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 こちらを見つめるセレン妃のブラウンの眼。
 小麦色の髪はとても艶めかしく、端正で妖艶な顔立ちは絶世の美女という言葉が相応しい程に美しい女性だった。

 私は慌てて膝をついて頭を下げる。

「野盗のような真似をお許しくださいセレン妃」

「名を名乗りなさい、そこから動けば叫び警備を呼びますよ」

 隠しも意味がない、下手に噓を吐いて信用を落とすなら真実を明かそう。

「名をリルレット・ローゼリア、貴方と同じ妃候補だった者です。貴方と話がしたくやって来ました」

 流石に動揺したのか、ピクリと眉をひそめたセレン妃は睨みながら言葉を続ける。

「意味が分からない、外には王宮騎士がいたはず……それらを抜けるような危険を冒してまでなぜ私に会いに来たのです?」

「貴方が見たという、ジェイソン様のご遺体についてご説明を頂きたく、精神を病んでいるとは聞いておりますが、どうか詳細をお聞かせ願えないでしょうか?」

「せっかく来てもらって悪いけど、私は何も話せない。直ぐに警備を呼んで貴方を連行してもらいます」

「お待ちください……第二王子であるイエルク様ともう一度会える機会が設けると言えば話を聞いて頂けますでしょうか?」

 視線を向けて問いかけた言葉、今度は明らかに動揺していた。
 確信はあったが、考えが当たっていた事には安堵して胸をなでおろす。

「どうして……私がイエルク様に会いたいと思うのかしら?」

 平然を装ってはいるが視線は泳いでおり、言葉は震えている。
 心中を顔すら知らなかった私に見破られている事に明らかな焦りを見せていた。
 私は対照的に落ち着きを取り戻し、ゆっくりとこの考えに至った理由を話す。

「謎だったのです。カラミナ妃や私が寵愛されていると偽の噂が流布されていた時、実際に寵愛されていたのは貴方だった。なのに真実を明かさずに沈黙を貫いているのはなぜなのか?」

「……」

「本来なら他の妃候補よりも愛されていると示すために真実を意図的に流します。それをしなかったのは貴方が偽の噂を流すように頼んだ張本人だからですよね? セレン妃。アルフレッドには愛されていないと周囲に思わせるため」

 セレン妃は罰の悪そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。

「私がなぜそんな事をする必要があるというの?」

「第二王子であるイエルク様を想っているからです。今は留学している彼が心配しないようにそう仕組んだ」

「だから!! どこにその理由があると言うの!?」

 私は指先で飾られていた肖像画が指さす。
 それを見てセレン妃は納得をしたのだろう、へなへなと座り込んだ。

「あの肖像画は私も見ました。アルフレッドの肖像画は幾つかありましたよね? その中でイエルク様が描かれているのはあの絵だけであり、イエルク様が中心に描かれている。アルフレッドを想うのであれば飾る候補からは外れます」

「そんな事、貴方がなぜ分かるの?」

「私はアルフレッドを愛していました、だからこの肖像画だけは選ばない。これを選ぶのは私とは真逆の考えだったから」

「っ……分かる人には分かるのね。もういい、元妃候補の貴方には教えてあげる」

 観念したのか、セレン妃は自嘲気味に笑って顔を横に振る。
 全てを知られていると分かって妃候補としての顔をする必要がないと思ったのか、姿勢を崩して疲れたような表情を浮かべる。
 そして、ゆっくりと口を開いた。

「元から私はアルフレッド殿下からは寵愛などされていないわ、彼はイエルク様と仲が悪いようで……私はイエルク様への嫌がらせのために妃候補に選んだと彼が話していたもの」

「私はアルフレッドを何年も待ち続けていました。その間を彼はセレン妃に会いに来ていたのですよね?」

「ええ、だけどお互いに会話は全くなかったわ。私はイエルク様が好きだと正直に言っていましたし、アルフレッド殿下はイエルク様へ嫌がらせが出来ればそれでいいと言っていましたから」

 アルフレッドが私から離れてから空白だった数年間の真実を知らされながらも、不思議と心は平然としていた。
 もう、彼を想って泣いていたあの頃の私はおらず、今はユリウス様が心を落ち着かせてくれていたからだ。
 しかし、違和感は残っていた……かつてアルフレッドと私は確かにお互いに愛し合っており、彼が何も言わずに私から離れた理由だけが分からなかった。

 しかし、今は気にしてもいられない。

「セレン妃、ジェイソン様について教えてくだされば……貴方が妃候補を降りる事へ私のローゼリア伯家、更にはフロスティア伯家とフェニーチェ公家が賛同する事をお約束します。そうすれば晴れて堂々とイエルク様とお会いできるはずです」

 ユリウス様とシュレイン様の家名を勝手に使ってしまったが、二人なら納得して協力してくれるだろう。
 これだけの賛同が得られるとあれば憂いなく、直ぐに妃候補を降りる事が出来るとセレン妃も理解してくれるはず。

 しかし、セレン妃は渋い表情のまま……頬杖をついて考える。
 提案は彼女にとっても悪くない話のはずであったが、あまりにも熟考しているために私が耐えきれずに口を開く。

「セレン妃、申し訳ありませんが時間はありません。ジェイソン様について教えてください」

「リルレットさん、貴方はここまで来れたという事はそれなりに腕が立つ、或いは優秀な味方がいるのかしら?」

 なぜそんな事を?
 疑問を抱きつつも頷きで答えると、セレン妃はほっと一息を吐いた。

「なら、条件をもう一つだけ追加してください。私に危機が迫った時は必ず助けてくださると約束して。それが私の見た事を話す条件です」

「……分かりました。お聞かせくださいセレン妃」

 セレン妃の言葉は危険を匂わせるが、それに怯えて逃げ出すようでは騎士ではない。
 騎士として責任を持ち、私はセレン妃を守って真実を突き止める。
 覚悟と共に見つめると、彼女の身体は震えながらも拳を握って口を開く。 

「あの夜、この寝室に小さな声が聞こえ……好奇心で外へ見に行ったのです。物陰から音の鳴った場所を見るとバラバラになったジェイソン様と思われるご遺体、そしてもう一人の人物が血染めの剣を持って立っていました」

「っ……殺害? その場にいたのは誰ですか!?」

 青ざめ、自己を安心させるために腕を組みながらセレン妃は言葉を続ける。
 抱えていた真実を打ち明けたのだ、ジェイソン様を殺害した人物の名を。

「王宮騎士団長……ガディウス様でした。彼はおびただしい血を浴びながら……不気味な程に笑っていました」

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