75 / 114
三章
88話 制裁の国
しおりを挟む
カーティアside
なにやら、最近はシルウィオの様子がおかしい。
表情は相変わらず無表情のままだけど、ウキウキしているのだ。
執務室にこもり、一人で何かを一心不乱に書いている。
「……怪しいよね、リルレット」
「うん、お母様……」
長女のリルレットと共に、執務室を覗き込み、微笑むシルウィオを見つめる。
腕には二歳の息子のイヴァを抱きつつ、様子をうかがう。
「やっぱり聞くべきかな、リルレット」
「で、でもお父様が一人でなにかしてる時って……ほとんどリル達へのサプライズだから、気付いてない振りの方がいいよ」
「そう……だよね」
今までもシルウィオは一人でこそこそと、サプライズでプレゼントを用意したり。
子供達の遊具を作ったりとしてくれていた。
だけど、決まって私達に何かしてくれる時は……いつも以上にホワホワしているので家族の皆は決まって察している。
それに気付いていないのは、彼だけだ。
「でも、今回は地図まで開いているから。何をしてるのか気になって」
「うーん、リルも気になるけど……」
「あーう。おかたま……おあよ~」
「あ……イヴァ、起きたの? おはよう」
腕の中で起きてしまったイヴァをあやしつつ、リルレットと共に相談をしていると。
通路から、足音を響いてくる。
視線を移せば、長男のテアがこちらを見つけて走って来ていた。
「お母様! お姉様も! ここに居たんだ!」
テアは無邪気に私達の名を呼ぶ。
必死に静かにとジェスチャーで伝えるが……やはり気づかれてしまったようだ。
「カティ……お前達も」
シルウィオは執務室の扉を開き、私達を見て声を漏らす。
そして、子供達の頭をそれぞれ撫でつつ。
私の手を引いて招いてくれた。
「ちょうどいい。来てくれ」
「?」
子供達と共に執務室へと向かえば、彼が大きな世界地図を見せてくる。
そこに描かれていたのは……アイゼン帝国から各国へと結ぶ線。
「シルウィオ、これ……?」
「お父様……リル分かっちゃった!」
「世界地図だ! テアにも見せて!」
「おとたま、ぎゅう~して~」
それぞれが反応を返せば、シルウィオは頬を緩めながら胸を張った。
「旅行に行く」
「っ!!」
「政務の休みは作った。一か月……このルートなら皆で多くの国を回れる」
「えー! やったー!」
「みんなで行けるの? リル……お母様とお父様との旅行久々だ~」
「うーー?」
テアやリルが喜びの声を上げ、旅行に諸手を挙げて喜び。
それを見たシルウィオも嬉しそうに頷いている。
だけど……
「ね、ねぇ。シルウィオ」
「どうした、カティ。喜んでくれるか?」
ワクワクとした様子のシルウィオだけど。
私には一つの懸念点が残っていたため、ひそひそと話す。
「私も、シュルク陛下から聞いたよ。前回の時間でヒルダと関わった、危険思想を持った人がいると」
「あぁ……それは俺が……」
「旅行を計画してくれて本当に嬉しいけど。子供達を……そんな人達がいる所に連れていくの、私は反対だよ?」
バサリと、世界地図が落ちた。
シルウィオは目を見開き、私と子供達を交互に見てから……小さく呟いた。
「……奴らがいるせいで。カティ達と旅行に行けない?」
「シ、シルウィオ?」
「カティが……喜んでくれない」
呟きつつ、シルウィオの瞳が鋭さを増していく。
まるで初めて会った時のように、怒気が混じる鋭利な視線へと変わっていた。
「すまない、カティ。リル、テア、イヴァ……三日だけ待ってくれるか?」
「え? ど、どうしたの?」
「直ぐに終わらせる。俺が……間違っていた」
「シルウィオ?」
「お前達が安全に旅行できるようにするのが……俺の役目だ」
呟きを漏らし、シルウィオは颯爽と執務室を出て行ってしまった。
「お父様……どうしたのかな?」
テアの呟きに、私は笑みをみせながら答える。
「みんなのために……いっぱい頑張ってくれるみたい」
「?」
こんな時のあの人は、決まって私達のために頑張ってくれるから。
首を傾げたテアに微笑みつつ、私は言われた通りに三日。
彼の帰りを待つ事にした。
◇◇◇◇◇◇
