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二章

51話

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 その日の夕食。
 私はシルウィオと同様に用意して頂いた食事を共に食べていた。
 野菜などは、私が畑で育てた物を幾つか使ってもらっている。

 食卓はいつも通りのはずなのに互いに緊張した面持ちで食を進めている。
 それでも時折会話を交わす中で、私は気まずさからか、よく考えずに質問を口にした。

「シルウィオは、私のこと。いつから好きになっていてくれたの?」

「……」 

 尋ねた言葉に、彼は無言だった。
 珍しく答えてくれない彼に、首を傾げてしまう。

「シルウィオ?」

「言いたくない」

「どうしてですか?」

「……恥ずかしい」

 真剣な表情のくせに、耳元を赤くして答える彼に思わず笑ってしまう。
 答えは気になるけど、初々しさも残る彼が可愛いらしいと思いつつ、食事を食べ進めた。



   ◇◇◇


 湯あみを終え、さらに大きな緊張が襲ってくる。
 シルウィオの待つ部屋へと向かっているが、ずっと胸が破裂しそうなほどに高鳴って落ち着かない。
 だけど、足は真っ直ぐに向かっていた。
 嫌なわけでも、怖いわけでもない。ただ純粋に……彼との夜に緊張している。

「……」

 彼の部屋の前に立つのだけど、扉を開くことでさえ手が震えてしまう。
 顔が火照って、落ち着かずにウロウロとしてしまうのだ。

(私って、こんなに恥ずかしがり屋だっただろうか)

 そんなことを考えて悶々と一歩を踏み出せずにいると、扉が急に開く。
 中からシルウィオが出てきて、私の手を握った。

「あ……」

「こい」

 言われるがまま、部屋へと引き入れられる。
 バタリと閉まった扉に、そんな気はないのだけど後戻りはできないのだと実感する。
 いつもよりも軽めの着こなしをしたシルウィオは、私の手を握ったまま顔を近づけてきた。
 なぜか、不安そうな瞳を私に向けて。

「いやに……なったか?」

「え……」

「カティが望まぬなら、無理しなくていい。俺は傍にいれるだけで充分だ」

 そうか……どうしてこんなにも不安そうな瞳をしているのか分かった。
 いつもよりも部屋に来るのが遅くなって、さらには扉の前でウロウロと緊張して歩き回っていたのも分かっていたのだろう。
 シルウィオの立場なら、一人で待つ時間が長くなり、さらに近づいてこない私に不安になるのも当然だ。
 彼は、私の前だけでは威厳ある皇帝ではなく、一人の男性なのだから。

「大丈夫だよ、シルウィオ……嫌じゃないの。緊張してただけ」

「本当か?」

「うん。こうなること、私も望んでいたのに……嫌になんてならないよ」

「カティ……」

 安心したように、彼は私の首筋に手を当ててそっと口付けをしてくれた。
 ただ、それは……いつものキスとは違っていた。お互いの体温が高いからなのか、熱くて……長い。
 唇が離れれば、火照ったまま私達は見つめ合う。

「ふふ、シルウィオ……大好きだよ」

「俺も、カティが好きだ」

 ふわりと抱き上げられて、優しく寝台に下される。
 恥ずかしさと緊張で鼓動が激しく脈打ち、視線が泳いでしまう。
 そんな私へ、彼はポツリと呟いた。

「カティ、さっきの答えだが……」

「さっきの答え?」

 彼は私を見つめながら、口元に薄い笑みを浮かべた。
 私もあまり見た事のない彼の微笑み。その姿はいつにも増して、妖艶に見えてしまう。

「俺は、初めてお前に会った日から気になっていた」

「え? シルウィオ……っん」

 突然彼は、首筋を甘く噛んでくる。
 ビクリと身体が動いて、思わず声が漏れてしまった。

「お前だけが、俺を呼んでくれた」

「シルウィ……」

「本当はお前を誰にも見せたくない、触れられる事も許したくはない。ずっとお前を独り占めしたい」

 いつもよりも、少し荒い口調。
 私を離さぬと抱きしめる彼は、雰囲気が違って見える。
 甘嚙みは首筋から耳へと移り……息が漏れ出てしまう。
 そんな、私へ彼は再び囁く。

「独り占めが無理なことは知っている。だから、俺はカティの傍にいるだけでよかった」

 その声に、ビクリと身体を震わせた私を、彼の熱を帯びた瞳は見つめ続ける。

「だけど……今日は、俺だけのカティだ」
 
 その気持ちが嬉しくて。
 再度口付けをしてくれる彼に思わず問いかけてしまう。

「嬉しい? シルウィオ」

「嬉しいに……決まってる……」

 いつもよりも素直に言葉を返して、強引に抱きしめてくる。
 今日の彼は甘えるのではなく、愛してくれるのだ。
 だから……私も、シルウィオの首筋に手を回して囁いた。

「シルウィオ……」

「お前は、俺だけのものだ。誰にも渡さない……」

「うん。シルウィオ……愛してる」

「……俺も、カティ」

 火照った息が、彼の口によって塞がれた。
 息遣いが時折漏れて、身体を強く抱きしめられて。

「っ……」

 唇が離れれば、今度は首筋へとその口付けが落ちて。
 愛することを伝えてくれるように、甲斐甲斐しく、彼は口付けを落としていく。

「んっ」

 声が漏れることは恥ずかしいのに、抑えることはできそうにない。
 大好きな彼からの奉仕は、とても耐えられるものではなかったから。
 彼は優しく、私が傷つかぬように……花に触れるように愛してくれる。
 
「カティ……」

「大丈夫だよ、シルウィオ……全部大丈夫だから……」

 添い寝をしていた時とは違う、熱が混じる視線と吐息。
 触れる手も、場所も……全部が……ただ一緒に寝ている時とは違っていた。

「愛してる」

「私も……」

 燭台は消え、ほのかな月明かりの下。 抑えられぬ嬌声が漏れ出て、火照った身体を重ねていく。
 この行為がこんなにいいものだと、私は……初めて知ることになった。
  


 その日私達は、添い寝をするよりもずっと長い時間。
 深く、愛を感じる夜を過ごした。
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