスは少しだけ馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「驚く理由が分かりません。ずっと貴方だけを想っていると考えているのですか? 失礼ながら助言しますと……恋情を踏みにじるような行為をして関係を戻そうなどと貴方の口からは二度と言わない方がいい。それがどれだけリルレットを傷つけるのか少しは考えてください」
 
「貴様……俺を侮辱しているのか? それに貴様がリルレットの名を呼ぶな……」

「侮辱に聞こえましたか? これは失礼しました。しかし殿下こそ彼女をローゼリアとお呼びください。あまり親しい素振りをされても困りますので」

 にらみ合いながらもお互い一歩も譲らない、一触即発の雰囲気が漂う。
 アルフレッドが王族という立場もあるために本来ならユリウスは膝をつかねばならない、いつもの彼ならそうしていただろう……でも今は私のために怒ってくれている。
 嬉しさと不安が半々、入り混じった気持ちを抱えながら、問答を止めようとする私よりも先に割って入る人物がいた。

「アルフレッド殿下、ご足労いただきありがとうございます。しかしここは正騎士団の管轄ですのであまり横暴な行為は困りますよ」

 ニコニコと笑いながらシュレイン団長がユリウスとアルフレッドの間に入り、呆気に取られた両者をよそに私へと視線を向ける。

「とりあえず、リルレット君には報告をしてもらいます。よければご一緒にいかがですか? 殿下」

「団長!!」
 
「ユリウス、今は私情を挟まないように……」

 𠮟責を受けて口をつぐんだユリウスを見て、アルフレッドは愉悦の笑みを浮かべたが、シュレイン団長はそれを見てポツリと呟く。

「アルフレッド殿下、僕にも愛している妻がいますが彼女が怪我をしていれば真っ先にその傷を心配しますよ? 貴方がリルレット殿にすべき事は自分の主張を押し付ける事ではないと思います」

「っ!!」

 刺すような言葉にアルフレッドは笑みを失い、また不愉快な表情を浮かべて押し黙る。
 シュレイン団長は二人に構う事はなく、団長執務室の扉を開いて手招きをした。

 それから、私は昨夜の王宮で起きた事を包み隠さずに報告した。
 王宮魔術師であるジェイソン様を殺害され、その犯人はガディウスでありセレン妃が見ていた事。
 また、アルフレッドが私を探すために王宮騎士団に自由を与え、多額の支援金を送っている事。

 そして……ガディウスが最後に発した「全てが揃った」という謎の言葉も含めて全てを明かす。

 流石にユリウスも驚きの表情を浮かべ、シュレイン団長も考えるように頭に手を当てている。
 二人とも私が噓を発していないと、疑う事なく信じてくれている事が嬉しいと感じてしまう。
 そんな中、真っ先に言葉を発したのはアルフレッドであった。

「くだらん、ガディウスがジェイソンを殺害したなどと……虚言もいい所だ。証拠がどこにある」

「アルフレッド……セレン妃が見ていたのですよ」

「知らぬ、第二王子イエルクに会いたいあの女が王宮から逃げ出したくて適当なでたらめを吐いているのだろう」

「っ!! 彼女を愚弄しないでください、イエルク様への嫌がらせのためだけに妃候補に選んだのですよね? それに、カラミナ妃にだって酷い事をして……私だって今さら探すために王宮騎士団を私欲に使って、なにを考えているのです」

「言っただろう? 心配で探していただけだ。カラミナについては悪いとは思っている」

 その口ぶりや表情から噓を言っているような素振りはない。
 でも、考えがまるで分からない、ガディウスに詰め寄っていた時の彼は心配にしては行き過ぎた口調であった。
 捨てた妃候補を探すために支援金までも送るのか?

「さて、お前の報告は終わったのなら特命騎士としての任は終えたのだろう? 妃候補としてまた迎えてやろう」

 再び語りかける彼へ首を横に振る。
 嚙み合っていない……私を捨てたくせに、後生大事な思い出のように昔の恋情を美談として語っていた事や、今も無理強いして連れ戻そうとしている行動が理解ができない。

 後ずさり、アルフレッドから距離をとった私は窓際へと近づき、ふと思い出してしまう。
 今まで見聞きした事の中に、答えがあるのではないか?


 セレン妃の寝室へと飽きもせずに通いつめ、窓から外を見続けていたという話。
 そして……先程、久々に会った私へと語りかけていた言葉が答えを導く。

 恋情を踏みにじった彼自身が私を連れ戻そうとしている事に明確な理由があった。 
 私が泣いている時に見せていた愉悦に満ちた笑みの正体。
 
 そうか彼はずっと私を……。
 ガディウスが言っていた通りだ、彼は……歪んでいる。

 背筋に寒気を感じながら、私は確かめるように口を開いた。
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