皇帝––シルウィオは執務室から出て、真っ直ぐに玉座の間へと向かう。
そして……玉座へ座り、久しく無かった怒気のこもった声を漏らす。
「ジェラルド、グレイン」
僅かな呟き。
しかし……呼ばれた二人は短い時間でシルウィオの前へ集い、真剣な表情で跪いた。
「陛下、どうしました?」
「掃除だ、頼めるか」
「……仰せのまま、ご命令ください陛下」
「我らが力、全て陛下と帝国のためですから」
一切の迷いもなく答えた二人。
そこには、皇帝への疑念など一切ない。
なにより……仕えるべきシルウィオが頼るという、二度とないであろう機会を断る二人では無く。
シルウィオの命に従うまま、転移魔法によって各々が移動していった。
□□□
アイゼン帝国より、馬車で五日の距離にある国。
フーチヤ国。
その国の国教である、未来視教では……表立って言えない儀式が行われていた。
生贄の義。
未来視教の教祖は、未来を見通す魔力を持つ。
その能力によって信者を増やすが……教祖が、その力をより強くするためには他者の命と引き換えにするしかなかった。
「た、助け……」
「私達は、なにも罪を犯してはおりません!」
「子供もいるのです! お願いいたします! せめて子供だけでも!」
無作為に集められた、数十人の生贄。
それを見て……教祖は祈りながらも大きなため息を吐く。
「馬鹿者どもが、貴様らの犠牲は……我が未来視の礎となれるのだ。光栄に思わんか」
「教祖、数が揃いました」
「あぁ……これでまた一歩。未来を見通す力を高められる」
教祖は微笑み、並ぶ人質たちを見つける。
老人、大人、子供、男、女。誰もが分け隔てなく……教祖には力の糧でしか無い。
「我の力は、今は五日後を見通すのみ。だが……此度の生贄でさらに遠き未来まで見通せるはずだ!」
「教祖、ぜひ生贄にも力となれる喜びを味合わせるため。一か月振りに、力をお使いください」
「あぁ、良かろう!」
教祖は瞳を閉じ、手を合わせる。
幾つかの呪文を唱えた後、未来を見通す力を発動……したはずだった。
「あ……あれ? なにも見えんぞ! お、おい! なにも見えん!」
「……」
「お、おい! 誰か聞いているか!? なにも見えないんだけど……」
未来視を解き、周囲を見つめた時だった。
転がるのは、自身が従えていた信者達。そして生贄達を縛っていた縄は解かれていた。
「は!? 一体何が……」
「流石に、今日来るとは思わなかったでしょ?」
「は?」
聞こえた声に視線を上げれば、胸に鋭い痛みが走る。
剣が心臓を貫き、目の前には……見知らぬ騎士の姿があった。
「だ、だれ……だ?」
「申し訳ないけど、教える時間は無いよ。もっと未来視とやらを使っておけば良かったね」
「あ……ぁ……」
剣を抜きとり、人質たちを逃した騎士––グレインは手元の紙を見つめてポツリと呟く。
「この国は、あと二人か……」
△△△
オクシネス王国。
その国の現王は、色欲により狂っていた。
「おい、今日の女を連れてこい」
集められた女性達を見て、王は吟味しつつ唇を濡らす。
「抵抗するなよ、お前達は俺の物だ」
この国では、他国にも知らせず、密かに国民へと強いる政策があった。
毎年、数十人の女性達を捕え……一年間を現王の玩具とする政策。
逆らえば処刑、誰かに漏らせば処刑。
そうして圧政を強いて、国王は自身の肉欲を満たしていた。
「お前にする」
「お願いします……私には夫が……」
「黙れ、玩具が口答えするな……」
現王は舌打ちしつつ、壁に立て掛けられていた絵画を見つめる。
たった一度……他国との交流会で見た、一人の王妃の絵。
今は、アイゼン帝国の皇后となっている、カーティアの肖像画であった。
「あぁ……あの時、無理やりにでもさらっておけば……」
肖像画を見つめ、国王は嘆きの言葉を漏らす。
もう手に出来ぬ……宝物を願うように。
「せめて……せめて、我が国へ訪れれば……さらってでも、我が女にするのに……カーティ––ウグっ!?」
言葉の途中。
突然、王は背後から手を回されて……頬をナイフによって裂かれた。
「あ……あぁぁぁ!! だ、だへだぁ!?」
