上 下
87 / 104
三章

思惑・エリーside

しおりを挟む
 エリーは、久しぶりに幼馴染ともいえるグレインと出会った。
 彼の美しい顔、そして鍛え抜かれた身体は魅了的だった。

 しかし……

「ちっ……最悪よ!」

 グレインと別れた場所から少し離れ、とある路地裏へと入り、忌々しさから舌打ちをする。
 そこで待っていた私の護衛が、心配そうに尋ねてきた。

「奥様、どうしたのですか?」

「グレインは、結婚しているかもしれないわ。確証はないけど、子供がいたもの」

 それに……私に声をかけてきた女性。
 あれほど美しい女性は見た事がなくて、苛立ちが募る。
 あの女がグレインの妻なら、彼が私に振り向かなかった理由も頷ける。

「なら……奥様の計画が難しくなりますね」

「……ええ、そうよ」

 護衛の言う通り、想い描いていた計画は頓挫した。
 
 そもそもグレインと会ったのは、偶然ではないのだ。
 数日前、我の夫である伯爵家が入国管理をしている関係上。
 偶然、入国者の中にグレインの名前を見つけた。
 
 その名を見て、まず怒りが沸いた。
 十年以上前、私の誕生会にグレインを招待したのに、彼は来なかった。
 平民ごときに会を拒否された者として、あの会では大きな恥をかかされたのだ。

 だが、それ以上に……この巡り合わせに胸が鼓動する気持ちもあった。
 風の噂で聞いていたのだ。
 今のグレインはあのアイゼン帝国のダルテリオ伯爵となっている。
 想像を超えた大出世であり、かつての恋心が残っていてほしいと思ってしまった。

「せっかく、グレインのお嫁さんになれるかもしれなかったのに」

「残念でしたね」

 諦めに近い言葉を漏らせば、護衛もため息交じりに笑う。
  
 私は結婚しているが、今の夫とは子供も出来ず、関係は冷え切っている。
 恐らく夫は愛人もいるだろうし、私も目の前にいる護衛とは遊びの仲だ。
 この現状から抜けるため、伯爵家に大出世したグレインの妻になる計画まで考えたのに……

「奥様、諦めていいのですか?」

「それは……」

 計画では、グレインをパーティーに招待して薬を飲ませ、無理やり身体の関係を持つ。
 そして私は離婚をして、彼には責任をとって婚姻関係を結んでもらう予定だった。

「家族がいるなら、難しいわよね……」

「いっそ、第二夫人になればいいじゃないですか。一人目の妻は追い出せばいいんですよ」

「貴方! いいこと言うわね!」

「でしょう? それに……奥様は今回のパーティーに、貴族を大勢を呼んでいるので後にも引けませんよ」

 護衛の言う通り、私は数日前に入国管理書類でグレインの名を見て、直ぐにパーティーの準備を始めた。

 招待した貴族たちは生粋の貴族至上主義、平民上がりで伯爵家をもらったグレインを嘲笑するような人達だろう。
 そんな敵だらけの場に呼び出し、私だけが彼の味方をして信用を得る予定だった。

 今更、彼らにグレインが来ないからと、パーティーの中止はできない。

「貴方の言う通りね……まずは既成事実を作り、グレインの第二夫人を狙うわ」

 そうだ、相手に家庭があるなんて関係ない。
 私が想い描いていた通りに計画を進めればいいのだ。

「早速、またグレインを招待してくるわ!」

「頑張ってください奥様。俺も奥様と関係を持っている事を旦那様にばれたくないので、アイゼン帝国に行ってくれた方がいいんですよ」

 相変わらず軽薄な護衛の言葉に苦笑しつつ、グレインの元へ向かおうとした……
 瞬間だった。



「向かう必要はない」

 声が聞こえて視線を向ければ、路地裏から大通りに向かう道を男が塞いでいた。
 逆光で……顔が良く見えない。

「誰だ、あんた?」

 真っ先に、護衛が剣を抜いて歩き出す。
 それもそうだろう……先程までの会話を聞いていたのなら、口封じはしておくべきだ。

「今すぐに住所と名前を教えろ。もしさっきの会話を流せば、お前を殺すぞ?」

「やってみろ」

「はぁ? 上等だ、本当に殺してやるよ」

 護衛が脅すように睨みつけ、男性の前に立った。
 途端に、その表情が大きく歪む。

「て……てめぇ……なんてふざけた格好を––」

 そんな言葉を吐いた瞬間。

 護衛の剣がバキリと容易く折れ、謎の力に押されるように頭を壁に叩き付けられた。
 一瞬で……護衛が気絶してしまう。
 顔の見えぬ男性は、指先を動かしただけだなのに。
 
