上 下
58 / 107
二章

72話

しおりを挟む
「おししょ、しんじゃ……やだ」

「聞かれちゃってたか……ごめんね。心配かけたくはなかったのに」

「やだ、やだ! おししょ!」

 魔術書を抱きしめて大粒の涙を流したリルレットを、私は抱きしめる。
 この子には抱えきれない話だったのだろう。怯えたように身体震えて、必死に首を横に振っていた。

「おししょのおほん、りるだいすきなの! やさしいまほーがいっぱいで、おえかきもいっぱいでわかりやすくて」

「……」

「おかたんがよんでくれて、おとたもちょっといやがるけどよんでくれたの! じぃじをたすけたり、こーこのおねがいをきけたの、ぜんぶおほんのおかげなの!」

「お姫様……」

「りるのたのしいおもいでのおほんかいた、おししょがしんじゃ……やだ! やだやだ!」 

 リルレットの言葉にシュルク殿下は微笑みつつ、目線を合わせて答えた。

「死が近いからと……僕の好きな魔法だけを描いた本を、こんなに素敵な子が好きになってくれるなんてね」

「おししょ……」
 
「あぁ、もっと生きたいな。ぼくも……もっと多くの人や、お姫様みたいな子に……魔法を教えたかったんだ。王になるよりも、面白いことをして生きていきたい……それが夢だったんだけどね」

「シュルク殿下……」

 王家としての重圧を常に抱えながら、死を待つ彼にかけるべき言葉が見つからない。
 慰めなんかで片付けていいものではないはずだ。

 世界を救うために時間を逆行させる魔法を使い、彼だけが負った寿命という代償。
 多くの人々を救ったのに、あまりに酷い結末だ。
 私は……どのような事を言えばいいのか分からない。

 だけど、リルレットだけは違った。

「おししょ!」

「お姫様……?」

「りるね、がんばってまほーのおべんきょする。そしておししょもたすけるような、まほーをみつけるから! だからね、あきらめちゃ、やだ!」

「……っ!!」

「ぜったい、ぜったいおししょをたすけるから。だから……まってて! あきらめないで!」

「……」

「おかたんも、おとたも……りるのことおうえんしてくれるから。だいじょぶだよ、しんじて!」

 泣きながらリルレットが言った言葉は、子供の戯言だと言われるかもしれない。
 だけど自信に溢れた声色は、信じてみたいと思えるような力があった。
 その言葉に同調して、私も頷く。
 
「はい! 信じてみてください、リルレットは凄いんですよ。シュルク殿下」

「お姫様……カーティア皇后……」

 黙っていたシルウィオは、リルレットの頭を撫でた後に呟いた。

「リルとカティが言っているのだ。信じて待っていろ」

「シルウィオ帝まで……カルセイン国の医者の皆が匙を投げているのですよ。そんな簡単に……」

「りるはあきらめないもん!」

 涙目のリルレットの意志は固く。
 魔術書を抱きしめながら、シュルク殿下を真っ直ぐに見つめていた。
 その言葉と、視線を受けて……シュルク殿下の頬からは涙が流れていった。