「貴様が、我らが帝国の華の名を呼ぶなど……許さん」
大きな体躯の男性が、王を見下ろす。
年老いてなお、眼光の鋭さが衰えぬ公卿––ジェラルドの姿に、王は助けを呼ぼうと思ったが。
口を抑えられて、その刃を向けられる。
「お前は多くを苦しめた……その罰は、死ぬことではない」
「や……やめへ……お、おへは」
頬が裂かれ、上手く喋れないまま。
ジェラルドの持つ刃の切っ先が王の……最も失い難い、欲望の源へと向けられた。
「や、やめ……お、おねがひしま」
「黙れ」
「あ…………あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
城中に響く叫びを聞きながら、ジェラルドは紙を見ながら頷いた。
「これで……最後ですな」
◇◇◇
リバイル国の大臣は、広間へと描いた魔法陣を見つめ。
周囲に従えた魔術師たちへと頷く。
「……私が思い出した前回の記憶で分かった。真に我らが従うべきはヒルダ様であると」
「……」
「そのヒルダ様は、今世では……憎きアイゼン帝国により。その命を落とされた」
リバイル国の大臣は、怒気を強めた声と、恐ろしいまでの気迫で、周囲の魔術師を焚きつけるように叫んだ。
「だが! 儀式の準備は整った! 今ここに! 前回の時間軸からヒルダ様を呼び出すのだ!」
「ぉぉお!!!!!」
「……貴様ら、死にたいのか?」
焚きつけ、雄叫びを上げる魔術師達であったのに。
突然聞こえた呟きは、まるで脳裏に焼き付くようにハッキリと届いた。
「仕事を増やすな。どいつもこいつも……煩わしい」
儀式の場へ、一人の男が入って来ていた。
銀色の髪をなびかせ、紅の瞳には憤怒がこもる……見つめられるだけで、背筋が凍えて身体を震わせる威圧を放つ。
皇帝––シルウィオの来訪に、大臣を含め、多くが動揺した。
「話を聞く時間はない、さっさと消えろ」
「き、貴様がヒルダさ––」
勢いで叫んだ魔術師の一人の胸が、鋭い雷光によって貫かれて……絶える。
「や……やれ! 全員でかかれ!」
「殺せ! 我らがヒルダ様の仇!」
叫び、意気揚々と戦おうと息まいた魔術師達であったが。
その命は……一分の時も稼げず、絶えていった。
「あ……あぁぁ。噓でしょ……?」
一人残された大臣に、シルウィオは腰に差した剣を抜き。
その切っ先を首元へと当てた。
「や……やめ……」
「貴様らの生死など、どうでもいいが。……俺の愛するカティを愚弄したクズを呼び出す事を、許すはずがない」
「や、やめてくれぇぇ!」
「うるさい、消えろ」
……
血塗られた剣を拭き取り、シルウィオは小さく頬を緩めた。
シュルク陛下より渡されていた危険思想者のリスト、その全てにチェックが付き終わったから。
「これで、カティ達と旅行に行ける……」
一人呟きながら、シルウィオの怒りは収まり。
転移魔法によって、自身の愛すべき家族の元へと戻った。
◇◇◇
「もう安全だぞ……カティ」
夜中に城へと帰ってきたシルウィオは、私を抱きしめながら呟く。
三日待てと言っていたけど、僅か一日でシルウィオ達は帰ってきた。
変わらず規格外な帝国の強さに、笑ってしまう。
「シルウィオ……身体は、無理してない?」
「俺は、カティや。子供達と旅行に行ければ、それだけで嬉しい」
「ありがとう……シルウィオ」
あぁ……カルセイン王国は大パニックだろうなと、笑ってしまう。
まさか僅か一日で、危険思想だと調査していた者達が絶えるなど……誰が予想しただろうか。
「でも……シルウィオのおかげで旅行に行けるよ。ありがとう」
「カティ……褒めてほしい」
「ふふ。分かってるよ」
彼の頭へと手を伸ばして撫でれば、これまた嬉しそうにするのだから可愛いらしい。
彼は庭に住む、犬のノワールよりも……二人きりの時はワンコなのだから。
「カティ達との旅行。楽しみだ」
「私もだよ。計画してくれて……ありがとう」
「あぁ、その言葉で充分だ」
抱きしめながら、二人の時間を過ごす。
彼がいれば……もう危険な事なんてない。
つくづく、私は幸せ者だと改めて実感しながら……彼へと口付けを交わした。
なにやら、最近はシルウィオの様子がおかしい。
