死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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二章

45話

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 窓の外は満月で、月明かりが城内の窓から差し込み、廊下を点々と照らす。
 静けさを感じる城内を、私はシルウィオと共に彼の部屋へと歩く。

「足元は、大丈夫か」

「う……うん」

 昼間もずっと一緒なのに、こうして夜になるとどうして緊張してしまうのだろうか。
 照れや、緊張を感じている間に、すぐに部屋に辿り着く。
 シルウィオの部屋は燭台がほのかに灯るだけで、少し薄暗い。
 私達は自然と寝台へと座った。

「カティ……手を」

「……うん。シルウィオ」

 いつも通りに甘えてくるシルウィオは私の手を握り、そっと指を撫でた後に優しいキスをくれた。

「ん……」

「カティ……」

「シルウィオ、明日は早いのでしょう? 寝ないと」

「もっと、こうしていたい」

 彼はそう言って、一度キスをくれた。どうやら、二人の時間を長く過ごしたいらしい。
 望み通り手を繋ぎながら話をして時間を過ごし、すっかり夜は更けてくる。

「そろそろ、寝ようか。シルウィオ」

「……」

「ね? また明日も一緒だから」

「分かった」

 ふいに、優しく押されて私は寝台へと倒れる。
 広い寝台だけど、私の横……直ぐ近くに彼は共に横になった。

「また、明日」

「ふふ、そうですね。また明日」

 そのまま、彼は羽毛の布団をかけてくれる。
 燭台の火が消されて、視界は暗闇へ。

「……」
 
 沈黙の中、ゆっくり瞳を閉じようとした時。
 彼の声が聞こえた。

「カティ……」

「ん? どうしました?」

「……こっちに」

 彼が私に声をかけ、手を引く。
 暗闇だけど、月夜の明かりでも彼の深紅の瞳はよく見えた。
 彼は少し緊張した面持ちで、小さく呟き出した。

「だ……」

「だ?」

「抱きしめて……寝ていいか」

 緊張し、言いよどみながら呟く彼に私は微笑んでしまう。

「いいよ。シルウィオ……」

「ん」

 身体を引かれて、彼の腕が私を包む。
 私は抱きしめられた勢いに任せて、彼へと口付けをした。
 そうすれば、彼は嬉しそうにもっと強く抱きしめてくれるから。

「ふふ、こうして寝るのは初めてですね」

「……」

「ちょっと、緊張します」

「俺も」

 彼の胸に顔をうずめれば、ドクドクと大きな鼓動が聞こえてくる。
 どうやら、緊張していたのは私だけでないみたいだ。
 それが嬉しい。

「寝れますか?」

「……カティと一緒なら寝なくてもいい」

「それはだめ、ほら目を閉じて」

 彼に抱きしめられながら、私達は目を閉じる。
 お互いの鼓動はやがて収まっていき、ゆっくりと心地よさだけを感じはじめた。
 シルウィオが目を閉じ、政務の疲れもあったのか少しずつ呼吸が寝息へと変わっていくのを見届ける
 
「……」

 こうして共に寝ていると、改めて私達は夫婦なのだと実感が湧く。
 いずれ夜伽の時は、くるのかな。
 そ、それまでに……こうして共に寝るぐらいには慣れておかないと。
 
 シルウィオとの子供……
 考え始めれば、少しの不安と共に好奇心も芽生え始める。
 
(子供がいるって、どんな感じなのかな。私……ちゃんとお母さんになれるのかな……)

 前回の人生では望めなかった幸せを初めて考えながら、私は眠りの世界へと落ちていった。


   ◇◇◇


 好きな人と寝るのは思った以上によく眠れるようだ。
 翌日は不調などなく、私はいつも通りに庭園の畑作業をしていた。
 シルウィオは、今は政務中だけど、その間は常にグレインが傍に控えてくれるようになった。
 帝国最強の騎士であるグレインが私の護衛となっているのは、シルウィオの判断だろう。