「ひっ!?」

「俺の愛するカティと、最高に可愛い子供たちが選んだコレが、ふざけた格好だと? 貴様……」

 男性は意味の分からぬ言葉を吐きながら、怒りを含んだ声で倒れた護衛へと呟く。
 やがて、再び私へと歩み出してきた。
 
「グレインは、お前のパーティーとやらに参加させよう。呼ばなくてもいい」

「え……?」

「だが、直ぐに分かる。あいつは、お前ごときにどうこうできる男じゃない」

「あ、貴方は誰なのよ!?」

「言う必要はない」

 眼前まで迫った男が私の前に立つ。
 途端に……護衛が発した言葉と同様に、ふざけた格好だと言おうとした口を塞ぐ。

「っ……!!」

 なんて格好なのよ、こいつ。
 ぐるぐるの模様がはいった眼鏡に、ふざけた赤鼻、そして奇抜な帽子。
 あまりにふざけた格好だが、先程の会話から察するに、馬鹿にすれば逆鱗に触れることになる。

 な……なんて危険人物なの!?

「グレインがお前の手に負えぬ者だと、すぐに知るはずだ」

 こんな格好で、正体も分からぬ謎の男が、そこまで言うなんて。
 グレイン……貴方は一体なにものなの!?

「大人しく、二日後のパーティーまで待っておけ。分かったな」

「ひっ……!!」

 男は、それだけを告げて背を向ける。
 なにやら手鏡で自分の格好を確認しており、酷く気に入っている様子だ。

「カティが褒めてくれた……」なんて言いながら、大通りへ向かった。


 謎の男。
 恐ろしいのは、私の護衛の中でも実力者だった彼を一瞬で気絶させたこと。


 なにより格好が謎過ぎて思考が読めない。
 そんな男が認めているグレインが、今になって恐ろしく感じる。

 ちょっかいをかけようとした事を後悔したが、もう遅い事にも気付く。
 グレインが本当にパーティーに来るのなら、私が招待した平民を馬鹿にする貴族たちの相手をする事になる。

 そうなれば……全ては私の責任?
 
「あ……あぁぁ」

 私は訳の分からぬ存在に怯え、二日後のパーティーに恐怖した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

婚約者マウントを取ってくる幼馴染の話をしぶしぶ聞いていたら、あることに気が付いてしまいました 

柚木ゆず
恋愛
「ベルティーユ、こうして会うのは3年ぶりかしらっ。ねえ、聞いてくださいまし! わたくし一昨日、隣国の次期侯爵様と婚約しましたのっ!」  久しぶりにお屋敷にやって来た、幼馴染の子爵令嬢レリア。彼女は婚約者を自慢をするためにわざわざ来て、私も婚約をしていると知ったら更に酷いことになってしまう。  自分の婚約者の方がお金持ちだから偉いだとか、自分のエンゲージリングの方が高価だとか。外で口にしてしまえば大問題になる発言を平気で行い、私は幼馴染だから我慢をして聞いていた。  ――でも――。そうしていたら、あることに気が付いた。  レリアの婚約者様一家が経営されているという、ルナレーズ商会。そちらって、確か――

【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ
恋愛
 シシュリカ・レーンには姉がいる。儚げで美しい姉――病弱で、家族に愛される姉、使用人に慕われる聖女のような姉がいる――。    優しい優しいエウリカは、私が家族に可愛がられそうになるとすぐに体調を崩す。  今までは、気のせいだと思っていた。あんな場面を見るまでは……。      ※他の作品と書き方が違います※  『メリヌの結末』と言う、おまけの話(補足)を追加しました。この後、当日中に『レウリオ』を投稿予定です。一時的に完結から外れますが、本日中に完結設定に戻します。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。