2 / 37
1話
しおりを挟む
ーー側妃となる、二年前。
母国へと戻る馬車が走り始め、馬の蹄が地面を叩く。
舗装された街道、流れていく光景に、自然と考えが口から綻んだ。
「ようやく、王国へ帰還できますね……」
「ラテシア様、三年間もの留学……お疲れ様です」
同乗する護衛騎士の言葉に頷く。
私––ラテシアはフロレイス公爵家令嬢であり、次代の王妃となる事が決まっている。
第一王子殿下であるセリム様との婚約を済ませ、幼き頃から彼と過ごして確かな愛を育んでいた。
「ようやく、セリム様に会えます……」
「この三年間、本当にお疲れ様です。ラテシア様」
そう、私は婚約者であるセリム様と三年間も離れていた。
我が国では十八年前まで続いていた戦争を教訓とし、二度と悲劇を起こさぬよう他国との外交に力を入れた。
そして王妃教育の一環で他国留学というカリキュラムが定められたのだ。
他国にて知見を広め、自国の王妃として政に加わるためだ。
「しかしラテシア様。僅か三年でここまで各国と深い繋がりを築きあげるとは……きっと殿下も誇らしいはずです」
騎士が言ってくれるように、私はただ留学していた訳ではない。
他国での会合、社交界により外交の繋がりを深くする事ができた。
諸外国との流通経路などの事業計画を結べたのも大きい。
「きっと殿下もご帰還をお待ちしておりますよ。ラテシア様」
「ええ……胸を張って、セリム様と再会できます」
騎士に微笑みを返しつつ、再び車窓を眺めた。
街道の外れにある綺麗な花畑、そこに咲く一際鮮やかなガーベラの花を見て……
ふと、過去を思い出す。
『ラテシア・フロレイス。君に僕の妃になってほしい。この花に貴方を永遠に愛すると誓います』
王城の庭園、私が好んでいたガーベラの花束を持ちながら。
当時、十歳だったセリムが恋小説のような言葉を告げてくれて……
私は年相応の喜びと、恥じらいを交えて答えた。
『はい。私も貴方と共に生きたいです』
答えれば、パッと彼の笑みが咲く。
『……よかった、ラテシアが受け入れてくれて』
政略により婚約は決まったも同然なのに、セリムは純粋無垢に安堵の息を漏らす。
本当に想ってくれている事が、なによりも嬉しくて。
そんな彼の姿が微笑ましくて、公爵令嬢という立場も忘れて彼を好きになった……
気を許せる相手となった彼の傍は、とても幸せであった事を思い出す。
「……早く、セリム様に会いたいです」
「では、御者に急いでもらうように伝えますね」
わざわざ急いでもらう必要はない。
そう告げようとしたが……速度を上げる馬車を緩めてほしくなくて、私は沈黙で帰還の道を過ごした。
◇◇◇
三年ぶりの王城へと辿り着けば……王妃教育での留学帰りという事もあり、多くの方々が出迎えてくれた。
凱旋のような振る舞いに、むしろ気圧されてしまう。
「こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
「皆、ラテシア様のご帰還を待ってくださっていたのでしょう。他国との国交を結んだ立役者ですから、当然ともいえますよ」
「……こんなに光栄な事はありませんね、感謝しかないわ」
皆からの賛辞が、帰ってきた実感を肌で感じさせてくれる。
胸にジンっと染みる感動が、私の瞳を潤ませた。
馬車が止まり、扉が開く。
騎士のエスコートで馬車から降りた。
「ラテシア嬢。王妃教育での留学、本当にご苦労であった」
なんと、我がルマニア王国の国王陛下がわざわざ出迎えてくれたのだ。
我が国で十八年前まで続いていた戦争を停戦まで導いた立役者。
『賢王』と慕われる現国王で、セリム様のお父様だ。
慌ててお辞儀と共に、感謝を告げる。
「出迎えてくださり、嬉しく思います。陛下」
「よいよい、貴殿は留学にて誇れる功績を残してくれた。胸を張って皆の賛辞に応えてやってくれ」
「有難きお言葉……心に染みる嬉しさです」
皆の賛辞に応えるため、笑顔にて手を振る。
一層熱を帯びる歓声の中で、未だ姿が見えない婚約者のセリムの姿を捜す。
でも、やはりいない。
「しかし、君は本当に妃として相応しい成長を遂げてくれた。王家を代表して礼を言おう」
「陛下、これも全ては教育の機会をご提供くださった王家のおかげです……」
再びの謝辞を述べながら、畏れ多くも陛下へと問いかける。
「陛下、セリム様は何処におられるでしょうか」
「ラテシア嬢……」
「早く、会いたいです。セリム様の居場所を教えてくだされば、私が向かいます」
数年分の寂しさを込めた、「会いたい」という本音。
それに反して、周囲の賛辞はシンっと静まり、何処か重たい空気が流れる。
「ラテシア、落ち着いて聞いてくれるか?」
