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37話

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 治療を終え、傷が塞がって数時間が経った。
 
「こ……こは……?」

 無事起き上がる父に、ほっと安堵の息が漏れる。
 上手くいったようだ。

「お父様……!」

 抱きついたシャイラを見て、キョロキョロと動揺する父。
 そして彼は私を見た。

「どう……やって?」

「シャイラに感謝してあげてください。その子がヴィクターを連れてきてくれたから、助かったのです」

 父が起き上がるまでに、二人からは事情を聞いていた。
 一旦、謝罪は必要ないと断っている。
 そんなものは必要ではないし、それどころではなかったから。


「私は……また、生きて……」

「お父様、大丈夫……?」

「シャイラ……なぜ、ここに」

「お姉様に謝りに来たの。ようやく私が悪いって、分かったから」

 シャイラが話す言葉に、私は耳を傾ける。
 どうやら私が思う以上に彼女は……自ら考えを正す努力をしていたのかもしれない。

「ねぇ、お父様……シャイラ達が、間違っていたの」

「シャイラ……」

「お姉様の人生をめちゃくちゃにして、散々頼って……最低な事をしたって、シャイラは気付けたよ」

「……」

「誰かを犠牲にして生きていくなんて……駄目なんだよ。お父様」

 シャイラの言葉に、父は俯きながらも。
 震える手が……彼女の頭を撫でる。

「お前も……ティアと同じ事を言うのか」

「お父様?」

「そうだな……誰かを犠牲に生きるなんて間違ってる。それをティアから聞いていたのに、私は……愚か者だ」

「お父様。シャイラも同じ。だからちゃんと謝ろう。許してもらう必要なんて、ないから」

「……シャイラ。お前にもたくさん、たくさん謝らないといけない事があるんだ。許さなくていいから、聞いてくれるか?」

 父の感情の揺らぎ、考えている事は私には分からない。
 それでも、涙を流して謝罪の言葉を漏らす姿に……少なからず犠牲にしてきた罪悪感が芽生え、家族として二人がようやく結ばれている気もした。


 私は父を……簡単には許せない。
 でももう、憎しみを抱く事はなかった。



   ◇◇◇ 



 その後、ヴィクター達は父も含めて王都へと戻る事となる。
 父は当然……領民に危害を与えた罪を無罪放免といけば示しがつかぬため、幾年か牢に入る必要がある。
 でも、現王政の真実を告発をすれば……恩赦もあるはずだろう。

「お父様……私は貴方を恨んでました。少なからず守ってくれていた事実があっても、辛かった記憶は消えません」

「分かっている。許してもらう気はない」

「だからこそ、今度こそ……に恨まれぬ選択をしてください」

「っ」

「シャイラの父親は、貴方だけですから」

 父は手錠をかけられ、背中だけを見せながら。
 コクリと頷き、護送車へと乗りこんだ。

 話を終えた頃、シャイラが私へと走り寄った。

「お姉様!」

「シャイラ……」

「ご…………めん……なさい。今まで、本当にごめんなさい!!」
 
 謝りなれていないシャイラの謝罪。
 言い訳などせず、謝罪のみを選んだ事に……彼女への怒りはもう無かった。

「シャイラ。これから貴方には、多くの苦労があるはずよ」

「……うん」

「でも前にも言った通り、貴方は……」

「分かってる。母親だから、ちゃんと自分で生きていくよ。お姉様」

「……っ」

「謝罪して、もう前を向けるの。ありがとう……お姉様」

 私が思う以上に、彼女は成長しているのかもしれない。
 姉として少し、ほんの少し……嬉しい感情が私に残っていた。

「頑張ってね、シャイラ」

「うん」

「最後にヴィクター!」

 シャイラの隣に立っていたヴィクターを睨み、私は詰め寄る。
 そして指をさし、伝えたい事だけを告げた。

「ごめん……ナターリア、僕は」

「謝罪は受け取りました! では次は私からの要望です!」

「え? あっさりと……」

「貴方は必ず……シャイラのお腹の子が不幸にならぬように頑張りなさい!!」

「っ!」

「親で人生は大きく左右されるの。だから貴方が……ちゃんとしてあげて」

 ヴィクターにとって、私に謝罪をするのが一番心が軽くなるのかもしれない。
 でも、そんな事で身軽になってもらうつもりはない。

 罪悪感と責任感を持ち、自らの責務を果たしてもらう……
 これから、父になるのだから。

「分かったよ。ナターリア」

「……貴方が最後に来てくれたから、お父様は助かりました。それだけは……感謝してます」

「っ!? ……ありがとう、ナターリア」


 皆が馬車に乗り、辺境伯領を離れていく。
 家族であった彼らとの別れに悲しみは無い……ただ一つ。

 彼らの未来が明るい道であるようにと祈っている。
 大嫌いだったけど、もう……憎む気持ちはなかった。


「ナターリア。いこう」

 一人残った私を、リカルドが頬笑みながら手を握った。

「色々終わった」

「ふふ、そうですね。やっと……本当に全部終わりました」

 大きく息を吐いた瞬間、私の身体が浮かび上がった。

「これで。ずっと、一緒だ」

 私を抱き上げるリカルドは、嬉しそうに笑う。
 思わず私も彼を強く、強く抱きしめ返した。

 ようやく私は本当の意味で、自由になったと思う。






   ◇◇◇


 翌日。
 私は駆け足で、ある家の扉をノックした。
 扉が開けば、小さな身体が駆け寄ってくる。

「ナーちゃん! おはよう!」

「おはよう、ルウ」

 ルウをギュッと抱きしめると、「えへへ」と笑って抱きしめてくる。
 そして嬉しそうに、私へと手を伸ばすのだ。

「ナーちゃん! おててつなご!」

「もちろん、繋いでいこうか」

「やた! じゃあ今日もいっしょにいこ~!」

 ルウの可愛らしく、元気な声と共に……学び舎へと歩き出す。


 多くの事があって、沢山の苦難があったけれど……私はようやく平穏を手に入れた。
 取り戻したこの日常を楽しむと私は心に誓い、今日もルウと共に行く。



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