「そうか……まだ小さいのに、立派なお姫様だね。君は……」

「おししょ……」

「死の覚悟は……決めていたんだけどね。カルセイン国のどんな医者の言葉よりも、お姫様の言葉を信じたくなったよ」

 シュルク殿下は呟きながら、リルレットの手をとる。
 すると彼の手から、ゆっくりと光が流れていくのが見えた。

「これ……おししょ?」

「僕の魔力を君に預けるよ。これで……きっと君に出来ないことはない」

「……」
 
 リルレットへと流れていく光は、優しく碧色の淡い光を放つ。
 そしてシュルク殿下は、笑みを浮かべてリルレットの肩へ手を置いた。
 
「魔法はね。運命さえも変える力を持ってる。……だけど悪用すれば、世界だって崩壊できる怖い力だよ」
 
 諭すような声色に、リルレットは涙を拭いて頷く。

「うん……りるね、わかってるよ」

「いい子だ、優しいお姫様に僕からお願いがあるんだ。これからずっと……優しい魔法で多くの人を救ってくれるかい?」

「りる、おししょもたすけるもん!」

「……ありがとう、僕も諦めないで待ってるよ。信じてる」

 呟き、彼はリルレットに微笑んだ。
 そこへ、シルウィオがそっぽを向きながらも口を開いた。

「帝国の技術は全て提供してやる。お前のためでなく……リルのためだがな」

 素直に救いたいとは言わないシルウィオに思わず私もシュルク殿下も微笑んでしまう。
 お互いに笑い合った後。シュルク殿下は私を見つめた。

「カーティア皇后、貴方が変えてくれた未来は……もしかすると、僕の死期さえも変えてくれるのかもしれませんね」

「……はい、前にも言ったじゃないですか。私はそうなると、信じています!」

「……今日、会えて良かったです。こんなに心が軽くなったの、久々です」

 死を覚悟していたシュルク殿下は、リルレットを信じる道を決めた。
 きっと、死の恐怖は常に彼の隣にある。それでも、信じる光があるからこそ諦めずに立てるはずだ。
 彼の笑みに悲壮感は消えて快活に笑っている姿を見て、私は思った。



 その後、私達は王城を離れる準備を整えていく。
 リルレットは最後までシュルク殿下に魔法について教わっており、シルウィオといえばずっとリルレットを抱きしめながら一緒に聞いていた。
 きっと、リルレットが取られたようで嫉妬でもしているのだろう。
 心配しすぎだと、私はシルウィオの隣で手を繋ぎながら小さく笑う。


 そして、城を離れる時が来た。
 シルウィオがリルレットを馬車に乗せている間に、私はどうしても尋ねたかったことをシュルク殿下に問いかけた。

「シュルク殿下……アドルフについて、何か知っていますか?」

「……」

 かつて、死の間際に引き上げてくれた影。
 それは……きっと、アドルフだという事は察していた。
 答えを求めて、私はシュルク殿下へ問いかけていく。

「彼は……なにをしたのか知っていますか?」

「レブナン達から聞いていませんか? 彼は貴方の幸せを願いながら、病気で亡くなったんです」

「……私は……病死以外の理由だったのではないかと思っています」

「……」

 やはり、シュルク殿下は何かを隠しているように思える。
 それを聞くために、さらに問いかけようとした時。彼が先に喋りだした。

「貴方の命が助かったのは、一つの覚悟と共に奇跡が起きたからです。僕は彼にその内容を伝えないようにして欲しいと言われているので、これ以上は言えません。貴方に余計な気苦労をかけたくないのでしょうね」

「……」

 その言葉に、アドルフがどのような選択を行ったのか想像は出来てしまい、胸が締め付けられる。
 しかし、意外にもシュルク殿下は微笑んだまま言葉を続けた。

「ですが、僕は貴方が助かった以上の奇跡を知っています。先程の話にもありましたが、後悔という感情は大きな力であり、魔法に大きな影響を与えます。それをなぜ僕が知っているのかは、その感情が起こした奇跡を知っているからですよ」

「なにを……?」

「魔法とは、一つの結論だけでなく……予想も出来ない結果が起きるものです。人智を超えた、僕らの予想など超えた神秘的な結果を起こす……だから面白いんですよ」

「なにを言っているのですか? 奇跡とは……なんのことを」

「彼は貴方の幸せのために、貴方の人生から消える選択をしただけ……とだけ言っておきます。どうか気にせずこれまで通り過ごしてください、それが彼の望みですから」

 意味深な言葉を吐くシュルク殿下を問い詰めようとしたけれど、彼はそれ以上は何も言わずに踵を返して去っていってしまう。
 多くを知っている彼の言葉に隠された意味を考えても、答えはでなかった。
 彼は、なにを……言っていたの?

「おかたんー!!」
「カティ。行こう」

 馬車から私を呼ぶ声が聞こえ、後ろ髪を引かれる思いを残しつつも私は馬車へと乗り込む。
 モヤモヤが残る中、私の母のお墓参りへ向かうために馬車が走り出した。
しおりを挟む
感想 989

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。