「陛下?」
「セリムは……ここには居ない。お前の出迎えに来ておらんのだよ」
「え……? ご病気か何かでしょうか? 直ぐにお見舞いに」
私はなんの疑いもなく、セリム様を労わる。
だが、それがさらに周囲の空気を重くしている事に気付いた。
その理由が、陛下から告げられる。
「セリムは君ではなく。今は別の女性を優先している。帰ってきた君にこんな報告をして、すまない……ラテシア嬢」
彼との未来のために異国で過ごした三年。
やっと帰ってきた……今日、この日に告げられた言葉が。
私には信じられなかった。
母国へと戻る馬車が走り始め、馬の蹄が地面を叩く。
舗装された街道、流れていく光景に、自然と考えが口から綻んだ。
「ようやく、王国へ帰還できますね……」
「ラテシア様、三年間もの留学……お疲れ様です」
同乗する護衛騎士の言葉に頷く。
私––ラテシアはフロレイス公爵家令嬢であり、次代の王妃となる事が決まっている。
第一王子殿下であるセリム様との婚約を済ませ、幼き頃から彼と過ごして確かな愛を育んでいた。
「ようやく、セリム様に会えます……」
「この三年間、本当にお疲れ様です。ラテシア様」
そう、私は婚約者であるセリム様と三年間も離れていた。
我が国では十八年前まで続いていた戦争を教訓とし、二度と悲劇を起こさぬよう他国との外交に力を入れた。
そして王妃教育の一環で他国留学というカリキュラムが定められたのだ。
他国にて知見を広め、自国の王妃として政に加わるためだ。
「しかしラテシア様。僅か三年でここまで各国と深い繋がりを築きあげるとは……きっと殿下も誇らしいはずです」
騎士が言ってくれるように、私はただ留学していた訳ではない。
他国での会合、社交界により外交の繋がりを深くする事ができた。
諸外国との流通経路などの事業計画を結べたのも大きい。
「きっと殿下もご帰還をお待ちしておりますよ。ラテシア様」
「ええ……胸を張って、セリム様と再会できます」
騎士に微笑みを返しつつ、再び車窓を眺めた。
街道の外れにある綺麗な花畑、そこに咲く一際鮮やかなガーベラの花を見て……
ふと、過去を思い出す。
『ラテシア・フロレイス。君に僕の妃になってほしい。この花に貴方を永遠に愛すると誓います』
王城の庭園、私が好んでいたガーベラの花束を持ちながら。
当時、十歳だったセリムが恋小説のような言葉を告げてくれて……
私は年相応の喜びと、恥じらいを交えて答えた。
『はい。私も貴方と共に生きたいです』
答えれば、パッと彼の笑みが咲く。
『……よかった、ラテシアが受け入れてくれて』
政略により婚約は決まったも同然なのに、セリムは純粋無垢に安堵の息を漏らす。
本当に想ってくれている事が、なによりも嬉しくて。
そんな彼の姿が微笑ましくて、公爵令嬢という立場も忘れて彼を好きになった……
気を許せる相手となった彼の傍は、とても幸せであった事を思い出す。
「……早く、セリム様に会いたいです」
「では、御者に急いでもらうように伝えますね」
わざわざ急いでもらう必要はない。
そう告げようとしたが……速度を上げる馬車を緩めてほしくなくて、私は沈黙で帰還の道を過ごした。
◇◇◇
三年ぶりの王城へと辿り着けば……王妃教育での留学帰りという事もあり、多くの方々が出迎えてくれた。
凱旋のような振る舞いに、むしろ気圧されてしまう。
「こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
「皆、ラテシア様のご帰還を待ってくださっていたのでしょう。他国との国交を結んだ立役者ですから、当然ともいえますよ」
「……こんなに光栄な事はありませんね、感謝しかないわ」
皆からの賛辞が、帰ってきた実感を肌で感じさせてくれる。
胸にジンっと染みる感動が、私の瞳を潤ませた。
馬車が止まり、扉が開く。
騎士のエスコートで馬車から降りた。
「ラテシア嬢。王妃教育での留学、本当にご苦労であった」
なんと、我がルマニア王国の国王陛下がわざわざ出迎えてくれたのだ。
我が国で十八年前まで続いていた戦争を停戦まで導いた立役者。
『賢王』と慕われる現国王で、セリム様のお父様だ。
慌ててお辞儀と共に、感謝を告げる。
「出迎えてくださり、嬉しく思います。陛下」
「よいよい、貴殿は留学にて誇れる功績を残してくれた。胸を張って皆の賛辞に応えてやってくれ」
「有難きお言葉……心に染みる嬉しさです」
皆の賛辞に応えるため、笑顔にて手を振る。
一層熱を帯びる歓声の中で、未だ姿が見えない婚約者のセリムの姿を捜す。
でも、やはりいない。
「しかし、君は本当に妃として相応しい成長を遂げてくれた。王家を代表して礼を言おう」
