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29話

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「このままでは、俺はもう終わりだな……分かった。全てを隠さず話す。ここまで暴挙に出たこちらの事情をな」

 先程までの動揺を落ち着かせたのか。
 デイトナ殿下は、冷静に口を開く。
 その言葉に、傍の王宮騎士達が慌てた。

「デイトナ殿下! しかし……」

「お前達も武器を放棄しろ。辺境伯の前では抵抗も無駄だ」

「…………不甲斐なく。申し訳ありません」

「よい。ナターリア嬢……この先は内密の話としたい。できれば別室で良いか?」

「……」

「逃げる気は無い。どの道この状況では俺の未来は終わりだ。ならばしっかり全てを打ち明け、ここまでした理由を説明させてほしい。頼む……」

 逃げないという言葉に、ウソはなさそうだ。
 騎士達も剣を置き、武器は隠してないと手を挙げる。

「会場の皆も迷惑をかけた。もし俺がナターリア嬢と和解できなければ、好きに貶めてくれ」

 潔く、殿下は口上を終える。
 事情を知るにはここで問答を広げても仕方ない。
 マリアに別室を用意してもらい、念のためローズベル公爵家の護衛で外を固めてもらう。
 
 そして部屋には私とリカルド様、マリアが同席し。
 デイトナ殿下の話を聞く事になった。



   ◇◇◇



「話す機会を設けてくれて感謝する。真実を話すと……カリヨン王家の名に誓おう」

「さっさと話せ。俺は早くナターリアと帰りたい」

 リカルド様の言葉に、デイトナ殿下は頷く。
 そして、真っ直ぐに私を見つめた。

「君の魔力について……詳細は分かっているか?」

「モーセ講師に調べて頂きました。私の魔力は変質し……どのような魔法も実現可能だと」

 私の言葉に、殿下は即座に返答する。

「誤解を恐れずに伝えるなら、その力は現王政にとって脅威でしかない。消すべき力だ」

「有益にも思えるのだけど?」

 傍で聞いていたマリアは、迷いながらも言葉を挟む。
 私もこの魔力は、使い道次第で多くの益を生むと思っている。
 けど、続く殿下の言葉は違った。

「……我がカリヨン王国の土壌を作り上げたとされる初代王家の魔力でなければな」

「っ!!」

 以前、モーセさんが調べていた歴史書。
 そこには初代王家が山や川を魔法で作ったと記述がされており、私の魔力との関連性を疑っていた。
 まさかデイトナ殿下が認めるとは……

「絶えたはずだった初代王家の血筋が、平民の中で密かに継がれていた。それがティアだ。しかしその存在が発覚した時、現王政によって隠匿され……亡き者とされた」

「だから調べていたモーセさんを、拘束しようとしたのですね」

「あぁ。事実が明るみになる訳にはいかなかった」

「一人の女性を犠牲にする愚行を犯すほど、危険な力だというのですか?」

「その魔力の危険性は……カリヨン王国の長い歴史で幾度か起こった王位継承争いの歴史を知れば分かる」

 カリヨン王国で起きた王家の継承争い。
 デイトナ殿下が語った歴史は、血塗られたものであった。
 王位という絶対的な権力者が変わる際……いつだって多くの血が流れたと。

「王家を巡る争いが起これば、犠牲になるのはいつだって国民だ。それは歴史が証明してきた」

「この魔力が、それらを引き起こすというのですか」

「初代王家の魔力を持つ者を王にせよと……現王政を疎む者が担ぎ上げ、争うだろう」

「……」

「初代王家を今でも崇める信奉者は多い。我が国の歴史が他国から嘲笑されながらも残っているのは、そういった貴族の声のせいだ」

「だから、この魔力を危険視してティアさんを消したと」

「あぁ、多数の犠牲を生む争いの種なら……芽となる前に消すのが現王政の総意だった。なのに、何故かティアと同じ魔力持つ君が残ってしまった」


 デイトナ殿下の言葉に、暫しの静寂が流れる。
 私を強引にでも連行しようとしていた事情に、一定の理解はある。
 が……


「それがナターリアの人生を奪う……理由にならない」

 静寂を打ち消したのは、リカルド様だ。
 怒気を込めた言葉に、殿下は臆さず答える。

「辺境伯殿やマリア嬢も分かって欲しい。万人が死ぬか……彼女を犠牲にするか。国家がとるべき手段は一つのみしかない」

「不愉快な選択だ」

「弁明するなら、俺は彼女を殺める気はなかった。現王政がティアを亡き者にしたように、事を済ませたくはない」

 彼も……ティアさんの死について知っているのだろう。
 思わず父との因果を問いかけようとした刹那。
 デイトナ殿下が立ち上がり、私へと頭を下げた。

「君を連行しようとした事は謝罪したい。だが俺は君を救いたかったんだ。分かって欲しい」

「私を救うため?」

「ああ……君は現王政派にとって疎ましい存在。知れば命を狙う者は多い」

「……」

「もちろん君は抵抗するはずだ。だがそれで何人が犠牲になる? 辺境伯殿や公爵家と手を組めば……それこそ王国が割れる戦争となる。危惧が現実となるだろう」
 
 デイトナ殿下が私を見つめた。
 その瞳が真っ直ぐに、真剣な表情で語りかけてくる。

「だから俺は君の身柄を早急に確保し、身分や経歴の抹消をしたかった」

「それで、私が自由になるというのですか」

「いや、その力で平和を実現するためだ……王家から君の魔力を継いだ子を数人作れば、国家は盤石となりもう王位継承争いなど起こらない」

 言いたい事を察してしまい、思わず身を竦める。
 同席していたマリアも同様に顔をひきつらせた。
 だけど、デイトナ殿下の目は真剣だ。

「だから君には別の名義で生きて。その際に俺の妾として子を設けてほしい」

「っ!!」

「ここまで聞いて分かったはずだ。君がこのまま生きる道は万人が死ぬかもしれない。俺は王となる者として、人を救うために行動している!」

「王位を巡る争い根絶するため、貴方との子を産めなど……受け入れられません」

「国家が安泰となれば、この先数百年もの平和の実現となり、万の命を救えるんだ!」

「……」

「君を決して無下に扱う事はしないと約束する。だから……頼む!」

 今後、私という争いの種のせいで万人が死ぬかもしれぬ運命か。
 私が殿下の子を産み……安定した王家を作る未来か。

 ジレンマな選択を迫り、デイトナ殿下は手を差し伸べる。

「俺はこれが、意義のある正義だと信じている。この先の未来で万の犠牲を回避するため、君が必要だ」

「黙れ……貴様……」

 殿下の声を遮り、その首を掴み上げたのはリカルド様だ。
 歯を噛み締め、今にも殺してしまいそうな勢いで殿下を睨む。

「ナターリアの人生は彼女のものだ」
 
「っ……それでも。これしかない! 万人と個人の犠牲。どちらが最善かなど、身を挺して民を守っている貴方なら分かるだろう!?」

「黙れ。彼女は俺の領民であり妻だ。誰にも渡さない。誰にもその人生を奪わせる気はない」

 デイトナ殿下は首を掴まれながら、私へと手を伸ばした。

「分かってくれ! ナターリア嬢。これから犠牲を払ってでも生きる気か!? 道を違えれば……その時犠牲になるのは民だ!」


 問われる言葉に、私の答えは……すでに決まっていた。


「デイトナ殿下……私は、貴方の提案には同意できません」

 私が犠牲になる気は無い。
 殿下の提案は、決して最善ではないのだから。

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