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 アルフレッドに出ていけと言われてから早々に侍女達に頼んで荷物の整理を始める。
 いつまでも泣いていられないのもあるがこの王宮に居るのはいたたまれないからだ。

「リルレット様……やっぱり見限られたのね」
「ねぇ、どんな失態をすればあの優しいアルフレッド殿下に嫌われるのかしら」
「どうせ、愛想もなくて捨てられただけよ」

 部屋の前を通っていく使用人や他妃候補の侍女達がチラリと視線を投げかけてはひそひそと話す。
 全部聞こえているのだけど……。
 気にしない素振りをいつまでも続ける事は辛い、彼らの言葉は私の心をジクジクと刺してくるのだから。

「リルレット様、こちらは撤去いたしますね」

「ええ、ありがとう」

 手伝ってくれる侍女達に申し訳ないと思いつつも早くこの場から去るためにも整理を進める。
 壁に掛けられていたアルフレッドの肖像画が外されていくのを見て、思わず自嘲気味に笑ってしまう。
 かつて、妃候補達全員に配られたという肖像画はアルフレッドだけが描かれた物と弟君であるイエルク様も描かれた二種類があった。
 私はアルフレッドだけの肖像画を選んだのは、イエルク様も描かれた肖像画は中心がアルフレッドではなかったからだ、今にして思えばどうでもいい事だが、そんな些細な事も気にしてしまう程に愛していた。
 
 本当に……私の五年間はなんだったのだろうか。

「あの、こちらはいかがいたしますか?」

「それは……」

 差し出された本、装丁は剝がれ落ちてボロボロ、一見して要らない物に見えるだろう。
 しかし、私は本を手に取り胸に抱く。

「これは、持って帰ります」

 捨てられない、これは心苦しく閉じこもっている時に支えてくれた大切な本だ。
 とある騎士に王宮の庭で出会った時に頂いた本だ、もう顔も思い出せないけど……寂しくて俯いていた私に少しでも元気になればとくれたのだ。
 本の内容は幼い少年が読むような騎士物語だが、胸をワクワクとさせてくれる内容が書かれていた。

「それで、こちらの衣服やアクセサリーは全て捨ててしまうのですか?」

 並べられた衣服、アクセサリーは昔から身に付けていた物。
 しかし今は見るのも辛い、どれもアルフレッドに喜んでもらうために選んだ物ばかりで私の好みではない。
 我ながら……情けない。

「捨ててください、もし必要であれば貴方達が貰ってもよいですよ」

 途端に顔が明るくなり目を光らせた侍女達に苦笑しつつも良かったと思う。
 見限られた妃候補の侍女として肩身の狭い思いをさせてしまっていただろうから、これぐらいは美味しい思いはしてもらいたい。
 迷惑や心労だけをかけてさよならはあまりにも薄情だから。


 荷物の整理が終わって片付いた部屋を見て、これで終わりかと息を漏らす。
 出ていくとなれば彼と過ごした楽しい時間だけが思い出されてしまう、苦しんだ時間の方が長いのに心は簡単に折り合いを付けてはくれない。

「さよなら」と呟いた言葉を残して部屋を後にする。

 あの場にとどまって思い出に浸れば泣いてしまう。
 これ以上は侍女達に迷惑をかけられない。
 王城を出ていく間にすれ違う人々に後ろ指を刺され、顔色を嬉々として伺う者やひそひそと陰口を叩く者に冷や汗と吐き気が止まらない。

「見て、あれ……」
「リルレット様、本当に捨てられたのね」

 まさか出ていく間際まで苦境を強いられるとは……。
 足を早めた時、道を突然見知らぬ侍女達に塞がれた。 

「こちらの通路はあと少しでカラミナ様がお通りです。暫し通行を止めさせて頂きます」

 目線のキツイ侍女達の圧に足が止まってしまう、カラミナといえば私もよく知っている。
 同じ妃候補の一人でいま最もアルフレッドから寵愛を受けていると侍女達の噂となっており、私にとっては会うのは最も辛い相手。
 踵を返そうと思ったが、この通路以外に道がない。
 
 仕方がないので足を止めて待つと、聞き馴染みのある声と共に足音が近づいてくる。
 本当に……不幸とは突然にやって来るものだ。

「カラミナ、君のためにドレスも買い揃えたんだ。気に入ってくれると嬉しい」

「ありがとうございます。アルフレッド様……父上もきっと喜んでくれます」
 
 久々に見る笑顔のアルフレッドと肩の当りそうな距離で歩いているカラミナは艶めく赤髪を後ろにまとめ、頬を紅葉に染め、潤んだ瞳で恍惚と彼を見上げて話している。
 スラリとした体形に女性らしさも溢れる肉付き、私にはない女性らしさが彼女にはある。
 見たくもない彼らの仲睦まじい姿にジクジクと心が痛み、視線を逸らすが抵抗も虚しく声が私へとかけられる。

「リルレット、荷物はまとめ終わったのか……それではローゼリア伯によろしく伝えておいてくれ。申し訳ないとな」

 本来なら彼自身がするべき言伝だ、私に託す所に優しさの欠片もないと分かってしまう。
 言い繕うような謝罪には、私自身を思いやる言葉は一切ない。

「アルフレッド、お世話になりました」 

「殿下…だろ、もう妃候補でもないのだ。カラミナもいる前で気安く話しかけるのは辞めろ。わかるだろ」

「ごめん……なさい」


 拳を握るのは、そうしないと涙がこぼれてしまうから。
 自分でも情けないと分かっているのに……止めたい意志とは逆に瞳を潤んでいく。

「アルフレッド様、言い方がよろしくないですわ……リルレット様はお辛いでしょうし早く行きましょう?」

「しかし、こうも辛気臭い顔で会うとどうしてもな」

「なら、カラミナのお顔を見て元気を出してください」

 にこやかに談笑し始めたアルフレッドはもうすでに私は眼中にもないのだろう。
 通行を止めていた侍女達の隙を見て、駆け足で王宮の外へと向かう。



 心はボロボロで、今でも嫉妬してしまう私は醜いのだろうか?
 私が望んだ居場所には既にカラミナがいて、彼の目には私は映っていない。
 もう……私は彼の中に居ないのだろう。

 
 さようなら……アルフレッド。
 心の中で呟きながら、私は王宮を去った。


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