上 下
96 / 107
三章

106話 新しい人⑤

しおりを挟む
「お母様! これ着けてください」
「テア達がお母様のためにつくったの!」

 いつものように庭園にて過ごす日々。
 娘のリルレットと、息子のテアが遊んでいたと思えば……
 なにやら嬉しそうに私の元へと駆け寄って来る。
 
 視線を移せば、ふわっと頭の上に何かをのせてくれた。

「お花の冠!」
「お母様、かわいい~」

 庭園に咲いている色とりどりのお花で作られた花冠。
 それを載せてもらい、思わず笑みがほころびでてしまう。

「ふふ、ありがと。二人共……おいで、ぎゅってしてあげる」

「やった! お母様ぎゅっ~」
「……テ、テアも」

 十歳になったリルレットはまだまだ甘えん坊で、六歳のテアは少し恥じらいを覚え始めている。
 そんな二人をまとめて抱きしめると、私の元気が回復していく!

「すっごく元気でた! ありがとね。二人共!」

「うん! そうだ、イヴァにもお花あげるね」
 
 リルレットは、二歳になるイヴァにも花冠をのせた。
 私のよりも小さなそれを、イヴァは不思議そうに手に持ってブンブンと振る。

「な~に?」

「お花だよ、こうしてかぶるの」

「おねたん。おあな……きれ~」

「そう、あっちにいっぱい咲いてるから見に行こう!」

 イヴァの手を持ち、リルレット達が庭園の花畑へと歩いていく。
 その微笑ましい光景に癒されながら、私は再び机へと向かった。

「私も頑張らないとね……」

 現在、私は物語を書き始めている。
 一度死んでから、記憶を持って二度目の人生を歩み始めた私の日々。
 シルウィオと出会ってからの毎日を、思い出しながら書くのは楽しかった。

「カーティア様。執筆は進んでおりますか?」

 ふと、筆を動かす中で声がかかる。
 顔を上げれば、グレインに連れられたリーシアがやって来ていた。

 彼女が帝国にやって来てから、すでに一か月。
 毎日を過ごしている内、以前よりも気さくに話せるようになっていた。

「リーシア、ちょうど行き詰っている部分があるの。教えてくれないかしら」

「もちろんです。どのような事で」

「この時、悲しい感情を現す表現の方法だけど……」

 リーシアは目が見えないながらも、自らの自立のためにも文字書きを学んだという。
 それは単なる努力と現していいものではないと、私には分かる。
 だからこそ、教えてくれる一言一句には敬意を持って、私は学んでいた。

「カーティア様の執筆速度はすごいです。もうかなり書いているのですね」

「文章力はむちゃくちゃだから、直したい部分は多いけれどね……」

「いいんです。完璧を目指していれば、なにも作れませんから」

 リーシアの言葉に頷いていると……
 庭園へとジェラルド様が走って来た。

「グレイン、すまないが……少し来てくれるか?」

 珍しく息を切らして走ってきたジェラルド様の様子に。
 私とグレインは顔を見合わせた。

「どうしました? ジェラルド様」

「カーティア様。じつは……」

 ひっそりと耳打ちしてくれた、ジェラルド様。
 彼から話を聞いた瞬間、私は立ち上がる。

「私も行きます」と告げて。


   ◇◇◇


 玉座の間へと入れば、玉座に座るシルウィオは退屈そうに無表情であった。
 しかし私を見るとパッと雰囲気が明るくなる。
 そして私が座る椅子を、自らの位置の近くにして待つのだ。

