12 / 37
10話
しおりを挟む
蹄が街道を走り抜ける音を響かせる。
晴れて自由になった私は、王都を抜けて公爵邸に向かう。
新たに仕える事を誓ってくれた皆を連れ、今後に思考を巡らせていた時。
「ごめんなさい……ラテシア」
馬車の中で、母が頭を下げて涙ぐむ。
「本当に、ごめんなさい。当主不在の不安で、王家の庇護を求めてしまった」
「母上……」
「でも皆に慕われる貴方と、セリム陛下を見て。私は愚かな選択をしたと分かったわ」
「家を心配してくださったのは嬉しいです。でも……後は私に任せてください」
「ええ……ラテシア。……フロレイス家をお願いします」
「もちろんですよ、母上……私は貴方の娘なのですから。帰りましょう、我が家に」
「貴方の言う通り、もう二度と……家の尊厳を失うことなどしないと誓うわ」
猛省する母と共に、公爵邸へと戻る。
以前は父が倒れた後、政務のために戻る事を余儀なくされたが。
今や自由になった私はここで再び暮らせるのが嬉しい。
「ここが……父の執務室……」
帰還して早々、父が執務を行っていた部屋へと入る。
机の引き出しには、綺麗にまとめて整頓された書類がある。
流石父上だ……これなら当主代理としての執務を引き継ぐのもすんなりいけそうだ。
「ディア。お姉様が帰ってきてくれたわよ」
ふと、執務室の扉が開き。
母に連れられて、弟のディアがひょっこりと顔を覗かせる。
銀色の髪から、紫色の瞳が私を見つめていた。
「……おねさま、ずっとここにすむの?」
「ええ、ディア。父上に代わってお仕事をするため、戻ってきたのよ」
父上が倒れてしまった日以来の再会に、ディアは緊張した様子だ。
ディアは私が留学時代に生まれ、まだ五歳ほど。
私がこの国に帰ってきても忙しくてあまり会えなかった。
ゆえに緊張しているのだろう、小さな手でギュッと母のドレス裾を握って隠れた。
「ずっと、いるの?」
「ええ、ディアはお姉様と一緒はいや?」
「……」
尋ねた言葉に、ディアは無言のままだ。
母は困ったように、額を押えた。
「ごめんなさい……この子、まだ緊張しているのかも」
無理もない。
この子にとって、急にやってきた私は怖いに決まっている。
そう、思っていた時だった。
「おねさま。ずっといっしょ……うれしい」
「え……?」
ディアはそう言って、突然……私の元へと駆け寄る。
そしてぽふりと、私に抱きついた。
「ディア……」
「おとうさまから、いっぱいおねさまのこときいてたから。ずっとあいたかったの」
嬉しい言葉に、私はしゃがみ込む。
ディアと視線を合わせると、ディアは頬に小さく笑みを刻む。
「いっぱいお話ししたい。おねさま」
「私もよ、ディア。今まで会えなくて、ごめんね」
「ぼくがおうちをあんないするから、おててだして」
私にとって住み慣れた屋敷だけど、ディアは私が慣れない屋敷に住むと思っているのだろう。
だから案内を申し出てくれるこの子に感謝しながら、小さな手と手を結ぶ。
「ただいま、ディア」
「うん。おかえり、おねさま」
ディアからの歓迎を受けながら、離宮して家に帰ってきた実感が胸を満たす。
あそこと違い、ここは心安らぐ場所であると、改めて思い出せた。
数日後、執務室にて私は王宮から着いて来てくれた人員に仕事の割り振りを行う。
使用人はそのまま公爵邸に増員し、衛兵達は私や母とディアの護衛だ。
そして……
「文官の皆様、集まってくださってありがとうございます」
王家に仕えていた文官達を執務室に集める。
王国の頭脳であった彼らは、様々な事に対応できるはずだ。
「皆様には、私と共にやってもらいたい事があります」
「もちろん、なんなりとお申し付けください。ラテシア様」
「公爵領は広大であり、多くの問題があります。中でも領民の不安は農耕です」
フロレイス公爵領は豊かな土地が与えられているが、不安は当然ある。
特に農耕に関して、過去の記録を見ていると不作、豊作の差が激しい。
「まずはフロレイス公爵領の安定化を目指します。農地管理を行い、連作障害を防ぐための輪作方法を領民へとご教授願います」
そう言って、私はこの数日で作った輪作についての資料を皆に渡す。
他国で学んできた、最新の農業技術だ。
「この資料を、もうご用意してくださったのですか?」
「はい。私について来てくれた皆や領民の安寧のため、手を止める気はありませんから」
「やはり……私達は貴方に仕える選択をして良かった。ぜひ、貴方へとご尽力させてください」
文官達の言葉に、頼もしさを感じる。
まずは領地の安定化を目指し、一歩ずつ進めていけそうだ。
「では皆様。頼みます……私の公爵家当主代理としての一歩。共に歩みましょう」