「カーティア様、今日も畑作業ですか」

「はい、ジェラルド様に頼んで堆肥を持ってきてもらいましたから。これを撒きます」

 畑の近くに山のように積もった堆肥。
 それは畑の肥料であり、家畜の糞などを発酵させた物だ。臭いは少しキツイけど、畑の実りは格段に良くなるようで、今から期待が膨らむ。

 一通り畑を耕し、皇后らしくないけど土にまみれていると、足音が聞こえてきた。
 シルウィオかと思い、笑顔で視線を向ければ、そこには見知らぬ女性がいた。

 誰? 侍女にしてはえらく豪奢なドレスに着飾っているけど。

「貴方が、カーティア様ですね」

 その女性は、私の前へ来た途端にそう呟いた。
 蒼色の髪に琥珀色の瞳、美麗な顔立ちだが振る舞いが傲慢に思えるのは……足元の綺麗なタンポポさえ彼女が踏み潰しているからだろうか。

 この嫌な予感は、大抵良く当たる。

「誰でしょうか?」

「失礼しました。私は、ガルシア公爵家のマーガレットと申します。かつてシルウィオ様の婚約者だった者です」

 なにやら引っかかる物言いに、私は首を傾げる。

「それで? どうして庭園に勝手に入ってきたのですか」

「隠れて無断で入った事は詫びます。ですが……やはり会って良かった、貴方は陛下の相手にふさわしくないと分かりましたので」

 今日はジェラルド様が城内に不在の日。それを狙ったのだろうか。
 公爵家となれば、帝国騎士も迂闊に止められなかったのかもしれない。

「……」

「陛下のお相手が他国からの出身と聞いて不安に思っておりましたが、その土にまみれた身なりを見て確信しました。陛下はきっと、貴方のような方との結婚を望んではいなかったはずです」

「……は?」

 思わず、言葉を返してしまう。
 この人は何を言っているの?

「陛下はきっと、貴方で我慢しておられます。本心では、他国の女性でなく、帝国生まれの純血の貴族を迎えたかったはず。しかし……陛下は少し怖いお顔なので、相手がおらず。貴方しか迎えられなかったのでしょう」

「……」

「私も以前のシルウィオ様が怖くて逃げてしまった身ですが……生誕会で見た、あの優しそうな振る舞いに、安心して陛下と添い遂げられそうだと思えたのです」

「……はっきり言ってもらえますか? 何が言いたいの?」

「陛下のため、皇后を譲ってください。土にまみれた貴方より、陛下は美しい帝国公爵家の私を娶りたいはずですから。なによりもそれが国益のためです」

 その言葉に……私は言い返そうと口を開いたが……


 いやまて。 
 そもそも、こんないきなりやって来た人と話し合う必要すらないじゃないか。
 私の幸せな時間を、少しも無駄にする気はない。

 思うがまま、苛立ちをぶつけよう。

「グレイン! あっちへ!」

「はい!」

「は!?  な、なにを!?」

 私の示した指先を見て、グレインは待ってましたとばかりに走り出し。マーガレットの服を掴んだ。
 そのまま、ためらいもなく投げ飛ばす。
 山のように積もった、家畜の糞を発酵させた堆肥へと。
 
「うそ! や、やめ!!」

 気付けば、グレインに投げられた彼女は頭から堆肥に突っ込んでおり。
 暫くして、堆肥にまみれた顔を上げた。

「な!? なにをしたのか分かっているの!?」

「あら、ごめんなさい。まだまだ未発達な考えを持つ貴方を育ててあげたくて」

「ふざけないで! 公爵家との仲を裂いてもいいというの!?」

「はい! 貴方が公爵家なら必要ないですね」

「は……?」

「私ね……幸せを奪う人には遠慮はしないの」

「な……にを」

「こう見えて……結構怒っていますので。無事に帰れると思わないでね」

 マーガレットへ、呟けば。
 彼女は少し怯えたような表情を浮かべた。
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