「カティ、こっち」

「横に座りますね」
 
「あぁ」

 シルウィオの隣に座り、グレインも護衛騎士として傍らに立つ。
 そして私達を呼んでくれたジェラルド様が、玉座の間の入口へと声をかけた。

「謁見を始める。入ってもらえ」
 
 呟きと共に、玉座の間……その大扉が開いていく。
 ステンドグラスの窓から差し込む鮮やかな光に照らされて、入ってきたのは……

 甲冑を身にまとう、騎士の集団。
 その中央には……見慣れぬ男性が歩く。
 豪奢な身なりと、威風堂々とした振る舞いに彼が騎士の集団を率いていると分かった。

「初めまして、俺はレイル王国第一王子。ディッグと申します……お見知りおきください」

「……要件を言え」

 レイル王国……
 リーシアが住み、彼女を虐げていた姉であるエリーたちの住む国だ。
 そこから突然やって来た第一王子殿下の存在は、明らかに警戒せざるを得なかった。
 
「本日の要件は、我が国の知財ともなる……リーシア殿の返還を要求しにまいりました」

「っ!? どういう、事ですか?」

 ディッグ殿下の言葉に、私が思わず聞き返してしまう。
 彼は私へと礼をしつつ答えた。

「エリー伯爵夫人が貴方達に失礼な対応をしたこと、レイル王国はお詫び申し上げます。しかし謝罪に向かわせたリーシア殿は、世界でも有名な物書きとお聞きしました」

「……」

「であるなら、我らレイル王国としては彼女という知財を他国に流出したくないというのが本音です」

「それは……現国王の判断か?」

「いえ、シルウィオ陛下。これは俺個人……第一王子としてレイル王国を背負うが故の独断です」

 ディッグ殿下の言葉に、私は首を横に振った。

「なら、私達が了承する必要はありません。住む国を決めるのはリーシア自身の権利です。レイル王国に帰還する気はあるか、お聞きはしておきましょう」

「そうはいきません。その価値を知った今、知財を確保しておきたいのです。即刻引き渡しを……」

「これ以上の問答は必要か?」

 シルウィオの返答に、ディッグ殿下は少し怯む。
 しかし少し余裕気な笑みを見せて、返答した。

「レイル王国と事を荒立てる気ですか?」
 
 その一言に、アイゼン帝国……謁見の場の空気が一変する。
 考えられない……開戦の狼煙ともいえる言葉だ。

「意味を理解しているのか?」

「確かにレイル王国は小国です。しかし一度の諍いで我が国を屈服させれば……アイゼン帝国の世界からの見方はどうなるでしょうか?」

「……」

「アイゼン帝国はこの近年で、以前ほどの恐国である評判は消えました。外交努力で払拭したイメージが、再び皆に刻まれてしまうでしょう」

「それを防ぐなら、引き渡せと?」

「ええ、大人しくリーシア殿を渡してくれれば互いが無傷だ。望むならこちらからも謝礼金を払う事も約束します」

 なるほど……アイゼン帝国の外交評価を考えるなら。
 リーシアを大人しく渡した方が得だといいたいようだ。

 実際、帝国が恐れられてしまう事に利益は無い。
 外交的な交渉としては、選択の余地があるともいえるだろう。

 が……残念ながら、相手が悪かった。

「外交努力が消えて、なんの問題がある」

 シルウィオの一言。
 アイゼン帝国の皆が、その言葉に同意するように姿勢を正した。

「は? なにを……ようやく恐国という評価を覆したというのに……事を荒立てれば、台無しですよ」

「俺が皇帝であるのは……全てはアイゼン帝国が民のためだ」

「っ!!」

「そしてリーシアは我が帝国の国民となった。なら護るのは帝国の務めだ」

「そうやって! 争いを起こしてもいいと––」

「……グレイン」

 ディッグ殿下が叫んだ時。
 その声を遮ってシルウィオが呟き、彼の周囲にいた騎士達の元へと。
 グレイン様が走り出す。

 そして彼は……ディッグ殿下が連れる騎士団の前に立った。

「そもそも……我がアイゼン帝国と事を荒立てる力など、貴様らにはない」

「っ!? な……にを! 我が精鋭騎士と相手をするとでも? 言っておきますが……レイル王国は騎士の訓練に力を注ぎ、その力は強国にも負けず––」

「グレイン……黙らせろ」

「承知いたしました。陛下」

 グレインから、いつものような温和な笑みは消え。
 冷徹で忠実な騎士としての表情で……スラリと鞘を払った刀身を見せる。

 対峙する騎士達。
 殿下の指示に従うしかない彼らに、同情を抱いてしまう……
 なにせ彼らの相手は、アイゼン帝国最強の騎士なのだから。
しおりを挟む
感想 989

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。