「「はは!!」」
跪く文官達に感謝しながら、私は公爵家当主代理として歩み始める。
さっそく父の執務を引き継ぎ、各領地へと指示を飛ばす。
空いた時間は、弟のディアと失われた姉弟としての時間を過ごした。
「おねさま。きょうもおとなりで、えほんよみたい」
「もちろんよ、ディア。執務中でお話はできないけど、それでもいい?」
「うん。でも、あのね……ほんとはおひざのうえがいいの」
「ふふ、おいで。ディア」
「やた……」
ディアは無口だが思ったよりも甘え坊さんで、私の膝上にちょこんと座る。
そして嬉しそうに、絵本を読むのだ。
忙しいながらも、始まった当主代理としての日々は……想像よりもずっと幸せに進み出す。
久しくなかった心穏やかに過ごす時間は、幸せで手離せそうにない。
晴れて自由になった私は、王都を抜けて公爵邸に向かう。
新たに仕える事を誓ってくれた皆を連れ、今後に思考を巡らせていた時。
「ごめんなさい……ラテシア」
馬車の中で、母が頭を下げて涙ぐむ。
「本当に、ごめんなさい。当主不在の不安で、王家の庇護を求めてしまった」
「母上……」
「でも皆に慕われる貴方と、セリム陛下を見て。私は愚かな選択をしたと分かったわ」
「家を心配してくださったのは嬉しいです。でも……後は私に任せてください」
「ええ……ラテシア。……フロレイス家をお願いします」
「もちろんですよ、母上……私は貴方の娘なのですから。帰りましょう、我が家に」
「貴方の言う通り、もう二度と……家の尊厳を失うことなどしないと誓うわ」
猛省する母と共に、公爵邸へと戻る。
以前は父が倒れた後、政務のために戻る事を余儀なくされたが。
今や自由になった私はここで再び暮らせるのが嬉しい。
「ここが……父の執務室……」
帰還して早々、父が執務を行っていた部屋へと入る。
机の引き出しには、綺麗にまとめて整頓された書類がある。
流石父上だ……これなら当主代理としての執務を引き継ぐのもすんなりいけそうだ。
「ディア。お姉様が帰ってきてくれたわよ」
ふと、執務室の扉が開き。
母に連れられて、弟のディアがひょっこりと顔を覗かせる。
銀色の髪から、紫色の瞳が私を見つめていた。
「……おねさま、ずっとここにすむの?」
「ええ、ディア。父上に代わってお仕事をするため、戻ってきたのよ」
父上が倒れてしまった日以来の再会に、ディアは緊張した様子だ。
ディアは私が留学時代に生まれ、まだ五歳ほど。
私がこの国に帰ってきても忙しくてあまり会えなかった。
ゆえに緊張しているのだろう、小さな手でギュッと母のドレス裾を握って隠れた。
「ずっと、いるの?」
「ええ、ディアはお姉様と一緒はいや?」
「……」
尋ねた言葉に、ディアは無言のままだ。
母は困ったように、額を押えた。
「ごめんなさい……この子、まだ緊張しているのかも」
無理もない。
この子にとって、急にやってきた私は怖いに決まっている。
そう、思っていた時だった。
「おねさま。ずっといっしょ……うれしい」
「え……?」
ディアはそう言って、突然……私の元へと駆け寄る。
そしてぽふりと、私に抱きついた。
「ディア……」
「おとうさまから、いっぱいおねさまのこときいてたから。ずっとあいたかったの」
嬉しい言葉に、私はしゃがみ込む。
ディアと視線を合わせると、ディアは頬に小さく笑みを刻む。
「いっぱいお話ししたい。おねさま」
「私もよ、ディア。今まで会えなくて、ごめんね」
「ぼくがおうちをあんないするから、おててだして」
私にとって住み慣れた屋敷だけど、ディアは私が慣れない屋敷に住むと思っているのだろう。
だから案内を申し出てくれるこの子に感謝しながら、小さな手と手を結ぶ。
「ただいま、ディア」
「うん。おかえり、おねさま」
ディアからの歓迎を受けながら、離宮して家に帰ってきた実感が胸を満たす。
あそこと違い、ここは心安らぐ場所であると、改めて思い出せた。
数日後、執務室にて私は王宮から着いて来てくれた人員に仕事の割り振りを行う。
使用人はそのまま公爵邸に増員し、衛兵達は私や母とディアの護衛だ。
そして……
「文官の皆様、集まってくださってありがとうございます」
王家に仕えていた文官達を執務室に集める。
王国の頭脳であった彼らは、様々な事に対応できるはずだ。
「皆様には、私と共にやってもらいたい事があります」
「もちろん、なんなりとお申し付けください。ラテシア様」
「公爵領は広大であり、多くの問題があります。中でも領民の不安は農耕です」
フロレイス公爵領は豊かな土地が与えられているが、不安は当然ある。
特に農耕に関して、過去の記録を見ていると不作、豊作の差が激しい。