表情は相変わらず無表情のままだけど、ウキウキしているのだ。
執務室にこもり、一人で何かを一心不乱に書いている。
「……怪しいよね、リルレット」
「うん、お母様……」
長女のリルレットと共に、執務室を覗き込み、微笑むシルウィオを見つめる。
腕には二歳の息子のイヴァを抱きつつ、様子をうかがう。
「やっぱり聞くべきかな、リルレット」
「で、でもお父様が一人でなにかしてる時って……ほとんどリル達へのサプライズだから、気付いてない振りの方がいいよ」
「そう……だよね」
今までもシルウィオは一人でこそこそと、サプライズでプレゼントを用意したり。
子供達の遊具を作ったりとしてくれていた。
だけど、決まって私達に何かしてくれる時は……いつも以上にホワホワしているので家族の皆は決まって察している。
それに気付いていないのは、彼だけだ。
「でも、今回は地図まで開いているから。何をしてるのか気になって」
「うーん、リルも気になるけど……」
「あーう。おかたま……おあよ~」
「あ……イヴァ、起きたの? おはよう」
腕の中で起きてしまったイヴァをあやしつつ、リルレットと共に相談をしていると。
通路から、足音を響いてくる。
視線を移せば、長男のテアがこちらを見つけて走って来ていた。
「お母様! お姉様も! ここに居たんだ!」
テアは無邪気に私達の名を呼ぶ。
必死に静かにとジェスチャーで伝えるが……やはり気づかれてしまったようだ。
「カティ……お前達も」
シルウィオは執務室の扉を開き、私達を見て声を漏らす。
そして、子供達の頭をそれぞれ撫でつつ。
私の手を引いて招いてくれた。
「ちょうどいい。来てくれ」
「?」
子供達と共に執務室へと向かえば、彼が大きな世界地図を見せてくる。
そこに描かれていたのは……アイゼン帝国から各国へと結ぶ線。
「シルウィオ、これ……?」
「お父様……リル分かっちゃった!」
「世界地図だ! テアにも見せて!」
「おとたま、ぎゅう~して~」
それぞれが反応を返せば、シルウィオは頬を緩めながら胸を張った。
「旅行に行く」
「っ!!」
「政務の休みは作った。一か月……このルートなら皆で多くの国を回れる」
「えー! やったー!」
「みんなで行けるの? リル……お母様とお父様との旅行久々だ~」
「うーー?」
テアやリルが喜びの声を上げ、旅行に諸手を挙げて喜び。
それを見たシルウィオも嬉しそうに頷いている。
だけど……
「ね、ねぇ。シルウィオ」
「どうした、カティ。喜んでくれるか?」
ワクワクとした様子のシルウィオだけど。
私には一つの懸念点が残っていたため、ひそひそと話す。
「私も、シュルク陛下から聞いたよ。前回の時間でヒルダと関わった、危険思想を持った人がいると」
「あぁ……それは俺が……」
「旅行を計画してくれて本当に嬉しいけど。子供達を……そんな人達がいる所に連れていくの、私は反対だよ?」
バサリと、世界地図が落ちた。
シルウィオは目を見開き、私と子供達を交互に見てから……小さく呟いた。
「……奴らがいるせいで。カティ達と旅行に行けない?」
「シ、シルウィオ?」
「カティが……喜んでくれない」
呟きつつ、シルウィオの瞳が鋭さを増していく。
まるで初めて会った時のように、怒気が混じる鋭利な視線へと変わっていた。
「すまない、カティ。リル、テア、イヴァ……三日だけ待ってくれるか?」
「え? ど、どうしたの?」
「直ぐに終わらせる。俺が……間違っていた」
「シルウィオ?」
「お前達が安全に旅行できるようにするのが……俺の役目だ」
呟きを漏らし、シルウィオは颯爽と執務室を出て行ってしまった。
「お父様……どうしたのかな?」
テアの呟きに、私は笑みをみせながら答える。
「みんなのために……いっぱい頑張ってくれるみたい」
「?」
こんな時のあの人は、決まって私達のために頑張ってくれるから。
首を傾げたテアに微笑みつつ、私は言われた通りに三日。
彼の帰りを待つ事にした。
◇◇◇◇◇◇
皇帝––シルウィオは執務室から出て、真っ直ぐに玉座の間へと向かう。
そして……玉座へ座り、久しく無かった怒気のこもった声を漏らす。
「ジェラルド、グレイン」
僅かな呟き。
しかし……呼ばれた二人は短い時間でシルウィオの前へ集い、真剣な表情で跪いた。
「陛下、どうしました?」
「掃除だ、頼めるか」
「……仰せのまま、ご命令ください陛下」
「我らが力、全て陛下と帝国のためですから」
一切の迷いもなく答えた二人。
そこには、皇帝への疑念など一切ない。
なにより……仕えるべきシルウィオが頼るという、二度とないであろう機会を断る二人では無く。
シルウィオの命に従うまま、転移魔法によって各々が移動していった。
□□□
アイゼン帝国より、馬車で五日の距離にある国。
フーチヤ国。
その国の国教である、未来視教では……表立って言えない儀式が行われていた。
生贄の義。
未来視教の教祖は、未来を見通す魔力を持つ。
その能力によって信者を増やすが……教祖が、その力をより強くするためには他者の命と引き換えにするしかなかった。
「た、助け……」
「私達は、なにも罪を犯してはおりません!」
「子供もいるのです! お願いいたします! せめて子供だけでも!」
無作為に集められた、数十人の生贄。
それを見て……教祖は祈りながらも大きなため息を吐く。
「馬鹿者どもが、貴様らの犠牲は……我が未来視の礎となれるのだ。光栄に思わんか」
「教祖、数が揃いました」
「あぁ……これでまた一歩。未来を見通す力を高められる」
教祖は微笑み、並ぶ人質たちを見つける。
老人、大人、子供、男、女。誰もが分け隔てなく……教祖には力の糧でしか無い。
「我の力は、今は五日後を見通すのみ。だが……此度の生贄でさらに遠き未来まで見通せるはずだ!」
「教祖、ぜひ生贄にも力となれる喜びを味合わせるため。一か月振りに、力をお使いください」
「あぁ、良かろう!」
教祖は瞳を閉じ、手を合わせる。
幾つかの呪文を唱えた後、未来を見通す力を発動……したはずだった。
「あ……あれ? なにも見えんぞ! お、おい! なにも見えん!」
「……」
「お、おい! 誰か聞いているか!? なにも見えないんだけど……」
未来視を解き、周囲を見つめた時だった。
転がるのは、自身が従えていた信者達。そして生贄達を縛っていた縄は解かれていた。
「は!? 一体何が……」
「流石に、今日来るとは思わなかったでしょ?」
「は?」
聞こえた声に視線を上げれば、胸に鋭い痛みが走る。
剣が心臓を貫き、目の前には……見知らぬ騎士の姿があった。
「だ、だれ……だ?」
「申し訳ないけど、教える時間は無いよ。もっと未来視とやらを使っておけば良かったね」
「あ……ぁ……」
剣を抜きとり、人質たちを逃した騎士––グレインは手元の紙を見つめてポツリと呟く。
「この国は、あと二人か……」
△△△
オクシネス王国。
その国の現王は、色欲により狂っていた。
「おい、今日の女を連れてこい」
集められた女性達を見て、王は吟味しつつ唇を濡らす。
「抵抗するなよ、お前達は俺の物だ」
この国では、他国にも知らせず、密かに国民へと強いる政策があった。
毎年、数十人の女性達を捕え……一年間を現王の玩具とする政策。
逆らえば処刑、誰かに漏らせば処刑。
そうして圧政を強いて、国王は自身の肉欲を満たしていた。
「お前にする」
「お願いします……私には夫が……」
「黙れ、玩具が口答えするな……」
現王は舌打ちしつつ、壁に立て掛けられていた絵画を見つめる。
たった一度……他国との交流会で見た、一人の王妃の絵。
今は、アイゼン帝国の皇后となっている、カーティアの肖像画であった。
「あぁ……あの時、無理やりにでもさらっておけば……」
肖像画を見つめ、国王は嘆きの言葉を漏らす。
もう手に出来ぬ……宝物を願うように。
「せめて……せめて、我が国へ訪れれば……さらってでも、我が女にするのに……カーティ––ウグっ!?」
言葉の途中。
突然、王は背後から手を回されて……頬をナイフによって裂かれた。
「あ……あぁぁぁ!! だ、だへだぁ!?」
「貴様が、我らが帝国の華の名を呼ぶなど……許さん」
大きな体躯の男性が、王を見下ろす。
