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30話

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「いくら正義だと言われても、殿下の提案に同意はできません」

「っ!! なら君は、自らのせいで万人が死んでもいいと?」

「私のせいにされている事が不愉快ですね。同意しない理由は、私が犠牲になるよりも良い案があるからです」

「何を言っている……そんなものがあるわけ––」

「王政の撤廃……これで解決では?」

「なっ!? 言葉の意味を分かって言っているのか、君は」

「もちろん」

 私の言葉にデイトナ殿下は分かりやすく動揺を示す。
 ……こんな判断、王家では選択肢に浮かべないだろうな。

「結局、大きな力には必ず責任が伴う。貴方の言う通りに王家で子を設けても、未来はその力を持った王位継承争いが起きるのみでは?」

「そんな……はずは……」

「なら我が国を公国として……共同君主制によって国を治めて責任を分散します。他国で実績もある、出来ない事ではないでしょう。これなら初代王家など関係ない」

「馬鹿を言うな! そもそも王政の撤廃を提言できる大義名分など、どの貴族家にもない!」

 私は微笑みながら、隣で立つリカルド様を見つめる。
 彼は頷き、ここに来る前に決めていた宣告をしてくれた。

「俺はナターリアを貶した王家に対し王政撤廃を求める。拒否した場合、辺境伯領は独立を宣言する」

「なっ!?」

「元から、貴様らを許す気で俺は来ていない」

 リカルド様の言葉に、私は頷く。

「絶好の大義名分ですよね? 貴方が自ら、辺境伯夫人となる私へ横暴を振るってくれたのですから」

 私達の言葉を聞いたマリアも、追随するように口を開く。
 こうなる事を見越し、複数の案を辺境伯領にて事前に話し合っていて良かった。

「ローズベル公爵家も同じく、王政撤廃を求めるわ」

「な……!」

「王宮騎士団を私的に利用し、偽証まで作り上げる行為。到底そんな王家に未来は託せない。これがローズベル公爵家の総意です」

「待て、待ってくれ……本当に王政の撤廃を求める気か?」

「ふふ、当たり前です」

 殿下の言葉に、私はためらいなく頷いた。
 ここまできて冗談なはずがない。

「マリアに頼み、第二王子殿下にも王政撤廃を同意してもらっています」

「は? あいつが、どうして!?」

「どのみちデイトナ殿下の偽証罪で、王政に懐疑となる者が増えるでしょう。そんな不安定な王政では必ず争いを生む。ならば王政撤廃こそ最善というのが第二王子殿下の言葉です」

 マリアから伝えられる、顔も知らぬ第二王子殿下の言葉。
 ローズベル公爵家が推奨していた理由が分かる。

 国や民のためなら自らの身分すら厭わず最善を選ぶ。
 こんな事が無ければ、私も応援していたかもしれない。

 だが兄であるデイトナ殿下は、声を荒げて否定した。 

「お前達は結局、血を流す選択を選ぶのか? なんて……身勝手だ! お前達の計画では、現王政と貴族家同士の争いを生むだけだ!」

「現王政に抗う気があると?」

「当然だ。父である陛下も大臣共も納得するはずがない……王国軍を総動員し、お前達の愚行を止めるだろう。そうなれば……多数の犠牲を生む戦争だ」

 殿下の言葉はごもっともだ。
 でもそれは……私がいなければの話。

「では、争いの種は私が回収いたしましょうか」

「……は?」


 私は窓際へと歩き、カーテンを引く。
 窓から見えるのは芝生が生える広い、広い……ローズベル公爵家の庭。

「なにをする気だ……」

「貴方も知っているでしょう? 私の魔法で出来る事は無限、固定概念を覆す力があると」

 頬笑みながら、私は魔力を集中する。
 王国軍の駐屯地は知っている、そこからかき集めよう……現王政の抗う力を。


 カシャンッと、音が鳴る。

「なにを……」

 カシャン! 
 ガシャ! ガシャ! ガシャ!

 音が響き始めて、鉄音が鳴り響く。
 まるで鉄の雨が降るように、私の魔力の集中に合わせ……音が止まずに溢れていく。


「なにをしている!?」
 
「見れば分かりますよ」

 窓際へと走った殿下が、外の光景に目を大きく見開く。
 そこには……私が魔法によって転移させた、王国軍の武器庫に置かれているはずの剣や弓矢が山となって積もる。
 
 魔法により、王国軍兵士が戦うために必要な武器類を全て回収させてもらった。
 流石に意識が途切れそうな程に魔力を使ったが……これでいい。


「これで現王政には抗う術がない。王国軍を動かしても、素手の兵士なら血は流れず制圧できます」

「こ……こんな、事が……これが、初代王家の魔力……」

「現王政の抵抗という、殿下の憂いも消えましたね」

 これで準備は整った。
 後は、私から聞く事にしようか。

「……それではデイトナ殿下。今度は私から尋ねましょう」

「っ!!」

「王位継承争いを根絶するため、我が国は公国となり共同君主制によって国を平定します。これで初代王家の復活など関係ない、王位すら無くなりますからね」

「……」

「すでに第二王子の同意は得て、貴方も罪を認めて同意すれば平和的に実現可能です。危惧していた王位継承争いが根絶されるのは望み通りでしょう?」

 先程と同じ問いかけを、デイトナ殿下に返そう。
 私にしたように、彼の本心へと尋ねるジレンマの問いかけを。

「さぁ、選んでください。今度は貴方の番ですよ。万の犠牲を生まぬために王政の撤廃を認めるか。それとも自らの保身のため抗うのか」

「………っ! 俺は……」

「先程、声高々と言っていたではないですか。万の犠牲を生まないのが貴方の正義だと。貴方の信念が本当に民のためならば答えは一つでしょう?」

 そう、殿下が本当に民を想って行動していたなら。
 この選択肢に答えは出ているはずだ。

 でも私は感じた。
 彼の言葉には民のためではなく……自らの王位のためという本心が見え隠れしている事を。
  
「さぁ、貴方の本質は……本当に正義による行為だったのでしょうか?」

 嘲笑を含んだ問いかけに、殿下は声を荒げた。

「ふざけるな! 国とは王が居て初めて成り立つ! 王家なき国に未来などあるはずない!」

「いえ、国とは民によって成り立ちます。服も、この屋敷も、食べる物も……多くの民達から享受頂いている物です」

「っ!!」

「なのに、罪なきティアさんを犠牲にした王政にこそ……未来はない」

 私の母だったかもしれない人を、殺した現王政。
 私の自由を奪うため、虚偽の罪を固めたデイトナ殿下。


 どちらも、許す気など無い。



 だから殿下がその腹の内にある醜い部分を隠して正義を謳うなど……許せるはずもない。
 

「さぁ、お答えください。貴方の正義が本心なら……自らの立場など捨てられますよね? 私に同じことを求めたのだから」

 殿下の顔は青ざめ、答えの逃げ道を失ったのか。
 口を開いたまま……言葉は出さなかった。
 
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