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二章

67話

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「おらぁ! そんなもんかぁ!?」

 威勢よく叫ぶギルクは、意外にも賊達を圧倒していた。

「こ……この!」
「おい、こいつを止めろ!」

 剣の持てぬギルクだけど、蹴りを巧みに生かした体術により、賊を退けている。
 過去にはシルウィオに手も足も出なかったとはいえ、一応はグラナートを代表する騎士で今や帝国騎士として鍛えているのだ。
 一対多数だというのに、彼が負ける気がしなかった。

「馬車の方々! どうぞ行ってください。帝国騎士ギルクの名を広めるのだけはお忘れなく!」

 そんな言葉を吐く彼だったが、流石に言われた通りに去る訳にはいかない。 
 シルウィオも同じだったようで、車窓から手を賊達へと向けた。

「あぐぁっ!」
「っが!」

 途端に賊達は次々と地面へと叩きつけられ、骨が折られて呻いている。
 一瞬の出来事にギルクは呆気に取られながらも、少しずつニヤけていた。

「おいおい。ま、まさか……俺には隠された力があったのか?」

 なにか勘違いしているようだけど、車窓からシルウィオが顔を見せた瞬間に彼の表情は一転して硬直した。

「っ!?!?!? 皇帝陛下!?」

 ギルクは飛び上がるように帝国式の敬礼をして、姿勢を正した。

「し、失礼しました! すぐに御前から消えますので! どうか命だけは!」

 驚きと恐怖から逃げ出すように走り出そうとするギルクを、シルウィオは呼び止める。

「おい」

「は、……は! はい!」

「感謝する」

「あ、あああ。有難きお言葉です! そ、それでは」

「待て」

「ひ! ……あの……なにか?」

「この辺りに詳しいか?」

「え? は、はい! この地方の帝国騎士に任命していただけたので、少しは詳しいかと」

 震えながら敬礼を続けるギルクへ、シルウィオは呟く。
 
「行きたい所がある。道案内してくれ」

「か、かか、かしこまりまひた!」

 恐怖と緊張から噛みつつも、ギルクが道案内してくれることとなった。
 倒れた賊達は護衛の帝国騎士が数人残って対応してもらう。
 コッコちゃんが一羽で過ごしていたという廃墟までは道があやふやだったのでギルクが了承してくれたのは有難い。彼はとても緊張していて、心休まらないようだけど……
 
「おかたん、あのひとだーれ?」

「道案内してくれる、ギルクっていう人だよ」

「ぎうくー」

「っ! へ、へい! な、なんでしょうか!」

 お昼寝から起き上がったリルレットが車窓から顔を覗かせギルクと少し戯れていれば、彼の案内で目的地へと辿り着く。
 コッコちゃんが過ごしていたという場所は、聞いていた通りに朽ち果てている廃墟だった。
 辛うじて雨風が凌げる程度の屋根があるだけで、壁は穴だらけで今にも朽ちてしまいそうだ。

 ギルクはビクビクしつつ、私達の馬車へと近づいた。

「こ、ここはかなり昔に村があったらしいですが、今は見ての通り朽ちかけの廃墟があるだけですよ。幽霊の声がするなんて言われているらしいですし、帰りません? こ、こんなとこ……何用で?」

 ギルクの問いかけに、私は馬車を降りつつ答えた。

「私のコッコちゃんが用があるみたいでね」

「カーティア様……ん? コッコ?」

「コケーー! コケっ!」

「なっ! おわ、なんだ!?」

 コッコちゃんは突然、馬車からギルクの足へと飛びかかってつついている。
 どうして? と思った時、隣にいたリルレットが笑って呟いた。

「こーこがね、ぎーうはさんをつけろっていってるの」

「コケー!」

「ちょ、やめ! やめ! コッコさん! コッコさん!」

 ギルクがリルレットの言う通りに呼べば、コッコちゃんは止まった。
 本当に動物の意思が分かるのだろう。

「コケェーー!」

「コッコちゃん? 何処行くの!」

 ギルクをつつき終えたコッコちゃんは、いきなり走り出して廃墟の裏側へと回っていく。
 一体、何があるというのだろうか。

「お、俺はここで馬車を見てますね」

「お願いしますね」

「カーティア様……その、俺……」

「ギルク、先ほどは助かりましたよ」

「っ! ……貴方にそう言ってもらえて、嬉しい……です」
 
 ギルクは過去の事があるからか、私に申し訳なさそうにしながらも微笑みを浮かべた。
 彼に馬車を任せ、私達はコッコちゃんの後を追う事にした。

 どうして、コッコちゃんはここに帰ることを望んだのか。
 追えば分かるかもしれない。

「リル、足元が危ない。抱っこするからこい」

「うん!」
 
「カティも」

「え?」

 突然、私の身体が浮いたかと思えばシルウィオは片手ずつで私とリルを抱っこした。
 どちらも腕に座るように抱き上げてくれたのだけど、少し恥ずかしい。

「お、重くない? シルウィオ」

「軽い」

「おとたのだっこ、たかーい!」

 リルレットが喜ぶ声を聞きつつ、私達はコッコちゃんの後を追う。
 廃墟の裏から森に続く方面に足跡は続いていた。その先を通っていけば……木々の隙間から陽の光が差し込む場所に若木が生えており、それをコッコちゃんが見つめていた。