「まずはフロレイス公爵領の安定化を目指します。農地管理を行い、連作障害を防ぐための輪作方法を領民へとご教授願います」
そう言って、私はこの数日で作った輪作についての資料を皆に渡す。
他国で学んできた、最新の農業技術だ。
「この資料を、もうご用意してくださったのですか?」
「はい。私について来てくれた皆や領民の安寧のため、手を止める気はありませんから」
「やはり……私達は貴方に仕える選択をして良かった。ぜひ、貴方へとご尽力させてください」
文官達の言葉に、頼もしさを感じる。
まずは領地の安定化を目指し、一歩ずつ進めていけそうだ。
「では皆様。頼みます……私の公爵家当主代理としての一歩。共に歩みましょう」
「「はは!!」」
跪く文官達に感謝しながら、私は公爵家当主代理として歩み始める。
さっそく父の執務を引き継ぎ、各領地へと指示を飛ばす。
空いた時間は、弟のディアと失われた姉弟としての時間を過ごした。
「おねさま。きょうもおとなりで、えほんよみたい」
「もちろんよ、ディア。執務中でお話はできないけど、それでもいい?」
「うん。でも、あのね……ほんとはおひざのうえがいいの」
「ふふ、おいで。ディア」
「やた……」
ディアは無口だが思ったよりも甘え坊さんで、私の膝上にちょこんと座る。
そして嬉しそうに、絵本を読むのだ。
忙しいながらも、始まった当主代理としての日々は……想像よりもずっと幸せに進み出す。
久しくなかった心穏やかに過ごす時間は、幸せで手離せそうにない。
5,934
お気に入りに追加
7,106
あなたにおすすめの小説
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
わたしの婚約者の好きな人
風見ゆうみ
恋愛
わたし、アザレア・ミノン伯爵令嬢には、2つ年上のビトイ・ノーマン伯爵令息という婚約者がいる。
彼は、昔からわたしのお姉様が好きだった。
お姉様が既婚者になった今でも…。
そんなある日、仕事の出張先で義兄が事故にあい、その地で入院する為、邸にしばらく帰れなくなってしまった。
その間、実家に帰ってきたお姉様を目当てに、ビトイはやって来た。
拒んでいるふりをしながらも、まんざらでもない、お姉様。
そして、わたしは見たくもないものを見てしまう――
※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。ご了承ください。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった
あとさん♪
恋愛
学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。
王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——
だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。
誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。
この事件をきっかけに歴史は動いた。
無血革命が起こり、国名が変わった。
平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。
※R15は保険。
※設定はゆるんゆるん。
※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m
※本編はオマケ込みで全24話
※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話)
※『ジョン、という人』(全1話)
※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話)
※↑蛇足回2021,6,23加筆修正
※外伝『真か偽か』(全1話)
※小説家になろうにも投稿しております。
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
婚約者を追いかけるのはやめました
カレイ
恋愛
公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。
しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。
でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる