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 それから暫くの時間が過ぎたが、私はとある理由で緊張を止められなかった。 

「あの……」

「どうしたの? リルレット」

「そろそろ、下ろしてくれませんか?」

 座った彼は膝の上に私を乗せ、後ろからハグして時折髪を撫でてくる。
 嬉しいけど、緊張が勝ってしまう。

「今まで我慢してきたからね~どうしようかな」

「我慢……ですか」

「そう、好きって言えないのは辛かったよ」

「それは分かりますが、今の状況は恥ずかしいですし、人が来てしまいますよ」

「今の時間は基本的に誰も来ない。それに執務も全部終わっているから仕事にも影響はない」

 反論できない。
 でも、今は少しだけ聞いてほしい話があるため一度離れなくては。

「その、セレン妃と会いに行く件で相談もありますので、一度話し合いましょう」

「このままでも大丈夫だよ。それに君に危険がないように僕が対策もする」

「ユリウス、心臓がもたないから」

「じゃあ、君がセレン妃と会って、帰ってきたら我慢しなくていいと約束してくれる?」

 ニコリと横から覗く彼の笑み。
 やっぱりこの人はずるい、分かっていて聞いてくるのだから。

「げ……限度さえ考えてくれれば、大丈夫ですよ」

 呟いたと同時に私は軽々と横抱きされ、そっと執務室のソファへと下ろされる。
 最初からこのお願いの機会を待っていたのだろう、微笑する彼を見れば分かる。
 私も納得しつつ、本題へと話を戻す事にした。
 
「セレン妃に会うため、護衛と偽ってカラミナ妃と会ってきます。彼女の侍女を通してなら連絡ができますので」

「ずいぶん仲が良くなったね」

「定期的に無事かどうかの連絡をもらっていましたので」
 
 ここまでは予定していた通り、しかし不安要素を潰していかねばならない。
 と思ったがユリウス様はそれを察して口を開く。

「王宮騎士団について、君が楽に進めるように助力するよ」

「そんな事ができるのですか?」

 彼は私の手を取り、初めて王宮へと向かったあの時と同じようにペンを取り出す。
 それを見て、私も色々と察した。

「前よりも魔力を込めて書く、催眠魔法や他の魔法もしばらく使えるよ」

「便利ですね。魔術印とは」

「亡くなったジェイソン様が編み出した魔術方法だからね。本当に凄い人だよ……。多めに魔力を込めておいた、一か月程は魔法を君も使えるよ」
 
 一か月も……魔術印の凄さと、それだけの魔力を平気で込める事ができるユリウス様の底が知れない。
 呆気に取られていると、彼は私を強く抱きしめた。

「心配だけど、君は止めても行くのだろう?」

「はい……女性として騎士になれる道があるのであれば、諦めたくありません」

「分かった。じゃあ僕の特命騎士としてあと一つだけ特務を与えるよ」
 
 頬にそっとキスを落としてくれた彼は、耳元で囁きながら私の背を叩いた。

「必ず無事に帰ってくるようにね?」

「もちろんですユリウス、待っていてください」

 見つめ合い、お互いに額を当てながら笑い合った私達。
 彼のため……必ず無事に帰ると心に誓いながら、カラミナ妃を護衛するための夜を待った。

   ◇◇◇

 カラミナ妃の護衛が許されたのは意外にも連絡をした当日であった。
 あっさりと許可がおり、いつでも来ていいと侍女から連絡をもらう。

 とはいえ、王宮騎士団に見つかる訳にもいかないのでコソコソと泥棒のようにカラミナ妃の寝室へと向かう。
 音の出ないように鎧ではなく隊服のままだ。
 王宮内は前に来た時よりも静かで、聞いていたように王宮騎士の数が少なく、容易にカラミナ妃の寝室に辿り着く事ができた。
 まさか、前と同様に彼女の寝室前にさえ見張りがいないとは。

 合図のノックを送り、寝室の鍵が開いたのを確認して入室する。
 アロマが焚かれて心地よい香りが充満する部屋でカラミナ妃は寝台に座っており、私を見るとパッと顔を明るくした。

「リール、待っていました。貴方から護衛に来てくれて嬉しいわ」

「カラミナ妃、無茶を言って申し訳ありません」

 彼女は未だに私の事を男性のリールだと思ってくれており、余計な混乱を招きたくないため、勘違いしてもらったままで話を進める事にした。
 それにしても、カラミナ妃は前よりも明るくなったように感じる。 

「よく、眠れておりますか?」

「もちろん。貴方のおかげよリール。あれから陛下は夜伽を強制する事も控えてくれていますし、お詫びの言葉もくれましたから」

「良かったです」

 ほっとする気持ちが芽生えるが、それを利用させてもらう事に罪悪感を抱いてしまう。
 しかし、他に手段がない。
 私は片膝をつき、カラミナ妃を見つめる。

「本日は僕が護衛を努めます。引き続き安心してお眠りください」

「それでねリール、今日は貴方とお話がしたいの……」

 言葉を切り、カラミナ妃は寝台にふわりと倒れて静かな寝息を立てる。
 魔術印による催眠魔法によって強制的に寝てもらう、申し訳ないが王宮内を自由に歩くためだ。
 アロマの炎を消し、セレン妃の寝室へと向かう。

 違和感には直ぐに気付いた。
 セレン妃の寝室へと向かう道中に配置されている王宮騎士の数は明らかに多く、警備が厳重だ。
 やはり、セレン妃は王宮騎士団が隠したい何かを知っている。
 
 護衛である王宮騎士から身を隠し、時には催眠魔法で眠ってもらいながらセレン妃への寝室へと近づいていく。
 ユリウスには感謝しないとね。
 私よりも遥かに強そうな王宮騎士でさえ眠らせる魔法を託してくれたのだから。

「ふぅ……」

 セレン妃の寝室の前まで辿り着き、私は深呼吸をする。
 王宮魔術師ジェイソン様の遺体を見つけた張本人であり、妃候補としてアルフレッドに寵愛されながら何故か偽の噂が流布されていた謎多き女性。
 そもそも……私にとって気がかりは偽の噂をセレン妃が見逃していた事だ。 
 寵愛されていると噂を流すのは他の妃候補へ牽制する意味合いが大きく、彼女にとってメリットがない。

 しかし、私はとある考えが頭の片隅に浮かんでいた。
 もし、噂を逆に利用していたのなら……セレン妃の謎に合点がいく。


 寝室の扉を開き、暗い室内を照らすために廊下の燭台を手にとって中を照らす。
 壁には本棚、化粧台……そして肖像画が飾ってあった。
 かつて私も頭を悩ませた肖像画、アルフレッドと第二王子が描かれたそれを見て……私の考えに確信が生まれた。

「誰ですか? 貴方は」

 凛と透き通るような声にハッと視線を向ける。
 寝台に座り、忍び込む私に一切動じる姿を見せない謎多き妃候補がそこにはいた。

 セレン・ルーテイン妃、彼女を見て私は微笑む。
 彼女がなぜ噓の噂を泳がせていたのか分かったのだ。
 それは重要な交渉材料になると確信した。  
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