年老いてなお、眼光の鋭さが衰えぬ公卿––ジェラルドの姿に、王は助けを呼ぼうと思ったが。
口を抑えられて、その刃を向けられる。
「お前は多くを苦しめた……その罰は、死ぬことではない」
「や……やめへ……お、おへは」
頬が裂かれ、上手く喋れないまま。
ジェラルドの持つ刃の切っ先が王の……最も失い難い、欲望の源へと向けられた。
「や、やめ……お、おねがひしま」
「黙れ」
「あ…………あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
城中に響く叫びを聞きながら、ジェラルドは紙を見ながら頷いた。
「これで……最後ですな」
◇◇◇
リバイル国の大臣は、広間へと描いた魔法陣を見つめ。
周囲に従えた魔術師たちへと頷く。
「……私が思い出した前回の記憶で分かった。真に我らが従うべきはヒルダ様であると」
「……」
「そのヒルダ様は、今世では……憎きアイゼン帝国により。その命を落とされた」
リバイル国の大臣は、怒気を強めた声と、恐ろしいまでの気迫で、周囲の魔術師を焚きつけるように叫んだ。
「だが! 儀式の準備は整った! 今ここに! 前回の時間軸からヒルダ様を呼び出すのだ!」
「ぉぉお!!!!!」
「……貴様ら、死にたいのか?」
焚きつけ、雄叫びを上げる魔術師達であったのに。
突然聞こえた呟きは、まるで脳裏に焼き付くようにハッキリと届いた。
「仕事を増やすな。どいつもこいつも……煩わしい」
儀式の場へ、一人の男が入って来ていた。
銀色の髪をなびかせ、紅の瞳には憤怒がこもる……見つめられるだけで、背筋が凍えて身体を震わせる威圧を放つ。
皇帝––シルウィオの来訪に、大臣を含め、多くが動揺した。
「話を聞く時間はない、さっさと消えろ」
「き、貴様がヒルダさ––」
勢いで叫んだ魔術師の一人の胸が、鋭い雷光によって貫かれて……絶える。
「や……やれ! 全員でかかれ!」
「殺せ! 我らがヒルダ様の仇!」
叫び、意気揚々と戦おうと息まいた魔術師達であったが。
その命は……一分の時も稼げず、絶えていった。
「あ……あぁぁ。噓でしょ……?」
一人残された大臣に、シルウィオは腰に差した剣を抜き。
その切っ先を首元へと当てた。
「や……やめ……」
「貴様らの生死など、どうでもいいが。……俺の愛するカティを愚弄したクズを呼び出す事を、許すはずがない」
「や、やめてくれぇぇ!」
「うるさい、消えろ」
……
血塗られた剣を拭き取り、シルウィオは小さく頬を緩めた。
シュルク陛下より渡されていた危険思想者のリスト、その全てにチェックが付き終わったから。
「これで、カティ達と旅行に行ける……」
一人呟きながら、シルウィオの怒りは収まり。
転移魔法によって、自身の愛すべき家族の元へと戻った。
◇◇◇
「もう安全だぞ……カティ」
夜中に城へと帰ってきたシルウィオは、私を抱きしめながら呟く。
三日待てと言っていたけど、僅か一日でシルウィオ達は帰ってきた。
変わらず規格外な帝国の強さに、笑ってしまう。
「シルウィオ……身体は、無理してない?」
「俺は、カティや。子供達と旅行に行ければ、それだけで嬉しい」
「ありがとう……シルウィオ」
あぁ……カルセイン王国は大パニックだろうなと、笑ってしまう。
まさか僅か一日で、危険思想だと調査していた者達が絶えるなど……誰が予想しただろうか。
「でも……シルウィオのおかげで旅行に行けるよ。ありがとう」
「カティ……褒めてほしい」
「ふふ。分かってるよ」
彼の頭へと手を伸ばして撫でれば、これまた嬉しそうにするのだから可愛いらしい。
彼は庭に住む、犬のノワールよりも……二人きりの時はワンコなのだから。
「カティ達との旅行。楽しみだ」
「私もだよ。計画してくれて……ありがとう」
「あぁ、その言葉で充分だ」
抱きしめながら、二人の時間を過ごす。
彼がいれば……もう危険な事なんてない。
つくづく、私は幸せ者だと改めて実感しながら……彼へと口付けを交わした。
754
お気に入りに追加
12,302
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。