「コッコちゃん?」

「コ……コケ……」

 コッコちゃんは若木に身体を擦り付けていた。
 その姿は、何処か物悲しさを感じる。

「……おかた。こーこ、かなしんでる」

「分かるの? リルレット」

「うん……」

 リルレットも何故か悲しそうな表情を浮かべて私の手を握る。 

 その時だった。
 コッコちゃんが私の足元へとやって来て、リルレットが呟いた。

「こーこのかんがえてること、わかるの。おかたにね……みてほしいって」
 
「リルレット?」

「みてあげて、おかたん。こーこがおねがいしてりゅの」

「なにを……」

「おほんにかいてたまほー、またかってにつかってごめんなさい、おかたん。こーこのおねがいきいてあげて」

「リルレッ」
 
 声を出そうとした時、リルレットの手先から伸びた光が私とコッコちゃんを繋ぐのが見えた。
 その瞬間、目の前の光景がブツリと途絶えていった。








   ◇◇◇






 気が付けば、廃墟の前で……夢の中のような……浮いている感覚で私は目の前の光景を見つめている。
 コッコちゃんの記憶の中だと、不思議と分かった。

『ふふ、ココは元気だね』

『コケ!』

 見知らぬ誰かがコッコちゃんを抱いて笑っている。
 私と同じ茶色の髪、明るく笑う姿はとても可愛らしい幼い少女だった。

『ココ! あっちに食べものあったよ!』

『コケケ!』

『ふふ、これで暫く生きてられるね』

 良く見れば少女の着ている衣服はひどく汚れていた。
 身体も骨が浮き出る程に痩せており、呼吸も弱弱しい。なのにその少女はずっと笑っている。
 周囲に他の人は居なくて、廃墟の屋根の下でコッコちゃんと少女だけが過ごしている不思議な光景。

 寒い日、少女はコッコちゃんを抱いて寄り添い合い。
 コッコちゃんもよく懐いているのだろう、彼女から離れる事はしなかった。
 ボロボロの布切れに一緒にくるまって、少女は話しかける。
  
『私ね、ココに会えて良かったよ。病気で捨てられて孤児になって行く当てもなくて……一人だった時にこんな場所でココに会えたもん。ココと一緒なら幸せだよ』

『コココ! コケ?』
 
『ふふ、ココも良かったよね? 私と会った時、親からはぐれて一羽だけだったもん』

『コ! ココ!』

『ココ、大好き』

 不思議と、コッコちゃんが喜んでいる事が伝わってくる。
 二人の生活は決して裕福ではないけれど、楽しそうに見えた。







 だけど、少女は……日を重ねる毎に痩せていった。
 言っていた通り、病気が進行していたのだろう。
 治療できる者も医者に連れて行く大人が誰もいない場所。病魔が少女を襲うのは必然だった。
 
『……ココ、おいで』

『コ?』

 弱弱しい声に呼ばれてコッコちゃんが歩いていけば。
 少女は廃墟の裏にある森に穴を掘り……小さな枝を植えていた。

『この木……をね、私だと思ってね。ココ』

『コケ?』

『これは、私の生きた証……この木が……て……げほ! げほ!』
 
『コケェ! コケ!』

『私ね、ココとの日々だけが本当に幸せだったの。だから、もしここを離れても会いにきてねココ。私、この木になって……待ってるから。私がいなくても幸せにね、ココ』

『コケ?』

『ふふ、分からないよね。ごめんね』

 呟いた少女は……
 コッコちゃんを撫でながら。
 酷く悲しそうな瞳で、『さよなら、ココ』と呟いた。










 次の日……コッコちゃんは、いつものように少女を起こすために隣で鳴いた。
 しかし、少女は動かない。

『コケコッコォー!!!!』

『……』

『コ?』
 
 首を傾げて、少女の周りを飛び跳ねても……いつも撫でてくれていた手は動かない。
 次の日も、その次の日も。

『コケコッコー……』

『……』
 
『コ? コ……』
 
 死という概念を知らぬコッコちゃんは、ただひたすら起きる事を願って……鳴く。
 また、抱きしめてくれることを願って鳴き続ける。



 鳴いて、鳴いて、鳴いて。



 泣き続ける。
 少女は、もうその声に答える事はなかった。
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