「陛下、これも全ては教育の機会をご提供くださった王家のおかげです……」
再びの謝辞を述べながら、畏れ多くも陛下へと問いかける。
「陛下、セリム様は何処におられるでしょうか」
「ラテシア嬢……」
「早く、会いたいです。セリム様の居場所を教えてくだされば、私が向かいます」
数年分の寂しさを込めた、「会いたい」という本音。
それに反して、周囲の賛辞はシンっと静まり、何処か重たい空気が流れる。
「ラテシア、落ち着いて聞いてくれるか?」
「陛下?」
「セリムは……ここには居ない。お前の出迎えに来ておらんのだよ」
「え……? ご病気か何かでしょうか? 直ぐにお見舞いに」
私はなんの疑いもなく、セリム様を労わる。
だが、それがさらに周囲の空気を重くしている事に気付いた。
その理由が、陛下から告げられる。
「セリムは君ではなく。今は別の女性を優先している。帰ってきた君にこんな報告をして、すまない……ラテシア嬢」
彼との未来のために異国で過ごした三年。
やっと帰ってきた……今日、この日に告げられた言葉が。
私には信じられなかった。
3,138
お気に入りに追加
7,611
あなたにおすすめの小説
貴方に側室を決める権利はございません
章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。
思い付きによるショートショート。
国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。
婚約破棄計画書を見つけた悪役令嬢は
編端みどり
恋愛
婚約者の字で書かれた婚約破棄計画書を見て、王妃に馬鹿にされて、自分の置かれた状況がいかに異常だったかようやく気がついた侯爵令嬢のミランダ。
婚約破棄しても自分を支えてくれると壮大な勘違いをする王太子も、結婚前から側妃を勧める王妃も、知らん顔の王もいらんとミランダを蔑ろにした侯爵家の人々は怒った。領民も使用人も怒った。そりゃあもう、とてつもなく怒った。
計画通り婚約破棄を言い渡したら、なぜか侯爵家の人々が消えた。計画とは少し違うが、狭いが豊かな領地を自分のものにできたし美しい婚約者も手に入れたし計画通りだと笑う王太子の元に、次々と計画外の出来事が襲いかかる。
※説明を加えるため、長くなる可能性があり長編にしました。
夫が大人しめの男爵令嬢と不倫していました
hana
恋愛
「ノア。お前とは離婚させてもらう」
パーティー会場で叫んだ夫アレンに、私は冷徹に言葉を返す。
「それはこちらのセリフです。あなたを只今から断罪致します」
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
それは確かに真実の愛
蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。
そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。
そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。
そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……?
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?
冬吹せいら
恋愛
伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。
しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。
侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。
ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。
「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」
アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。
侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。
「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」
伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる